第24話『そろそろ俺の限界が近い』
【Side.葛葉恭一】
俺は今、自室の机に向かったまま悩んでいる。
悩みの内容は、俺を取り巻く女性関係についてだ。
元々俺はイチゴだけが好きで、イチゴだけとこっそり付き合ってたのに、どうしてイチゴ曰くハーレムみたいなふざけた状況になったのか、一向に解せぬ。
……まあ、アリアさんやユカについては最近は色々諦めもついて情も移ったので、向こうから愛想尽かされるまでは責任を持って気持ちに答えようとしているが。
最初は大学でバラバラになって自然消滅すると期待したが、今では同居までしてて勉強についてもイチゴが予想した的中率100%のテスト問題と答案を丸暗記する力技も使えるから、大学も一緒になる未来しか見えない。
ケイコ、ユウリ、カヨ、アミたちは、今は仲のいい男友達が俺だけで、自分で言うのもあれだが俺のスペックが高い所為もあって他の男に目が向かないだけで、大学でバラバラになると落ち着くと思う。
リナについては、たまに身の危険を感じる時はあるが、そもそも義理でも妹だから今更他人になれないので、嫁に出るまで面倒見るつもりだ。
ここまでは百歩、千歩、一万歩譲っていいとしよう。
なのに……つい昨日、アリアさんから「国光先輩を愛人にしましょう」と提案された。
「国光先輩は宗方くんと付き合っているだろう」と指摘すると、
「それはそもそも恭一さんに近付く為の口実でした」と返されて。
つまり、国光さんは宗方くんとの付き合いを言い訳にして俺に近付いて気を引こうとしてたのだと。
アリアさんに説明された俺は頭を殴られたようなショックを受けた。
真っ先に思ったのは、宗方くんへの心配だった。
不本意だとはいえ、前に宗方くんが好きな相手のケイコを俺が奪った前歴がある。
その後に宗方くんはアリアさんに目を向けたが、それも俺が奪った様な形になってしまった。
ケイコに関しては向こうから俺に飛びついた感じで、アリアさんは隠してたけど元から俺と付き合ってた訳だが。
しかし国光先輩だけは訳が違う。
そもそも俺は国光先輩をハッキリ振っていて、その後宗方くんが国光先輩と付き合ったのだ。
今でこそ国光先輩が俺に近付く為の偽装だったと知ったが、それでも宗方くんの方は国光先輩に本気に見えた。
そんな国光先輩をよりにもよって俺が愛人として奪うとか、友情が破壊される。
片手で数えられるくらい貴重な男友達なのに!
それに、俺は国光先輩が好きじゃない……のは振った視点で当たり前だとして、もっと踏み込んで言えば嫌いだ。
既に恋人がいると国光先輩を振り、国光先輩がその恋人が誰か聞いて来た時、先輩の目は明らかにその恋人に圧を掛けて蹴落とすといった腹積もりが見て取れた。
そういう事を考える人がいるから、俺はイチゴと堂々と付き合えないままこんな状況に追い込まれたのに。
だから国光先輩を愛人になんて話は断ったが、アリアさんは諦めなかった。
今朝、朝起ちを狙われてベッドで致した後、アリアさんが使用済みのゴムを手に取って何か考え込んでいたのだ。
それを見た時、俺は得体の知れない恐怖に襲われた。
そしてこのまま拒否した反発でアリアさんたちが何するのか想像出来ないのが怖くて、仕方なく国光先輩の話を了承した。
感覚としては、アミみたいにたまにデートするくらいの関係として。
それと今後、使用済みのゴムは他の人が手を出さない内に自分で処分しようと決めた。
気掛かりなのは、イチゴも国光先輩を愛人にするのに乗り気だった事だ。
いつもの事と言えばいつもの事だが、そもそもいつもの事と言える状況が問題だ。
恋人が……好きな人が他の人と浮気するのを喜ぶなんて、やはり異常だ。
