君がくれた魔法の言葉

1

「やーいやーい! お前の髪、変な色!」

「マリユスの顔、変なブツブツもあるぞー!」

 癖のある赤毛、頬と鼻のそばかす。

 マリユス・プランタードは小さい頃、いつもその容姿を近所のガキ大将達に揶揄からかわれていた。

  ガキ大将達は大柄で、小柄なマリユスでは簡単にやられてしまう。

 マリユスはグレーの目に悔しそうに涙を溜めていた。

「ねえねえ、マリユスってずっとあんたの事見てるよね。もしかしてあんたが好きだったりして」

「うーん……マリユスかぁ……。あたし、赤毛でそばかすのある人ってあんま好みじゃないんだよね」

 更に、当時想いを寄せていた少女にもそう言われてしまったので、マリユスにとって自身の赤毛とそばかすは相当なコンプレックスになってしまった。







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 十四歳になった現在でもマリユスは赤毛とそばかすに対するコンプレックスは消えず前髪を伸ばし、外出するときは常に帽子を目深まぶかにかぶっている。

 この日、マリユスは両親が女王陛下誕生祭に出店している屋台の手伝いをしていた。

 タルトタタンの表面をキャラメリゼし、甘い香りが漂う。それにつられて客がやって来る。

「タルトタタン二つ貰えるかな?」

 ブロンド髪にグレーの目の美少年からの注文だ。その隣には、ウェーブがかった栗毛にヘーゼルの目の可愛らしい少女がいる。友人よりやや親密だが、恋人よりはややよそよそしく見える二人だ。

 マリユスは注文を受け、出来立てのタルトタタンをさっと切り分けた。

「お待たせしました」

 マリユスはタルトタタンを受け渡すと、代金を貰った。

「美味しそう。私、ここのタルトタタン大好きなの。でもフレディ、本当にお金出してもらっていいの? 何か申し訳ないわ」

「気にしないでウジェニー。ただ俺がそうしたいだけだからさ」

 楽しそうにさっていく二人。

 マリユスは少し羨ましそうに見ていた。

(僕も赤毛じゃなくてそばかすもなくて、あんな風にカッコよかったらな……)

 マリユスはため息をついた。

「マリユス、タルトタタンもう一つ作ってるから、また仕上げのキャラメリゼ頼むぞ」

「あ、うん。分かったよ、父さん」

 マリユスは父親から声を掛けられて、慌てて返事をした。







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 手伝いを終えたマリユスは、いくつか荷物を家へ運んでいた。

 その最中、誰かとぶつかった。それにより荷物をぶちまけてしまった。

「ご、ごめんなサい! 大丈夫でスか!?」

 相手は少し外国語訛りの言葉で謝ってきた。

 一つに束ねられた長い栗毛にアンバーの目の、マリユスより少し年上に見える少女だ。彼女の背丈は少女の平均より少し高く、小柄なマリユスより頭半分程大きい。

 少女は慌ててマリユスがぶちまけた荷物をかき集める。

「気にしないでください」

 マリユスは俯きながら荷物を拾う。

「壊レた物とかナいでスか?」

 マリユスは荷物をあらかた確認する。

「大丈夫そうです」

「よかっタ〜」

 マリユスの答えに心底安心した少女。

「あの、私手伝いまス。私が半分持てバ、前が遮らレないかラ」

 少女はひょいとマリユスの荷物を半分持った。

「いや、大丈夫です。これは僕のなんですから。それに、女性に持たせるのは悪いですし」

「そンなの気にしナい気にしナい! 私は私ノ出来ルことをスるんだかラ!」

 少女はニコッと笑った。屈託のない笑みだ。

 マリユスは少女に押し切られる形で荷物を半分運んでもらうことになった。

「私、リシェ・アーンストート。貴方の名前を教えテ」

 リシェはニッコリ笑い、マリユスの顔を覗き込む。

 マリユスは俯いて帽子を更に深くかぶり、顔を背けた。

「マリユス・プランタードです。……僕、人に顔を見られるのは好きじゃないんです」

「どうしテ?」

「僕の顔は醜いからですよ。貴女だってきっとそう思いますよ」

「そうかナ?」

「そうですよ。百人いたら百人が僕の顔は醜いって言うでしょう」

 卑屈になるマリユス。

「そンな事なイと思うケど。でも、じゃア今は無理強イはしないネ」

 リシェは優しく微笑んだ。

「私ネ、最近ドレンダレン王国からナルフェック王国に引っ越シて来たノ」

「ドレンダレン……!?」

 マリユスにとって聞き覚えのある国だった。

 ドレンダレン王国は平和な国だったのだが、最近悪徳貴族によるクーデターが起こった。そして王族が皆殺しにされ恐怖政治が始まったのだ。

「そう。引っ越シて来たっテ言うヨり、逃げテ来たノ。お父サんトお母サんと一緒に」

 リシェは悲しそうに笑うが、すぐに明るい笑顔になる。

「生マれ育ッた故郷ガ壊れチャうノは悲シいけド、生きテさエいれバ何トかナるかラ」

「強いですね、リシェさんは」

 マリユスは目の前にいる少女に畏敬の念を抱いた。


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