第3話 僕のキャンセルしたかったコト

 このスキー場で、今年19歳の僕は無敵だ!


 スキー場の活性化のため、2011年から全国160ヶ所以上のスキー場で、19歳はリフト券がタダになる。このスキー場もキャンペーンの対象ゲレンデなのだ。

 スキーにはリフト代以外の費用もかかるが、冬から春にかけて自由な時間が多い一年生にはありがたい。2年前のスキーでは、親に旅費を出してもらったけれど、今回のスキーは全て自分持ちだ。


 リフト券を手に入れた僕は、リフトを乗り継いで山頂まで上がり、足慣らしをしながら、山麓を目指して林間コースを滑り出す。


(リア充、発見!)


 まるでセンサーが付いているかのように、僕の目はある男女の姿を捉えた。転んだ女性を抱き寄せるように、男性が腕を回して助けている。 平日といってもクリスマスイブだったのでゲレンデにはカップルが目につく。


 一人でスキーやスノーボードを楽しむことを、という。誰にも気を遣わず自由に滑る。2年前はとしてスキーを楽しんだ。


(はいはい。こっちはクリぼっちですよ)


 今は一人でいることを強く意識して、カップルを見るだけで無性に腹が立つ。


 真っ白なゲレンデを滑りながら、封印した筈の苦々しい記憶が頭から滲み出てきて、僕の胸を締めつける。


◇――


 大学に入学した僕は、スキー部やスキーのサークルにお試し参加した。だけど、どこもアルペン競技や基礎スキーの活動しかしていない。モーグル競技をしている人が、名前だけ所属している所はあったが、フリースキーをしている所はなかった。

 ゴールデンウィークに合宿に参加したが、僕が求めているノリとは違った。


『じゃあ、一緒に滑ろうよ!』


 そう声をかけてくれたのは、オフシーズンの室内スキー場で知り合った、同じ大学の先輩だった。先輩は大学のサークル活動で室内スキー場に来ていた明るく活発な女性だった。


 先輩の所属するサークルは、スケートボードとスノーボードをする緩いサークルで、月に一度は室内スキー場で練習をしていた。僕は特別メンバーとして、インラインスケートとスキーで、そのサークルの活動に参加するようになった。


 サークルの活動をするにはお金がかかる。高校まではスキー道具を買うのも旅費も親に甘えていた。だけど自分で何とかしたいと思ったのだ。そして僕は先輩の紹介で、先輩と同じファミレスでアルバイトをすることになった。


 僕は先輩と同じフロアスタッフとなり、先輩から色々と教えてもらい、サークルではスケートボードやスノーボードのことも習った。このためスキーほどではないが、スノーボードもそこそこ滑れるようになった。

 

 僕たちは適度な距離感で、とても良い関係を築けていた。先輩は僕にとても親切だった。

 秋を過ぎる頃に、先輩を好きになっていることに気がついた。初恋という訳でもなかったけれど、それまでのとは明らかに類型が違うだった。


 その想いは強くはなっても、弱くなることはなかった。


 先輩には誰かと付き合っているような様子もなく、誰かに先を越されるなら、失敗しても気持ちを伝えたいと思った。


 12月の初め、アルバイトの終わりに、僕は先輩に告白した。


『――先輩はクリスマスは誰と過ごすんですか?』


『誰とも何も、バイトでしょ……。合宿の費用も結構かかるし……』


 ヨシッと心の中で呟き、拳に力が入る。


『そうですよね……。じゃあ、バイトの後、僕とクリスマス会をしませんか?』


『えっ? どういうこと?』


『僕と……付き合ってもらえませんか?』


『あっ、そうなんだ……。そういうこと――』


 先輩の顔色が変わった気がした。


『――僕ではダメですか?』


『ごめん。アキラ君は私にとっては弟なんだよね。恋愛対象じゃないんだ――』


『――そうなんですね……』


『本当にごめん――』


――◇


 先輩に告白しなければ、僕はクリスマスに先輩と一緒に笑いながら、ファミレスのアルバイトで過ごしていたと思う。

 そして、クリスマス明けから年末までは、サークルの合宿になっていた。だから僕が一人でスキーに来ることもなかった。

 

 僕は先輩の親切を、自分への恋愛的な好意と誤解していた。


(もう二度と自惚れた勘違いなんてしない――。サークルの合宿じゃなくて、告白をキャンセルできたら良かったのに……)


 苦い記憶を振り払うように、僕はスキーを走らせた。


 林間コースは、雪のない時期には林道になっていて、その途中に神社がある。僕はその前でスキーを停めた。ここは2年前に僕がウサギを見つけた場所だった。

 ただ神社といっても、山の安全祈願で使われているとても小さな神社だ。


 僕はウサギのことを想いながら祈った。


(助けられなくてゴメン……)


 僕は林間コースを使って山麓まで降り、再びリフトに乗車した。


――


 リフトの乗車と滑走を何度か繰り返し、もうすぐリフトの営業が終わろうとしている。もう一度滑ろうと僕はリフトに乗った。

 眼下のゲレンデを眺めていると、変わった格好のスノーボーダーを見つけた。


(何かのコスプレをして、滑っているのかな?)


 透き通るような水色の髪を束ねた女性で、専用のウェアではなく、白い着物を着ているようだ。ボードの上に何かマスコットのようなモノを付けている。よく見ると、ウサギのぬいぐるみだ。そして、キレのあるターンを描いている様子から、明らかに上級者のようだ。

 彼女を見ていて、僕はあることを思い出した。


(確か、2年前の夏に京都で会った女性も、同じ髪の色だった……あのときは、別れ際に『またいつか、お会いするような気がする』って言われたけれど、まさかね……)


 僕は見惚れて、女性の姿が斜面に隠れて見えなくなるまで、目で追った。


 クリスマスイブに、一緒に滑る相手もいない僕だったが、一人で滑る彼女を見掛けることができて、少し幸せな気持ちになれた。


 空からは粉雪が降り始めていた。



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【GIF漫画】僕のキャンセルしたかったコト

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330658597679751

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第4話 僕にスイッチを入れたモノ


 クリぼっちでスキーをする主人公、誰が何のスイッチが入れたのか?

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校正協力:スナツキン さん


★★★ファンアートを描いていただきました! ★★★

 イラストレーターの天古印刷/ぴょん吉さんと、うみさんからのファンアートを描いていただきました。

 ありがとうございました。お礼申し上げます。 m(__)m

 https://kakuyomu.jp/users/tuyo64/news/16817330656884457315

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