第8話『依藤苺の追憶』
【Side.イチゴ】
小学校に入る頃。
私、依藤イチゴは自分の頭が天才的に良いって自覚した。
小学校は幼稚園とは違いテストがあって、分かりやすい比較の尺度が出来たからだけど。
天才な私には周りにいる同年代の子たちは全員バカに見えたけど、一人だけ目につく子がいた。
その子の名前は葛葉きょーいち。
今の所は普通の男の子だけど、小テストの時に私が偶々ケアレスミスで100点を逃した時に、クラスできょーいちくん一人だけ100点を取ったのだ。
その事をきっかけにきょーいちくんを目で追ってたら、色んな事に気付いた。
きょーいちくんって、顔も頭も運動能力も凄くポテンシャルが高い。
磨けば磨く程光って、最終的には誰も追いつけないくらいに。
でも本人の中身が普通だから、そのポテンシャルに気付いてなくて、生かそうともしていない。
もの凄く勿体ない……!
私は頭以外に、顔や運動能力は普通で恵まれなかったのに!
歯がゆい思いをしながらきょーいちくんを監視してたある日、チャンスが来た。
きょーいちくんが家出少年みたいに、公園のブランコで一人黄昏れていたのだ。
「あのー、きょーいちくん?一人でどうしたの?」
私は早速きょーいちくんに声を掛けた。
「何でもねえよ。ちょっと親と喧嘩しただけ」
きょーいちくんは機嫌が悪そうにぶっきらぼうに答える。
まあ、これくらいは予想の内。
「何でもあるじゃん。どうして喧嘩したの?」
「……だよ」
「ん?」
「玩具買って貰えなかったからだよ!」
自分でも恥ずかしい自覚があるのか、きょーいちくんは顔を真っ赤にして叫んだ。
「そうなんだ」
まあでも、素直に答える分にはいい子だよね。
それにこれって、使えるかも。
「……えっと、じゃあきょーいちくん。その玩具、私がプレゼントするから、そしたら、私のお願い聞いてくれる?」
「本当!?プレゼントしてくれるの!?」
私の提案に、きょーいちくんは分かりやすく顔色を明るくする。
「うん、私の言う事聞いてくれるならね」
「分かった。何でもする!」
何でもって、逆に信用出来ないけど……まあいっか。
「じゃあ明日……いや、明後日?に用意するから、またこの公園で会おうね」
「うん!」
その後家に帰った私は、両親にきょーいちくんが欲しがる玩具を買って欲しいっておねだりした。
パパとママは私が男の子向け玩具を欲しがるのを不思議に思ったけど、普段おねだりとかしない私のお願いだからと聞き入れてくれた。
「はい、きょーいちくん。約束した玩具!」
「ありがと、イチゴ!」
きょーいちくんは喜んで玩具の箱を手に取ろうとしたけど、私はそれを躱した。
「え?」
「きょーいちくん、私の言う事聞いてくれるって約束、覚えてる?」
「も、もちろん!」
あー、これは玩具に目がくらんで忘れてたね。
「それで、何をすればいいんだ?」
「そうだねー」
やって貰いたい事は色々あり過ぎるんだけど、一気にお願いすると突っぱねられそう。
だから今回は毎日放課後とかに運動する事とか、一個ずつお願いしよう。
この先、きょーいちくんが玩具とかゲームを欲しがるだろうからね。
予想通り、それからもきょーいちくんが欲しがる玩具やゲームは何度も出て来て、きょーいちくんが両親に買って貰えないのは私がプレゼントした。
その度、好き嫌いせずにご飯を食べるとか、夜更かしせずにちゃんと寝るなどのお願いを聞かせながら。
途中で私の両親におねだりするのも厳しくなって来たから、ネットを使って金を稼いだりもした。
「こんばんは、おばさん。今日もご飯食べてお泊りしていいですか?」
「いらっしゃいイチゴちゃん。もちろんいいわよ」
さらにサボったりしないか監視する為に、きょーいちくんの家に何度も押し掛けた。
きょーいちくんの両親は最初は驚いたけど、きょーいちくんの面倒を見てくれるんだから、私を歓迎してくれた。
「お休みきょーくん。明日起きたらラジオ体操だよ?」
「ちぇ、お休みー」
時には一緒にお風呂に入ってからお泊りもした。
途中からきょーいちくんって呼ぶのが微妙に長くて面倒だったから、呼び方も「きょーくん」にして。
色々手のかかる弟の面倒を見るような感じだったけど、日に日にきょーくんのスペックが上がって行く手応えを感じて楽しかった。
「皆!私、恭一くんに告白して貰うから!」
小学六年になる頃、友達の花村
リンゴちゃんは元の素材が良い上に両親が美容について管理してくれたりして、同年代の内では一番可愛くて色々持ってる子だ。
「告白するんじゃなくて?」
「そうよ。私が告白するとか、私が下に見られるじゃない」
「はあ……。それで、そう告白して貰うの?」
