結婚後に愛は芽生えるのか

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 ナルフェック王国の女王、ルナ・マリレーヌ・ルイーズ・カトリーヌは今年で十七歳になる。

 ルナには七つ歳の離れた兄のレオがおり、本来ならレオが王位を継承するはずだった。しかし十四年前、一悶着の末レオが現ネンガルド王国女王、アイリーンの王配になることが決まった。理由はネンガルドの王位を継承するはずだったアイリーンの姉が突如病死したからだ。これによりアイリーンの王位継承順位は一位となり、女王に即位する事が確定した。レオもアイリーンもそれぞれの国で王位継承順位は一位。このことでどうするか両国は揉めたのだ。当時ルナはまだ三歳だったのであまり覚えてはいないが、下手すれば戦争になりかねない勢いだった。

 しかし、ナルフェック王国とネンガルド王国は互いに協力体制を取っておきたかった。何故ならナルフェック王国は製糸産業と農業が盛んで食糧が豊富だが、金属類の資源が乏しい。ネンガルド王国はその逆で、金属類の資源は豊富だが、農業や製糸産業が弱い。お互い弱い資源をお互いの国から輸入しているのである。

 話し合いの末、レオがネンガルド王国へ婿入りする事が決まった。アイリーンには弟妹がいなかったからだ。

 そしてルナの女王教育は五歳から始まった。

 ルナは並外れた頭脳を持っていたので、政治、他国の言語、女王としての振る舞いなど、必要なことはすぐ身につけた。

 そしてルナが十五歳の時、不幸にも当時の国王と王妃、つまりルナの両親が亡くなった。

 他国王室主催のパーティーの来賓として呼ばれていたその帰りに、乗っていた船が沈んだのだ。その事故での生存者は誰もいなかった。

 ルナは十五歳で女王として即位した。

 王室や貴族の利権ではなく、国民のことや国の将来をきちんと考えていたルナ。当初は貴族からの反発もあったが、国民の暮らしが良くなると国も発展し、結果として貴族達の懐も潤ったので、文句を言う者がいなくなった。

 もちろん、国民によるクーデターなどの対策もしっかりしていた。

 おまけにルナは大層美しく気品にあふれていた。陶器の様な白くきめ細かい肌月の光に染まったかのようなプラチナブロンドの艶やかで真っ直ぐな長い髪、そしてアメジストのような神秘的な紫の目。そしてスラリとして並大抵の男よりも高い背丈だったので、国民からは"完璧な女王"、"最強の女王"などと慕われていた。

 さて、そんなルナにも幼い頃に両親が決めた婚約者がいる。

 隣国、ユブルームグレックス大公国の大公子、シャルル・イヴォン・ピエール・ド・ユブルームグレックスだ。

 シャルルはルナより一つ年上である。

 ルナは自身の六歳の誕生日パーティーでシャルルと初めて顔を合わせた。

 お淑やかで思慮深いルナとは違い、シャルルは無邪気で明るく、前向きで真っ直ぐだった。

 その後、ルナはシャルルと定期的に文通をした。

 シャルルからの手紙には、日々の面白い出来事などが書いてあったが、政治がきちんと分かっていたので、パートナーとしては上手くやれそうだとルナは思った。

 そして現在、ルナはもうすぐシャルルと結婚する。






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「お久し振りでございます、ルナ様」

 いよいよ結婚式間近になり、ルナはナルフェック王国入りしたシャルルと顔を合わせていた。

 昔会った時より遥かに背が伸び、ルナより少し高い身長のシャルル。太陽の光にを吸収したようなブロンドの髪にサファイアのような青い目で整った顔立ち。宮廷画家の描く女王夫妻の肖像画がもし市場に出回る様な事があれば、皆喉から手が出る程欲しがるだろう。

「お久し振りですね、シャルル様。ご立派に成長しましたね」

 ルナはミステリアスで上品な微笑みを浮かべた。

「ありがたきお言葉です。しかし、ルナ様の方がご立派ですよ」

 シャルルは真っ直ぐな、嘘偽りのない笑みを向けていた。

 数日後、王都ではルナとシャルルの結婚式が盛大に行われた。

 この世のものとは思えない程美しく、神々しい女王夫妻に、国民はうっとりしていた。






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 結婚後、ルナとシャルルは政治面などではとても上手くいっていた。しかし、とある面でお互い決定的な考えの違いがあった。

