第23話【裏・邪悪なるアリア】

【Side.アリア】


 私の提案を受け入れた国光さんは、宗方さんと偽装交際した上で、相談と称して何度も恭一さんとデートしました。


 それで苦しむ宗方さんを遠目で見るのが面白くて、信じて送り出した恭一さんが本気で国光さんに浮気しないか心配するスリルも中々楽しめました。


 幸いなのか残念なのか、恭一さんは相談とデートの下見でしか国光さんの相手をしなかったですが。


 そしてとうとう、イチゴさんの仕込みが発動しました。


「恭一さん、大変です。国光さんが攫われたみたいです」


「は?」


 夕方の恭一さんの部屋にて、恭一さんとイチャイチャしているとスマホに報告が届けられ、すぐそれを一緒にいた恭一さんに伝えました。


「……どうしてアリアさんがそれを知ったのかは差し置いて、誰が何故そんな事をしたんだ?」


「宗方さんたちへの借金取りですね。宗方さんが夜逃げした両親の借金を相続放棄しましたので、宗方さんの恋人の国光さんに手を出して借金を回収しようとしているみたいです」


 まあ、そもそも内部告発も夜逃げもイチゴさんの仕込みで起こった事件で、宗方さんのご両親の居場所は常に把握してますから、彼らは用が済んだ後借金取りに売りますが。


「まだそんな犯罪みたいな事する金貸しがいたのか……」


 恭一さんは呆れたように呟いて、自分のスマホを手に取りました。


「取りあえず宗方くんにも知らせよう」


「待ってください」


 私は恭一さんの腕を掴んで連絡を止めました。


「あまり色んな人と相談していると、手遅れになってしまうかも知れません。何しろ国光さんは女性ですから。幸い、国光さんの居場所は掴んでますのでボディーガードの人たちを借りてすぐ乗り込みましょう」


 普段は必要がないので忘れられがちですが、このマンションには私の家族が雇ったボディーガードの人たちが常駐しています。


 その人たちを借りて連れていけば、争いになっても国光さんを助け出して逃げる分には十分でしょう。


「いや、争いになる可能性が多いからアリアさんは残って警察や宗方くんに連絡してくれ。国光先輩が俺が助ける」


「分かりました。では国光さんをお願いしますね」


「ああ。……友達の恋人だからな」


 恭一さんは誰かに釘を刺すみたいに呟いて、身支度をしてシェアハウスを出ました。


 残った私は警察に連絡した後、イチゴさんと一緒に彼女の部屋で恭一さんのスマホにある盗聴アプリを通して様子を聞きました。


 誘拐犯の金貸したちの所に到着した恭一さんはまずは交渉から入り、国光さんを解放しろと要求しましたが、逆にこの先ずっとお金強請られそうになり、そうなるくらいならばと実力行使で金貸しを制圧しました。


『国光先輩、大丈夫でしたか?』


『葛葉くん!助けてくれてありがとう!怖かったよ!』


 そして国光さんは無事救出され、国光さんが恭一さんの胸に泣き付いている会話が聞こえました。


「上手く行きましたね」


「うん。後は国光先輩に最後の一押しかな」


 誘拐事件の顛末を聞き届けた私とイチゴさんは頷き合います。


 今回の誘拐は特に誘導した事ではありません。


 本当に誘導したらそれがバレた時のリスクが高いですので。


 あくまでも宗方さんの父親の会社で内部告発が起こった後にあり得る事件の一つとして想定しただけです。


 イチゴさんの恐ろしい所は、全てを完璧にコントロールするのではなく、色んな可能性を想定して何が起こっても前向きに受け止めて自分に都合のよくなる様に対処する所だと、最近理解出来ました。


