第2話 僕が捨てたコトと拾ったモノ

 僕がしているフリースキーは、競技人口が少ないスキーの中で更にマイナーだ。

 でも、広いスペースを必要としないので、練習環境が基礎スキーやアルペンスキーより恵まれている。

 室内スキー場やプールやマットに飛び込むジャンプ場、トランポリン施設など、雪がなくても練習できる環境がある。


 だから小学校高学年から高校1年までは、季節に関係なく、フリースキーのキャンプやレッスンに参加していた。


◇――


 最初は親に連れられて参加したが、大人に混じって練習をしていた頃が一番楽しかった。ただ、仲の良い同世代も多くいて、練習の合間には好きなアニメやゲームのことを話した。


 フリースキーがオリンピック競技に加わり、ジュニアの育成に力が入るようになると、親は送迎と見学をするだけになった。同世代でも大会で活躍すると段々と練習に来なくなる者に分かれた。僕の妹は後者だったが、僕もまたにはならず、自由なスキーを楽しんでいたのだった。


 練習が嫌でも苦でもなかったので、周囲は僕が選手を目指すと思っていただろう。でも、そんな期待は重荷だったし興味もなかった。コーチからジュニア代表の推薦が打診されたが断った。


『お前、何のために練習しているの?』


 僕は技を覚えること自体が楽しかった。


 本気でワールドカップやオリンピックを目指す他の同世代とは、同じ練習に参加していても、気軽に会話することもなくなった。


『もういいかな……』


 中途半端な存在になっていた僕は、高校1年でキャンプやレッスンへの参加を止めた。だけどフリースキー自体は、止めたくなかった。


 雪なし県の高校なので、いつでも一緒にスキーができる部活や、友達がいるわけじゃない。それに家族とも行きたくない。だから僕は親に甘えて旅費を出してもらい、高校2年の冬休みに初めて一人でスキーに出掛けた。今思えば随分と自己中で、かなり拗らせていたと思う。


 そして2年前の冬、この部屋に滞在した。


――◇


 僕は窓の外に見える雪山から視線を移し、部屋の隅の方を見つめた。2年前のこの部屋の隅には段ボール箱が置いてあった。


(そうだ――あそこにあった箱に――可愛かったな……)


 僕は2年前の滞在中にスキー場で起きた出来事を思い出した。


◆――


 2年前のその日、僕は久々に練習ではないスキーを愉しんだ。一人で滑る寂しさなど全く感じない。それまでのうっぷんを晴らすように、山頂から麓まで何本もノンストップで一気に滑り下りた。パークエリアのキッカーからジャンプをしたり、ジブアイテムのレールやボックスに飛び乗って金属音を響かせた。


 そんな僕が気分を変えて、初級者用の林間コースをゆっくり下りているときだった。前方で滑っている人たちが、何かを気にして避けているのに気づいた。ちょうど林間コースの途中にある小さな神社の近くだった。

 スピードを落として前方を注視すると、そこには怪我をしているウサギが横たわっていた。僕はウサギの横でスキーを止めた。ウサギの背中からは血が流れている。


 そんなウサギに、林間コースを滑る人たちは、みんな視線を向けるが、僕の他に立ち止まる人はいなかった。


『かわいそう……』


 通り過ぎながら女性が言った。


 そう思うのなら、どうして行動しないのだろう?


 僕はウサギに手を伸ばした。見て見ぬ振りができなかったし、ウサギを助けられる筈だと何の根拠もなく思った。


 後から知ったのだが、鳥獣保護管理法に定められた傷病鳥獣救護活動では、人為的な原因以外で傷ついた動物の救護は、自然の摂理に反するため、禁止されているらしい。が、そのときの僕には原因など分からないし、ただウサギを助けたいとだけ思った。


 血を流している野生のウサギを胸に抱えて、慌てて旅館に連れ帰った。若女将には驚かれたけれど、応急手当をしてもらってから、車で近くの動物病院に連れていってもらった。


『治療費は僕が払いますから、このウサギを診察してください』


『怪我をしたウサギを、山から拾ってきちゃったんだ!?』


 動物病院の院長には、半分褒められ半分呆れられた。


 そのウサギには噛まれた跡と、同時にスキーかスノーボードと接触したと思われる打撲傷もあった。他の動物に襲われて、慌てて逃げている最中にコースに飛び出て人間と接触した可能性が高く、禁止されている救護行為とは、言えないとのことだった。

