第7話『葛葉恭一の追憶』

 小学一年の頃の俺、葛葉くずは恭一きょういちは友達と遊んだり、家でゲームしたり、日曜朝の特撮ドラマを見てそれに出る玩具を欲しがる普通の子供だった。


 それで、ある日俺は親とちょっと喧嘩して家を出た。


 新しく出た玩具を買って欲しいとねだったが断られたという、今にして思えば割としょうもない理由で。


「あー、あれ、どうしても欲しいなー」


 公園のブランコに乗ったままぼやいていると、ある女の子から声を掛けられた。


「あのー、きょーいちくん?一人でどうしたの?」


 その女の子は、小学校のクラスメイトの依藤よりふじいちごだった。


「何でもねえよ。ちょっと親と喧嘩しただけ」


「何でもあるじゃん。どうして喧嘩したの?」


 一人の所を見られた気恥ずかしさでぶっきらぼうに答えたが、それでもイチゴは食いついた。


「……だよ」


「ん?」


「玩具買って貰えなかったからだよ!」


 別に答える理由は無いし、正直に言うのも恥ずかしかったが、何故か素直に教えてしまった。


「そうなんだ」


 子供扱いしてバカにされるかと思ったが、イチゴの反応は淡泊だった。


「……えっと、じゃあきょーいちくん。その玩具、私がプレゼントするから、そしたら、私のお願い聞いてくれる?」


「本当!?プレゼントしてくれるの!?」


「うん、私の言う事聞いてくれるならね」


「分かった。何でもする!」


「じゃあ明日……いや、明後日?までに用意するから、またこの公園で会おうね」


「うん!」


 見事に物で釣られた俺は、そのまま玩具と引き換えにイチゴの言いなりになった。


 と言ってもイチゴのお願いは毎日運動するのとか、好き嫌いせずにご飯を食べろとか、夜更かしせずにちゃんと寝ろなど俺の生活を健康的に管理する物だった。


 さらには監視と言って俺の家に入り浸り、飯や風呂、就寝まで一緒にする羽目に。


「お休みきょーくん。明日起きたらラジオ体操だよ?」


 さり気なく、俺の呼び方も微妙に長いという事で「きょーくん」って呼ばれる様になってた。


「ちぇ、お休みー」


 俺は一々イチゴに付き纏われるのがちょっと嫌だったが、両親的には理由はどうあれ俺が健康的な生活をするのならと概ね好意的にイチゴを受け入れてた。


「きょーくん。これ、きょーくんが欲しがってた新しいゲームね。でも夢中になり過ぎて夜更かししちゃダメだよ?このゲームをあげる代わりに勉強も頑張ってね?」


「……分かったよ」


 でもお願いを聞く度に新しい玩具やゲームをプレゼントして貰たし、約束をすっぽかそうとしたら話が通っていた両親にこっ酷く怒られて、半分ほどは仕方なくイチゴの言う事を聞いてた。


 それだけじゃない。


「きょーくん。ここでまたどうしたの?おばさんたちと喧嘩した?」


「……何でもない」


「そっか。じゃあ私のウチに来る?お菓子もあるよ」


「……行く」


 俺がまたしょうもない理由で親と喧嘩した時、イチゴは俺に寄り添ってくれて、親との仲直りも手伝ってくれた。


 気付けば俺にとってのイチゴは、一番の友達で、姉みたいな大事な人になっていた。




 小学六年になる頃、誰々が可愛いだの、カッコ良いだので周りが色気付き始めた。


 そして中学に上がる前に気になる相手と付き合いたいってノリで告白ブームが起こった。


 女子で一番人気なのはイチゴの友達の花村リンゴだったが、告白した男子は全員玉砕されたらしい。


 逆に男子で一番人気だったのは……俺だった。


 素材が良かった上にイチゴに生活習慣を管理され、さらに最近になって肌のケアにも気を遣うようにお願いされてたおかげか、俺は自分でも分かるくらいに他の男子よりもカッコ良くなってたのだ。


