第11話『ユカの問い』

 数日後、斎藤家への借金は利幸さん、もとい花京院家が一旦肩代わりして、返済はのんびり待つ事になった。


 最初は俺が金を出すつもりだったのだが、どうせ俺とアリアさんが結婚するならサイフも一緒になるからと、俺に金を出させて貰えなかった。


 つまり、ここまでしてあげたんだから後から逃げるなと俺に釘を刺してるんだろう。


 それについてはもう諦めているから構わないが。


 ああ、もちろん取り立ては本来の債務者の長岡家にも行う事になる。


 逃げ出した息子さんが捕まった後にな。


 という事でユカが実家の借金で思い悩む必要な無くなった。


 俺の未来は犠牲になったが、こうなる未来も少しは覚悟していたから仕方ない。


 問題はユカがどう受け止めるかに限る。


 俺はユカの部屋にて、ユカと二人きりのまま借金解決の顛末をすべて話した。


「……という事で、借金についてはもう悩まなくていい」


「うん。ごめんね恭一」


「いいさ。ただ……俺がアリアさんと婚約する事になったので、もう……その……」


 喋る途中で言い淀んでしまった。


 まさかイチゴ以外の女子を突き放すような事を言うのに迷ってしまうとは。


 本当に、俺も変わってしまったな。


 ユカは静かに続きを待ってくれたので、俺は気持ちを落ちつけてから言葉を継いだ。


「……もうユカ一人だけを選ぶ事は出来なくなった。もし嫌なら、俺を振ってくれてもいい。引き止めたりはしない」


 言った。


 言ってしまった。


 後はユカの返事を待つだけ。


 ユカは視線を下に向けて少し考えてから、俺に向き直った。


「恭一はそれで私が愛想を尽かすかも知れないと思ったのね?」


「……まあな」


「そう」


 するとユカは両手で俺の肩を掴んで来た。


「ねえ。今ここで答えて欲しいんだけど、今の恭一が一番好きな相手って……誰?」


「え?」


 意図が分からない質問に、俺はつい聞き返した。


「もし今更恭一と二人だけで駆け落ちしたとしても、逃げ切れないのは分かってるの」


 それはそうだ。


 もしユカと駆け落ちとかしでも多分逃げられないし、捕まった後にどんな目に遭うか分からない。


 そんな危険な選択にユカを巻き込めない。


「でもこのままお別れするなんて本末転倒じゃない。ならせめて、気持ちでは私が一番だって答えてくれるなら、残る。イチゴやアリアと言うのなら、私も素直に諦めて出て行くわ。どうなの?」


 ユカの切実な問いに、俺は返答に迷う。


 イチゴか、アリアさんか……ユカか。


 つまりはユカに残って欲しいのかどうかを俺に聞いているのだろう。


 俺の気持ちについて言質を取りながら。


「……嘘でもいいから、私だって言ってよ」


 そんな俺に、ユカが縋るように言う。


 嘘でもいいのなら、ユカだと答えるのは簡単だ。


 でも惚れた弱みに付け込んでユカの気持ちを弄ぶような真似はしたくない。


 なら本音はどうなのか。


 昔の俺なら迷わずイチゴが一番だと言ってユカを送り出しただろう。


 でも今の俺は……即答出来ない。


 なら迷ってしまった事自体、もう答えになってるんじゃないかって思えてしまった。


(ごめん、イチゴ)


 心の中でイチゴに謝り、ユカへの返事を決めた。


 ……何故か、頭の中で浮かぶイチゴの顔は、悲しみながらも興奮する顔だったのだがな……!


