間章四・二年目一学期の後半
第1話『ケイコイジメ事件』
体育祭の後、宗方くんや国光先輩の事で色々あったが、そういうのは取りあえず差し置いて。
学校ではケイコたちを中心に俺目当ての女子たち囲まれて、愛想笑いいつもの日常が続いた。
いや、少しだけ変わった所はある。
「ケイコ、恭一にくっつき過ぎてない?」
「全然?これが普通だけど?」
ある休み時間。
カヨが俺とケイコの距離感を指摘したが、ケイコは何でもないように流す。
でも実際の所、カヨの言い分が正しい。
現にケイコは横から椅子をくっつけて俺にもたれ掛かっているんだから。
「いやいや、流石にくっつき過ぎだって」
「何よ。カヨもユウリも嫉妬してるの?」
ユウリもカヨに同意するも、ケイコは嫉妬の一言で済ませる。
「そういう訳じゃないんだけどさー。ケイコっち、後が怖くない?」
「何の事かな~」
ユウリが注意するも、ケイコは聞く耳を持たない。
この場にユカかアリアさんがいれば彼女も何か言っただろうが、今は二人とも生徒会の用事でいないから、ケイコが更に調子に乗っているんだろう。
俺としても、後で何かしらのしっぺ返しが来ないか不安だ。
そして放課後、事が起こった。
それはいつもの様にケイコたちや都合の合う女子たちを連れて遊びに出掛けようとした所。
「……え?」
玄関の靴箱で靴を履き替えようとしたら、突然ケイコが声を漏らす。
「ケイコっち?どうしたん?」
ユウリが真っ先に反応し、原因と思わしき靴箱を覗き込む。
「……あちゃー」
そしてユウリも何か残念そうに声を漏らした。
「何なんだ?」
野次馬のつもりじゃないが、流石に気になったので皆してケイコの靴箱を覗く。
すると色んな物で汚されていたケイコの靴が目に入った。
「これはまた……」
悪質ないたずらだな。
靴がダメになった実害がある分、犯人を見つけ出せば損害賠償を請求出来そうだが。
俺と同じ事を考えたのか、カヨがスマホを取り出して靴箱の惨状を撮影した。
「カヨっち?何してるの?」
「証拠は大事。これで犯人を見つけて訴えればお金をむしれる」
「そうだけど、ケイコっちが今日帰りに使う足はどうする訳?まさか内履きのまま帰るの?」
ユウリは意見を求めるようにケイコに目を向ける。
「……あっ。えっと……どうしよう」
ケイコは予想外の事態に放心してたおか、その時になってハッとなって周りに意見を求めた。
「こうなったら仕方ない。取りあえず真っ先に靴屋まで行こう。その間、ケイコは俺におぶされ」
俺はそう言ってケイコに背を向けて体を屈めた。
「えっ?いいの?」
「こんな状況だからな。内履きのままで帰ってもいいのならそうしても構わないが」
「……分かった」
ケイコは遠慮がちに、俺の背中に抱き付いておんぶされた。
「へえー。役得じゃん」
「羨ましー」
それを見て他の女子たちが揶揄うように言う。
ユウリはニヤニヤしながら見ていて、カヨは無言で俺がケイコをおぶる姿の写真を取っていた。
その後、俺たちは靴屋に移動してケイコの新しい靴を見繕って買った。
……俺の支払いで。
「ありがとう、恭一くん。大事にするね」
「ああ。まあ、靴なんて消耗品だから、遠慮なく使え」
「ウチらもありがとう!」
「しばらくこれだけ履く」
「……ああ」
ついでに、ケイコにだけ新しい靴を買ってあげると角が立ちそうだったので、ユウリを含む他の女子たちにもそれそれ新しい靴を買ってあげた。
割とデカい出費だったが、ここでケイコの分だけ出すと更なる嫉妬と悪戯に発展し兼ねないので、必要経費と割り切った。
最近、配信やらイチゴが作ってくれたオリジナル曲やらASMRボイスやらで色んな収入があり、これくらいはイチゴから金を貰わなくても大丈夫だった事もある。
靴を買った後は新しい靴の履き心地を確かめるついでに街を色々見て周り、程よい時間で解散した。
それにしても、まさか本当にイジメが起こるとはな。
被害が大きくなる目に犯人を見つけないと。
犯人がクラスメイトの可能性は低いと思う。
ウチのクラスには学校の理事長の孫娘のアリアさんがいて、そのアリアさんが悠翔高校の評判を悪くするイジメを容認するはずがない。
クラスメイトもそれを良く理解しているはずなので、イジメを実行する勇気はないだろう。
ユカの時は俺が囲ってると見せかける事で解決したが、今回は元から俺の身内扱いだったケイコを狙ったのだから、その解決法も望み薄のはずだ。
イジメの原因は増長したケイコへの嫉妬だと思うが、それでもケイコは友達……だからな。
助けられるなら助けたい。
次の犯行があるとしたら人の居ない早朝だろう。
