第10話『恭一の決断』

 花火を見収めた後、俺はユカから色んな話を聞いた。


 ユカの実家が長岡の所為で連帯保証のローンの取り立てが来た事。


 ユカは俺たちに頼りたくなくて、このデートを最後にシェアハウスを出て俺たちともお別れするつもりだった事も。


「……そうだったのか」


 俺は、全部吐き出して泣き出したユカを抱きしめて頭を撫でて宥めた。


 その傍ら色々考える。


 正直に言って全部話して頼ってくれて嬉しい。


 確かに金の無心をされると思う所があったかも知れないが、それでも受け入れてただろう。


 なんだかんだ言って、ユカももう家族みたいに思っているからな。


 何度も肌を重ねた上に、同居までしてるのがデカかった。


 あれで情が移らないならそいつはもう人じゃないだろう。


 交際当初は憎くてすぐにでも縁を切りたかったアリアさんでさえ、今では絆されて憎からず思っているんだから。


 元はイチゴ一筋だったのに、我ながら随分と気が多くなったのだと自嘲してしまう。


 まあ、今はそれよりもユカだ。


 ユカに出て行かれるのは正直に言って寂しい。


 何ならイチゴとユカを天秤に掛けたら、ギリギリまで悩んで選べないだろうと思えるくらい心移りしかけている。


 だからと言ってユカと駆け落ちするのは無理だが、出来るだけ力になってあげたいとは思う。


「俺が何とかしよう。だから出て行くとか寂しい事言わないでくれ」


「うん、ごめん……」


 そして俺たちはしんみりした空気のままシェアハウスに帰った。


「お帰りきょーくん。もう一泊増えたけど、色々楽しめた?」


 リビングを通ると、ノートパソコンをいじっていたイチゴが顔をこっちに向けて迎えてくれた。


 アリアさんとリナは部屋にいるか、それとも別の用事でいなさそうだ。


「ああ。おかげさまでな」


「そう。次からはスマホの電源を落とさないでね。あんまりそういうのが続くと、他に増やしちゃうから」


「気を付ける。俺もユカも疲れてるから、部屋に行くな」


「うん」


 軽く言葉を交わして、俺はユカを部屋まで送った。


 その後、さっそくシェアハウスとして使っている高級マンションの上のフロア、つまり花京院家のお宅に訪れた。


「やあ恭一くん、久しぶりだね。ユカさんとキャンプデートに行ってたと聞いたけど、何かあったのかい?」


「ええ、実は……」


 そこで俺はアリアさんの父親である利幸さんと面会し、さっそく斎藤家の借金の事を相談した。


 恋人の問題を他の恋人の親に頼るのはどうかと思うんだが、俺の両親にはちょっと相談しづらいからな。


「なるほど、つまり恭一くんがユカさんの実家の借金を肩代わりする気だけど、詳しいやり方を知らなくて相談に来た訳だね?」


 リビングで向かい合っている利幸さんが、俺の話を聞いてそう聞き返して来た。


「はい。その通りです」


 俺は頷いて肯定する。


 ぶっちゃけ、明日すぐ斎藤家に向かって「俺が金を出します。どれだけあればいいんですか?」と言うのは出来るんだが、それはちょっと不用心な気がしたのだ。


 例えば、斎藤家の人が欲をかいて借金の額を水増ししたり、逆に債権者が借金の額を誤魔化したりする可能性もあって、俺がそれを見抜けるとは限らない。


 なのでこの手の金のやり取りに慣れてそうな利幸さんに相談した訳だ。


「まあ、すぐ当事者に自分が金を出す!とか言わない辺り慎重だね。でも住宅ローンの連帯保証なら少なくとも合法な物だろうし、君は未成年だよ?そんな君が金を出すとか色々面倒になるから」


「やっぱそうですか」


 普通、未成年は借金が出来ない。


 なら返済も出来ないのは普通だろう。


 むしろ恋人の家族とはいえ他人かつ未成年の金で借金を返済するとか、ブラックな臭いしかしない。


 俺の配信者としての収入だって最初は利幸さんの名義で入った金が俺に回される感じだから、未成年は巨額の金を稼ぐにも使うにも制約がある。


 それこそ太い実家にとんでもない小遣いを貰わない限りには。……アリアさんみたいに。


「まあ、僕としてもユカさんの事は気に入ってるから協力してもいいよ」


 そう言えば利幸さん、ユカと初めて対面した時に凄くユカの胸をガン見してたな。……そのあと妻のセイラさんと娘のアリアさんに引っ叩かれたけど。


 で、俺が大層羨ましがられた。


 流石に分別ある人だからユカにちょっかい出したりはせず、俺に移入して満足するだけに留まったが。


 ……実の息子じゃなくて娘の恋人を義理の息子(予定)に見立てて移入するのはちょっとズレてる気もするけどな。


 そんな訳でユカは花京院家にとってイチゴとは別の意味で逃がしたくない俺のハーレムメンバーになっているのだろう。


「協力の方法を例えるなら、僕から斎藤家に話を持ちかけて一旦借金を肩代わりして個人的な借金にするとかでね」


 利幸さんは何でもなさそうに協力方法を例えに挙げる。


「……いいんですか?」


「いいよ。ただし、条件があるけど」


 やっぱりタダでは無いか。


 でも借りを作りっぱなしってのも気が引けるから、ハッキリと代価を要求されるのがまだ気が楽ではある。


「どんな条件ですか?」


「君とアリアの関係なんだけどね。……この際ハッキリと婚約して欲しい」


 でも思ったより重い条件だった。


「アリアさんと婚約……ですか」


「君たちが学校の都合で父から交際を隠せと言われているのは承知しているよ。でもね、アリアはイチゴさんやユカさんと比べるとあまり好かれて無いと分かっている」


 否定出来ない……。


 俺とアリアさんの交際の始まりが最悪だったのはもう利幸さんたちも知っているからな。


「だから君がアリアを捨ててイチゴさんやユカさんと駆け落ちしないように釘を刺して置きたいのさ」


「そうですか……」


 言いたい事は分からなくもない。


 アリアさんにもそれなりに情が移ってもう簡単に突き放したりしないが、正直に言ってアリアさんをイチゴかユカと天秤に掛けると、俺は迷わずイチゴかユカを取るだろう。


 利幸さんたち花京院家が俺のハーレムを容認するとは言っても、それはあくまでも俺がアリアさんの婿になるのが前提だ。


 後から俺がアリアさんを捨てたら元も子も無い。


 だから逃げられないようにしがらみを増やしたいのだろう。


 問題は……この話を受けたら、最低でもイチゴに加え、アリアさんとずっと一緒にいる事が確定してしまう事だ。


 イチゴはまあ、もうアレだから納得しているだろう。


 ただ、ユカについては分からない。


 俺を一人占めする希望が無くなったらどう思うか。


 もしかしたら俺に見切りを付けて、借金とは別の理由でシェアハウスを出て行くかも知れない。


 そうなるとユカを引き止める為に利幸さんに協力して貰う事が本末転倒になる。


 じゃあ利幸さんにこれ以上頼らすに俺だけで斎藤家を援助する……という手もある。


 が、そうしたら俺が逃げる前準備をしてると思われて、利幸さんやイチゴが確実に俺を囲い込む為に邪魔して来る可能性もある。


 どうすべきか……。


 10分近く悩んで、俺はお茶を飲みながら待ってくれた利幸さんを見つめて返答を切り出した。


「……分かりました。ご協力を……お願いします」


 最悪、これでユカに振られるとしても、ユカには何の憂いもなく生きて欲しいから。


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