第10話 僕のために与えられたモノ

 大広間の奥から歩いてくる雪姫は、スキー場で見ていたときとは違う、凛々しい姿だった。その彼女が、僕の目の前で立ち止まり、ふと表情を緩めた。


「ねえ、アキラ……、私との約束を思い出した?」


「うん、思い出した……。でも、ごめん。約束を忘れて……」


 彼女が僕の横で耳打ちをして、僕は小さく答えた。


「仕方がないよ。アキラが忘れてしまうように、お母様がしたのだし――。あれから、私は一人で滑っていたんだよ。風を切って滑るのって、アキラが言った通り、気持ち良かった」


 彼女は僕の正面に回って明るく応え、笑顔を見せてくれた。


 大広間の奥では、僕と雪姫を見て、洋装の二人が何かを話している。


「この方が、催しに招いた人間なのですか?」


「ええ、そうです。雪姫が探してくれました。彼は細い板でできたスキーという道具を使い、空高く飛び上ることができるそうです」


 女王が、シスター姿の女性に答えた。


「さすが、人間と繋がりが深い雪の国ですね。この短期間で立派な会場を準備し、空を飛べる人間を連れてくるとは……。しかし……羽ではなく、板で空を飛ぶのですか? 面白いことをしますね。とても興味深い。この後の催しが楽しみです」


 白い礼服姿の男性が微笑んだ。


「ただ機械も使わずに、人間が空を飛ぶのは、とても危険だと聞いています。私の提案からお招きした現世の方が、この後の催しで、怪我をされては大変です。何かあれば、現世に帰れなくなってしまいます。どうかこの方に、雪の国で最高のご加護をお与え願います」


 シスター姿の女性は、心配そうな態度になった。


「我が国が攻めきれなかった雪の国です。人間一人に加護を与えても、国の守護に影響などありますまい」


 礼服姿の男性が、不敵な笑みを浮かべている。


「はい。その程度であれば、問題ありません」

 

 女王は彼にきっぱりと答えた後、僕の方に近づいてきた。


「アキラさん、まだ事情を全てお聞きになっていないと思います。が、これから行われる催しで、あなたにスキーのジャンプをしていただきたいのです。明日の朝にはお帰りになれるようにしますので、どうかお願いできませんか?」


 そう言って女王は僕に頭を下げた。


「はい、雪姫から頼まれています。僕のできることであれば、喜んで協力します。鳥のように、飛ぶことはできませんが……」


「ありがとうございます。空まで飛べないことは承知しています。ただ、こちらの世界であなたの身に何かあれば、あなたが帰る際に影響します。このため、この国を守護する力を使い、あなたの身の安全を保障します」


 その後、僕は巫女のような姿の女性から、透明な液体の入った盃を受け取った。それを飲むように促され、僕は盃に口を付けた。

 盃の中身は冷たくて美味しい水のようだったが、エナジードリンクを飲んだ後のように頭が冴え、身体の中から力がみなぎる感じがする。


(これは以前飲んだモノより、効き目が強い気がする……)


 僕が盃の中身を飲み干すと、女王が目の前に立った。


「では、アキラさん、あなたを守護する、特別な加護を与えます」


 女王は僕に向かって手をかざした。すると掌から光が放たれ、僕の身体が白い光に包まれた。それは柔らかな光で、温かく、心を落ち着かせる。やがて、その光を僕の身体が吸収し、身体自体が淡い輝きをまとった。


 女王は、それを確認すると、僕にかざしていた手をゆっくりと下ろした。


「これであなたの加護は万全です」


「アキラ、これであなたは、この世界で無敵よ」


 女王の言葉に続き、隣にいた雪姫が僕に耳打ちして笑った。


――


 僕が加護を与えられた後、大広間には給仕の人たちが、料理や飲み物を持って入ってきた。まるで立食パーティーの会場を思わせた。どうやら東の大国の代表を歓迎する晩餐会を行うようだ。


 そらが晩餐会の準備の間に、僕に主だった人たちを教えてくれた。

 女王の隣りにいた男性が王配で、白い着物の女性は女王の妹だそうだ。そして右端の剣を持った白い着物の男性は、女王の補佐官であり、雪の国の行政の任されているということだ。

 東の大国側では、シスター姿の女性が先触れのミラ使者で、白い礼服姿の男性がミル代表ということだ。


 常世の人たちはあまり食事をしないが、儀礼的なことは盛大に行うらしい。女王と東の大国の代表がスピーチをした後、各々がグラスを手にとって乾杯をした。


 乾杯が済むと、そらが僕を、集まっている雪の国の人たちに紹介してくれた。軽く飲食をしながら挨拶を交わす。この国の人たちはとても親しみやすい。その中には獣人姿の国民もいた。