普通は嫉妬したり、浮気した俺か、俺に言い寄って来た女子を嫌うようになるはず。
元々頭のいいイチゴだから、その辺の感覚も普通じゃないと言えばそうかも知れないが。
しかし別の可能性、もうイチゴが俺の事をあまり好きじゃなくて、俺を他の女子を弄び自分の性癖を満たす為の都合のいい手駒としか思ってない可能性もある。
あまり受け入れたくはないが、そう思った方が納得しやすい分、それが事実だと思った場合の失意も大きい。
根本的に俺がハーレムに囲まれるまで動けなかった最大の理由は、こんな状況でもイチゴが好きだからだ。
でもイチゴと両想いでないのなら、こんなふざけたハーレムを続ける理由も無い。
イチゴを含む全員に別れを告げて、転校した上で引っ越してしまう手もあるのだ。
アリアさんとかが簡単に俺を手放すか怪しいし、義妹のリナはイチゴに任せるか、仕方なく抱えて行く事になって完全に全員と縁を切るのは難しいだろうが。
元をたどれば、最初はアリアさんを下手に突き放せばその反発でイチゴがどんな報復を受けるか予想出来なかったので突き放せなかった。
さらにアリアさんが俺を好きになるように仕向けたのがイチゴで、俺はその責任感に流されてここまで来てしまった。
俺とイチゴは一蓮托生だから、アリアさんを歪ませた責任も一緒に取り、アリアさんとも付き合う事になっても、それをイチゴが喜んでくれるのなら仕方ないと思って。
でもそろそろ、俺が限界だ。
あまり好きじゃない相手と深い関係になってあれやこれをするのは、いつもイチゴたちに対して良心が痛む。
その上にイチゴが作ったハーレムの所為て、友達の宗方くんまでも裏切る形になってしまった。
それで少しだけ、イチゴやアリアさんを恨んでしまった。
でも、気持ちが冷めたからと簡単にイチゴたちと別れるのは難しい。
アリアさんには今まで色々貢いで貰ったり、俺とイチゴの所為で人格が歪んでしまった責任がある。
彼女の家族も、アリアさんが歪んだ原因である俺たちを逃がさないだろうし、別れようとしたらアリアさんを弄んで捨てたと激昂するだろう。
花京院家はあまり有名ではないが、それでも一般庶民の家庭一つを潰すくらい訳ない力を持っているので、反感を買うべきではない。
そしてイチゴと別れるのも難しい。
アリアさんが入れ込む程、俺がハイスペックなのはイチゴのおかげなのだ。
テニスで実績のある人に簡単に勝ててしまったり、イチゴの勧めで配信しながら絵を描き始めてⅤライバー用のキャラデザインをした時にハッキリ実感した。
今の俺はやれば大体何でも出来るくらいのハイスペックで、それは全部小学校の頃からイチゴがあれこれと俺の面倒を見て鍛えてくれたお陰だ。
そんなイチゴを、気持ちが冷めて用済みだからと捨てるなんて真似、とても出来ない。
そしてイチゴとアリアさんが進んで俺のハーレムを作っている以上、ユカとかを切り捨てる事もイチゴたちが認めないだろう。
でもこのままだと俺はいつまでもイチゴたちの都合のいい道化のままで、不幸になる人が増え続ける。
宗方くんみたいな男子はもちろんだが、女子だってそうだ。
特にケイコやアミは今こそ分かりやすく浮かれているが、後から現実に目が覚めた時が悲惨だ。
目が覚めるのが遅れれば遅れる程、ちゃんとした相手と結婚も出来ないまま独り身で取り残される事になるのだから。
アリアさんが国光先輩にさせようとした愛人扱いなど論外だ。
纏めるとあれもこれも全部、イチゴが…………いや、違う。
俺がいるからか?
俺さえいなくなれば、皆頭を冷やす切っ掛けが出来て丸く収まるかも知れない……のか?
