第3話『テニス大会でのBSSアゲイン・②』

 大会当日。


 俺は悠翔高校でテニス部と合流してから、学校のバスで大会会場となるテニスコートに移動した。


 他にはユウリが応援に来て現地で会った。


 そして顧問の先生と部長の武田先輩が手続きをする間、ウォーミングアップをしていると……。


「葛葉恭一!逃げずに来たようだな!」


 他校の男子一人が声を掛けて来た。


 この人は確かユウリの従兄妹の……。


「鈴木勇太くん……でしたか?」


「先輩と呼べ!」


「いえ、学校違いますから」


 あと、こっちを露骨に敵視しているからあまり先輩とは呼びたくなくて、さんだと昔ユウリを鈴木さんだと呼んでたのと被るからな。


「……まあいい。今年もシングルス1に出るんだろうな。前回の勝ちがまぐれだったと教えてやるから、首洗って待ってろ!」


 鈴木くんは自分が言いたい事だけ言って自分の学校の所に戻って行く。


 元より試合は普通にするつもりだけど、あの人引退すると言ってなかったか?


「勇太さー。今年新しく部に入った一年の女子マネにぞっこんらしくて、恭っちに勝っていい所見せるんだって」


 鈴木くんとのやり取りを見てたのか、ユウリが近付いて来てややうんざりした顔で説明する。


「この前、ウチと会った時なんか『俺にはもう他に好きな子が出来たからな!ユウリお前があの葛葉に捨てられて戻って来てももう遅いぞ!』なんか言って来たんだよ。はあああ、ほんとウザかった」


