第17話『責任、取ってくれるよね』

 連休中の朝。


「アリアさんー?そろそろご両親がいらっしゃるんだけどー?」


 俺はアリアさんの部屋のドアをノックしながら声を掛けたけど、反応が無かった。


 寝ているのか……?


 ドアをこっそり開けて中の様子を伺うと、ベッドで寝ているアリアさんが見えた。


 ちなみに、このシェアハウスでは余程の事がなければ皆部屋に鍵を掛けたりしない。


 理由は色々あるが、例えばアリアさんだと「いつでも夜這いオッケー」って理由らしい。


 逆に俺の部屋は俺の意思とは関係無しにイチゴたちによって鍵を掛けるのを禁じられているが……。


 まあ、とにかく。


 ご両親がいらっしゃる前にアリアさんを起こすか、自分で起きると信じて放って置くか。


「きょーくん。どうしたの?」


 どうするか悩んでいると、イチゴが声を掛けて来た。


「ああ、アリアさんが寝ててな。起こすかどうか悩んでいたんだ」


「それなら寝かせてあげたら?昨夜も徹夜みたいだったからね」


「また?まあ、休みだしアリアさんの生活だから咎めたりはしないが、何したんだ?」


 なんとなく、イチゴなら知ってそうだから聞いてみた。


 するとイチゴは楽し気に答える。


「それはねー。私が作ったゲームをしてるんだよ」


「イチゴが作ったゲーム?どんな内容なんだ?」


「もしきょーくんと幼馴染だったら~という仮定での恋愛シミュレーションゲームだよ」


「……そうか」


 既に俺と付き合っているというのに、架空の俺と付き合うゲームをするとか。


 色々思う所があるが……まあ、俺と幼馴染になりたい願望でもあったのだろう。


 下手に触れると俺もヤケドしそうだから触れないでおく。


「じゃあ今日アリアさんは休ませるか」


「そうしてあげよ」


 ご両親との対面で娘のアリアさんがいないのは不味い気もするが今日一回くらいは大丈夫だろう。


 実の所、アリアさんのご家族の花京院一家とは既に会った事がある。


 シェアハウスに引っ越して来た時とか、それ以降も真上と真下のフロアと物理的に距離が近いからちょくちょくと。




 来客に備えて支度を済ませた後しばらくして、玄関のチャイムが鳴ってアリアさんのご両親が訪れて来た。


 早速リビングに迎え入れて向かい合ってソファに座る。


「お久しぶりです」


「ああ、元気だったかい?」


 先にアリアさんの父親の花京院利幸としゆきさんが言葉を返して来た。


 利幸としゆきさんは白髪が増えて来た美中年といった感じの人だ。


「おかげさまで元気に暮らせています」


 このシェアハウスは花京院家の金でこさえられた物だから、割と本気で社交辞令じゃないんだよな。


「アリアはいないノ?」


 次にアリアさんの母親の花京院セイラさんが声を掛けて来た。


 こちらはアリアさんに引き継がせたヨーロッパ系の金髪と緑色の事も相まってアリアさんと良く似た女性だ。


 ただ後から覚えた影響か日本語のイントネーションに若干違和感がある。


「ええ、アリアさんはちょっと昨夜遅くまで起きてましたので、今は寝ています」


「そ~?残念ネー」


