第7話『カヨ誘拐事件②』

 シェアハウスに着いた俺とカヨは家にいた面々に挨拶した後、カヨがイチゴにお礼を言いたいと言ったのでイチゴの部屋に向かった。


「いらっしゃい、きょーくんとカヨちゃん。待ってたよ」


 ノックの後、ドアを開けてイチゴの部屋に入るとイチゴがデスクチェアに座ったまま俺とカヨを迎えた。


「イチゴ、今日は助かった。ありがとう」


 真っ先に、カヨはイチゴにお礼を言う。


 カヨはイチゴの勧めでイチゴ制の位置情報共有及び常時録音アプリを入れていて、それで俺が誘拐されたカヨを見つけられたと知っているのだ。


「いいよ、友達だもんね。……あと、お礼だけが用事じゃないよね?」


「うん。誘拐犯たちの背後関係、イチゴなら調べられるんじゃないかと思って」


 やはりその用事でカヨはイチゴの所に来たのか。


 俺は黙って二人の会話を見守る。


「それね。実は二人が帰って来る間にもう調べ終わってるんだよねー。教えてあげよっか?」


「お願い」


 イチゴの勿体ぶる言い方にカヨは即座にお願いして、


「いいよ」


 とイチゴはそれ以上引っ張らず聞き入れた。


 そして語られる、イチゴが仕入れた方法による裏事情。


 カヨの誘拐を手引きしたのは高安たかやす雅子まさこ


 つまりカヨの父親である小林こばやしすすむさんの恋人で間違いないらしい。


 高安は元より高給取りな進さんの財産目当てで近付いていて、結婚してから子供を作った後、進さんに適当な濡れ衣を着せて離婚し慰謝料と子供の養育費を延々と毟る計画だったのだと。