だから翌朝、俺はいつもより早めに登校して犯人を突き止めようとした。
「あら、恭一さん。もう出るのですか?」
それで早起きして制服に着替えた所で、まだ寝間着姿のアリアさんが部屋に入って来た。
用事は……ほぼ毎朝恒例となっている朝のアレコレだろう。
ただ、今日は俺が起きて結構時間が経ったので、俺の下半身のアレは鎮まったのだが。
「ああ、ちょっと用事があってな」
「用事……伊藤さん絡みの事ですか?」
流石に昨日の事はアリアさんの耳にも入っているか。
アリアさんもケイコたちと連絡先を交換して時々チャットしているからな。
「そんな所」
「そうですか。……それでしたらついて来てくれますか?手っ取り早く解決する方法がありますので」
「うん?ああ、分かった」
そして俺はアリアさんの後ろをついて行って……イチゴの部屋に入った。
「イチゴさん、起きてください」
俺が意図を聞くよりも前に、アリアさんがベッドで寝ているイチゴの肩を揺らして起こす。
「う~ん。アリアちゃん?きょーくんも。朝から何?」
起こされたイチゴは状態だけ起こして目を擦る。
「昨日の件です。予定より早く解決したくなりました」
「……そう?もう少し泳がすんじゃなかったの?」
「そのつもりでしたが気が変わりました。この調子ですとしばらく恭一さんの時間を取られそうですので」
「そう。じゃあ仕方ないね。とりま顔洗って着替えるからリビングで待ってて」
そんなやり取りの後、俺とアリアさんはイチゴの部屋を出た。
いや、それよりもさっきのやり取りって……。
「アリアさん。さっきの話し合い、もう少し泳がすってどういう事だ?」
「その通りですよ。伊藤さん、増長しているようでしたので今回の事を期に反省させるつもりでした」
「……そうか」
それ以上は何も言えなかった。
アリアさんに、それは悪い事だと叱る事も出来ない。
イジメを放置して利用するようにアリアさんの性格を歪ませたのは、俺とイチゴなのだから。
「では、私も身嗜みを整えて参りますので」
アリアさんはそう言って自分の部屋に入って行く。
先にリビングに移動して待っていると、制服に着替えたイチゴとアリアさんが集まって来た。
「それでー、ケイコちゃんをイジメた犯人を特定すればいいんだよね?」
イチゴは持ち込んで来たノートパソコンを開いて電源を入れながら聞く。
「はい。その後は私がやります」
「分かった。それにしてもきょーくん。こういう事なら最初から私を頼ってくれれば良かったのに、水臭くない?」
「……流石に何でもイチゴに頼るのは良くないと思ってな」
正直な所、イチゴを頼る事に迷いがあった。
迷う理由は……自分でもハッキリしないが。
「ふーん。えっと、学校の監視カメラの映像でー犯行が疑わしい時間はー……これかな」
イチゴはノートパソコンを操作してから、俺とアリアさんに画面を見せた。
今更な事だが、イチゴは生徒会権限の延長とアリアさんの後ろ盾を持って校内の各種インフラを操作出来る。
明らかに高校の生徒会が持っていい権限の範疇を越えているが、これもやはり理事長の孫娘であるアリアさんが生徒会長だから許可されているのだろう。
それでイチゴが見せた監視カメラの映像に、他のクラスの二年生の女子がケイコの靴箱に悪戯してる所が映ってた。
「なるほど。この人たちですか」
映像を確認したアリアさんは、早速スマホを手に取って何処かへ電話を掛けた。
「もしもし。おはようございます、校長先生。朝早いですがお願いがありまして。校内でイジメが起こりその犯人を特定しましたので、急ですが今日の朝礼に全校集会を開きたいのです。……はい。……はい。ではよろしくお願いします」
そして話し終えたアリアさんは電話を切る。
目の前でのやり取りだったので、誰に電話してどんな話をしたのか全部理解出来た。
理事長の孫とはいえ校長先生を顎で使うとか、本当にアリアさんも変わってしまったな……。
「それじゃあ、全校集会もありますし、ユカさんとリナさんも起こして今日は早めに出ましょうか」
「そうだね」
「……ああ」
その後は、色々と呆気なかった。
早めに登校して先生たちと打ち合わせをした後、講堂で全校集会を開き、アリアさんがイジメの実行犯たちを摘発して晒し上げた。
ただ、ケイコをイジメた犯人だけ摘発すると俺の関係者だけ守っていると見えそうだったので、他にも摘発を行った。
ケイコの件以外にも、大小はともかく校内にイジメが起こっていて、イチゴはそれらのネタも以前から掴んでいたのだ。
イジメの犯人たちの処遇は、無自覚な悪戯で済む生徒たちには厳重注意、物的もしくは心的実害があると判断されたのは、停学か退学の沙汰が下された。
