第3話「今聞かされる衝撃の真実ぅ」
お父様を回収……か。
敬ってるのかそうじゃないのか分からない言い方だ。
ただ、これで父さんが実家に無断で俺の所に来たんだと察した。
大体スマホを持って来てない時点で、実家から追跡されるのを嫌がってわざと忘れてたんじゃないかと思ってたし。
「で、お父様はどこ?隠すと為にならないわよ」
「あっち」
ここで父さんと庇うと良くない事をされると思ったので、素直に父さんが入った俺の寝室を指した。
それを見たマリン姉さんはすぐに部下と一緒に俺の寝室に入る。
「あら、クローゼットの中に隠れるとか、お行儀が悪いですわよ?お父様」
「マ、マリン!見逃してくれ。父さんは休みたいんだ!」
「ダメですよ。今日は大事な営業なんですから」
営業か。
なるほど、それで父さんが俺の所に逃げて来たのか。
父さんは普段、仕事をせずに母親一人一人とデートばかりしてヒモの如く過ごしているが、たまに仕事を振られる事がある。
その内容は、取引先の女性幹部からの指名で父さんが接待する事。
悪い言い方をすれば枕営業だ。
もうアラフォーになるってのに白髪以外未だ若く見えて端整な顔立ちの父さんは未だ女性から人気が強くて、たまにだけど定期的に接待の指名が入る。
そして父さんにとっては残念な事に、本来なら反対する立場の母親たちはほとんどが性癖を拗らせているので喜んで送り出すのだ。
今や抵抗するのは父さんだけで、社会人になった長女のマリン姉さんからも売られる始末。
間もなく父さんは部下の人たちに連行される形で俺の寝室から出て来た。
「和人!和人も何か言ってくれ!」
「……オシゴトイッテラッシャイ」
父さんが俺を見て頼んで来たが、俺は目を逸らして答えた。
息子の立場としては複雑な気持ちだが、育てて貰ってる身分では父さんの扱いについて何も言えない。
我が花京院家を仕切るのは母親たちなんだから。
「……そんな……!」
「じゃあ早速連れて行って」
俺も味方じゃないと知って絶望した父さんは、マリン姉さんの指示でそのまま外に連れ出されて行く。
学生の頃から色々活躍して五輪などの国際大会で優勝したり、俳優としてドラマや映画に出てヒットさせた事もあるハーレム男の父さんが、今や家族に切り売りされるだけな都合のいいイケメンとか。
世知辛いってもんじゃねぇな。
父さんを反面教師として見習って、俺はハーレムとかふざけた事考えずに恋愛も結婚もちゃんと一人だけとしようと心に決めた。
「それにしてもあんた、気に入られているわね」
まだ残っていたマリン姉さんが、不意にそんな事を言って来た。
「ん?俺が?誰に?」
「お父様に決まっているでしょう」
「そうなのか?」
「逃げ先の候補は他にもたくさんあるのに、わざわざあんたの所を選んで来たじゃない」
「はあ。俺より出来のいい子供は他に沢山いるのにな」
目の前のマリン姉さんとか、恭吾兄さんとか、他の兄弟姉妹とか。
「むしろあんたが普通寄りだから、それが気に入っているんでしょう。ほらダメな子ほど可愛いって言うじゃない」
「あまり頷きたくない理由だな……」
「何にせよ、気を付けなさい。あんたよりもお父様がずっと好きな子もいるんだから。その子だちの嫉妬を買って害されないようにね」
「……ああ、ありがとう」
ファザコンの気がありそうな妹の顔を思い出しながら、俺は頷いた。
「あと、今年で受験があるのでしょう?浪人なんかして花京院家の看板に泥を塗ったら許さないわよ」
「そうならないように頑張るよ」
きつい言い方だが、これはしょうがない。
マリン姉さんは唯一本当に花京院の血を継ぐ嫡子で、その分花京院家としてのプライドが高い。
だから花京院家の看板に泥を塗る相手には親類でも、いや親類だから厳しいのだ。
特に今は恭吾兄さんとグループ後継者の座を競ってる最中だからもっとピリピリしている。
「和人~。朝から何か騒がしいけど、何かあった?……ってマリンさん?」
そこでサオリが自分の家の中みたいに入って来て、マリン姉さんと目が合った。
「おはよう。久しぶりね、サオリ」
「はい、おはようございます」
サオリはぺこりと頭を下げて挨拶を返す。
当然だが、この二人も同じ家で育ったので知らない仲じゃない。
「……えっと、恭一さんに用事で来たんすか?」
「そうよ。お父様って実は内緒でこっちに逃げて来てたから回収しに来た訳」
「そうでしたか。えっと、お疲れ様です?」
「ええ」
そこで会話が一回途切れた。
マリン姉さんって、何故かサオリに対して壁がある感じなんだよな。
