第7話 僕の晴れたコトと吹雪くトキ

 雪姫と別れて旅館に戻り、夕食の時間まで部屋で過ごした。夕食会場に行くと、前日と同じように男女のグループが隣にいた。彼らの会話が耳に入ってくる。


「今日もコスプレの女の人が滑っていたよね?」


「うん。でも、今日は連れがいなかった?」


(ドキッ! まぁ、ジャージに着替えているから、その連れが僕だと分からないだろうけど……)


「相手はスキーヤーだったけど、パークでのジャンプは凄かったよね」


「あれは半端ないよ。あのキッカーの大きさで、ダブルコーク1080まで回すなんて、相当なレベルでしょ」


「お似合いだったね。コスプレのモデルとプロのスキーヤーかな? 映えていたよね!」


(……恥ずかしい。ジャージに着替えたから分からないだろうけれど、そんな風に見られていたんだ……。こっちは全然余裕がなかった……)


――


 夕食後、僕は正体が分からない雪姫のことを考えていた。一番高い可能性は、何かの撮影のため、スキー場でジャンプする人材が急遽必要になっているケースだろう。映画やテレビ番組の撮影であれば秘密も多い。しかし、役者の一人に過ぎない彼女の独断では決められず、他のスタッフに相談する必要がある。

 彼女に対して既視感があるのは、髪の毛の色が京都で会った女性と同じだったからに違いない。


(きっとそうだ――、どうもオカシイと思った。それなら理解できる!)


 そんなことを考えながらクリスマスの夜は更け、いつしか自分が失恋してここに来たことなど忘れていた。


――


 色々と考え込んだクリスマスの夜は明け、快晴の朝を迎えた。彼女が僕のような人物を探していた目的は、色々想像できても正確には分からない。だけど、せっかく出会えた相手であるから、可能なことなら協力しようと決めていた。

 自分が彼女から好かれた訳ではなかったけれど、自分にとって彼女は、推したい相手になっていた。


 スキー場のリフト券売り場前が、雪姫との待ち合わせ場所だった。約束の時間が遅めだったので、僕は少し滑ってからその場所に向かった。まだ約束の時間前だったが、ゲレンデの上部から滑り下りてくる彼女の姿が見えた。どうやら彼女も待ち合わせ前に一人で滑っていたらしい。


「雪姫、おはよう」


「おはよう、アキラ」


「あれ? 今日はそらを連れていないの?」


 僕はぬいぐるみがスノーボードに乗っていないことに気づいた。


「うん。今日は都合が悪くて連れてこなかった」


(ん、ぬいぐるみの都合?) 


 少し疑問に思ったが、軽い会話をしながらリフト乗り場に向かった。


――


「アキラは……私が、人を探していた理由を知りたいんだよね?」


 二人でリフトに乗っていると彼女が訊ねてきた。


「うん、教えてほしい」


 僕がそう答えると、明るい彼女は真剣な顔つきになった。


「じゃあ、話すね。実は……明日、私のお母様が主催する大きなイベントがあるの。そのイベントでジャンプをしてくれる人を探していたの」


「えっ……それで何のイベント?」


「……サプライズのイベントだから詳しくは言えないの……ごめんなさい」


「お母さんが主催って、もしかしたら雪姫の家族って、スキー場の経営者?」


「ちょっと違う……けど、それに近いよ」


「僕は選手じゃないし、プロでもないから、もし大きいイベントなら、選手かプロを頼んだ方がいいんじゃないの? 僕なんかでいいの?」


「アキラに飛んでほしい! 昨日、アキラが見つかって、本当に良かったと思った」


「ジャンプは、必ず成功するって訳ではないけど……」


「もし、ジャンプに失敗しても危険がないように、ちゃんと手配するから、お願い、アキラ……力になってくれない?」


 縋るような瞳で見つめられたら、もう断りようがない。


「うん、じゃあ分かった。――飛べばいいなら、飛んでもいいよ」


「ありがとう! アキラって本当に優しいね」


 想像していた何かの撮影とは違ったが、ジャンプをしてほしい理由はわかった。このスキー場で何かのサプライズイベントがあり、彼女の衣装や振舞いがサプライズに組み込まれているのであれば、今までの彼女の行動が納得できる。彼女の衣装やウサギのぬいぐるみは、この辺りの雪女の伝説に沿っている。


 イベントの詳しいことは午後から教えてもらうことになり、僕たちはパークエリアでスキーとスノーボードを楽しんだ。午前中は快晴で風もなく、絶好のジャンプ日和だった。


(きっと、イベントでもここで飛ぶことになるのだろうな――)


 僕は彼女のリクエストを受け、調子に乗って持っている技の全てを披露した。


――


 僕たちは滑るのに夢中で、気がつくとお昼をとうに過ぎていた。昨日と同じレストランに向かい、同じカレーライスとサイダーを注文した。


「こうしてアキラに会えて、本当に良かった……」


 ふと雪姫が呟いた。


「えっ……、僕なんか少しスキーでジャンプをするのが上手いだけだよ」


「――そんなことないよ。アキラに会えなかったら、まだ人探しをしていて、きっとカレーを食べる時間もなかったよ」


 彼女は僕の顔をじっと見てから、笑顔でそう言った。


――


 レストランからゲレンデに出たときには、午後3時を過ぎていた。昼食の時間が遅く、話した時間も長かったからだ。


「ねえ、これからバックカントリーを滑れるコースに行かない?」


「えっ、あの自己責任エリア? そうだな……時間的にギリギリだけど、装備は揃っているし、天気も良いから行ってみる?」


 このスキー場には、上級者がバックカントリーを体験できる、非圧雪の自己責任エリアがある。山頂の指定場所からアプローチするが、そこは雪崩の発生地帯や崖周辺と違って、立入禁止になっていない。重装備が必要なオープンバーンのバックカントリーより危険はないが、規制ポールやロープ、ネットで囲われておらず、スキーパトロールによる巡回もない。要は、スキー場内ではあるが、冬山登山と同等の扱いになり、何があっても自己責任となる。


 僕たちが自己責任エリアの、上質なパウダースノーを楽しんでいると、それを邪魔するように、雪交じりの強い風が吹きはじめた。ついさっきまで快晴だった空が、見る見るうちに黒い雲に覆われる。そして吹雪になった。


 先頭を滑っていた僕が止まり、後ろを滑っていた彼女は、僕の横に並んで止まった。 


「雪姫、気温が下がってきたけど寒くない?」


「うん。大丈夫だよ」


「それならいいけど、視界が悪いから、このまま滑りつづけるのは止めよう――。迷ったら危険だから、早めにビバークできそうな場所を探そう」


(僕一人なら無理をして滑って下山をするけど、彼女を危険に晒すことはできない。それに僕のウェアは、アウターもインナーも高性能なスキー用だけれど、雪姫の服装はそう見えない。明るい内に雪洞を作らないと……)


「アキラ、この近くに山小屋があるの。そこに行きましょ――」


「えっ……、場所は分かるの?」


「うん、分かるよ……。あっちだよ」


 雪姫は腕を上げて木々の奥を指した。


 先頭を雪姫に譲り、僕たちはゆっくりと斜めに滑りながら、木々の間を通り抜けた。すると、その先には彼女が言うように小さな山小屋があった。



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【GIF漫画】僕の晴れたコトと吹雪くトキ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330658948407806

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第8話 僕が迎えた不思議なトキ

 吹雪の山小屋で眠ってしまったアキラは、どこで目覚めたのか?

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校正協力:スナツキン さん


★★★ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました! ★★★


 

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