第8話 僕が迎えた不思議なトキ

 吹雪の中で見つけた山小屋は、登山シーズン中に使われている建物のようだった。冬に避難者が利用できるように、鍵はかかっていなかった。扉を開けてみると、家具も電気もなかったが、隅に置かれた収納ボックスに非常用の備蓄が残されていた。

 服装さえ雪山に対応したものであれば、風を凌げれば凍死に至るリスクは低い。


「これで何とか吹雪を凌げるね。雪姫、僕のウェアは問題ないけど、キミはその服装で大丈夫だった?」


「心配してくれてありがとう。私は大丈夫だよ。この服装で寒くないから」


(――普通の着物に見えるけど、特殊繊維かな? それともインナーが高性能なのかな?)


 その山小屋には一カ所だけ小さなガラス窓があり、僕はそこから外の様子を眺めた。吹雪は収まりそうもなく、日も暮れはじめていた。


「みんな心配するだろうね……あっ、スマホ、使えるかな?」


 スマホを確認すると、辛うじてアンテナが一本立っていてバッテリーも残っている。


「雪姫、これを使って先に家族に連絡していいよ。お母さんも心配していると思う――。この吹雪だと明日のイベントはどうなるか分からないけど……」


「ううん。私は連絡しなくても平気だから……アキラが使って……」


 スマホを雪姫に渡そうとすると、彼女は首を振って断った。


 僕は旅館に電話をして事の次第を伝えた。旅館の若女将はとても心配して、僕たちの救助要請を出すと言ってくれた。僕は雪姫にどうするか確認し、まだ必要ないと断った。若女将とは異変が起きたら直ぐに連絡をすると約束し、一旦電話を切った。


 山小屋で寒さを凌げても、日が暮れると建物内は真っ暗になってしまう。バッテリーの消耗を考えると、スマホを照明代わりに使えない。このため、収納ボックスにあったオイルランプを取り出して床に置き、マッチを擦って灯りを点けた。

 僕たちはランプに向かって並んで座り、僕は自分の上着を脱いで彼女の背に掛けた。


「大丈夫だって断っても、きっとダメなんでしょうね……」


「うん。僕はスキーウェアの下にも、厚手のフリースのジャケットを着ているから」


「じゃあ、こうしましょう……」


 彼女は僕に寄り添うように座りなおし、スキーウェアの上着は二人の背中をそっと覆った。ふれあう彼女の身体はとても冷えているようだったが、降りたての雪のように柔らかい。彼女から体温とは違う温かさを感じた。


 雪姫と二人で山小屋に避難してから、それほど時間は経っていない。だけど12月後半の日暮れは早く、もう小さな窓から微かに入り込んでいた光はない。

 ゆらゆらとしたランプの灯りが、僕たちを下から優しく包むように照らしている。寄り添ってくれている雪姫と話していると、外は吹雪の筈なのに暖かくさえ感じた。


「ねえ、アキラ……、もし忘れていることを思い出せたら、どんなことがいい?」


「思い出したいこと? そうだな……、忘れている約束かな。約束相手に迷惑をかけているかもしれないし……」


「ふふ、アキラらしいね……」

 

 雪姫は笑った。


「そうかな?」


「じゃあ、思い出してもらおうかな……」


 彼女はそう言って顔を近づけ、僕の顔に息を吹きかけた。


(甘い香りの爽やかな息だ……雪姫といると安らげる……)


 僕は気持ちが良くなって、ゆっくりと瞼を閉じた。


――


 とても良い木の匂いがする。この匂いには覚えがある。


 静かに目を開けると、木造の建物の天井が見える。山小屋とは違うようだ。視線を横に移すと、雪姫が大事にしていたそらと名付けられたぬいぐるみがあった。


(山小屋で気を失って、救助されたのだろうか? よく見ると、ぬいぐるみが動いているようだけど……)


「アキラ様、お目覚めになりましたか」


「えっ! ぬいぐるみが喋った!?」


 驚いた僕は、仰向けに横たわっていた上半身を勢いよく起こした。


「驚かせてすみません。ワタシは雪姫様の神使のそらです。アキラ様に2年前に助けられたウサギなのです」


 ウサギのぬいぐるみは涙を零している。しかし、そう言われても僕には理解できなかった。


「キミが……あのときのウサギだって?」


「はい。ワタシは命こそ失いましたが、あなたがワタシを助けようとしたおかげで、こうして雪の国で新たな生を得ることができたのです」


 そらは感極まって僕に抱きついてきた。


(これは夢だ。まさか、本当にぬいぐるみが喋っているのか……)



「失礼しました。再会が嬉しくて、感激のあまり役目を忘れてしまいました。アキラ様に雪の国に招待した事情を説明するよう、申し付けられているのです」


「雪の国って、ここはどこなの? 日本じゃないの?」


「はい。ここは『常世』という世界にある、国のひとつです。アキラ様の住んでいる日本国は、もうひとつの世界『現世』の側にあり、こちらとも相互に影響しあっているのです……」


「常世には雪の国の他にも国があるの?」


「はい、幾つもの国が存在します。それぞれの国は、現世と文化や思想的な面で深く繋がっています」


「そうなんだ。それなら現世や他の国と、自由に行き来しているんだ?」


「いいえ、現世には不干渉が原則です。他の国とも殆ど交流がありません。それぞれの国には、他国の者が侵入できない結界が張られているのです」


(『現世に不干渉』なら、どうして僕を呼んだのだろう? そもそもこれが夢とも現実とも分からない)

 

 夢を見ていると思いつつ、流れに任せることにした。


 そらの話では、常世の大気が、地球環境の汚染や社会文明の進化により変質したという。そして常世でも温暖化の傾向が出始めてきたらしい。


「じゃあ、現世の環境問題やエネルギー問題が、間接的に常世に影響しているっていうことなの?」


「そうなのです。雪の国では万年雪が解けはじめたり、精霊や妖精の数が減少したりしているのです。隣にあった草原の国は、急激に砂漠化したこともあり、国が滅びてしまいました……」


「じゃあ、国同士で資源の争いもあるの?」


「残念ながら……」


 東の大国では水不足となり、雪の国の豊富な水資源を狙いはじめた。滅んだ草原の国を吸収し、その民を尖兵とし、雪の国を攻めさせたのだ。

 草原の民が操る巨大な虫に、雪の国は幾度となく襲われるようになる。しかし、外周にある大雪原の一部が占領されただけで、雪の国を守護する結界は一度も破られなかった。


 こうして緊張関係が続いていたが、東の大国から、雪の国に先触れの使者が派遣されてきた。そして、最近になって漸く和平が見えはじめたらしい。



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【GIF漫画】僕が迎えた不思議なトキ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330658617580708

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第9話 僕の心が解かれたコト

 アキラは心を解かれて過去を思い出す。2年前、彼は何を経験したのか? 

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校正協力:スナツキン さん


★★★ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました! ★★★


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