「それはね……」
リンゴちゃんの計画は、自分の友達を男女問わずそそのかして気になる相手に告白させ、学校に告白ブームを起こし、その流れできょーくんに告白して貰う事だった。
「えっ、それだけ?」
「何よ。完璧でしょ?」
「……そうだねー」
告白ブームを作って同調圧力を掛けるのまでは良かったけど、その後、何もしなくてもきょーくんがリンゴちゃんに告白するのはちょっとなー。
大方、告白するなら一番可愛い自分だろうって高を括っているんでしょうけど。
どうなっても知らないからね。
「俺はイチゴが好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」
って、私が告白されたんですけど。
まあ、こうなる可能性も予想してたけど、リンゴちゃんの計画に乗せられて告白ってのはちょっと気に入らないかな。
「……きょーくん。それって、周りの子たちが告白してるから、きょーくんも空気に当てられて勘違いしてるんじゃない?」
「違う!俺は本当にイチゴが好きなんだ!」
「本当の本当に?」
「本当の本当に!」
ふーん。そこまで言うなら、仕方ないねー。
「……そっか。じゃー仕方ないねー。私たち、付き合おうか」
「!ああ!」
それで私ときょーくんは恋人同士になった。
浮かれたきょーくんが私の手を握ったまま一緒にきょーくんのおウチに帰ったから、きょーくんのおじさんとおばさんにすぐバレたけどね。
でも、これでハッピーエンドにはならなくて。
私はイジメられ始めた。
大方、抜け駆けしたと思ったリンゴちゃんが腹を立てて仲間を集めてやったんだろう。
最初は小物を隠されたり、悪口を書いたメモを机に入れられたりくらいで実害は薄いのでケロッと流した。
そしたら、リンゴちゃんに家に招待されて、見せて欲しいって言われて持って行ったぬいぐるみを奪われてしまった。
前の誕生日にきょーくんにプレゼントして貰った思い出の品なんだけど、正直、ここまでするとは思わなかったなー。
リンゴちゃんたちを舐めてたかも。
流石にここまでダイレクトに悪意をぶつけられると、メンタルに来る物があった。
そしてイジメはどんどんエスカレートし、教室の黒板に『依藤苺はえんこーしてるビッチ』って書かれてとうとうイジメが明るみに出た。
「誰だ。犯人は」
きょーくんも凄く怒って私に犯人について聞いて来た。
「……言えない」
「ぬいぐるみは俺がなんとかするから、言ってくれ」
「そうじゃないの。言ったら、きょーくんその子と喧嘩するでしょ?私、きょーくんが喧嘩して怒られるのはやだよ」
きょーくんが警察に捕まったらたら私が今まできょーくんに費やした色々が台無しになるじゃない。
「分かった。喧嘩はしない。だから教えてくれ?」
「約束する?」
「する」
「分かった。じゃあ……」
私はきょーくんを信じて、犯人がリンゴちゃんだと教えた。
そしたらきょーくんはちょっと頭を使って、リンゴちゃんの自白を引き出して先生たちに突き出した。
それで私へのイジメは終わったけど、リンゴちゃんに奪われたぬいぐるみは無事に帰って来なかった。
腹いせなのか無残に引き裂かれて教室の私の席に捨てられてたのだ。
まあ、こうなるよね。
あまり期待はしてなかったけど、やっぱりちょっとショック。
その放課後の帰り道で、きょーくんが来て私に新品で同じぬいぐるみを突き出した。
「大丈夫だイチゴ。それは花村たちが用意した偽物で、こっちが本物だから」
と言いながら。
どう見ても同じぬいぐるみを買い直したと思えるけど。
いつもは自分の玩具やゲームばかりに小遣いを使ってたきょーくんが、二度も同じぬいぐるみを買ってくれるなんて……。
正直、今まではきょーくんの事を良くて手の掛かる弟分、悪く言えば育成ゲーム気分のモルモットで、付き合ったのもきょーくんと距離を離さないためだったけど。
でもきょーくんが必死に私を励まそうとしているのは伝わって、この時私は本当にきょーくんが好きになった。
「そっかー。こっちが本物かー。なら大丈夫だね。ありがときょーくん」
私は騙された振りをしてきょーくんからぬいぐるみを受け取った。
ある意味これは記念日かな。
このぬいぐるみと一緒に、引き裂かれたぬいぐるみも何とか直して大事にしよう。
好きになるのが遅くなったけど、私もきょーくんの事大好きだよ。
どんなきょーくんでも……ね。
――――――――――――――――
色々悩んで、綺麗なイチゴだけ見せて区切る事にしました
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