 セイラさんはそうは言うも、あまり残念そうには見えない。


 すぐ真上に住んでいるんだから、またいつでも会えると思っているからだろう。


「はい、お茶です」


 そこで、ユカが俺と利幸さんたちの間にあるテーブルに茶を差し入れた。


「ああ、ありがとう、ユカさん」


「ありがとネー」


 利幸さんとセイラさんがユカにお礼を言ってティーカップを手に取る。


 ユカも引っ越しの際にこの二人とも挨拶した事があり、二人はユカについて悪く思ってなさそうだ。


「いやー、アリアだけじゃなくて、こんなに可愛くて胸も大きい子とも付き合ってるとか、何度思っても恭一くんが羨ましいねー」


 それだけじゃなくて、俺の馬鹿げたハーレムな関係についても知っている。


「娘さんと交際しているのに、他の女の子とも交際しているんですよ?お前みたいな浮気男に娘はやらん!とか言ってもいいと思いますが」


「ハハハ。またそれか。それなら許すと言ってるじゃないか」


「そうヨ。私たちはもう恭一くんに決めたのだかラ」


 ここぞとばかりに俺とアリアさんの交際解消をそそのかすも、流されてしまった。


「どうしてですか。他にもいい男はいるでしょう」


「いや、容姿端整、頭脳明晰で、スポーツもテニス部に助っ人で参加しては全勝し、読者モデルとかネット配信者をして固定ファン層も持っていて、ウチの学校や会社の知名度も上げてくれるような人は、他にいないさ」


「………」


 言われてみれば、俺ってちょっとありえないくらい色々やれてるな……。


「アリアをちゃんと大事にしてくれるなら、女性関係くらい目を瞑るよ。……それに」


 利幸さんは思わせぶりな態度で間を置く。


「将来の義理の息子がハーレム作ってるとか、羨ましいのを通り越して、見守りながら移入したいじゃないか!」


 ……ちょっと最低な理由だった。


「ちょっと、アナタ!」


 利幸さんの隣のセイラさんが冷たいめで利幸さんの背中を引っ叩いた。


「ワタシだけじゃ不満だったのかしラ?」


「い、いや!お前に不満はないが、ちょっとくらい夢見たいじゃないか」


「……ハァ。仕方ないわね」


 セイラさんはため息をついては俺の方に向き直る。


「この人とは違う理由だけド。ワタシも許すワ。だって、アリアは子供の頃から心を開けるトモダチがいなかったのだかラ、ボーイフレンドを共有する事になってモ、心を開けるトモダチが出来て良かったと思っているモノ」


「……そうですか」


 残念ながら、外堀が埋まらないようにする手は無理みたいだ。


「それに父も言っていたが、イチゴさんを身内に抱え込みたいという理由もあるんだ」


「イチゴを……ですか」


「そうさ。いやー、ほんのちょっとだけどイチゴさんに学校や会社の経営について相談したら、凄い実績を出してくれたからね。もう手放せないよ」


 どうやら花京院家に目をつけられたのは俺だけじゃないようだ。


「それに……、アリアが君たちと仲良くなってから、学校で権力を使おうとしたり、彼氏を他の女子にけしかけたりしたりと、中学までの頃じゃ想像も出来ない方向に変わってしまったからね。……責任、取ってくれるよね」


