一目惚れして先走った結果

1

 フレデリク・ジツェルマンは貴族御用達の仕立て屋の息子だ。

 平民とはいえそこそこ裕福な暮らしが出来ている。

 この日、フレデリクは家の手伝いで伯爵家に仕立てた服を届けに行った。

 そしてその帰り、公園を通っていた時の事だ。

 池のほとりにたたずむ、フレデリクと同じ十八歳くらいの少女がいた。

 ウェーブがかった栗毛色の髪、憂いを帯びたヘーゼルの目。

 フレデリクはその少女に釘付けになっていた。

「やあ」

 フレデリクは少女に話しかけた。

 少女は驚いたようにフレデリクを見る。

「俺はフレデリク。ジツェルマン。君の名前を教えてくれるかな?」

「……ウジェニー。ウジェニー・ユルフェ」

 少しの沈黙の後、少女はそう答えた。

 そして気付けばフレデリクはとんでもない事を口走っていた。

「よし、じゃあウジェニー、俺と結婚しよう」






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「一目惚れした初対面の女の子にいきなりプロポーズしただってぇ!?」

 翌日、話を聞いたフレデリクの友人、ギヨームが驚いていた。

「フレッド、あんた、それはないわ」

 同じくフレデリクの友人、クロエは呆れていた。

 フレデリク、ギヨーム、クロエの三人は同い年で幼馴染である。

「馬鹿だって分かってる。でも気付いたら口に出てたんだ」

 フレデリクはがっくりとうなだれる。

 先日、フレデリクがいきなりプロポーズした後、ウジェニーは驚いて逃げてしまったのだ。

「そりゃあ、その子にとったら得体の知れない男からのプロポーズだもん。逃げるに決まってる。あたしだって初対面の男にいきなりプロポーズされたら逃げるよ」

「てか初対面で結婚とか、政略結婚のお貴族様じゃあるまいし」

「お貴族様でもいきなりプロポーズはしないでしょ。親が決めた結婚相手はいるでしょうけど」

 クロエとギヨームに散々言われ、フレデリクは更にうなだれる。

「ま、フレッドは緊張するととんでもない言動をするからな」

「見た目はそこそこいいんだけどね」

 確かにクロエの言う通り、ブロンドの髪にグレーの目のフレデリクは、世間一般で言う美男に入る。

 フレデリクは長大息ちょうたいそくを漏らした






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 数日後。

 フレデリクは客先に出向いた帰りに公園を歩いていた。池のほとりをキョロキョロと見回しているフレデリク。ウジェニーを探しているみたいだ。

(流石にいないか)

 見つからなかったことに、ホッとしたような、寂しいような気持ちになった。

 フレデリクは公園から立ち去ろうとした。

 その時、人目につかないベンチに座り、涙を流しているウジェニーを見つけた。

 気付いたらフレデリクはウジェニーの元へ向かっていた。

(どうやって話しかける? それに、泣いてる。……そういえば、初めて会った時も悲しそうな表情だった。……君の笑顔が見たい)

 少し考え、フレデリクはそっとウジェニーにハンカチを差し出した。

 ウジェニーは驚いて顔を上げる。

「貴方は確か……フレデリク……よね?」

「覚えていてくれたんだ。その……前は突然あんなこと言ってすまない。……とりあえず、これで涙を拭いて」

 緊張でフレデリクの手は震えていた。

「ありがとう」

 ウジェニーは微かに口角を上げ、ハンカチを受け取り涙を拭く。

「前に会った時も今も、君は悲しそうな表情だね」

「そうだったわね」

「その……もしよければ、話を聞くけど。あ、もちろん嫌ならいいよ。えっと……誰かに話したら楽になったりするから……さ」

 緊張してしどろもどろになるフレデリク。

 ウジェニーはほんの微かに笑った。

「貴方にとってはつまらない話かもしれないわ。それでもいい?」

 フレデリクは何度も首を大きく縦に振った。

「私、失恋したの。その人、最近婚約者と結婚したのよ。その人は貴族で子爵家の人だったから、私みたいな平民とは絶対に結ばれる事はないって分かっていたけど、いざとなるとやっぱり辛いのね」

 ウジェニーのヘーゼルの目からは涙が零れおちる。

 この時代、身分違いの恋や結婚は許されず、結ばれることはない。ジゼルとアンリのように駆け落ちする者の方が少数なのである。

「そっか。その人のこと、本当に好きだったんだね」

 フレデリクの言葉に対し、ウジェニーは頷いた。

 もう涙は止まっており、微笑んでいた。

 それはしがらみなどから解放されたような、スッキリとした綺麗な笑みだった。

 トクン、とフレデリクの鼓動が高鳴る。

「フレデリク、話を聞いてくれてありがとね。何だかスッキリしたわ」

「そっか、良かった」

 フレデリクはウジェニーの笑顔が見れ、嬉しくなった。

「あの……さ、前はいきなり結婚しようとか言っちゃったけど……ゆっくりでいいから、俺のことを見てくれないかな?」

 緊張はしているが、フレデリクは真剣な表情でウジェニーを見る。

 ウジェニーはフレデリクの真剣さを理解し、真面目な表情になった。

「そうね……。いきなりは難しいけれど」

 そしてウジェニーは微笑む。

「まずは友達からでどう?私、まだフレデリクのこと全然知らないから」

「うん。俺も、ウジェニーのことを色々知りたい」

 二人は握手を交わす。

「じゃあウジェニー、まずは友達として、よろしく」

「こちらこそ、フレデリク」

「フレッドでいいよ。幼馴染はみんなそう呼んでる」

「フレディって呼んじゃ駄目?私、そっちの方が呼びやすいの」

 ウジェニーはクスッと愛らしい笑みを浮かべる。

「もちろんいいよ」

 フレデリクも自然と笑みが溢れる。

「ウジェニー、もしよければ、来月の女王陛下誕生祭、一緒に回らない?昏睡状態だった女王陛下がお目覚めになったことだし、今年はいつもより盛大になるみたいだよ」

「そうね。今年もタルトタタンの屋台は出るかしら?」

「きっと出ると思うよ。一緒に食べよう」

 二人はクスクスと笑いあっていた。

 まずは友達から始めてみよう。

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