まあ、ほとんど同じ家で育ったとは言えど姉妹ではなく他人で、歳も離れているから気まずいのが自然なのかも知れないが。
「それじゃあ私は帰るけど。最後に和人、ちょっと耳貸しなさい」
「ん?」
マリン姉さんが手招きしたので、俺は素直にマリン姉さんを前に近寄って耳を差し出した。
「あんた、まだサオリの事狙ってる?」
サオリには聞こえないような小声で、マリン姉さんが聞いた。
「そう……だけど」
俺もマリン姉さんに倣って小声で答える。
てかこれ言うのちょっと恥ずかしいな。
「忠告するけど。未だに落とせないようならさっさと諦めた方がいいわよ」
「それって、やっぱりサオリが恭吾兄さんを狙ってるからとか?」
「……あんたは知らないでいる方が幸せよ。とにかく、私はちゃんと忠告したからね。じゃあ」
最後は突き放すように言い切って、マリン姉さんは俺の部屋から出て行った。
「マリンさん、久しぶりに会ったけど仕事の出来る大人って感じでカッコ良かったねー」
サオリはマリン姉さんが去った玄関を見ながら、独り言みたいに呟く。
「まあ、入社はコネだけど大学は首席で卒業したエリートらしいからな」
その仕事内容の一部が、父さんを営業に連れ出すって所がアレだけど。
「所で和人って、国立のK大を志望してたよね?」
「まあ、そうだけど」
ウチの兄や姉は大体その大学に進学したので、俺も前例に倣っただけだ。
「じゃあ、取りあえず私もそこにしようかなー。恭一さんにも進学した方がいいと言われたし」
「そうか。じゃあ一緒に頑張ろう」
K大は一応、国内で五本指に入る競争率なので気軽に入れる所ではないが、まあサオリの成績なら大丈夫だろう。
それに、俺とサオリが大学に入るのと入れ替わるように恭吾兄さんは卒業する。
なら片方だけ滑ったりしない限り、俺にもまだチャンスは沢山あるはずだ。
取りあえず今は確実に受かるように頑張ろうと決心した。
しかしその決心も、卒業式の日に崩れ去る事になるとは思わなかった。
卒業式までに、まあ色々あった。
俺もサオリも結構な頻度で告白されてそれを断ったり。
なんか勝手に気取った他校の男子からサオリを賭けた勝負を吹っ掛けられて返り討ちにしたり。
俺が生徒会長を引退し、妹が選挙に当選して次の会長になったので引継ぎをしたり。
俺もサオリも無事に入試に受かった記念に実家でちょっとしたパーティを開いて、雰囲気が盛り上がった勢いでサオリに告白するもまた振られたり。
そんな感じで色々あってついに卒業式の日となった。
卒業式は問題なく終わり、校内のあちこちで卒業生が家族から卒業を祝って貰ってたり在学生の後輩と涙のお別れをしている。
俺はと言えばサオリや生徒会長の妹と一緒に卒業式を見に来てくれた家族と合流し、父さんが予約したレストランに移動して食事会をしている。
家族からは父さんや俺の実母、妹の実母、そしてサオリのお母さんが来ていた。
そこで俺とサオリは親たちから卒業を祝って貰い、妹は生徒会長兼在学生代表として立派に仕事をこなした事を褒められた。
後は俺とサオリが大学へ楽に通学するために別の部屋に引っ越しするか、いっそ漫画みたいに実家から運転手付きの車で通うかどうか等を聞かれたが。
「あの、恭一さん。大事なお話があります」
そこで、サオリが畏まった態度で切り出した。
「何だ?また畏まった呼び方をして。何かのお願い事なら、卒業祝いに大抵の事は叶えてやれるぞ」
父さんは娘のおねだりに構える父親みたいな態度をする。
まあ、実際そんな気持ちだろうな。
子供の頃からサオリと俺や兄弟姉妹と一緒に育って来たし、自然とサオリのお母さんともいい感じになってるしな。
しかしそんな感想も、続くサオリの言葉で吹き飛ばされる。
「私、後藤沙織は花京院恭一さんが好きです!私と結婚してください!」
「「………は?」」
サオリの口から出たあまりにも予想外な言葉に、俺と父さんが声を揃えて驚く。
「………」
しかし驚いたのは俺と父さんと妹だけで、母親たちは我関せずって感じで口を閉ざしている。
その様子を見るに、母親たちは前もってサオリの気持ちを知ってたのか、知らなかったけど反対する気はなさそうだった。
そして告白された当事者の父さんは困惑したまま目を回し……
「…………さらだば!」
この場に頼れる味方が無いと判断したのか、急に立ち上がって脇目も振らず逃げ出した。
一方、俺はショックを受けたまま取り残された。
は?え?は?
俺の初恋って、父さんに取られて失恋するのか?
あり得ないんだが!
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