うるさい街

@MeiBen

うるさい街



そこはとても静かな街でした。

でも人が住んでいないわけではありません。

たくさんの人が住んでいました。

でもみんなとても静かに生活していました。


みんな芸術が大好きです。

時間のある時は、必ず美術館や音楽ホールに行きました。

もちろん読書も大好きでした。

そうすると、みんな静かになるのです。

美術館に行くと絵画を静かに鑑賞します。

音楽ホールでは喋ってはいけません。

読書中も誰とも話しません。

みんなみんな静かです。

だからこの街は自然と静かな街になりました。


芸術家や音楽家、作家はこの街が大好きでした。

静かな環境で創作に集中できるからです。

みんなが自分たちの作品を静かに鑑賞してくれるからです。


ある時、一人の男が街に訪れました。

旅人です。

男は何か歌を歌っています。

聞いたことのない歌です。


"今日が僕の命日なら"

"僕は一体何するでしょう?"

"彼女とデート"

"ドライブデート"

"だけども僕には車がない"

"運転免許も持ってない"

"決めたぞ、今日はお散歩デート"


街の人は男の歌を聞いて鳥肌が立ちました。

なんてくだらない歌なんでしょう。

なんてつまらない歌なんでしょう。

こんな歌を聞いてはダメです。

自分たちにも子どもたちにも悪い影響を与えます。

大人たちは男の歌を聴かないように子どもたちに注意しました。

でも子どもたちはすでに男の元に集まって一緒になって歌い始めてしまいました。


"今日が僕の命日なら"

"僕は一体何するでしょう?"

"友達とかくれんぼ"

"この街ぜんぶでかくれんぼ"

"だけども一人じゃできないぞ"

"さあさあ、みんなこの指とまれ"


子どもたちは男の歌を真似て思い思いに歌いました。

ある子供が歌うと、また別の子供も歌います。

そうやって、街中の子供が歌を歌いました。

一つとして同じ歌はありません。

みんなみんなバラバラです。

合唱なんかじゃありません。

それはそれはうるさい歌です。

大人たちは怒って子どもたちを叱りました。

でも子どもたちの歌は夕方になるまで続きました。

夕方になってお腹が空いてくると子どもたちは歌うのをやめました。


次の日、男は砂場に絵を描きました。

砂場を全部使って大きな絵を描きました。

でも、それが何なのか分かりません。

男は犬だと言いました。

でも鼻もありませんし、尻尾もありません。

とてもとても犬には見えません。

"違うよ、犬はこう描くんだよ"

そう言って子どもたちも砂場に絵を描きました。

最初はみんな犬を描きましたが、次第に思い思いの絵を描きました。

猫の絵やライオンの絵、車の絵や飛行機の絵、お母さんとお父さんの絵。

気がつくと街中の砂場が絵で埋まりました。

もう絵を描く場所がありません。

"そうだ、学校の黒板だ"

"カバンに絵を描こうよ"

"みんなの服に絵を描こう"

"紙を張り合わせて大きくしよう"

みんな思い思いの場所に絵を描きました。

またしても大人は怒りました。

でも子どもたちは止まりません。

また夕方になるまで子どもたちは絵を描き続けました。

夕方になってお腹が空いてくると子どもたちは描くのをやめました。


次の日、男は広場で紙芝居をしました。

"ある村におじいさんとおばあさんが住んでいました"

"ある日、おじいさんが山で子犬を拾いました"

"おじいさんは子犬を家に連れて帰りました"

"おばあさんは喜びました"

"おじいさんもおばあさんも動物が大好きでした"

"さて子犬に名前をつけないといけません"

"子犬の名前は何がいいでしょう?"

"ポチはどうだ?"

"ありきたりすぎる"

"キャンディなんてどう?"

"呼びにくいだろう"

"犬太郎にしよう"

"絶対に嫌"

"ブラウニーはどうかしら?"

"意味がわからん"

"いつまで経っても子犬の名前は決まりません"

"でもある時、おじいさんとおばあさんは気づきました"

"子犬がある言葉に反応しているのです"

"それはサンポでした"

"子犬の名前はサンポに決まりましたとさ"

"おしまい"


話を聞いていた子どもたちから不評の嵐です。

たまたま聞いていた大人たちからも大不評でした。

つまらない、おもしろくない、僕ならもっと面白い話ができる。

子どもたちはそうやってみんな思い思いに物語を創り始めました。

そして創った話を大声で話します。

でもみんな話し手になってしまって聞いてくれる人がいません。

それでも構わず子どもたちは大声で自分の創った物語を読みました。

またしても街はうるさくなってしまいました。

もう大人たちは怒りません。

どうせ夕方になれば止めるのだから、放おっておくことにしました。

そして夕方になると街は静かになりました。


男が来てから街はすっかりうるさくなってしまいました。

毎日毎日、子どもたちの歌声がします。

毎日毎日、子どもたちは街中で絵を描きます。

毎日毎日、子どもたちは物語を読みます。

大人たちは最初は無視していましたが、だんだん子どもたちの歌を聞くようになりました。

子どもたちの絵を見るようになりました。

子どもたちの物語を聞くようになりました。

そうすると子どもたちは嬉しくなってもっともっと歌いました。

もっともっと描きました。

もっともっと読みました。


夜になると今度は逆です。

子どもたちは大人たちに歌ってほしいとせがみました。

絵を描いてほしいとせがみました。

物語を読んでほしいとせがみました。

大人たちは仕方なく歌ってあげました。

絵を描いてあげました。

物語を読んであげました。

子どもたちは喜びました。

するとだんだん大人たちも歌うのが好きになりました。

絵を描くのが好きになりました。

物語を読むのが好きになりました。


それからはもうこの街は止まりません。

街中の人が歌いたがります。

街中の人が描きたがります。

街中の人が読みたがります。

もう誰も止める人はいません。

この街はすっかりうるさい街になってしまいました。


芸術家たちは嫌気がさして街から出ていきました。

でも街の人は気にしません。

この街はもう芸術で溢れています。

芸術家に頼る必要なんてありません。

自分たちで好きに創れるのです。


気がつくとあの男はもういなくなっていました。

あの男はどこへ行ったのでしょう?

きっとまた別の街をうるさくしに行ったのでしょう。


終わり

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