第2話「割と平和な親子のひと時」

 一人暮らし(実質サオリと同居だが)してる自分の部屋に帰って来たら、父さんが来ていて夕飯を作ってた。


 父親だし、合鍵を持って俺の部屋に入って来てるのはまあ分かる。


 でも連絡も無しに急に来たのには驚いた。


「来るなら前もってレインくらい送ってくれよ。驚いたじゃないか」


「ああ、それは悪い。こっちに来てからスマホを家に置いて来たのに気付いてな。まあ、スマホくらい数日なくても構わないし、お前に連絡しなくてもそこまで大事にはならないと思ったんだ」


 父さんは鍋に注意を払いながら、俺の文句に答える。


 ジッと父さんの顔を睨む。


 もうアラフォーなはずなのに、まだ二十代後半だと言っても信じられちゃうくらい若く端整に見えるこの人が自分の父親とかたまに信じられなくなる。


「母さんたちはいいのか?」


「今日はお休みを貰った」


「それは珍しいな」


 ハーレムの大黒柱な父さんは日替わりで母親一人一人と独占デートするとしても他の母親は平気で10日待ちになるので、父さんに母親の相手をする以外の事ができる時間はほぼない。


 パッと見ヒモみたいに思えても、父さんは毎日母親たちと仲良くするのが仕事だと言っていい。


 だから父さんが自由に出来る休みを貰うのは本当に珍しいのだ。


 と言うか、父さんが仕事をすると必然的に母親たちに割ける時間が減るのでむしろ母親たちからヒモ生活を勧められるくらいだ。


「で、貴重な休日になんでこっちに来たんだよ」


「いや、和人はそろそろ受験だろ?気になって様子を見に来たんだ」


「心配なら今年一人暮らしを始めた妹にやってくれよ」


「あの子の所にも行こうとしたさ。でも鬱陶しいから来るなって……な」


 あー分かる。俺も今そんな気持ちだから。


 自分のプライベートスペースに親が入って来ると反感が湧くんだよな。


 これが思春期って奴か。


 鬱陶しいって理由じゃなくても、父さんと交流する時間を取られたと母さんたちに恨まれる可能性もあって怖いのもある。


 ウチの母親たちは父さんと子供を天秤に掛けると、迷う時間の差はあれど皆父さんを選ぶくらいに愛情が重いのだ。


 逆にその分、父さんが俺ら子供たちを気に掛けるのかも知れないが。


「……明日には帰ってくれよ。長居されると俺が母さんたちに睨まれるからな」


 色々思う所はあるが、心配して様子を見に来てくれた父さんを追い返す真似は出来なかったので渋々受け入れた。


 と言うか、父さんをぞんざいに扱うと俺が母親たちに殺される。


「ああ、ありがとな」


 息子の俺に拒絶されなかったのが嬉しいのか、父さんの声が若干弾んでるように聞こえた。


「あの、恭一さん。私も手伝います!」


 俺と父さんの話が一段落ついたのを待ってたのか、すかさずサオリが手伝いを申し出た。


「いや、もうほぼ出来たから大丈夫だ」


「でも、普段料理は私がやってましたし……」


「それには感謝している。だからこんな時くらい休んでくれ。あと、俺の呼び方は『恭一さん』じゃなくて『おじさん』な」


「……はい」


 あまりしつこく食い下がると喧嘩になりそうだと思ったのか、サオリは大人しく引き下がった。


 それから三人で父さんが作ってくれた夕飯を食べた。


 味は、長年ヒモ暮らししているとは信じられないくらいに美味かった。


 口に出しては言わないけど、サオリが作ってくれる料理よりも美味いかも知れない。


「もっと頑張らないと……」


 サオリが悔しそうに呟く。


 俺はサオリの事が好きなのに、将来サオリの旦那になる人が自分になるって確信を持てないので、頑張れとは言えなかった。


 夕飯を食べ終えた後は、ちょっとパーティゲームした後に勉強を見て貰ったり進路の相談に乗って貰った。


「和人はこの前の模試でA判定を貰ってると母さんたちから聞いてる。このまま頑張れば問題ないだろう」


「まあな」


 自分で言うのはあれだけど、俺ら兄弟姉妹は子供の頃に英才教育を受けたので勉強に苦労した覚えがあまりないので、受験についてもあまり不安が無い。


「ただ、サオリちゃんは卒業したら就職希望なんだって?」


「はい!」