 ただ、山に戻れるだけの回復は、難しいだろうと言われた。


 ウサギの診療費は不要だと言って、受け取ってもらえなかった。院長はペットの診療以外に、野生動物の保護活動もしているらしい。僕は旅館のオーナーと若女将から許可を取り、ウサギを段ボール箱に入れて一緒の部屋で過ごした。


『神社の近くで拾ったのなら、何か縁あるウサギなのでしょうね。あの神社は、女神を祀っているのだけれど、ウサギが神使なのよ。それに、あの山には色々な言い伝えがあって、ウサギを連れた雪女が、道に迷った人を助けたとか、人を連れ去ったとか……。そのウサギも、神様か雪女のお使いかもね』

 

 そう言って若女将は笑っていた。


 ウサギは弱っていて、自力で箱の外には出られなかったし、エサも殆ど食べなかった。でも身体を撫でてあげると気持ちが良いのか、安心して目を閉じた。僕はスキーをしている間もウサギが気になった。だからお昼は部屋に戻っておにぎりを食べ、午後も早々に切り上げて部屋に戻った。ウサギの世話はとても楽しかった。


 だけど2日目の朝、僕が段ボール箱の中を見ると、ウサギは既に冷たくなっていた。僕は野生に戻せなくても、命だけは助けられると思いこんでいた。山に帰せないのなら、親に相談して、自分が引き取ろうとも思っていた。とても悲しく、自分の無力さが虚しかった。


 僕が、ウサギの亡骸が入った段ボール箱を持っていくと、亡骸は動物病院で引き取ってくれた。そして院長からは、ウサギの死を看取ったことは無駄ではない、と諭された。それからスキー場にある神社を訪れ、ウサギの冥福を祈った。


――◆


(カッコつけただけで、結局は救えなかった……)


 2年前の感傷に浸った後、僕は座卓にあったお茶とお茶請けを頂いてから、スキーウェアに着替えた。そして部屋を出て、スキー道具を預けた乾燥室に向かった。


 スキーの板とストックを手に持って旅館の外に出る。


(2年ぶりに行こう!)


 雪山を見上げ、僕は高校2年の冬休み以来となるスキー場に向かった。空には今にも雪が降り出しそうなほどの、灰色の曇が広がっている。



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【GIF漫画】僕が捨てたコトと拾ったモノ

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330658498468901

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第3話 僕のキャンセルしたかったコト


 主人公がキャンセルをしたかったコトとは? そして見掛けるコスプレの女性

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校正協力:スナツキン さん

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毎週土曜日、定期更新中


★★★クイズの正解発表★★★

第1話公開時、公開記念のクイズを行いました。正解発表をいたします。


<クイズ>

ヒロインが好きな食べ物は、次の内、どれでしょうか?


<正解>

 〇 A:カレーライス(理由:香辛料の匂いが好き)

 × B:オムライス(卵が苦手)

 × C:明太子パスタ(実は食べたことがない)



★★★正解者発表★★★


どまんだかっぷさん( https://kakuyomu.jp/users/domandacup

 代表作:M&A春風(エムエーはるかぜ)〜ボトムアップ買収・JV編〜

 M&A実務小説を書かれています。


烏目浩輔さん( https://kakuyomu.jp/users/WATERES

 代表作:〔書籍化〕ひとつの花に託す。

 現代ドラマやホラーの短編小説を多く書かれています。


おとふさん( https://kakuyomu.jp/users/otofuchee

 作品登録なし(読み専門、イラストレーター)

 動物やカメムシ襲来のイラストをご依頼をさせて頂いています。

 AI絵とは一味違う、温かな印象の人物・動物のイラストを描かれています。


左手でクレープさん( https://kakuyomu.jp/users/Egg774

 代表作:歪な猫姫と聖霊狼のあるじ。ときどき女神と親友と

 他にも「らいかんさんが逝く!」という異世界から飛び出す作品が楽しいです。


 4名のみなさま、おめでとうございます!


◆◆◆不正解だった方◆◆◆

 

琴音さん( https://kakuyomu.jp/users/kotone1225

 代表作:済州の庭(チェジュの庭)

 創作論「小説の技法~私の書き方」には多くの方が学んでいます。「愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ」の関連作品も掲載されています。


 大変惜しかったです。残念でした。


◇◇ 作品へのご感想、お待ちしています。 (^^♪

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