第5話『テニス大会でのBSSアゲイン・④』

 大会の表彰式はつつがなく終わった。


 本選大会は夏休み中にあるらしい。


 そして表彰式の後、俺は帰る前に鈴木くんと会った。


「で、お前、なんでヒトミちゃんと一緒に来てたんだ?」


 さっきの事情を説明するために。


 試合に負けた事もあってか、鈴木くんは恨めしそうに俺を睨んでいる。


「あー、その前に。ヒトミちゃんってあの子の下の名前ですよね?苗字は何ですか?」


 これは聞いて置かないとな。


 下手に下の名前呼びが先に定着すると後が面倒だから。


「……立花たちばな立花たちばな仁美ひとみだ」


 鈴木くんも俺に立花さんを下の名前で呼ばせたくなかったのか、素直に苗字を教えてくれた。


「ありがとうございます。で、立花さんですが、俺を妬む他校の男子たちがユウリを攫って俺を呼び出そうとしたんですが、間違えて立花さんを攫ってたんです。ほら、二人とも金髪ですから」


「何!?それでヒトミちゃんは大丈夫だったのか!?」


「ええ。何かある前に助け出しました。で、試合寸前だったので俺も彼女も走って戻ったんです。目的地は一緒ですから」


 後、立花さんを攫って俺を暴行しようとしてた奴らは然るべき所にしょっ引かれて、その学校のテニス部は廃部になるらしい。


「そうか。……取りあえず礼は言っておく。ウチの後輩が助けられたから」


 そう言って鈴木くんが頭を下げて来た。


「いいですよ。俺が巻き込んでしまったような物ですから」


 かしこまられても困るので、頭を上げさせる。


 それで解散しようとした時。


「あの!葛葉先輩!」


 さっき話題に出してた立花さんが駆け寄って来た。


「立花さん?どうしたんだ?」


 大方、さっきの事で改めてお礼だと思うが。


「あっ、名前……鈴木先輩に聞いたんですか?」


「まあ」


「でも自分からも自己紹介します。私は立花仁美といいます。改めてさっきは助けてくれてありがとうございました!」


「いいって。さっきも言ったけど、俺が巻き込んだような物だから」


「あと!決勝の試合、カッコ良かったです!それにあの漫画の技を再現するとか、惚れ惚れします!」


 立て続けに立花さんが俺を褒め称える。


「あの……ヒトミちゃん?」


 同じ場所にいたはずの鈴木くんは完全スルーされていて、当の鈴木くんはうろたえた。


「それにウチのエースだった鈴木先輩に勝つなんて、配信とかしてるから練習の時間もあまり取れないでしょうに。葛葉先輩みたいな人を天才って言うんですね!私、ファンになりました!」


 立花さん、さっき助けた時は俺の事が完全に初見みたいだったが、配信については他の人に聞いたのか?


「えっ?」


 鈴木くんはさり気なく比較対象に持ち上げられて呆然とした。


「あの……立花さん?」


 そろそろ不味い事になりそうだったので止めようとしたが、立花さんは止まらずに顔を赤く染めてモジモジしながら言う。


「それでその……、ちゃんとお礼とかしたいので、私の家に来てくれませんか?」


 あっ。


 これは手遅れかも知れん。


「立花さん!何言うんだ!こいつは敵だぞ!裏切るのか!?」


 流石に聞いてられなくなったのか、鈴木くんが強引に割り込んで来た。


「はい?敵に裏切るって……、ちょっとムキになり過ぎじゃないですか?たかがテニスでしょ?」


 立花さんは真顔で鈴木くんに言い返す。


「たかが……テニス……」


「あと、この際ですからハッキリ言いますけど。私、鈴木先輩をそういう相手に見てませんから」


「え?」


 立花さんの突然の釘刺しが鈴木くんの胸にクリーンヒットした。


「顔はブサイクじゃないけど割と普通だし、性格も割と粗暴で、取り柄もテニスだけなのに一度も全国に行けなくて見込みもないし。ほんと無いですから」


「………」


「………」


 ほぼ全否定じゃないか。


 正直、これは引く。


 小悪魔所じゃない。もうただの悪魔……いや悪女だ。


「一方、葛葉先輩はイケメンですし、私を助けてくれるくらい勇敢で、テニスが天才的なだけじゃなくて配信とかもやってて稼いでいるから甲斐性もある。もう鈴木先輩とは月とスッポンくらい違いますね!比べるのが失礼なんですよ!」


 それだけでは終わらず、ハッキリと俺と比較しながら鈴木くんを下げる。


「う……ウソだ。ウソだこんな事ぉ!」


 鈴木くんがショックのまま叫び出す!