 会場を見渡すと、同じような獣人が東の大国側にもいることに気づいた。


 獣に近い姿の者どうしで話したかったのだろう、狐耳をした巫女と狐の神使は場所を移り、東の大国の獣人たちと親しげに話しはじめた。特に狐耳の巫女はどこか嬉しそうで、東の大国の狐耳の青年に笑顔を向けている。


(あの二人、それにしても似ているな)


「アキラ様、どうかされましたか?」


「いや、向こうで話している二人って、お互い違う国なのに、よく似ていると思って……」


 そらに訊ねられた僕は、狐耳の巫女と青年のことを口にした。


「実は、あの二人は、滅んだ草原の国の王族だったのです。草原の国が滅んだ後、兄のアイヴァーン王太子は大国に留まりました。一方、アイナ王女は一部の民と共に、雪の国に避難してきました。どうやら、東の大国の支配を嫌う人々も多かったようです」


「それで似ているのか……。複雑なんだろうけど、こうして国どうしが友好関係になったから、兄妹が再会できたんだね」


「はい、とても良かったです。今ではアイナ様は女王の信頼が厚い巫女ですし、アイヴァーン様もミル代表の腹心になられているので、これからお二人の活躍が楽しみなのです」


 その獣人の集まりに、白い着物の女王の補佐官が加わった。そして僕の方に目を向けてから、真剣な顔つきで話しだした。


(あれ? 何か僕のことを話しているのかな?)


 晩餐会が始まって暫く経つと、接待で忙しくしていた雪姫が、僕の近くにやってきた。どうやら東の大国の人たちに、僕を紹介したいらしいのだ。


 僕は雪姫に伴われ、ミル代表がいる場所に移動した。ただ僕が挨拶をする前に、獣人たちが軽く会釈をしながらも、僕から距離を取ったのが気になった。


(この人たちは、明らかに僕を避けているな……人間が嫌いなのかな?)


 雪姫が、僕をミル代表に紹介しようとすると、ミラ使者が割って入った。そして僕を無視して、二人は雪姫の対応にクレームを入れはじめた。人間である僕のみならず、王女である雪姫に対してまでも傲慢な態度だ。


「こちらに伺う前、雪の国は、人間と良好な関係を築いていると聞いていました。それにしては、随分と人間を連れてくるのに、時間がかかりましたね。ミル代表も私も、か弱い人間が必死に飛ぶ姿を見たいのです。せっかく作った高い台の上から、雪の国の者が無様に落ちる姿を、危うく見せられるところでした」


「申し訳ありません。何しろこのようなことは、初めてだったので。それに参加者を、そちらからも推薦いただき、ありがとうございます」


「ええ、あの者は、自分から出場したいと申し出たのです。まぁ、人間の到着が間に合ったのですから、良しとしましょう」


(来賓とはいえ、なんで雪姫に、上から物を言うんだ? 東の大国と雪の国って、対等ではないのか……)


 ミラ使者に言われて、催しの準備をしていたのが雪姫だったらしい。彼女が謝ると、ミラ使者は満足そうな顔をした。


 ここが異なる次元の世界だと理解している。それに僕たち現世の人間にとって、この世界の人たちは、とりわけ敬意を払うべき対象だと意識している。きっと彼らは妖怪や物の怪ではなく、人間にとっては神に近い存在なのだろう。しかし、そうであっても、ミル代表とミラ使者には、あまり良い印象を持てなかった。


 ミラ使者が冷たい笑顔で近づいてくる。


「期待していますよ。加護を授かったのですから、恐れずに挑んでください」


 ミラ使者がそう言うと、ミル代表も近寄ってきた。


「そうそう、加護に護られているのだからね。落ちることなど気にせず、人間がどれだけ飛べるのか見せてほしい。まぁ、生きた人間のキミが、落ちる先を間違え、地獄にでも落ちたら、それこそ大変かもしれないが……」


 ミル代表がそう言うと、周囲の人たちが笑い出した。


(感じ悪い……。地獄になんて、落ちやしない。それに、加護があるって言われても……)


 僕は加護があるからと、失敗をイメージするのが嫌だった。それに無理な要求を呑まされた、雪姫が気の毒に思えた。だからジャンプに成功して、見返してやりたいと強く思った。



  第2章 僕が過ごした彼女との時間 完

――――――――――――――――――――

【GIF漫画】僕のために与えられたモノ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330659307777248

――――――――――――――――――――

第11話 僕が目にした巨大なモノ

 アキラは何を目にしたのか? そこでは何が行われているのか?――――――――――――――――――――

校正協力:スナツキン さん


★★★次回から『 第3章 僕が見続けたかった彼女の夢』です。

  引き続きよろしくお願いいたします。 ★★★

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る