中には俺へのリンチを企てていた男子グループもいて、そいつらは全員退学された事で色々ギョッとした。
お陰で悠翔高校における色んなイジメはあっという間に終息し、この学校でイジメはしない方がいいという認識が出来上がった。
それにしても……。
「どうしたの?きょーくん。思いつめた顔して」
放課後に生徒会室で今回の後始末の仕事をしていると、イチゴが声を掛けて来た。
「いや、今回の事、俺は解決に何の役にも立ってないと思ってな」
他でもない俺の……友達の事だったのに。
「出来てるよ?きょーくんがアリアちゃんと付き合っていたから、アリアちゃんも頑張ってくれたでしょ?」
「人頼みじゃないか」
しかも女友達の問題で恋人に頼るとか割と最低な。
「でも、きょーくんが日頃からアリアちゃんのいい彼氏やってくれたから、アリアちゃんも力を貸してくれたと思うな」
「いい彼氏……ね」
アリアさんの上品な趣味に付き合うのは確かにハードル高かったなーというのはともかく。
公認とはいえ複数の女子と付き合っているのがいい彼氏だろうか。
「きょーくんはこのままでいいんだよ?このまま私たちの彼氏で居てくれれば。煩わしくするのは全部私たちが片付けてあげるから」
「………」
俺は何とも答えられず、仕事に意識を戻して話から逃げた。
今回のイジメがあったからか、俺に対するケイコの距離感も前みたいに落ち着いた。
今回の事で少し懲りたから……と思いたいが、謎の余裕が見え隠れして不安た。
【Side.ケイコ】
全校集会で私の靴箱に悪戯した犯人が捕まった後。
私は呼び出されて、カフェの個室で花京院さんと向かい合った。
「今回は災難でしたね。でもこの事を教訓に、これからは身の程を弁えていただきたいです」
花京院さんって、こんな事言う人だったのかな。
嫉妬深い人だってのは知ってたけど、最近は恭一くんを共有してくれたりと丸くなったと思ってたのに。
「そういう事言いたくて呼んだの?」
「そうですよ。……ハッキリ言いましょう。学校で恭一さんの彼女振るのは止めてください。それをされると都合が悪いです」
「だったら、花京院さんも名乗り出ればいいんじゃない?」
「それが出来ない事情があるのです」
そして花京院さんは、その事情について説明した。
去年の文化祭でやったライブステージの反響で、フリーな花京院さんと恭一くんを目当てに悠翔高校に入学や転入して来た生徒が多い事。
そこから得られる学校の利益を無視出来なかったので、二人が付き合っているのを隠すと決めた事。
でも花京院さんが我慢できなくて代わりの広告塔として花村さんや宗方くんを呼び寄せた事。
だけど花村さんは問題を起こして退学され、宗方くんは国光先輩という恋人を作り、広告塔の役割が花京院さんと恭一くんに戻って来た事。
なので今しばらくフリーな振りをして、花京院さんと恭一くん目当ての新入生を引き込み切った三年生の一学期中盤に交際を明かす予定だと。
「という訳ですので、今伊藤さんに恭一さんの彼女の座に居座られると、恭一さん目当ての新入生が減り、私との交際を隠した甲斐も無くなるのです」
身勝手な話だと思えなくもないけど、花京院さんは悠翔高校の理事長の孫娘だから仕方なさそうでもある。
それにそんないい家の娘である花京院さんの恋愛や交際が遊びで済む訳もなく、恭一くんだって花京院さんとの関係を真剣に考えて付き合っているのを隠しているのだろう。
ここで私が意地を張って花京院さんを押し退けて恭一の彼女になろうとしたら、……排除される。
今年、急に転校した吉田さんみたいに。
今の花京院さんを見ると、吉田さんの転校は花京院さんが裏で手を回したからだと確信出来る。
排除されるくらいなら……、屈辱だけど、花京院さんに頭を下げておこぼれを貰う方がまだいい。
「……分かった。これからは気を付ける。だから……」
「ええ。これまで通りに、時たま恭一さんを貸してあげます。ではこれからもよろしくお願いしますね。……ケイコさん」
「うん。……アリアさん」
こうして私は、花京院さん……ではなくアリアさんともう少しだけ親密な仲になった……気がした。
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四章のあとがきでユカの話を書くと言ってましたが、構想を練るとちょっと長くなりそうでしたので、連続更新出来るタイミングで載せられるようにする為、後回しする事になりました
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