第1話「俺を振ったはずの幼馴染が何故か世話してくれる」

「和人!いい加減起きないと遅刻するよ!」


 平日の朝。


 聞き慣れた声が耳の奥まで響く。


「う~ん、母さん、あと五分……」


「あら、私がお母さんだと思う?」


「……?」


 夢うつつな状態で反射的に言ってたんだが、反応に違和感を感じる。


 俺に母親は沢山いるけど、こんな声の人はいなかったはず……


 そこから頭が回り始め、さっきから聞こえてた声が母親のじゃないと気付いた。


 恐る恐る目を開けると、予想通り幼馴染の後藤沙織が長い髪を揺らしながら踏ん反り返って立っていた。


「げっ」


「せっかく起こしに来たのにその反応は何よ。それよりもう一度お母さんって呼んでみてよ」


 サオリは俺を揶揄いながら頬をつつく。


 俺はそれを振り払って体を起こした。


「やめろ。それよりもう起きたし、着替えるから出て行ってくれ」


「はいはい。朝ご飯用意してるから早く来てね」


 サオリは一仕事終えたって顔で部屋を出て行く。


「あれじゃあ、本気で母親だと勘違いしてしまうな」


 それを見送った俺はため息を吐きながら、現状を把握した。


 俺、花京院和人は今年悠翔学園の高等部に進級した際、家の教育方針により実家を出て学園の寮に入るか、親が用意した部屋で一人暮らしするか選ぶ事となり、一人暮らしを選んだ。


 だけど俺一人では不安だと思われたのか、訳あって元から同じ家で暮らしてたサオリがウチに親の援助を受けて来てすぐ隣を部屋を借りたのだ。


 おかげで高等部三年生に今でもサオリに世話されっぱなしだ。


 俺は姿見鏡の目で制服に着替えながら、身だしなみも整える。


 すると嫌でも父親に似た……いや、似損ねた自分の顔が目に映る。


 自分でも平均以上の顔だとは思うんだが、他の兄弟と比べるとどうしても見劣りする顔。それに身長も平均くらい。


 父さんの学生だった頃の写真を見せて貰った事があるが、その写真の父さんはとんでもない長身イケメンだったし、他の兄弟姉妹もほぼ全員顔だけで食っていけそうな美形だってのに。


 俺は文字通り父さんに似損ねた半端な顔立ちで、実母のケイコ母さんに「半端に私に似させてゴメンね」と謝られた時は流石にケイコ母さんの地味な顔に似たせいだとは言いたくなかったので、逆にこっちが「こんな風に産まれてごめんなさい」と謝りたくなった。


 まあ不細工より全然いいんだから自分の顔に不満は無いんだけど。


 それでももう少しカッコ良くなりたかったなーという気持ちを抱きながら身支度を終えた。


 居間に出ると食卓に朝食が並んでた。


 ご飯と汁物に、肉と野菜のオカズが一品ずつ。


 もう慣れた平凡かついつもの朝食だ。


「ほら、早く食べなさい」


 待ち構えていたサオリが悠翔学園の制服姿で催促する。


 いつもの事だが、サオリはもう自分の分の朝食は食べ終えたようだ。


「ああ、いただきます」


 俺は大人しく食卓について朝食を食べた。


 しばらくして食べ終えると、サオリが感想を聞いて来た。


「今日の味はどう?」


「美味しかった。ご馳走様」


「実家で食べたご飯と比べると?」


 実家のご飯かー。


 実家では家族が二十人越える大人数で家も大きかったから、乳離れ出来てない弟妹やそのお世話をする人以外は皆学食みたいな食堂に集まって料理担当の母親が作ってくれたご飯をそれぞれ気の合う家族と食べてた。


