第3話『不意打ちでトラウマ』

『なあ葛葉。ちょっと相談に乗ってくれないか』


 ある夏休みの昼下がり。


 自分の部屋で夏休みの宿題を進めていると、レインメッセージが届いた。


 送り主は生徒会の先輩で広報担当の加藤かとう和弘かずひろ先輩だった。


 無視する理由も無いのでさっそく返信を送る。


『何かあったんですか?』


『実はこの前の模試でC判定になって智美に振られそうになってるんだよ』


「あー」


 つい声が漏れ出た。


 加藤先輩は、同学年で生徒会も一緒で会計担当の松浦まつうら智美ともみ先輩と付き合っていて、大学も同じ所を目指している。


 が、前の模試で同じ大学に進学するのが怪しくなって交際解消のピンチになったみたいだ。


『ちなみに松浦先輩の方の模試結果はどうだったんですか?』


『Aだった』


 それは……ちょっと交際継続について悩んでも仕方ないかも知れない。


 大学が違うとプチ遠距離になり、疎遠になりやすいからな。


 学生の時に恋人と毎日会えないのはキツい。


 なんならどちらかが浮気する可能性すら高くなる。


 しかし、だからと言って松浦先輩が加藤先輩に合わせて大学のランクを落とすのも躊躇われる。


 大学の学歴は就職に大きく影響するから。


 結婚するかどうかも決めてない恋人の為に将来に響く選択は難しいだろう。


 なのでいっそハッキリ別れるのが順当な話……だが、加藤先輩たちには世話になったからな。


 少しくらいは協力するか。


『分かりました。松浦先輩からも話を聞いて、思い止まるように説得してみます。でも、加藤先輩も次の模試でもっといい結果を貰えるように頑張って欲しいと思います』


『分かった!協力してくれてありがとう!取りあえず俺は勉強しながら待つからよろしく頼む!』


 加藤先輩は文字でも分かるくらいに喜んでくれた。


 さて、次は松浦先輩から話を聞くか。


 そう思い、すぐ松浦先輩とのチャットルームに画面を切り替える。


『松浦先輩。少しいいですか?』


 メッセージを送り、少ししてから既読が付き、さらにもう少しして返信が来た。


『和弘の話?』


 タイミング的に一発で用件を察せられたか。


『はい。ちょっと頼まれまして』


『カフェとかで会って話しない?あ、葛葉くんの奢りね』


 足元見られてるなー。


 まあカフェの奢りくらい、いいけど。


 俺は了承の返事を送り、そのまま待ち合わせするカフェと時間を決めた。





「葛葉くん、こっち!」


 約束したチェーン店のカフェに着くと、先に来ていた松浦先輩が席に着いたまま手を振った。


 松浦先輩は眼鏡を掛けたショートヘアに、シンプルなブラウスとスカートの私服姿だった。


 俺はその向かいの席に着いてドリンクと軽食を注文し、松浦先輩に向き直った。


「和弘の話だったね。にしてもあいつも情け無いよねー。振られたからとすぐ後輩に泣き付くなんてさ」


「え?もう振ったんですか?」


 もう振られたんじゃ引き止めるも何も無いんだが?


「そうよ。あいつから聞いたんじゃなかったの?」


「俺は……振られそうになったとしか聞いてなかったので」


「あいつ……見栄張ったのね」


 松浦先輩が呆れた顔で言う。


 俺もそう思う。


 見栄張る気持ちも分からなくも無いが、ちょっとばかりムカつくな。


「で、振った理由はやっぱ模試の結果ですか?」


 他にも嘘が混ざっていたら話がすれ違いそうなので、確かめるために聞いた。


「そうよ。しかも自分で成績を上げるのがキツいからと、大学のランクを落とそうとあいつに言われてね。色んな意味でそこまで付き合ってやる義理も無いから、ハッキリ振ったの」


「そうですか……」


 これもう、元鞘の脈無いんじゃないか?