 父さんは心配そうにサオリを見るが、サオリは堂々と答えた。


「今時は大卒が当たり前だから、高卒で就職はかなり厳しいぞ?」


「大丈夫です!好きな人と結婚して永久就職しますので!」


「それだと和人の負担が大きいだろ?コネで就職させるのにも限度があるしな」


「はい?……和人とは、結婚しませんけど?」


 父さんの指摘に、サオリは本気で訳分からない風に首を傾げる。


 つまりサオリは結婚を考えているけど、その相手は俺じゃない……と。


 嫌な事実を見せつけられ、胸に釘を打ち込まれた気持ちになった。


「ん?君たち……付き合っているんじゃなかったのか?」


 父さんは意外とばかり俺とサオリを見比べる。


「付き合ってませんよ?」


「毎日和人の世話をしてるのに?」


「将来の為にやってるだけです」


「……そうか」


 父さんは一度頷いた後、俺の肩を抱き寄せて耳元で呟く。


「和人。サオリちゃんは多分恭吾辺りを狙ってるのかも知れないが、頑張れ。父さんはサオリちゃんの事なら和人の方を応援するからな」


「……ああ」


 俺は微妙な気持ちで頷いた。


 恭吾とは、花京院家の第二子にして長男な兄の事だ。


 俺とは比べ物にもならないくらいハイスペックなイケメンで、大学を卒業する前から会社を立ち上げ卒業後の今も順調に成功を納めている、二代目恭一とか花京院グループ後継者最有力候補とか言われている人だ。


 当然モテるし、正直に言って恭吾兄さんと競争するとなると勝てる自信が無い。


 希望があるなら、恭吾兄さんがサオリに興味を持って無いのを祈るくらいだ。


「まあ、何だ。学歴の無いまま結婚すると、後から就職しようとした時やもしも離婚した後が大変だから学歴は持った方がいい」


 父さんはサオリに向き直って忠告する。


「恭一……おじさんは、私が大学を出た方が嬉しいですか?」


「ああ、その方がサオリちゃんのためにもなるからな」


「分かりました。どこに進学するか、考えておきますね」


 将来の義理の父親……になるかも知れない人から言われると弱いのか、サオリは渋々といった感じで頷いた。


 そんな話をしている間に遅い時間になり、明日に備えて寝る事にした。




 翌朝、チャイムの音に目が覚めた。


 サオリは合鍵を持っていたはずだが、今日は父さんがいるので遠慮してチャイムを鳴らしたのかも知れない。


 そう思いながらスマホを手に取ると、いつもより早い時間だと分かった。


 つまりチャイムを鳴らしたのがサオリじゃない可能性が高い。


「……こんな時間に誰なんだ?」


 睡眠時間を削られた事に不満を感じながらインターホンを確認すると、インターホンの画面に知ってる顔が映り込んだ。


「マリン姉さん……?」


 その人は花京院家の第一子にして長女の花京院マリン姉さんだった。


 今はもう大学を卒業して花京院グループの幹部として活躍しているはずだが、ここに何の用事で……


 そこで用事についての心当たり、つまり父さんに目を向ける。


 居間の長ソファで布団を被って寝ていたはずの父さんは、音を立てないようにこっそりと俺の寝室に入ろうとしていた。


「父さん、何してるんだ?」


「悪い和人。何も聞かず俺を匿ってくれ」


 そのまま父さんは俺が了承や拒否を言う前に俺の寝室に逃げ込んだ。


 直後、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


 おそらくマリン姉さんも合鍵を持って来たんだろう。


 ……今更だけど、この部屋の合鍵持ってる人多いな。まあほとんど家族だからいいけど。


 しばらくして金髪を短く切り揃えスーツを着こなした美人のマリン姉さんが、部下と思われるスーツの男女一組を引き連れて居間まで上がって来た。


 マリン姉さんは俺を見付けるや否や母親譲りのエメラルドグリーンの目で俺を睨み付ける。


「何だ起きてたじゃない。それなら早く開けなさい」


「いやごめん。寝起きでぼーっとしてた。ところで何の用事?」


「決まってるでしょ。お父様を回収しに来たのよ」


 回収って

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