「今の俺は……ユカが一番だ。この場凌ぎでの嘘なんかじゃなく本当に。だから……嫌じゃなければこれからも一緒にいてくれ」


 俺の肩を掴むユカの手に、俺の手を重ねて答えた。


「……本当に?私に残って欲しい?」


「ああ」


「……ありがとう……」


 俺の答えを聞いたユカは泣き出し始めた。


 多分、嬉し涙だろうか。


 俺の願望なのかも知れないが。


 どちらにせよ、そのままではいられなくて、ユカが泣き止むまで彼女を抱きしめた。


「……勝った……私、勝った……」


 抱きしめられたユカが小声で何か呟いたが……聞こえなかった事にしよう。


 今までイチゴやアリアさんと競って色々気苦労が多かっただろうからな。




 それからの事だが、ユカがいて、イチゴがいて、リナがいて、アリアさんもいるシェアハウスでの日常はあまり変わらず続いた。


 しかしあくまでもあまり変わりないだけで、変化ならある。


 まず一つ目は。


「~♪うふふふふ」


 アリアさんがダイヤの指輪が付いた細いシルバーのネックレスを首に掛け始めた。


 そしてシェアハウスの中で暇があればそれを手に取って眺めるようになった事だ。


「アリア先輩、またあれ見てますね」


「……そうだな」


 同じくリビングにいるリナと俺がアリアさんを見ながら感想を交わす。


「ちょっと羨ましいです」


「リナもいい彼氏を見つけないとな」


「あたしは……いえ、いいです」


 さりげなくリナが俺以外の彼氏を見つける様に誘導したが、不満そうに話を打ち切られた。


 お互い、この話を深掘りしない方がいいか。


 アリアさんが手に取ってるシルバーの指輪は、言うまでもなく俺が贈った婚約指輪だ。


 お互いまだ高校生で交際も学校では隠しているから、身に着けてるのが目立たないようにネックレスに付ける形にしているのだ。


 一応俺も同じのネックレスと婚約指輪を身に着けている。


 ちなみに婚約指輪の代金は花京院家やイチゴから出すと言われたりもしたが、流石に俺の金で買って、ちゃんとしたプロポーズの言葉と共にプレゼントした。


 こんな時の為……ではなかったが、配信仕事で結構な収入を得ていたからな。


 まあ、配信仕事そのものがイチゴや花京院家のサポートあってこその仕事ではあるが、それはご愛嬌だ。


 あとユカとイチゴにも婚約指輪を贈ろうと思ったが、そうすると自分だけ婚約指輪を贈られた事に浮かれているアリアさんが気落ちするだろうから、アリアさんが落ち着いてからと遠慮された。


 どうしてアリアさんと結婚を決めたのにユカとイチゴにも婚約指輪を贈ろうと思ったのかを言うと、二人の機嫌取ろうとしたのではない。


 花京院家とイチゴたちが決めた俺のハーレム計画は、取りあえず俺がアリアさんと結婚した上で俺が花京院家に婿入りして苗字を葛葉から花京院に変えて、その後一定の期間を置いてアリアさんと離婚し他の女子と結婚、そしてまた離婚と結婚を繰り返しつつ全員の苗字を花京院のままにする。


 それでハーレムメンバー全員を花京院家の縁者にして俺の妻か、事実婚関係の元妻にするという計画だった。


 最初聞いた時は、一夫一妻制度が真っ青になる力業だと思った。


 世間から後ろ指さされるだろうが、開き直るしかないだろう。


 現状この計画は俺と、俺に聞かせたイチゴや花京院家の他には、ユカとアリアさんだけが知っていて全員了承している。


 ケイコやアミなど同居はしていないけど明らかに俺の女性関係を知ってる上で本気な子たちには、高校を卒業する際に意思を問う予定だ。


「アリア。そこにいると掃除機をかけられないから、移動して頂戴」


「ええ、分かりましたユカさん……じゃなくてメイドさん」


「……ふん」


 掃除機がけをするユカの注意を受け、アリアさんが場所を移す。


 そのユカは黒いワンピースの上に白いエプロンを着けた、いわゆるメイド服を着ていた。


 これが二つ目の変化だ。


 何でも、


「借金まで立て替えて貰った以上、ケジメは付けないとね」


 という気持ちで、ケジメというか自身への戒めみたいな感じで着ると決めたらしい。


「ねえメイドさん。私、恭一さんにこんな婚約指輪を貰いましたけど、メイドさんはまだですよね?ごめんなさいね、私が一番乗りしてしまって」


「………」


 それをアリアさんがちょくちょく揶揄ってマウントを取ったりするが、ユカは相手せずに流している。


 メイド扱いについては自分からメイド服を着たのと、婚約指輪はちゃんと順番に貰うと納得しているからな。


 で、アリアさんのあの言動で俺が普通に引いて好感度下がってるのをユカは理解しているから一々腹立てて文句を言ったりしないのだ。


 そんな感じでユカは本気でこのシェアハウスの家事を一手に担う事になり、ユカは名実共にメイドになった。


 最後の変化は、あまり目立つ事では無いが、俺の中でイチゴの優先度がユカより低くなった事くらいだ。


 具体的には、イチゴとデートや夜に同衾する回数がユカに押されて減った。


 ……いや、これは元からか。


 ただ、そういう事にあまりイチゴに対する罪悪感を持たなくなったのを自覚した。


 今だってリビングにイチゴだけいないのを、大方部屋でネットをしながら趣味なり仕事なりしてるんだろうと思ってあまり気にしていない。


 今年が始まる頃は、まさか自分がイチゴから他の女の子に心移りしてしまうとは想像出来なかったのだが……。


 まあ、半分以上はイチゴの自業自得だろう。


 その気になればハーレムなんていつでも抜け出して俺を一人占め出来ただろうに、それをしないで自分の性癖を優先してハーレムを続けさせたんだから。


 ただ。


 俺は大きな見落としをしていた。


 イチゴが俺を想う気持ちは、歪んでいるだけで本物だった事と。


 俺と一緒に居続ける為に、手段を選ばない事を。



―――――――――――――――

 もう少しだけ続きます!

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