 悠翔学園初等部に入って出来た友達の家に遊びに行くまでは、それが異常だとも気付かずに。


 ご飯の味だって作ってくれる母親たちがある意味プロだったから、俺たち兄弟姉妹は舌が肥えて下手な外食や買い食いが不味いと感じる事もあった。


 そんな実家の味を思い出しながらサオリのご飯と比べて答える。


「まあ、結構似た感じになって来たな。すごくうまい」


「そう。お姉さんたちに教わった甲斐があったね」


 サオリは嬉しそうに拳の握る。


 ちなみにサオリの言うお姉さんは、ウチの母親たちの事だ。


 大方おばさんと呼ばれるのを嫌がってお姉さんって呼ばせたんだと思う。




 食器の後片付けをした後、俺はサオリと一緒に家を出て登校した。


 部屋から学園までの距離は徒歩で20分くらい。


 サオリと他愛のない雑談をしたり、スマホにイヤホンを繋げて音楽を聞いてたらあっという間に着いた。


 そして教室に入った後は、クラスメイトに挨拶して俺とサオリはそれぞれ同性の友達の輪に入る。


「なあ和人。聞いたか?」


「何を?」


 朝のHRが始まる前に友達と雑談していた途中、友達の一人が話題を切り出した。


「後藤さん、また告白を断ったんだって。相手は今学期頭に転校して来た金持ちのイケメン」


「またその手の話か」


 正直に言って、俺の周りで誰々が告白されて断ったって話は聞き飽きている。


 今話題に出たサオリだけじゃなく、俺と歳の近い兄弟姉妹だって何度も告白されてるし、何だったら俺もちょくちょく告白されてる。


 俺の身内は基本的に見た目も家柄も良い優良物件に見えるからな。


 まあ成功率は限りなく低いけど。


「で、本当にお前は後藤さんと付き合ってないのか?」


「何度も言うけど、付き合ってねえよ。てか俺だって振られたんだからな」


「本当に?今でも毎日一緒に登下校するのに?」


「本当だ。信じられないなら勝手に信じなくていいけど」


 悠翔学園は初等部から高等部まで一貫式なので、幼馴染と呼べる付き合いの長い友達なんて珍しくも無い。


 でも俺とサオリは入学前からの付き合いで、今までずっと日常的にくっついていたから付き合っているってよく噂された。


 そして実際、俺は高等部に進級してからサオリを意識するようになり、早速サオリに告白した。


 が。


 呆気なく振られた。


 俺の事は異性としては意識出来ないからと。


 子供の頃から姉弟みたいに育てられて来たから納得できなくもない理由だった。


 でもサオリは何故か告白する前と変わらない距離感のまま俺の世話を焼いてくれる。


 なので皆俺とサオリの関係を勘違いしているのだ。


「……じゃあもし、俺が後藤さんに告白して付き合っても良いって事だよな?」


「告白するのはお前の自由だけど、万が一にも付き合えたら、お前とは絶交だ」


 嫉妬を抑えられる自信が無いから。


「よし、じゃあワンチャン狙ってみるか!もうそろそろ高校最後の夏休みだから、一緒に遊ぶ彼女が欲しいし」


 気合を入れる友達を見て、俺もそろそろ改めてもう一度サオリに告白しようと決めた。




 今日一日の授業が終わり、放課後になった。


 俺は生徒会、サオリは家庭科部に入っていて、いつのもように部活が終わる時間を合わせて二人で一緒に下校する。


「なあサオリ」


 下校の途中、俺は意を決してサオリに声を掛けた。


「うん?どうしたの?夕飯に何か食べたい物がある?」


「いや、そうじゃなくて。その……俺、やっぱサオリの事が好きなんだ。付き合ってくれないか」


「またその話?私、あんたとそういう関係になるつもりは無いって言ってたよね?」


 しかしサオリは塩対応だった。


「でもさ。なら何で朝起こしてくれたり、ご飯作ってくれたりと俺の世話焼いてくれるんだ?普通、幼馴染相手でもそこまでしないだろ」


 俺は食い下がりながら疑問をぶつける。


「それは、まあ。将来に備えての練習かな」


 サオリは何か誤魔化す感じで答えた。


「いや、それならそれで、練習相手がいたって未来の恋人とかが嫉妬するんじゃないのか?」


「ああ、それは大丈夫。あんた相手には嫉妬しないだろうから」


 それって俺が男だと見れないくらい情けないって話じゃ……ないよな?


 それとも俺の兄か弟が本命の相手なのか?


 直接聞いて確かめるのは……流石に怖いな。


「もしかしてだけど、私が世話するのは迷惑だったりする?止めようか?」


 サオリが真顔で聞いて来た。


 確かに、振られた相手に世話してもらうのはおかしいから、距離を置いた方がいいかも知れない。


「……いや、それは出来れば続けて欲しい」


 でも、サオリとの距離を離されたくない気持ちで、俺はそう返事した。


 あーあー、俺も大概ヘタレだなー。


 話が終わった後はしばらくお互い会話のまいままアパートに着いて、自然に二人して俺の部屋に入った。


 その時、玄関に俺のじゃない男物の靴があるのに気付いた。


 靴の主に心当たりがある俺とサオリは、そのまま部屋の中に進む。


 するとキッチンで何か料理をしている男の人が見えた。


 男の人は俺たちの帰宅に気付いてこっちを向く。


「ああ、和人とサオリちゃん。お帰り」


「父さん?何でここに?」


 白髪が目立つイケメンなその男の人は、俺の父親の花京院恭一だった。

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