「あの……、恭一くん。前から好きでした!私と付き合ってください!」


 だから女子に告白されたりもしたが。


「ごめん。俺は他に気になる子がいるんだ」


 俺は告白を全部断った。


「そっか、やっぱりリンゴちゃんが……。それなら仕方ないね。応援するから頑張って!」


 何故か花村目当てって勘違いされたが、俺が気になる相手はもちろんイチゴだ。


「えっと、きょーくん。話って何?おウチじゃ出来ない話?」


 放課後、いつもイチゴと一緒に家に帰る途中、俺はイチゴを公園に連れ出した。


 この頃のイチゴは目が悪くなって眼鏡を掛けてて、見た目が昔よりも地味になってたけど、俺のとってイチゴの見た目とか関係なかった。


「その……な。イチゴって好きな奴とかいるのか?」


「?いない……かな」


 いないのか……。


 ほっとしながらも、それじゃ俺の事も好きじゃないって事になるから少しショックだった。


「そっか。……えっとだな。俺はイチゴが好きなんだ。俺と付き合ってくれ!」


 俺は勇気を振り絞ってイチゴに告白したが、イチゴの顔は割と冷淡だった。


「……きょーくん。それって、周りの子たちが告白してるから、きょーくんも空気に当てられて勘違いしてるんじゃない?」


「違う!俺は本当にイチゴが好きなんだ!」


「本当の本当に?」


「本当の本当に!」


「……そっか。じゃー仕方ないねー。私たち、付き合おうか」


「!ああ!」


 それで浮かれた気持ちのままイチゴと手を繋いで家に帰ったら、即親に見られて付き合い始めたのがバレてしまったが。


 今までの付き合いもあって、イチゴとの交際は俺の親からもイチゴの親からも歓迎された。


 むしろ顔が良いからと驕ってイチゴを蔑ろにするなと、親に釘を刺されもした。


 もちろん、俺は今までよくしてくれてたイチゴと別れる気なんて全然ない。




 それから、イチゴと付き合い始めてもっと楽しい学校生活を送れる……と思ったのに。


 イチゴがイジメられ始めた。


 教室の黒板に『よりふじ苺はえんこーしてるビッチ』って書かれたのを見てやっと気付いた。


「誰だ!こんな事書いた奴は!」


 あれにはブチ切れて暴れる寸前になったが。


「やめて、きょーくん!」


 イチゴが俺を落ち着かせて大きな騒ぎにはならなかった。


 放課後、イチゴに聞いたら、今までも下駄箱の内履きや机にゴミを入れられたり、小物を盗まれたりと色々されてたと知った。


「って感じで、きょーくんと付き合ってる私に嫉妬した子たちがやってるの」


「犯人が分かっているならどうして黙ってやられていたんだ!?」


「えっとね……。実はきょーくんにプレゼントして貰ったぬいぐるみを取られたの。大人の人に言ったらぬいぐるみを引き裂くって言われて」


 イチゴはドジしたって風に笑ったけど、冗談にならない。


 そのぬいぐるみって、前に俺が誕生日にプレゼントした奴じゃないか。


 大事にしてくれるのは嬉しいけど、そこまで我慢する必要なんて……!


「誰だ。犯人は」


「……言えない」


「ぬいぐるみは俺がなんとかするから、言ってくれ」


「そうじゃないの。言ったら、きょーくんその子と喧嘩するでしょ?私、きょーくんが喧嘩して怒られるのはやだよ」


 こんな時も自分より俺の心配をして……!