 それでも一応、お願いするだけお願いするか。


「あの、加藤先輩もそれなりに反省はしてるみたいですので、次の模試の結果次第で交際を考え直してくれませんか?」


 既に一度破局したのなら、あまり無理なお願いも出来ない。


 考えて貰えるだけで十分だろう。


「そうね……。じゃあ葛葉くんが私のお願いを聞いてくれるなら、考えてあげなくも無いよ」


「お願い……ですか?」


 何故、先輩後輩以上の関係でもない他人同士の為に俺が骨を折るのか、って不満は差し置いて。


 松浦先輩が俺に何をお願いするのかが気になって聞くだけ聞いてみた。


「そう。私と一回デートしてくれない?」


 で、それを聞いて自分の好奇心を恨んだ。


「どうして、俺とデートを?」


「特に深い理由は無いけど。せっかくフリーになったから、あいつよりイケメンな男子と遊んでみたいし、あと葛葉くんって稼いでるから金払いもいいでしょ?セレブな人のデートがどんな感じなのかも気になったんだよね」


「そうですか……」


 確かに、今の松浦先輩がフリーなら他の男とデートしても咎められる筋合いは無い。


 ただ、問題は俺の方にある。


「すみませんが、俺は付き合ってる彼女がいますので……」


 これは俺目当てで悠翔高校に入学や転入して来る生徒を最大まで釣り上げる為に来年まで隠すべき事だ。


 が、松浦先輩なら口が固いだろうと思い、お願いを断る為に正直に恋人の存在を打ち明けた。


「知ってるよ。会長と付き合ってるんでしょ?」


 松浦先輩はあっけらかんと答える。


 会長というのは生徒会長のアリアさんで間違いない。


 俺とアリアさんが付き合っているのをどうやって知ったのかは……、まあ生徒会活動で普通に察したのだろう。


「なら俺とデートとか言わないでください。浮気になってしまいますから」


「じゃあ会長の許可があればいいのね?」


 お願いすれば彼氏を貸して貰えると思われてるとか。


 アリアさん、舐められてるぞ。


 しかし最近のアリアさんはイチゴの影響をもろに受けて、性癖が色々歪んでるからな。


 頼まれたら本当に許可を出しかねない。


 それに公認で複股掛けてる俺の恋人の中で一番権力が強いのはアリアさんだから、アリアさんが許可してしまえば常識人のユカでも強く反対出来ない。


 これは……アリアさんに話が行く前に断った方がいいな。


 松浦先輩は綺麗な人ではあるが、そんな先輩とのデートを役得だからと飛びつく訳にはいかない。


「すみません。俺は浮気したく無いし、どうしても二人に仲直りして欲しい訳でも無いので。この話は無かった事にしましょう」


「そう、残念ね」


 それから、この話だけで解散するのは気まずいので適当な世間話を交わした後に解散した。




「恭一さん。明日ですが、このプランでデートして貰えませんか?」


 数日後。家のリビングでアリアさんがそんな事を言って来た。


 その隣には、分かりやすく渋い顔をしたユカもいる。


 俺のデートスケジュールを管理してるのはユカだから、アリアさんがユカに俺のスケジュール調整を強要したのだろう。


 スマホに送られて来たデータを確認すると、アリアさんのデートプランは結構気合の入った内容だった。


 主に金額面で。


 こんなプランのデートをしたのは、国光先輩とのデート以来じゃないだろうか。


「じゃあ明日はアリアさんとのデートするって事でいいか?」


「……いえ。明日の相手は私ではありません」


「じゃあ誰だ?」


「それは、明日のお楽しみです」


 これは……アリアさんの悪い性癖が出たな。


 本来はこんな人じゃなかったのにイチゴに目を付けられたばかりに影響されてしまって……。


 最初はアリアさんを恨んだりもしたが、今となっては色々堕ちてしまったアリアさんに対して恨みよりも同情や責任の気持ちが先行している。


「……分かった」


「ええ。それでは」


 話が終わったので、アリアさんは取りに行く。


「ごめん、恭一」


 残ったユカは申し訳なさそうに謝った。


 アリアさんの話を断れなかった事についてだろう。


「いや、ユカは悪くない。アリアさんと争ってばかりもいられないからな」


 俺はユカを宥めた。


 本当に仕方ない事だと理解している。


 ユカがハーレムに残る為には何かしらの役割を持つ必要があり、それが俺のスケジュール管理なのだ。


 俺が一番好きな相手はユカだから残してくれ、とか言うと荒れるので言えないからな。


 駆け落ちは尚更無理だ。


 まあ、アリアさんの性癖が歪んでるから事ハーレムが維持出来てるのもあるし、俺が浮気デートさせられるくらい我慢するか。


 相手は多分、ケイコかアミ辺りだろうしな。




 そして翌日。


 移動する必要もあってサイドカー付きのバイクを運転して待ち合わせ場所に向かった。


 そして待ち合わせ場所の交差路前に着いたが、そこにはケイコやアミと言った予想してた相手はいなかった。


 その代わり。


「葛葉くん、お待たせ!今日はよろしくね」


 全く予想していなかった松浦先輩が声を掛けて来た。


「……松浦先輩。アリアさんに直接交渉したんですか」


「そうだよ?いやー結構粘る事になると思ったけど案外あっさり了承してくれたね」


 俺に独占欲を出していて割とまともだったアリアさんはもういないのか……。


 ……まあ、アリアさんの方が浮気して俺が公認する訳でもないからこれくらいは受け入れよう。


 俺自身が身売りされてる気分にはなるがな。


「分かりました。では行きましょうか」


 そのまま松浦先輩をサイドカーに乗せ、バイクを走らせる。


 今日のデートプランは、しばらくはこのままバイクで走りながら景色を楽しみ、海辺にあるリゾートホテルを予約してるのでそこに向かう。


 リゾートホテルに着いたらチェックインした後、ホテル内のショッピングモールで買い物をしたり、軽く食事を取ったりした後、その場で水着を買うかレンタルしてホテル近辺の海か、ホテル内のプールで遊ぶ。