「ヒトミちゃんが葛葉を持ち上げて俺をボロクソに言うとか、こんなのウソだ!せっかくテニスをまた頑張ったのに!また好きな子を取られるなんて!もうテニス辞めるううう!!!」


 そして鈴木くんはまたも引退宣言をしながら走り去って行く。


「テニス辞めるって、どの道三年だから夏の大会が終わればそのまま引退するのでは?」


「それは言わんでやれ……」


 鈴木くんの背中に向けて立花さんが身も蓋も無い事を言ったので、俺は呆れながら窘めた。


「えっとそれで……、葛葉先輩。ウチに来てくれますか?」


 そして立花さんは豹変してしおらしい態度で上目遣いをしながら俺に返事を求めた。


「いや、悪い。俺彼女いるから、他の女子の家には行けない。気持ちだけで十分だ」


 で、俺はもっともらしい理由を挙げて断った。


 彼女がいると打ち明けるのは避けたかったが、ハッキリ振り切るには仕方ない。


「え?葛葉先輩はフリーだって聞きましたけど」


 立花さんが目を丸くして驚く。


 どこから聞いたのかな。


 そっちの高校に俺の配信の視聴者がいて、その人から聞いたのか?


「内緒にしてるんだ。公然と彼女持ちって言ったら色々面倒だから」


 今の俺は一部ではアイドル化してるからな。


 ……まあ、三年になればアリアさんと交際していると公表する予定ではあるが。


「そうですか……。残念ですけど、家に呼ぶのは諦めます」


 うん?家に呼ぶのは?


「それじゃあ、また連絡します。繰り返しになりますが、今日はありがとうございました」


 立花さんはもう一度頭を下げてから去って行った。


 言葉の節々に不穏な気配があったが……杞憂だろうな?




 ………杞憂では終わらなかった。


 大会の後、ユウリとデートする事になったある日。


「ごめん!今日もう一人来るんだけどいい?」


「ああ、いいよ」


 待ち合わせ場所の公園前で合流したユウリから突然の申し出があってそれを受け入れた。


 俺からしたら毎日誰かとデートしても、女子からしたら平気で一週間待ちが発生してしまうからな。


 グループデートで前倒しするのも珍しくないのだ。


 ……我ながらとっかえひっかえで反吐が出るが。


 それでしばらく待つと。


「葛葉先輩!久しぶりです!」


「……立花さん?」


 私服姿の立花さんが現れた。


 しかも自分が追加の一人だという風に。


「何で?」


 俺はユウリに目を向けて聞いた。


「いやー。実はあの大会の後ヒトミっちとバッタリ会ってさ。色々話してたら意気投合しちゃって。恭っち、これからはヒトミっちも混ぜていい?」


「……俺が決める事じゃないぞ」


 イチゴ……は、反対しないだろうな。


 ユカも反対出来るような立ち位置じゃない。


 最後の希望はアリアさんだが……。


 そこまで考えた時、スマホがバイブした。


 手に取って見ると、そのアリアさんからレインメッセージが届いていた。


『私は大丈夫ですから』


 と。


 ……アリアさん、タイムリー過ぎるんだが今イチゴと一緒に俺のスマホの盗聴音声を聞いているのか?


 その上で立花さんの事を了承したのか?


「ふう………」


 最初の頃はハッキリ嫉妬したのにな……。


「恭っち?どうしたの?」


 ついため息をつくと、訳を知らないユウリが首を傾げた。


「いや、何でもない。……デートまでなからな」


 あくまで一緒に遊ぶだけだ。


 それ以上、スキンシップしたりとかは断固拒否する。


「はい!ありがとうございます!」


 立花さんは分かっているのかいないのか、笑顔で答えた。


 これも、俺が他の男から女を奪った事になるのか?


 ……胃が痛い。



―――――――――――――――

 これにて『テニス大会でのBSSアゲイン』は終わりになります

 想定の倍に長くなって、長く書けるようになった事を喜ぶべきか、書き方が悠長になったと危惧するべきか、悩ましい所です

 あと立花ヒトミさんは名前アリなファンの扱いで今後あまり出番ない予定です


 それと本小説、30万PVを越えました。応援ありがとうございます!

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