「……善処します」


 利幸さんからさっきまでの軽い調子とは対比的な圧を感じて、目をそらして答えた。


 まさか責任取れとハッキリ言われるとはな……。


「はい、それじゃア、今日の用事だけド。残りの連休にミンナで旅行に行こうって話、聞いてル?」


 セイラさんが空気を変えるように両手を叩いて新しい話題を出した。


「ええ。アリアさんから聞きました」


「候補地を絞ったかラ、皆で行き先を決めましょウ?」


 セイラさんは脇に置いてたバッグからタブレットPCをテーブルに置いて、候補地を次々と見せてくれた。


 それを俺だけじゃなくてユカ、イチゴ、リナも集まって意見を出し合った。


 アリアさんは寝ているからスルーされたけど。


 相談の結果、朝一に出発してから一泊し翌日の夜に帰る温泉旅行に行く事になった。




 しかし旅行の当日。


「アリアさんー?本当に出発するよー?」


 何度アリアさんの部屋の前で呼びかけるも反応が無かった。


「もういいじゃない。私たちだけで行きましょ」


 ついには俺と一緒に粘っていたユカさえもアリアさんに見切りをつけた。


「すみません。アリアさんがどうしても出て来なくて……」


 仕方なく利幸さんたちに頭を下げてアリアさんが出ないと説明する。


「フ~ン。じゃア、あの子は置いて行きましょウ」


 するとセイラさんは若干不機嫌そうにしてそう言った。


「まあ、たまにはアリアにもいい薬になるだろう」


 利幸さんも苦笑いしてアリアさんを置いて行く事に賛成する。


 ちなみにアリアさんの祖父母は、歳もあって早い時間から動くのは体力的に厳しいらしく別のタイミングで現地で合流する予定だ。


「でもアリアさんって、一人で家事とか出来ないんですが……」


 今までの共同生活で分かった事だが、アリアさんは家事に対して物覚えが悪い。


 家事が出来る人が横で指示を出せばちゃんと出来るが、一人でやろうとするとどうすればいいのか分からなくなるそうだ。


「大丈夫。ウチのフロアも留守になるから、暇になりそうだった手伝いさんにアリアの世話を任せるさ」


「ホラ、出発しないト、温泉の時間が減るヨー?」


 実の親に呆れられて旅行に置いて行かれるアリアさんって……。


「あの……、アリアちゃんを置いて行くのに、私たちも一緒に行っていいんですか?」


 ユカが遠慮がちに質問した。


 利幸さんたちからすれば、俺の義妹のリナはともかく、イチゴとユカは娘の彼氏の別の彼女という微妙な立ち位置だからな。


「いいさ。葛葉くんの彼女なら、俺たちにとっても娘みたいな物だから」


「いっソ、私たちの事もパパとママって呼んでみル?」


 でも利幸さんとセイラさんはイチゴたちに好意的だった。


「はい、お義父さん!」


「いいね、じゃあ行こうか娘たち!」


 真っ先にイチゴがセイラさんの提案に乗りかかり、それを聞いた利幸さんが気を良くした。


 こうして、恋人のアリアさんの家族と温泉旅行に行くのに、アリアさんは置いたまま、他の恋人たちや義妹は連れて行くという奇妙な組み合わせになってしまった。


 温泉旅行は……寝る部屋がイチゴたちと一緒で夜も中々眠れなかった事を除けば、利幸さんやセイラさんがイチゴたちとも仲良くしてて思ったよりいい旅行だった。




【Side.アリア】


「ふぅ……」


 達成感と共に、VRゴーグルを外します。


 やりました。【With恭一シミュレーション!】オールコンプリートのクリアです。


 鈴木さんや伊藤さんだけじゃなくて吉田さんとかにも個別ルートがあり、彼女たちに対してそれぞれ違う形で恭一さんを寝取らせるのは、色々楽しかったり勉強にもなりました。


 ああ、あの生ゴミのバッドエンドも仕方なく回収しました。


 不愉快な内容でしたので割愛させていただきますが、大方昔見た夢と同じ内容でした。


 今の時間は……夕方ですか。


 そろそろ食事の時間ですね。


 夕食を取りに食卓に向かうと、恭一さんたちは居なくて、子供の頃から世話になってたお手伝いさんが厨房で食事の用意をされてました。


 あれ?もしかして知らない内に上のフロアに移動してたのでしょうか?


 疑問を持って周りを見回すと、イチゴさんたちの私物があるのを見てここがシェアハウスで合ってると確認しました。


「あら、アリアさん。やっと出て来ましたか?」


「お手伝いさん、あなたが何故こちらに?恭一さんたちはどちらへ?」


「皆さんでしたら、アリアさんのご家族と一緒に温泉旅行に行きましたよ」


「……あっ」


 今、言われて思い出しました。


 そういえば、温泉旅行に行くのでした。


 でも……。


「私を置いて、恭一さんたちは旅行に行ってしまわれたのですか?」


「ええ。何度呼びかけても出て来なかったとの事で、ご両親も承知の上であなただけ置いて行かれましたよ。たまにはいい薬だと」


「え……」


 恭一さんと温泉旅行って、今までに無かったそんな楽しいイベントが!


 私だけ除け者にするなんて、あんまりです!


 ……ゲームに夢中になってた私にも非はありますけれども。


 仕方なくお手伝いさんが作ってくれた料理を久々に食べた後、家事をお任せして部屋に戻りました。


 深夜になると、イチゴさんから温泉旅館に見える部屋で、恭一さんがイチゴさんたちとお楽しみしている動画が送られて来て、私は一人悔し涙を流しました。


 ……私の夜の活動の養分にしたりもしましたが。

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