 その後はまたホテルのレストランで夜景を楽しみながらまた食事を取り、ホテルの部屋で一泊……。


 というプランで、プラン通り順調に進んだ。


「いやー本当に凄いね。これがセレブのデートかー」


 夕食も終えて部屋に入った後、松浦先輩がベッドの上に倒れながら言う。


 どうやら今日のデートプランに満足していただけたようだ。


 ちなみに松浦先輩とは同じ部屋で、既にアリアさんが予約した後だったので変更も効かなかった。


「まあ、毎回こんな風に金を使う訳ではありませんけどね」


「そうなんだ」


 アリアさんが自分の事をアピールしようとした初期はともかく、今ではアリアさんとのデートも普通に遊びに出掛けるくらいまでに落ち着いている。


 ここまでするのは何かしらの記念日か、溜まり過ぎたストレスをパーッと解消する時くらいだ。


「では今日はここでダラダラしてから寝ましょうか」


 幸いベッドは二つあるので、添い寝して気まずいことになるのも無いはずだ。


 しかし松浦先輩から反対意見が出た。


「いや、まだやる事あるでしょ?」


「……何を、ですか?」


 嫌な予感がしながらも、逃げる事は出来ないと思って聞いた。


「ホテルの同じ部屋に、男女が二人きりだと、そりゃやる事は一つじゃない」


 松浦先輩の答えは予想通りのものだった。


「俺にはアリアさんが、松浦先輩は加藤先輩がいるんですが?」


「別に?和弘とは別れているし、会長の許可も貰ってるんだよね。むしろ向こうから勧められたっていうか、動画を取って欲しいとまでお願いされてね」


 アリアさん……。


「とは言っても、もう少し自分を大事にしたらどうですか?」


「私もイケメンの葛葉くんとするのには興味あるのよね。それに、葛葉くんは避妊もちゃんとしてくれるって話だし、それなら安心じゃない?」


「……ふうぅぅ……」


 松浦先輩に限らず、色んな女子とこの手の押し問答するのも疲れたな。


 もうこうなったら、避妊さえちゃんとすればいいか。


 派手にライン越えた浮気だけど、アリアさんたちも認めていて色々今更だしな。


「分かりました。今日だけですからね」


 その言葉を区切りに、松浦先輩を押し倒して顔から不満を引っ込める。


 やる最中に不満な顔をしていると失礼だからな。


「うん。えっと……優しくしてね?」


 いざ事が始まりそうになると松浦先輩は照れながらそう言った。


 この時俺は、松浦先輩の言葉の意味をもう少し考えるべきだった。


 そうすれば、回避出来たのかも知れなかったのに……。


 あと、ワンチャン松浦先輩相手に起たなくて回避出来ないかと期待したが、ちゃんと起ってしまった。


 ………


 ………


 ………


「おええええええええええっ」


 事が終わった後、俺はトイレに駆け込んで吐いた。


 随分と久しぶりに吐きまくった。


「えっと、恭一くん。大丈夫?」


 後ろから松浦先輩が心配そうに聞いてくる。


 俺への呼び方が変わったのはいいとして。


 俺が吐いてる理由は彼女にあった。


「先輩……。初めてだったのならそう言ってくださいよ……」


 もう吐いても出る物が無くなり、吐き気も落ち着いて来たのでトイレットペーパーで口元を拭きながら松浦先輩に振り返った。


「いやー、ごめんね?」


 松浦先輩は申し訳無さそうに言う。