その時、イチゴが泣いてしまうかも知れないのは心が痛むが……、いや、悲しんで欲しい俺の願望だな。
案外簡単に切り替える可能性もある。
とにかく、別に自殺は考えていないが、どこかに身を隠して暮らせば……。
俺の考えがある方向に行き着きそうな時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「恭一?起きてる?そろそろアミと約束の時間じゃない?」
ドアの向こうから、ユカの声が聞こえた。
そう言えば、今日はアミとデートする約束があったな。
なし崩しで付き合っているとは言え、またイチゴ以外の女子とデートするんだと思うと気が沈む。
「ああ……」
ドア越しに答えようとしたが、長く気持ちが沈んでいた所為かドア越しに届く程大きい声が出なかった。
仕方なく、緩慢な動きで体を動かしてドアを開ける。
「ああ、いたのね。……恭一?どうかしたの?顔色が悪いけど」
「いや、ちょっと色々考えていてな」
ユカはまじまじと俺の顔色をのぞき込んでは、
「……ちょっと待ってて」
俺に背を向けてスマホを手に取り、電話を掛けたのかそのままスマホを耳に当てる。
「もしもし。アミ?……ごめん、恭一は今日調子が悪いからデートはキャンセルして欲しいの。……うん。うん、後で埋め合わせするから。……ありがとう」
隠すつもりもないのかユカの言葉がすぐ近くで聞こえたので、誰にどんな内容の電話をしたのか、全部察せられた。
電話を切ったユカは俺に向き直る。
「という事で、デートの予定はキャンセルしたから、今日は休みなさい」
「……ありがとな」
キャンセルして大丈夫なのか聞く気力も無く、俺は素直にお礼を言った。
そのままドアを締めようとして、ふと思う事があって手を止めた。
「なあユカ」
「何?」
「ユカはその……幼馴染の長岡が他の女子と付き合って失恋した時、どうやって乗り越えたんだ?」
古傷を抉るみたいだが、好きだった幼馴染と決別しても大丈夫だったか、気になって聞いた。
ユカは長岡の名前が出た時に一瞬、苦い顔をしたがすぐ真顔で俺を見つめた。
「何言ってんの。あんたが慰めてくれたでしょ」
「……そうだったな」
そんな事も忘れてユカの古傷を抉るとか、俺も相当参ってるな。
俺の質問に何か勘付く事があったか、ユカはジッと俺を見つめて言う。
「……ねえ恭一。こんなハーレムみたいな付き合いは嫌?」
「まあな」
答えてから、ユカとの関係も嫌だと言ったような物だと気付いて失言だったと後悔した。
本当に今日の俺はダメだな。アミとのデートをキャンセルして貰って助かった。
「そう。……じゃあ他の皆と別れて、私とだけ付き合うのはどう?」
「ん?」
ユカから発せられた意外な言葉に驚いた。
俺が他の女子たちとデートするスケジュールを管理したりと、ユカもハーレムに協力的だと思っていたから。
「私、ハーレムを手伝うみたいな事してるけど、そんな事でもして立場を確保しなければいつアリアたちから弾き出されるか怖かったからよ。後から入って来たから割り切っているだけで、本当なら好きな人は自分だけ見て欲しいと思っているの」
「……そうだよな」
やはり普通は好きな人は自分だけ見て欲しいと思うよな。
少し安心すると共に、そんなユカをこんな関係に縛っている事の罪悪感に苛まれた。
「ねえ恭一。何度も言うけど、私は恭一が好きよ。もう無理ってくらい苦しいなら、他の皆と別れて私とだけ付き合わない?アリアやイチゴから逃げるのは厳しいかも知れないけど、私はハーレム作ろうとかおかしな事言わないから」
正直に言って、今のユカの言葉にはかなり心が揺れた。
ユカ一人だけ見ていられるならどんなに楽になれるんだろうと。
でも、楽になりたくてユカを選ぶのも不謹慎だと思えて、いざ実行するにもイチゴとアリアさんから逃げるのが困難なのも確かだ。
何よりも、当の俺がまだイチゴへの気持ちが残っていて、いつか目を覚ましてくれるかもという期待を捨てられない。
「………」
「ごめんなさい。悩ませて追い詰めるつもりはなかったの。今のは一回忘れてちょうだい」
俺が無言のまま悩んでいると、ユカはさっきの言葉を取り消した。
そして俺に抱き付いて、そのまま俺の唇に口付けする。
「でも、昔ならすぐ断ったでしょうに、今回は悩んでくれて嬉しかったわ」
ユカは笑顔を見せて、夕食の準備をする為かキッチンの方へ歩いて行った。
俺は部屋のドアを閉めて、ベッドの上に倒れた。
ユカの言う通りだ。どうかしてる。
イチゴ以外の女子を選ぶのを悩むなんて。
これも全部イチゴの気持ちを疑ってしまったからだ。
夕食を食べたらイチゴの部屋に行こう。
イチゴと一緒にいれば、こんな気の迷いも忘れられるはずだ。
それでも無理なら……もう無理だろうな。
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これにて四章は終了です、ここまでお読みいただきありがとうございました
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