第20話『宗方三明の絶望の恋路①』

【Side.宗方三明】


 告白から翌日の放課後、僕は改めて国光先輩と話し合う為、前回と同じカフェで待ち合わせた。


「えっと、国光先輩。デートはどうでした?」


「凄く良かったわよ」


 僕は向かいの席に座っている国光先輩に恐る恐る聞いてみると、国光先輩は晴れやかな笑顔で答えた。


 そこから続く、国光先輩と葛葉くんのデートの感想。


 プレミアのカップル席で映画を見たとか、その後のウィンドウショッピングでいいなと思ったジュエリーをプレゼントして貰ったとか、さらにその後は夜景の見える高層ビルのレストランで食事をして、家まで黒塗りの高級車で送って貰ったとかを延々と聞かせられた。


 しかもこれは俺が簡略に纏めた内容で、実際は同じパートを何度もリポートして聞かせられたりもしたので、聞き終えるのに物凄い時間を費やされた。


 それに国光先輩の葛葉くんへの呼び方が葛葉副会長から葛葉くんに変わってるのが気になるけど、デートの影響かも知れない。


「……まあ、こんな感じで最高のデートだったわ」


 国光先輩はうっとりした顔で話を締める。


 僕からしたら金に物を言わせたデートにしか思えないんだけど、当事者としては夢見心地になっても仕方ないかも知れない。


 というか、僕の経済力でもそんなデート無理なんだけど?


 葛葉くん、まだ学生なのにどんだけ金使えるの?


 最後だから本気出したとか?


 いや、もしかしたら花京院さんが出した金なのかも知れない。


 これでいい夢見たのだから、すっぱり諦めろと。


 ……ホテルとかに行かなかっただけが救いか。


「それは……いい思い出に良かったですね」


「……そうね」


 僕が言い出した「思い出」というワードに、国光先輩は冷や水を浴びせられたみたいに真顔になる。


 悪いとは思うけど、僕としても大事な所だから仕方ない。


「それで、葛葉くんの事は諦められそうですか?」


「……その事だけどね、宗方くん。あなた、私に協力してくれると言ってたわね?」


「ええと、そうですけど」


 この切り返し、まさか、まだ諦めてない?


「実はね、あの後どうしても諦められなくて、まだデートして欲しいとお願いしたの。そしたら私が諦めるまでいいって言われたわ」


 はい?


 つまり、この後も国光先輩は葛葉くんとデートを?


「その代わり、私が葛葉くんと一緒にいても言い訳出来る様に偽装彼氏を作れと言われたわ。宗方くん、私の偽装彼氏になってくれない?」


 僕は返事に詰まった。


 好きな人が他の男とデートする際の、隠れ蓑になる為の偽装彼氏だなんて屈辱的な話、受け入れたくない。


 でも、断ったらそれで僕の国光先輩の関係は終わってしまう。


 悩む僕を見て、国光先輩はさらに僕を説得しに来た。


「この話はね、宗方くんの得にもなるのよ」


「僕の得?」


 隠れ蓑になる事の何処に?