 そう。


 松浦先輩は今回が初体験だったのだ。


 事の最中、血が出たり思った以上に痛がったりしてまずいと思ったけど、途中で止めないようにお願いされてそのまま最後までしたんだが。


 終わった後に色んな事実が押し寄せて来て吐いた。


 まさか先輩の彼女、もしくは彼氏持ち先輩の初体験を奪う事になってしまうとか。


 逆にこっちもトラウマなんだが?


 今の松浦先輩はフリーで、俺に彼女がいるのを松浦先輩が承知の上でしたとしてもな。


「てか、加藤先輩とはしてなかったんですか?」


「あー、あいつとは節度ある付き合いをしててね。でもいざ別れると処女のままでいるのも悔しい気がして、葛葉くんが相手なら遊びでも丁度いいかなーって思って」


「それは……何というか……」


 俺って都合良く扱われ過ぎてないか?


 まあ、俺が見境無く女子に手出してないし、もし関係を持つとしてもしっかり避妊すると分かっていて、俺は経済力もあるから万が一があっても責任取らせられるから安心なのかも知れないが。


「……でも、この後加藤先輩との元鞘も考えてくれるんですよね?」


「まあ、次の模試結果とあいつの態度次第でね」


 良かった。考えるだけってオチでは無いか。


 いや、それはそれで俺とやってしまったのが良くないけど。


「なのに初体験は俺だって知られると、元鞘になったとしても加藤先輩が知ったらトラウマになりますよ」


 自分が先に知り合って付き合ってた彼女の初体験が、後から知り合った後輩だとか、悪夢過ぎる。


「当然内緒ね。あいつよりも前の彼氏とやってたと言うから」


 それならまだギリギリ許容範囲か……?


 てかそれ以外方法が無い。


「……そうしてください。じゃあもう寝ましょうか」


「えっと、せっかくだからもう一回しない?」


「いえ。もう無理です」


 何と言うか、今ので自分の中で何かが折れたと言うか、スイッチが入ったのを感じた。


 多分、もう松浦先輩相手に起つ事は無いだろうと。


 実際、その後も松浦先輩が俺に迫って来たが、俺のが本当に起たなくて松浦先輩も諦めてくれた。


 そのまま別々のベッドで寝て、若干気まずい空気のままデートは終わった。




 そして日にちが経った後。


『ありがとう葛葉!おかげで勉強に集中してこの前の模試でA評価が出て智美とも仲直り出来た!』


 加藤先輩からそんなメッセージが届いた。


『そうですか。それは良かったです』


 俺は当たり障りの無い返事を送って、そのままスマホを手放した。


 墓まで持って行く秘密が増えてしまった……。



―――――――――――――――


 という訳で、脇役先輩カップル編でした


 この後この二人は生徒会を引退し、先に卒業するのもあって、ちらっと顔を出す以上にちゃんと物語に関わる形で登場するのかは未定です


 なので、裏でアリアと松浦先輩が会話するシーンも考えたんですが、まとまらなくてカットしました


 次の更新は予定未定でモブ視点で見る恭一たちの話を、男子視点で1話、女子視点で1話ずつ予定しておりますのでよろしくお願いします<(_ _)>


 それにしても暑くてモチベが出ないですね……


 仮完結扱いしてのんびり出来てよかったとしみじみ思っています

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