第9話『ユカとキャンプデート・延長戦』

【Side.ユカ】


 期末テスト対策の勉強をしてたある日の事。


 実家……と言うのは微妙だけど、斎藤家のお父さんから電話が来た。


 電話の用事は、お父さんは長岡家の住宅ローンの連帯保証をしていたけど、長岡家でそのローンを払えなくなってウチに取り立てが来たのだと。


 元々は長岡のおじさんとおばさんが離婚する際にローンはおじさんが抱えて支払って来たのに、あの救いようのないクズな修二を更生させるつもりで連れて行かれた田舎でクズ修二が脱走し、おじさんはクズの捜索で忙しくなって借金を支払える状況じゃなくなったみたい。


 ちなみに長岡のおじさんはとっくにウチに来て土下座しながら謝罪してて、お父さんたちはクズの所為だと仕方なく許したらしい。


 まあ、おじさんにもクズの教育に失敗した責任はあると思うけど、私とリナちゃん、そしてクズはほぼ一緒に育てられてたから、あまりおじさんばかり責められないのよね。


 思い出したくもないけど、私は昔あのクズの事が……好……ぐっ……き……で、結……ぐぐぐっ……婚……するつもりだったし、ウチと長岡家の両親もその気で纏めて育ててくれたんだから。


 去年のこの頃からクズが調子に乗り始めてやらかし過ぎたから全部ご破算になったんだけど。


 とにかくそんな訳で、ウチ斎藤家には想定外の負債が出来た訳。


 幸い法外な取り立てはして来てなさそうだけど、それも今だけの話。


 あまり時間を掛け過ぎると、痺れを切らされてブラックな金融業者に債権を売られるかも知れない。


 それで私に知らせてどうするのか疑問だったんだけど、お父さんは私がお金持ちの彼氏や友達と同居してるのを知っているから、恭一たちに援助を頼めないかというお願いして来た。


 それを聞いた瞬間、私は背筋が凍る思いをした。


 確かに私も途中まで恭一たちに頼る事を考えていたけど。


 でも自分以外の人からそれを聞いて、それが何を意味するのか理解してしまった。


 そんな事したら、私は恭一にタカる他の女子たちと同じになってしまう。


 ここでの生活費はアリアに出して貰ったりと、恭一や恭一を共有する子たちにお金の関係で頼ってる所はある。


 その代わりのつもりで、いつの間にか私に家事の負担が集中してもそれが私の役割で支え合っているんだと納得してた。


 そうして一方的に恭一たちに頼らないのが、恭一の恋人としての私の誇りでもあったのに。


 ここで恭一たちに頼ったらその誇りを失ってしまい、今後私は確実に恭一たちと対等ではいられなくなる。


 特にアリアは確実に一生マウント取って来るでしょ。


 私は、そんな風に成り下がりたくない。


 私は恭一の恋人であって、寄生する女ではないもの。


 しかし恭一たちに頼らなくて、実家の借金返済をお父さんたちにだけ任せて知らない振りする訳にもいかない。


 私がここにいる限り斎藤家では私の生活費を払わない分余裕が出来るので、それは恭一たちに援助して貰ってるのと変わりない訳。


 それだと筋が通らない。


 私が恭一と結婚してるならともかく、私たちはまだ恋人なんだから。


 だから私は決めた。


 最後に恭一と思い出作りをしたら、このシェアハウスを出て斎藤家に戻り、返済を手伝うためバイトを始めると。


 だから普通にお願いしてもいいものを、わざわざ球技大会を頑張ったご褒美と称して二人きりでキャンプに来たというのに……。


「この人たちが私のテントを壊したんです!」


 コテージで一泊した次の朝。


 泊めるのを断った逆恨みなのか、昨日のあのクソ女が私たちに濡れ衣を着せて来た。


「えー。取りあえず双方の話を伺いたいと思いますので、お手数ですがそちらのお二方も事務室まで同行願えますか?」


 クソ女に連れて来られた職員の人は、面倒半分、申し訳無さ半分って感じで私たちに同行をお願いした。


「……分かりました。行こうかユカ」


「ええ」


 断ったら心証を悪くするだけだから、私たちは大人しく事務室について行った。


 やってない事に時間取られるのは腹立つけど、それで本当に冤罪を確定させられるのはもっと腹立つもの。


 球技大会では私に松なんとかが絡んで来て、このキャンプでは恭一にこのクソ女が絡むとか。


 こういうのが人気税って事かしらね。


 その後、キャンプ場の事務室で事情聴取が行われた。


「このDQNカップルがバレないだろうと思って遊び半分で私のテントを壊したに違いありません!」


「違います。この人、昨夜テントが壊れたからとコテージに泊めて欲しいと言って来たんですが、俺たちはデートで来てるのでそれを断ったんです。その逆恨みで言い掛かりをつけて来てるんでしょう」