「じゃあアリアちゃん。仕上げをよろしくね」


「はい」


 イチゴさんの指示を受け、私はスマホを手に取り『国光先輩を励ましたいので、彼女を家に送る前に一度こちらに連れて来て欲しい』と恭一さんに連絡しました。


『いいのか?同居の事がバレてしまうが』


『そろそろいいでしょう。むしろ、それくらいの関係だと見せつけた方が、国光さんも未練を捨てやすくなると思います』


『確かにそうかもな。分かった』


 恭一さんから了承の返事が届き、警察の取り調べを終えた後に恭一さんたちが帰宅して来ました。


 イチゴさんたちはまだ同棲を明かす予定がないので自室に籠って頂き、私だけが玄関で恭一さんと国光さんを出迎えました。


「お帰りなさい恭一さん。それと国光さんも災難でしたね」


「え……花京院会長……?どうしてこんな時間に葛葉くんの家にいるの?」


 当然、国光さんは私を見て戸惑いました。


「今まで秘密にしてましたけど、私と恭一さんは同棲しているのです。もちろんお互いの両親も知っていて、上のフロアには私の家族が住んでいるのですよ?」


 今更お前が入り込む隙間は無い、の意味を込めて牽制するみたいに言うと、国光さんは恭一さんの服の袖を掴みました。


 それに恭一さんの顔が渋くなりましたが、国光さんは誘拐された直後で心が弱っている状態だと気遣ったのか振り払ったりはしませんでした。


「ではお茶とお菓子を用意しましたので、私の部屋で休んでいきませんか?国光さんとは話したい事が色々あったのです」


「……ええ、分かったわ」


 そのまま国光さんを私の部屋に招き、恭一さんも入れた三人で今回の事件の感想やお礼を話し合いました。


 しばらくすると恭一さんは「男の自分がいつまでもいるのは気まずい」と言って先に部屋を出て、残った私と国光さんがお互いに向き合います。


「改めて、助けてくれてありがとう。私の危機を知ったのもあなたに教えて貰ったからで、身元解放の交渉の際も身代金はあなたが出してくれる予定だったとも聞いたわ」


「大した事じゃありませんよ。私たちの仲じゃないですか」


「私たちの仲……ね……」


 私の言葉に、国光さんが微妙な顔をします。


 まあ、どんな仲なのかと言うと、恭一さんおとこを取り合う仲ですからね。


 とは言っても国光さんは私の足元にも及びませんが。


 特に振られる際に、恭一さんの恋人が与しやすい人なら直接蹴落としても……といった態度を見せたのが悪かったですね。


 私も一度通った道ですが、あれは恭一さんの好感度を一気にマイナス領域まで引き下げます。


 そういう考えを持つ人がいる所為で、恭一さんはイチゴさんと堂々と付き合えないのですから。


「それで、どうですか?そろそろ恭一さんの事を諦められそうですか?」


 私が尋ねると、国光さんは俯いて頭を横に振りました。


「……まだ無理。むしろ今日助けて貰ったから惚れ直したわ」


「そうですか。それは困りましたね」


 私がわざとらしく言うと、国光さんは小さく震えます。


 私と恭一さんも既に同棲していて、両親公認の関係で、さらに上のフロアに私の家族がいるという事は、このシェアハウスも私の家族が用意したと察せられます。


 つまり、今更国光さんが入り込む隙間なんて無いのです。


 そして私がその気になれば、国光さんを色んな手口で排除する事も可能ですから、国光さんにとってはさそ怖い事でしょう。


「国光さん、どうしても恭一さんの事を諦められないんですか?」


「……ええ」


 しがみ付き続ければ、こっちが折れるとでも期待したのか国光さんは素直に頷きました。


 まあ、私が提案するのは斜め上の事ですが。


「それなら、恭一さんの愛人になりませんか?」


「…………は?」


 当然、国光さんは訳の分からないと言いたそうな感じで聞き返して来ました。


「恭一さんは魅力的過ぎる人ですから、いつか私だけじゃ引き止められなくなるかもと心配していたんです。そこで、国光さんも一緒に恭一さんを囲い込んでいただければ心強いと思います」


「でもそれは……」


 いくら好きな相手と親密な関係になるとしても、恋人や妻といった正式なパートナーではなく不純な関係の愛人では不安が多いのでしょう。


 私は迷う国光さんの背中を、さらに押します。


「もし恭一さんの愛人になるのでしたらこの先、受験に大学の学費に、大学を卒業した後の就職もサポートしましょう。花京院家は金もあれば、会社も経営していて知り合いをコネでねじ込める事も出来ますので」