 ある日の午後、公務を終えたルナは、護衛のジャンと侍女のマノンと共に王宮にある薔薇ばら園にいた。

(やはり、美しいわね)

 ルナはうっとりと微笑んだ。

 ここに咲き誇る紫色の薔薇は、ルナの為に品種改良されたものだ。

 品のある紫のドレスに紫の薔薇。ルナは紫がよく似合っていた。

 薔薇をでるルナの元に、シャルルがやって来る。

「ルナ様、こちらにいらしたのですね」

 シャルルは満面の笑みだ。

 ルナは上品な微笑みを浮かべる。まるで薔薇が咲いたかのような笑みだ。

「とても綺麗な薔薇ですね。まるでルナ様みたいです。ご一緒してよろしいですか?」

「ええ、勿論です。わたくし達は夫婦なのですから、遠慮は必要ありませんわ、シャルル様」

「では、遠慮なく」

 ルナとシャルルは共に薔薇を愛でる。

 薔薇が好きなルナはうっとりとした微笑みだった。

 シャルルはそんなルナをチラリと見て優しく笑う。

「女王陛下、王配殿下、そろそろティータイムのお時間でございますが、こちらまで運ばせましょうか?」

「そうですわね。そうしてちょうだい」

 侍女のマノンに対してルナはそう答えた。

 しばらくすると、キームン紅茶と苺のタルトが運ばれてきた。

 薔薇園での優雅なティータイムだ。

 苺のタルトを一口食べ、ルナは微笑む。

「ルナ様は苺のタルトがお好きなのですね。初めてお会いした時、苺のタルトをお食べになって嬉しそうでしたから」

「ええ、そうですわ。シャルル様はよく覚えていますわね」

 ルナはいつもの上品な微笑みだ。

「あの……ルナ様……」

 シャルルは言いにくそうな顔で少し俯く。

「ジャン、マノン、それからジルベールも少し席を外してちょうだい。勿論、わたくし達が見える範囲にいてくれたらいいわ」

 ルナはシャルルが他人がいる場所では言いにくい話をしようとしているのを察し、護衛のジャンと侍女のマノン、それからシャルルの護衛のジルベールを少しの間自分たちから遠ざけた。

 何かあるといけないので、目の届く範囲にはいてもらっているが、会話は聞こえにくくなるだろう。

「さあ、これでお話ししやすくなりましたわよ」

「ありがとうございます。……ルナ様は、結婚に愛は必要だとお思いですか?」

 ルナはきょとんとする。そして再び上品な微笑みを浮かべる。

「いいえ、そうは思いませんわ。結婚はビジネスあるいは、お互いが背中を預け合い戦うことだと考えております。信頼は必要でも、愛は必要ないかと思いますが」

「そうですか……」

 シャルルは少し俯く。

「ルナ様の仰ることはよく理解できます。国同士や貴族同士の政略結婚はビジネスですからね。ただ……やはり僕は、結婚には愛がある方が理想的だと考えています。僕の両親は、政略結婚とはいえ愛し合っていましたから」

 シャルルは少し寂しそうに笑った。

「シャルル様、わたくしは貴方を信頼しておりますし、尊敬もしておりますわ。シャルル様は国民のことをきちんと考えていますから。わたくしはシャルル様とならこの国を更に良くすることが出来ると考えております」

「そう仰っていただけるのはとても光栄です。僕も、ルナ様と共にこの国をもっとよくしていきたいです」

 シャルルはそこで一旦キームン紅茶を一口飲む。

「ただ僕は……ルナ様のことを愛しています」

 シャルルのサファイアの目は、真っ直ぐルナのアメジストの目を見つめていた。

「お好きなものを愛でる時や好物をお食べになる時の表情がとても魅力的です。それから、ルナ様と文通したり、時間を共有するこおはとても楽しいです」

 先程とは打って変わり、シャルルは満面の笑みだ。

「僕はルナ様を愛しています。しかし、だからルナ様も僕を愛してくださいとは言いません。ルナ様から信頼されているだけで充分です。ただ、僕が勝手に気持ちを伝えたかっただけです。ルナ様、これからもこの国をよくしていきましょうね」

 満面の笑みのシャルルだ。

 シャルルは昔と変わらず、無邪気で明るく、前向きで真っ直ぐだった。

 ルナはきょとんとする。

 シャルルは不思議な人だ。

 ルナはそう思ったが、嫌悪感はなかった。

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