 口にするのも嫌だったのか、ユウリは最後に「けっ!」と吐き捨てた。


 昔ユカも長岡にそういう事言われたらしいが、あれだな。


 最近主人公を振った人が後悔する話が流行っているとはいえ、それを現実に持ち込むのはな……。


「恭っち、遠慮なく叩き潰しちゃってよ。なんだったらその女子マネも寝取っちまってさ」


「いや、普通に試合だけやるぞ。あと寝取るとか言うな」


 ユウリが不穏な事をそそのかして来たが、俺はスルーして試合に準備をした。


 そして大会が始まり、悠翔高校は無難に勝ち上った。


 その最中、もちろん俺は全勝して。


 試合ではユウリの希望通り、練習してた地面すれすれの直線でバウンドする打球という漫画に出る様な技をたまに決め球に使った。


「出た!〇〇ショットだ!恭っちカッコいい!」


 その度に、ユウリが黄色い声を上げながら喜んだ。


「葛葉くんカッコいいよ!こっち見て!」


 ユウリだけじゃなく、他に見物に来てた女子からも応援を受けた。


 配信者としての俺のファンだろうか。


 一応顔と名前が知られている身分なので、そういう女子をあしらわずにファンサービスのつもりで手を振り返しってあげると、さらに喜んでくれた。


 スマホで写真や動画もこっそり撮ってるみたいだが、それは一々取り締まれないのでスルーする。


「けっ。女子にチヤホヤされてさ」


「神聖なテニスコートで何やってんだよ」


 一方、男子からは激しい嫉妬を向けられたが、こっちもこっちで慣れた物なのでスルーだ。


 そしていよいよ決勝まで進んだ。


 対戦相手は鈴木くんのいる高校である。


「よし。ここまで来れた!あとは優勝だ!頑張ろう皆!」


 優勝を目前に、武田先輩はやる気に満ちていた。


「葛葉くんも助っ人ありがとう!このまま決勝も頼むよ!」


「はい。頑張ります」


 正直、勝ち負けはどうでも良かったが、ここまで来たら俺もやる気が出て来た。


 イチゴたちは用事があって応援には来なかったが、優勝して帰ると喜んでくれるだろう。


 もう少し頑張ろうと意気込んで準備していたら。


「恭一、ちょっと」


 ユウリと一緒に応援に来ていたカヨが話し掛けて来た。


「カヨ?どうしたんだ?」


「これ、通りすがりの人に恭一に渡せと言われたけど、内容が……」


 そう言ってカヨは半分に折り畳まれた紙を渡して来た。


 受け取った紙を開いて中身を見ると。


『お前の女を預かった。返して欲しければ倉庫裏に来い』


 という殴り書きがあった。


 俺の女って……、今日はイチゴもユカもアリアさんも来ていないし、応援に来てる友達はカヨとユウリだけなんだが。


「ユウリがトイレに行ってからまだ戻って来ていない」


 俺の考えを補足するようにカヨが付け加えた。


「ユウリが?」


 言われてみれば、今日のユウリはずっと俺に親密そうにしてたからな。


 ユウリが俺の彼女だと誤解された可能性もある。


 それで今まで帰って来ないとなると……。


「ちょっと行って来る」


 俺はすぐ決断した事をカヨに伝えた。


「試合は?」


「時間までには戻るつもりだけど、遅れたら武田先輩に事情を話してくれ」


 と言いつつも、遅刻で不戦負けになる覚悟もしている。


 武田先輩たちにとっては大事な大会の決勝だけど、俺にとっては友達の方が大事だ。


 そして紙をカヨに預けて呼ばれた場所に向かおうとすると……。


「あれ?恭っち、どこ行くん?」


「ちょっと急用が出来て……ってユウリ?」


 ユウリと鉢合わせた。


「お前……無事だったのか?」


「?無事っちゃ無事だけど。何かあった?」


「これ」


 カヨが預かっていた紙をユウリに渡して、ユウリはその中身を読んだ。


「ふむ。なるほど?つまり恭っちはウチを心配して、大会の試合よりもウチを取ったって訳?へー、ほー」


 状況を理解したユウリが俺を見てニヤニヤする。


「恭っちってウチの事好き過ぎじゃない?」


「……友達だからな」


 俺はちょっと気恥ずかしくなって目を逸らした。


「……じゃあ、これはデタラメ?」


 カヨが人差し指で呼び出しの紙を突く。


「確かにそうかも知れないが……」


 俺に無駄足を踏ませる為に呼び出したにしては杜撰だな。


 たままたユウリがいなかったから、ユウリを攫われたと勘違いしたものの、最初からユウリもいたらどうするつもりだったんだ?


 ……それともちゃんと来るって確信があったのか?


 例えば他に誰か攫っているとか。


「……やっぱちょっと行って来る」


「いいの?試合は?」


「まだ時間はあるし、何も無かったらすぐ戻って来る」


 と言い残して、俺はもう一度呼び出し場所の倉庫裏に向かった。


 そして倉庫裏に着くと……。


「いいから早く私を解放してください!もうそろそろ試合は始まるんです!」


「だからお前を捕まえているんだろうがよ」


「安心しな。あいつが来たらちゃんと解放してやっからよ」


 知らない男子たちが、知らない女子を捕まえていた。


 ……誰?


 いや、あの女子は地毛なのか染めてるのか髪の毛が金色だ。


 もしかしたら、と危惧した通り他の人をユウリと間違えて捕まえたみたいだ。


 なら俺も無関係ではないので、助けに入るか。


「お前らが俺を呼んだのか?」


 早速踏み込んで尋ねると、その場にいる全員の視線が俺に集まった。


 捕まってる女子は一人で、男子の方は三人か。


 もしかしたら次の対戦校の妨害かと思ったが、ジャージを見るに違うみたいだ。


 むしろ女子の方のジャージに次の対戦校の名前が刻まれている。


「おう。葛葉。やっぱり女は大事か?」


 男子のウチ一人が代表して答えた。


「お前らが俺を呼んだ事で間違い無さそうだな。で、何の用だ?」


「てめぇが気に入らないからよ。ちょっと痛い目に会って貰おうと思ってな」


「俺が気に入らないからこんな事をやったのか」


 よくある理由だな。


 俺が気に入らない人なんてそれこそ掃いて捨てる程いるが。


「そうだ!ロクに練習もしてなくて女と遊びまくりなくせに、俺たちを差し置いて決勝に上がるとか許せねぇ!」


「そうか」


 嫉妬する理屈は分かる。


 が、人質を取るのはやり過ぎだな。


「澄ました面しやがって!取りあえずそこから動くなよ。反抗したらこの女を痛めつけるぞ!」


 その言葉に合わせて、女子を取り押さえている男子の一人が金髪の女子の顔にカッターナイフを押し当てた。


「ひっ!」


 カッターナイフを当てられて女子が顔を真っ青にして怯える。


 それで俺も動けないと思ったのか、他の男子二人はニヤけながら俺に向かって歩いて来た。


「ふう……。先に手出したのはそっちだからな」


 一応、言うだけ言う。


 その直後、事前に用意して来た小石を右手の指で弾いて、カッターナイフを持っている男子に向けて飛ばした。


「うわっ!?」


 その男子が小石に怯む隙を突いて他の男子二人を押し退け、ダッシュでカッターナイフ持ちの男に近付いてぶん殴る。


「ぐはっ!」


 俺に殴られた男子は悲鳴を上げて地面に倒れ、それで人質だった女子も解放された。


 人質さえいなければ、後はどうとでもなる。


「さて。覚悟はいいだろうな」


 俺は残りの男子二人に向き直った。


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