 その濡れ衣も、高安が元から繋がりを持っていたブラックな組織を使って、進さんが浮気したような状況を作るハニートラップを仕掛ける予定だったらしい。


 進さんから金を毟れたらそれを組織と山分けするのを代価で。


 でもその前に、高安にとってはカヨの存在がどうしても邪魔だったようだ。


 金目当てとはいえ一度は結婚する相手に、前妻に良く似た連れ子がいるってのが気分が悪いというのもあるが。


 進さんは高安との話し合いで子供はカヨだけで十分と言ってたらしいので、カヨがいると子作りが出来なくて養育費を建前に延々と金を毟る口実が作れない。


 だから高安は直接カヨを排除すると決め、組織にカヨの誘拐を依頼したのだ。


 今日はカヨと進さん、高安の三人での食事会があり、カヨの移動経路が分かりやすかったので食事会に向かうカヨを待ち伏せして攫い、


 誘拐した後は身代金など要求せず、社会に戻れないようにロンダリングを回してから、組織が運営する違法な風俗で働かせる予定だったとも。


 どうやってイチゴがそういう情報を得たのかは疑問だが、それ所じゃなかった。


「……他所の事情ではあるが、流石に腹立つな」


 横から事情を聞き終えた俺は両手を力一杯握って怒りを抑えた。


 単純に進さんに美人局を仕掛けたりカヨに誘拐を仕掛けて金を毟り取るんじゃなくて、その上を行って二人の人生を丸ごと餌食にしようとしてたとか。


 ハッキリ言って許せん。


「その話、証拠とかある?」


 一方、カヨは冷静に証拠を求めた。


「一応、そういうやり取りをした音声やチャットデータとか、カヨちゃんのお父さんから掠め取った金を山分けする契約書の画像とかあるけど」


「お願い。警察に突き出したいからそれを渡して欲しい」


「いいよ。はい、これに入ってるから」


 イチゴは素直にUSBメモリーをカヨに渡す。


 余りにも呆気なくて俺もカヨも少し呆然とした。


「いいの?お返しとかあまり出来ないのに」


「いいんだよ。巡り巡って、事態が私に都合良くなるはずだから」


「……では貰っておく」


 カヨはUSBメモリーを手に持っていた小バックに入れた。


 ちなみにあの小バック、去年くらいに俺がイチゴの金でプレゼントした物だったりする。


「はい、話はこれで一旦終わりだよね?ちなみにカヨちゃん、今日泊まる部屋はどうする?私とかユカちゃんの部屋を間借りする?」


 アリアさんの名前が出なかったのは、カヨはイチゴとユカとならともかく、アリアさんとも友達と言うには若干隔意があるからだろう。


「そ・れ・と・も。きょーくんの部屋で寝る?私はオッケーだよ」


 そこに付け加えて、イチゴが急に爆弾を投げやがった。


「代わりに、その場合は部屋の様子を見聞きさせて貰うけど」


 モジモジと太股を擦り合わせながら言うイチゴ。


 丸っきり自分の性癖を満たすための提案だった。


「……分かった。今日は恭一の部屋に泊まる」


 カヨは少し悩んでから、そう答えた。


「いや、ちょっと待て。進さんにはお前に手出さないと言ったけど?」


 当然俺は反対した。


「そんなの、言わなきゃバレない。それに私も最近ご無沙汰だったから色々溜まってる」


「いやでも、流石にこの家でやるのは……」


 恋人が三人もいるし義妹もいるんだぞ。


「あまり拒否すると、お父さんに恭一ととっくにアレコレしたのに、実は恭一には他に彼女が複数いて、私はただのセフレだったと言う」


「ぐっ……!」


 それを突かれると弱い。


 前方のカヨに後方にイチゴと、押しに押されて流された結果ではあるが、確かに俺とカヨの関係はセフレと言っても違いないのだ。


 その上に彼女は他に四人もいるんだから、娘の親としては激怒間違い無しの案件だ。


 あと、その事実を知った進さんが騒ぎ立てると、アイドルみたいな営業しながら配信者やってる俺の立場も色々不味い。


「……分かった、進さんには内緒で頼む」


「決まりだね。じゃあ色々楽しみにしてるから!」


 俺が承諾すると、カヨではなくイチゴが声を弾ませた。


 いつも通りの反応ではあるけど、それでいいのか。


 イチゴは俺の彼女なはずなのに……。


 俺は色々諦めた心境でカヨを部屋に入れた。


 が、いざ事に及ぼうとしてカヨを抱き寄せると。


「いい」


 意外にもカヨは俺の肩を抑えて拒んだ。


「うん?そういうつもりだったんじゃないのか?」


「あれは言い訳。例えば私がユカの部屋に泊まって寝る時に、ユカが恭一の部屋でイチャイチャするかもと思うとムカつくから」


 それはそうか。


 一応、カヨも俺と男女の関係ではあるからな。


「あと、恭一は毎日やりまくって夜に休む暇も無さそうだから、私が普通にお泊りすれば、恭一も休めるかもと思った」


「それはありがたい」


 割とマジで。