「分かった。喧嘩はしない。だから教えてくれ」


「約束する?」


「する」


「分かった。じゃあ……」


 そして聞かされた犯人の名前は、花村リンゴだった。


 俺は翌日の昼休みに、すぐに花村リンゴを教室に呼び出した。


「恭一くん。話って何?もしかして告白?イチゴから私に乗り換えるの?」


 花村リンゴは勝手に勘違いしてウキウキている。


「違う。イチゴを脅してイジメてるのをすぐにやめろ」


 俺の言葉に、花村リンゴはスッと目の色を変えた。


「ふーん。あいつ、結局チクったんだ」


「お前がやったって認めるんだな」


「だったら何?言っておくけど、私一人でやった訳じゃないんだからね」


 花村リンゴは開き直って言い返して来る。


「そんな事よりもさ。恭一くん、私と付き合わない?イチゴならさ、弱み握っているから別に付き合わなくても好きに出来るから」


「要らない」


「ん?」


「お前から聞きたい事は全部聞いた。じゃあな」


 俺は花村リンゴを残して教室を出て、そのまま職員室に向かった。


 実は親から借りたスマホでさっきの会話を録音していたのだ。


 それを先生たちに聞かせて花村リンゴを告発すると、そのまま花村リンゴは先生たちに問い詰められて芋づる式に共犯たちも捕まり、イジメは終息した。


 でも、取られたっていうぬいぐるみはイチゴの元に戻らなかった。


 腹いせなのか無残に引き裂かれたぬいぐるみが教室のイチゴの席に捨てられてたのだ。


 まあ、それも予想済みだったが。


「大丈夫だイチゴ。それは花村たちが用意した偽物で、こっちが本物だから」


 俺は気落ちしてるイチゴに、引き裂かれたのと同じ物で新品みたいなぬいぐるみを差し出した。


 ……うん、まあ、本当に新品なんだけど。


 正直ぬいぐるみを無事に取り返す方法が思い付かなかったから、同じ物を買い直したのだ。


「そっかー。こっちが本物かー。なら大丈夫だね。ありがときょーくん」


 見え見えの嘘だったけど、イチゴは笑って新しいぬいぐるみを受け取ってくれた。


 でも、後日イチゴの部屋に遊びに行った時、引き裂かれてた方のぬいぐるみも丁寧に縫い直されて新しい方と並んでたから、やっぱりバレてたんだろうなー。




 それから小学校を卒業して、俺とイチゴは学区が同じだったので普通に同じ中学校に進学した。


「ねえ、きょーくん。中学ではね。私たちが付き合ってるのは内緒にしてくれない?」


 その際、イチゴからそんなお願いをされた。


「また嫉妬されてイジメられるのが怖いから……」


 との事。


 俺もまたイチゴがイジメられるのは嫌だったからそのお願いを聞き入れた。


 だが……今度は俺が男子からハブられた。


 中学生になるとイチゴに磨かれた俺の顔とか運動能力の良さで、俺は女子に大層モテた。


 イチゴと付き合ってるのを内緒にしてたから、フリーに見られて尚更。


 それで男子たちの嫉妬を買い、イジメと言う程陰険な悪戯はされなかったが男子たちからはハブられ、さらに陰で俺の根も葉もない悪い噂を女子に流されて女子にも距離を置かれた。


 正直に言って、大分メンタルに来た。


 学校ではイチゴと付き合ってるのを隠しているから距離を置いてて、なら学校での楽しみは友達とつるむ事ぐらいなのに、小学校が一緒だった奴らも含めて友達候補全員からハブられたからな……。


「大丈夫よ、きょーくん。皆がきょーくんを嫌っても、私はずっときょーくんの味方だから」


 でも放課後に俺の部屋かイチゴの部屋でイチゴと二人きりになると、いつもイチゴが俺を慰めてくれる。


 それだけでどんなに寂しくても耐えられる気がした。


 俺は決めた。


 俺もどんな事があっても絶対に裏切らずに、味方で居続けようと。




 それから、イチゴのアイデアで俺に彼女がいると言って回る事にした。


 イチゴではなく、他の中学の子という事で。


 それで俺の女子人気も落ち着き、連動して男子の嫉妬も減った。


 と言っても、その時になって男友達を作るには色々手遅れだったが。


 でも構わない。


 俺はイチゴさえいればそれで十分だから。


 そうだったのに……。


「ねえ葛葉くん、これ何かな?」


 クラスメイトの女子の田中さんに、イチゴとのデートで街を歩いてた写真を撮られてしまった。


 非常にまずい。


 他の中学の子と付き合っている設定なのに、同じ中学のイチゴとデートしているとか。


 俺の浮気にしろ、本当はイチゴと付き合ってたとバレるにしろ、写真が回ったらイチゴの立場が危うくなる。


「この写真、内緒にして欲しい?それじゃ、私とデートしよ?」


 それで俺は田中さんに脅されてデートする事になり。


 そこからイチゴの歪みが始まってしまった。


―――――――――――――――

 恭一のイチゴに対する激重感情見せたかったのですが、ちょっとパワー不足かもです

 次はイチゴ視点の回想です

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