「私、葛葉くんを諦めるつもりないから。デートする内に私に振り向かせて見せるわ。そうしたら捨てられる花京院会長はフリーになるから、それを宗方くんが拾えばいいのよ」


「………」


 いや、好きな人に他の女を口説けとか、つらい。


 でも、今国光先輩が言ったように、僕が国光先輩の偽装彼氏をしている内に国光先輩を振り向かせる事も出来るかも知れない。


 例えば、偽装だと知られない為に僕と国光先輩でデートするとかして。


 振り向かせるのが無理でも、言い方は悪いけど、保険として花京院さんが振られるのを待つのも出来る。


 もう少し、もう少しだけ耐えればいいんだ。


「……分かりました。その話、受けます」


「ありがとう、宗方くん」


 国光先輩は笑顔で答えてくれた。


「……いえ」


 気のせいか、国光先輩の笑顔が僕を見下す感じがして、僕は気付かない振りをして目をそらした。




 それから、僕の屈辱的な日々が始まった。


「えー!?宗方くん、国光先輩と付き合い始めたの!?」


「そうらしいよ。風紀委員の友達が国光先輩に聞いたんだって」


 偽装ではあるけど、僕と国光先輩が付き合い始めたのは早速周知された。


 僕は今学校で肩身が狭いから、国光先輩から発信されたけど。


 それでクラスメイトの女子たちが噂話をしてるけど、ちょっと丸聞こえなんですが……。


「そうなんだ。私も宗方くんの事狙ってたのに、残念だなー。こうなると知ってたら、反則とかの噂なんか気にせずにアタックすれば良かったー」


「でも私、この前国光先輩が葛葉くんと一緒に街を歩いてたのを見たけど、浮気じゃない?」


「それはあれよ。葛葉くんは宗方くんの友達だから、国光先輩が宗方くんとの付き合いで相談してるんだって」


「ふーん」


 女子たちの言う通り、国光先輩は僕についての相談と言ってに何度も葛葉くんをデートに誘い出した。


 そしてそれを見られても、周りにも僕についての相談だと誤魔化している。


 僕はちゃんと、偽装彼氏として役割を果たしている訳だ。


「なあ宗方くん。実は国光先輩から、何度も君についての相談とか、デートに下見に誘われているんだが、流石に他に恋人のいる異性と一緒に出回るのは良くないと思ってな。彼氏の君から国光先輩を止めてくれないか?」


 ある日の昼休みに、葛葉くんに廊下の隅に呼び出されてそんな事を相談された。


 でも僕は国光先輩に協力すると約束してた手前、国光先輩と距離を取って欲しいとは言えない。


 そんな事言ったと国光先輩にバレたら、すぐに切り捨てられる。


「ごめん。実は国光先輩、葛葉くんの事を完全に忘れた訳でもないみたいで、君に相談するのを楽しみにしているんだ。でも僕との事も真剣に考えてくれているから、浮気とか言わないので出来ればこれからも国光先輩の相談に乗って欲しい」


 だからこう言うしかなかった。


「……分かった。でもあまり長くは国光先輩の相談に乗れないからな」


 葛葉くんは苦虫を嚙み潰したような表情で言う。


 確かに、何度も恋人についての相談とは言え、異性と接触し続けるのは周りの目にもいい感じには見られない。


 稀にある主人公が恋人を寝取られる物語の切り口もそんな感じだから。


 だから僕は葛葉くんと別れた後、国光先輩と会ってデートに誘った。


「国光先輩。その、今日の放課後にデートしませんか?ほら、一応僕たちは恋人ですから、デートする所を周囲にも見せないと。国光先輩が葛葉くんとばかり出歩いていたら色々バレてしまいますよ」


「……そうね。少し考えさせて頂戴」


 国光先輩は少し悩んで返答を保留した。


 僕には興味がなくても、周りの目を誤魔化す為には必要な事だと理解しているのだろう。


 すでに国光先輩が僕について相談しているという体で一緒に街を歩いているのは見られた。


 何に僕とは何も無いように見えると、周りに勘ぐられる。


 僕だってこの学校では葛葉くん程ではないけどそれなりに人気があって、僕と付き合う事が出来る隙を伺っている女の子もそれなりにいるんだから。


 国光先輩もその辺りを理解しているだろうから、結局は受け入れてくれるだろう。


 ……そう思ってたのに。


『ごめんなさい。葛葉くんが今日じゃないとしばらく時間が取れないみたいで、今日は葛葉くんとデートするから。宗方くんとはまた今度偽装デートしましょう』


 放課後になると、国光先輩からそんなレインメッセージが届いた。


「……くっ」


 ショックでスマホを落としそうだった。


 国光先輩が未だに葛葉くんを狙っているのは分かっていたけど、僕と天秤に掛けて葛葉くんを選んだのが僕の心を容赦なく削り、その日の夜気が狂いそうで眠れなかった。


 後日、改めて国光先輩とデートしたけど、国光先輩からしたらあくまでも偽装といった感じで、手を繋ぐ以上のスキンシップも取れず距離が縮まらなかった。


 それに、国光先輩は言動や態度に出したりしないが、心の内で僕とのデートを葛葉くんとのリッチなデートと比べているんじゃないかって思うと、被害妄想だとしても悔しい気持ちで一杯だった。


 国光先輩との関係を切って気持ちを捨てれば楽になるかも知れない。


 だけど国光先輩だけじゃなくて花京院さんも狙えそうな状況が僕の未練を離してくれない。


 そんな感じで気の休まらない日々を送ってた僕に、更なる災難が襲い掛かって来た。


「はい、宗方です」


 一人で家にいる時、父さんの秘書の人から電話が掛かって来たので電話に出ると。


『三明くん?君の所に社長たちは帰って来ているかい?』


「いえ、数日前から帰って来てないんですが……、仕事があって帰って無いのじゃなかったんですか?」


『……落ち着いて聞いてくれ。社長夫婦はおそらく……借金を残して夜逃げした』


「え」


 そんな衝撃的な知らせを聞かされた。



―――――――――――――――

 宗方くん、アイドルデビュー準備しているのに偽装でも恋人作って大丈夫なの?という点は、上手く隠せば大丈夫だろうと宗方くんは思っています

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