 そこでクソ女と私たちの意見が衝突した。


「えー、困りましたね。どちらが言い分が正しいかすぐ分かる証拠がないので……」


 面倒な事に、私たちがコテージの前で争ってた所は監視カメラに撮られてたんだけど、音声は無いからクソ女は「テントを壊した事で揉めた」と適当に言い訳して来た。


 さらにクソ女がテントを張ってた場所は監視カメラが無かったから、本当に私たちが壊したのかどうかの証明が出来ない。


 それでキャンプ場側もどちらの言い分が正しいのか判断しかねて話が凄く長くなった。


「ああ、この人のテントですか。昨日、自分で立てるのを失敗して壊れたのを見てますよ」


 最終的には、クソ女の近場でキャンプしてた人たちの証言が集まって私たちの無実が立証された。


 証言してくれた人の中にはお魚をお裾分けした人もいて、いい事はやって損は無いと思えた。


 でも終わったらもう昼過ぎで帰る時間になり、私たちのキャンプ二日目は台無しだった。


 キャンプ場から早期解決出来なかったお詫びとして次回利用に使えるサービス券を貰ったけど、もう二度とここに来る事は無いでしょうね。


「はあ……」


 最後の思い出作りだったのにこんなケチが付くなんて。


 元から私と恭一がお似合いじゃないって神様が言ってるのかしら。


 それともこのまま終わるのが悔しいならもう少し恭一の所に居ろとか?


 そもそも、スマホの電源を入れていたら、イチゴの盗聴アプリであのクソ女が絡んで来た時の会話も録音出来てて、それですぐに無実を立証出来たのに。


 キャンプの間だけは私が恭一を一人占めしようと欲張った報いかも知れないわね。


「ふぅ………あれ?」


 恭一が運転するバイクのサイドカーに乗ったまま悩んでいると、盛大な寄り道をしていると気付いた。


「恭一。道、間違えてない?」


「いや、勝手に決めて悪いけど、寄り道しようと思ってな」


「寄り道?どこに?」


「近くで花火大会をする所があるらしいから見に行こう。もう一泊する必要があるけど、大丈夫だよな?」


 何よ、勝手にもう一泊決めちゃって。


 今までこんな強引な事しなかった癖に、どうして今回に限って……。


 でも恭一から求められてる気がして嬉しい。


「……仕方ないわね。付き合ってあげるわ」


「ありがとな」


 どうせ夏休みになって予定もないもの。


 もう一日だけ欲張っても……大丈夫よね?


 私たちはそのまま寄り道を決めて、花火大会場所の近くにある公園に着いた。


「ここ、お祭りもやるみたいね」


「そうだな。花火大会に合わせたんだろうか。せっかくだしお祭りも見て回るか?」


「ええ。花火大会までやる事もないもの」


 そこで花火大会に合わせてお祭りもやるみたいで、ついでにお祭りも見て回る事にした。


 そして私たちは射的やスーパーボールすくいなどで遊び、イチゴ飴を舐めたりタコ焼きに焼きそばを食べたりして、目一杯楽しんだ。


 まあ、私や恭一にちょっかい掛けて来るのは居たけど、全部軽く受け流した。


 お祭りを楽しんでいたら時間が経ちいよいよ花火大会の時間が近付き、皆花火を見やすい場所を探して動き始めた。


 そんな中、私たちは外部と仕切られた如何にもプレミア感が出る席に着いた。


「この席、どうやって取ったの?お金はともかく、事前に予約する必要とかあるよね?」


「……なんとか頼み込んで、キャンセルが出た席を譲って貰ったのさ」


「そう」


 今までの経験からして、恭一にここまでのデートプランを組めるとは思えない。


 多分、イチゴやアリアの入れ知恵とコネだと思う。


 でもデート中に他の女子の名前を出さないよう恭一なりに気を遣ったのでしょうね。


 そうだとしたら、結局はアリアたちのおこぼれに与ってるみたいで悔しいけど。


 でも花火大会が始まると、夜空に弾ける花火の綺麗さに圧倒され、余計な考えは頭から吹き飛んだ。


 ぼーっと花火を見上げながら、自然に隣の恭一と手を取り合う。


 それで恭一と気持ちが通じ合ってるみたいで嬉しくて、このデートが最後だと思うと悲しくて、涙がこぼれて来た。


 やだな……これで恭一とお別れしたくないな……


 これを最後のデートにすると決めておいて、後から後悔するとか女々しいけど、これからも恭一と一緒にいたい気持ちが溢れて来る。


「……ユカ?どうしたんだ?」


 私の様子に気付いたのか、恭一が心配そうに声を掛けて来た。


 こんな時に優しくして……、いやいつもこんな感じだったわね。


 それで、私の心の中にあった何かが折れた。


「恭一、実は……」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る