 カヨの予想通り、毎晩毎朝誰かしらに絞られて疲れてるからな……。


 という事でカヨの分の布団を持って来よう物置部屋に行こうとしたが。


「どこ行くの?」


 カヨに呼び止められた。


「いや、お前の分の布団を持って来ようとしてな」


「いらない。添い寝して貰うから」


「……そうか」


 添い寝はするのか。


 でも既に色々配慮して貰ったから、添い寝くらいは受け入れよう。


 そうしてカヨと添い寝する時、カヨが俺に抱き付き胸に顔を埋めたまますすり泣いた。


「……お父さん……」


 今までそんな素振りは見せなかったが、父親の進さんが変な女に騙されてる事に心を痛めてたみたいだ。


「………」


 俺は無言でカヨを抱きしめて、眠るまで頭を撫でた。




 後日、カヨはイチゴから貰った証拠データを警察に提出し、それを元に動いた警察によって高安が逮捕された。


 高安に協力していた組織については、高安とやり取りしてた組織員だけがトカゲの尻尾切りされたが、本命は高安だからいいだろう。


 それでカヨを取り巻く問題が解決されたと思ったら、そうはならなかった。


「恭一、家出して来た。拾って」


 と、突然カヨがキャリーバックを持ってマンションの前に現れたのだ。


「……取りあえず、話聞くから上がって」


 これまでにカヨのプチ家出も何度もあったので、俺は取りあえずカヨを家に迎え入れた。


 それからリビングでカヨの話を聞くと、高安が金目当てで進さんに近付いた事や、カヨの誘拐も手引きしたのを、他でもない進さんが認めなかったらしい。


 弁護士も雇って何度も高安の無実を訴えているんだとも。


 それが原因でカヨと進さんが喧嘩し、カヨが家出して来たようだ。


「……今までで一番ガチな家出だな」


「お父さんに今まで育てて貰ったのは感謝している。でもそれとこれは話が別。いい加減お父さんとは一緒にいられない。……でないと、本気でお父さんが嫌いになってしまいそう」


 カヨは思い詰めた顔で俯く。


 これは……無理に送り返したら、反発して本気でどこか分からない所に家出しそうで怖い。


 もう受け入れた方が無難か。


「取りあえずあのアパートの部屋を好きに使っていいから、寝泊りはそっちで頼む」


 ただ、同居人を増やしたくはなかったので、前に暮らしてて今も契約だけ維持しているアパートの部屋を提供する事にした。


「むっ。……仕方ない。分かった」


「あと、ガチで家出したままだと色々騒ぎになるから、大人の人や警察に相談するからな」


「お父さんの所に戻されないのなら構わない」


 その後、俺は大人の人……アリアさんの両親である利幸さんとセイラさんに相談した。


 俺の両親じゃなくて利幸さんたちに相談した理由は、単に社会的影響力の強い利幸さんたちが頼りになった事と、俺とカヨの関係を自分の両親に突っ込まれたくなかったからだ。


 利幸さんたちは大体知ってる上で認めているからな。


 自分の両親よりも彼女の両親が色々知ってる上に頼りになるとか、ちょっとおかしな話ではあるが。


 それで利幸さんたちが警察を交えて進さんと話し合った結果、カヨが例のアパートの部屋で一人暮らしするのを何とか認めて貰った。


 これでひとまず安心……だと思ったが、カヨから不審な話を聞かされた。


 それはカヨに誘われて、もはやカヨの部屋となったアパートの一室でゲームで遊んでた時の事。


「そういえばだけど」


 ゲームが一区切りついた後、不意にカヨが切り出した。


「花京院さんの両親から、いっそ自分たちの養子にならないかと言われた事がある」


「ん?あの二人から?」


 最近、カヨと進さんが不仲な状況を鑑みればあり得ない話ではないが、そう簡単に養子縁組とか言い出せるのか?


「それで思ったんだけど、もし私が養子入りして名前が花京院佳代になったとして。その後恭一と花京院が婿入りで結婚して花京院恭一になったら。知らない人からしたら私と恭一も夫婦に見えるんじゃない?」


「………」


 あり得そうだ。と思えて何とも言えない。


「恭一を裏切るような事をしたくないから先に言った。花京院さんの両親も恭一のハーレムを応援してるみたいだから、気を付けた方がいい」


「そうか。教えてくれてありがとな」


 それにしても、恋人の両親がハーレム応援するとか一体どういう状況なんだ……。


「はあ……」


 何とも言えなくて自然とため息が出てしまった。



―――――――――――――――

 次は三章以外で何故か間章くらいしか出番のない(…)リナの話です


 そろそろ第一部完結に向けて話を進めた方がいいかと思う一方、色んなキャラにスポットライトを当てたり、書きたい小ネタが色々あって悩んでいる最中です

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