 実はこの提案も、その前の建前も、全部イチゴさんの思い付きですが。


 私としてもいいと思ったので採用しました。


 私を目の敵にしていた羽虫さんが、恭一さんの愛人になってその正妻である私の顔色を伺る立場に……凄くいいじゃないですか。


「人生は長く、いつかは愛情だけでは生きて行けなくなると言うでしょう?そういうのを考えても私のサポートは役に立つと思うのですが。……ああ、もしお望みでしたら、恭一さんの子供を産んでもいいですよ?それも妊娠から育児までもサポートしましょうか」


 最後の一言が効いたのか、国光さんは目を見開いて私を見ました。


「……葛葉くんは知っているの?」


「まだです。あの人がこういう話に簡単に頷く人ではありませんから。でも、必ず説得します。恭一さんも男ですから、いつかは他の女性に目移りするでしょう。私はその時の相手をコントロールしたいのです」


 国光さんはまたしばらく無言で悩んでから、またこちらを向きました。


「分かったわ。私を支援してくれるって話、反故にしないでね」


「ええ、もちろん」


 取りあえずの約束の証として、私たちは握手を交わしました。


 その時、国光さんのスマホがバイブして、彼女はスマホを手に取って確認しました。


「宗方さんからですか?」


「……ええ。ようやく時間が出来たんだって」


 国光さんは苦虫を嚙み潰したような表情で私の質問に答えました。


 その宗方さんの所為で誘拐されてから助け出され、ついさっき恭一さんの愛人になると決めたばかりですから、気まずい思いがあるのでしょう。


「いいじゃないですか。この機会にハッキリと別れを告げてください。私の目の前で」


「分かったわ」


 国光さんは電話に出て、宗方さんにハッキリと別れを告げました。


 電話は話の内容が私にも分かるようにスピーカーモードになってたので、私にも聞こえます。


 そして宗方さんが「何でもする」と言いながら国光さんにしがみ付いた所で、私はある事を思い付いて国光さんの肩を叩き、電話を一時中断させました。


「何?」


 国光さんはスマホのマイクを一時ミュートして私の意図を聞きました。


「今、宗方さんが何でもするって言いましたよね?それでしたら……」


 私は思い付いた事を国光さんに伝えました。


 それを聞いた国光さんは、まるで人外の存在でも見るような目を私を見ます。


「あなた……どうすればそんな事まで思い付くの?」


 失敬な、これはイチゴさんを見習って思い付いたアイデアなんですよ?


「まあいいわ。じゃあ言うだけ言ってみるから」


 でも国光さんは少し悩んでから私のアイデアを受け入れ、それを宗方さんに要求しました。


 私のアイデアとはつまり、宗方さんには偽装交際の延長でゆくゆくは偽装結婚もして貰って、国光さんや恭一さんとの間の子供を養って貰いつつ、宗方さんが国光さんに貢ぎ、さらに国光さんはそれを恭一さんに貢ぐ。


 それらを全部明け透けにして宗方さんに認めさせる事です。


 宗方さんはともかく、国光さんとしても偽装兼キープ相手が出来て、育児に関しては私にサポートして貰わなくてもいいというWin-Winなアイデアを。


 宗方さんのメンタルって無駄に強くて伊藤さんと私に続いて国光さんを取られても立ち直りそうでしたので、一気に折るよりもジワジワと削ってあげようと思ったのです。


 ただ、あまりにも常軌を外れ過ぎて発案者の私としてもダメで元々のアイデアでしたが、宗方さんは血迷ったのか全部了承しました。


 あの人も大概愚かですね。


「……これでいいわよね?」


「はい。私も成功は期待して無かったのですが上出来です。改めて、これからもよろしくお願いしますね?」


「……ええ」


 私と国光さんは、ただの正妻と愛人の関係ではなく、一種の共犯みたいな関係として、改めて握手を交わしました。


 ふふふ……、あの小うるさい国光さんが他所の男から搾取して貢いでくれる愛人になりました。


 恭一さん、喜んでくれますか?



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 イメージ恭一「喜びません」


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