第3話『カヨと関係の進展』

 ある春休みの日。


 部屋でユカから借りた恋愛漫画を読みながらのんびりしていると、レインの通知が来た。


 スマホを手に取って確認すると、小林さんからの1:1チャットで、


『家出した。拾って』


 という物騒な内容だったので早速返事した。


『今どこだ?』


『いつもの駅前』


『すぐ行く』


 それから俺はすぐ余所行きの服に着替えて、小林たちと待ち合わせによく使う駅前に向かった。


「小林さん。行く所ないなら俺と遊びに行こう」


「人を待ってるって言った。後名前で呼ぶな」


 待ち合わせ場所に着くと、早速小林さんが知らない男に絡まれていた。


「悪い。待たせたな」


 小林さんと男の間に割って入りながら声を掛けた。


「恭一!待ってたよ!」


 小林さんは分かりやすく声を弾ませて、俺の腕に抱き付いた。


「なっ!葛葉!また邪魔して!」


 すると男は俺を睨んで叫ぶ。


「邪魔してないけど。お前、俺を知ってるのか?」


「前にも会っただろ!小林さんに告白した佐野だ!」


 男は地団駄を踏みながら言った。


 言われてみれば、確かにそういう事もあったな。


「そうだったか、それは悪かった。でも小林さんは俺と用事があるから、ここで帰ってくれるか」


「お前はそうやって好き放題女の子と遊んで!小林さんくらい俺に分けてくれよ!他に女は沢山いるんだろ?」


「………はあ」


 話が通じない奴だな。


 こういう手合いは、こういうのが手っ取り早い。


 俺は両手で佐野を肩を力を一杯込めて掴んだ。


「いてててて!は、放せ!」


 佐野は暴れて俺の手を離そうとしたか、俺の握力の方が強くて出来ない。


 それでついに俺を殴ってでも止めようとしたが、その前に小林さん横でスマホのカメラを構える。


 小林さんを見た佐野は握った拳を止めた。


 外から見ると、俺は佐野の肩を掴んでるだけ。


 そんな俺を佐野が殴り、その写真や動画を取られると、そうしても佐野が不利になる。


 状況が分かるくらいに佐野の頭が冷えた所で、俺は口を開いた。


「なあ。俺もあまり乱暴な真似はしたくないんだ。このまま帰ってくれないか?それとも路地裏で話の続きをするか?」


「わ、分かった!帰る!帰るから放せ!」


「本当に?」


 意地悪するように、わざと引っ張る。


「本当だ!」


「……ふん」


 そこまでして、俺はようやく手を離してやった。


「クソッ、覚えてろ!」


 佐野は捨て台詞を吐き捨てて、俺を睨んでから去って行った。


「私たち、息ぴったり」


 小林さんがスマホを仕舞いながら言う。


「そうかもな」


「恭一もかっこよかったよ」


「いや、暴力に半歩突っ込んだのを褒められてもな」


 小林さんは俺を褒めてくれたが、俺としてはちょっと微妙な気分だった。


「で、取りあえず来たんだけど、これからどうする?」


「恭一の家に連れてって欲しい」


「いやそれは……」


 同居人が沢山いるからな。しかも一応恋人と同居してる所だから、そこに家出した女友達を連れて行くのは少しまずい。


「取りあえず、カラオケやネカフェとかで話さないか?」


「ラブホなら可」


「そこには行かない」


「えー。もうケイコとユウリとはしたのに?私だけ処女腐らせてる」


「往来でそういう事言うな」


 びびって周りを見回したけど、幸い小林さんの言葉は喧騒にかき消されたみたいだ。


「取りあえず、前と同じネカフェでいいか?」


「仕方ない。そこで妥協する」


 俺、一人で帰っていいかな。


 いや、家出したって言う小林さんを一人にするのは心配だから帰れないけど。




 俺は前回小林さんと一緒に行ってたネカフェに行き、同じように個室を借りて二人で入った。


「で、何で家出したんだ?」


「むっ。いきなり本題に入るのは情緒がない」


「これはデートじゃないからな」


 俺と小林さんはしばらく睨み合いになった後、小林さんが折れてボツボツと話し始める。


「実は……」


 小林さんが家出の訳を語り始める。


 小林さんのお父さんが新しく出来た恋人との再婚と、それに合わせて引っ越しを予定していて。


 それだけでなく、小林さんを引っ越し先の近所の高校に転校させようとしてるらしい。


 小林さんはそれに反発し、適当な部屋を借りて一人暮らしさせて欲しいと要求したが、ここでお父さんと意見が衝突し、喧嘩した勢いで家を出たと。


 要約するとそんな感じだった。


「それは……俺にはちょっとどうにも出来ないな」


 一日や二日匿うくらいならともかく、根本的な問題解決には手助け出来そうにない。


 俺が小林さんと付き合っているならともかく、ただの友達(…)だからな。


「ううん。恭一に出来る事はある」


「何だ?」


「私と本当にエッチしよ?そして深い関係の相手がいるから離れるのは嫌って言うの」


「それは……」


 返事に迷う。


 俺としても小林さんと離れ離れになるのは寂しいが、そこまでして引き止めたい程でもない。


 それに何よりもイチゴたちに対する浮気になるからな……。


 と思ってたら、急にスマホがバイブした。


「ちょっとゴメン」


 一言断り、確認するとイチゴからのレインメッセージだった。


『I'm OK. GO』


 ッスゥゥーーー。


 OKもGOもないんだよな。


 イチゴについてはもう諦めるとして、アリアさんやユカにはどう説明するってんだ?


「どうしたの?」


「いや、何でもない。それよりも」


 俺は隠す様にスマホをポケットに仕舞ってから、話を戻す。


「俺は彼女がいるから、そういうのは無理だ」


「ケイコとユウリとはしておいて、その言い訳は苦しい」


 くっ。通じないか。


「……俺だってしたくてした訳じゃないんだ」


「男のくせに、した後から言い訳するのも見苦しい」


「ぐっ」


 言い返せない。


 こういう時、損するのは真面目な方かも知れないと思ってしまった。


「それなら、実際にはせずにしたと嘘つくのはどうだ?」


「それは嫌。どうせ傷物になるなら、ちゃんとしたい」


 ……困った。


 断り切れない。


 何が悪いのかって言うと、イチゴの性癖と、それに押されて流されてしまった俺の過去の行いだが。


「……分かった。今回だけな」


「今回だけじゃなくて、気が向いた時はいつでもいいよ?」


「今回だけだ」


 結局押されるまま、俺はカヨと一緒に年齢確認が緩いラブホに入って、小林……カヨとの初経験を済ませた。


 名前呼びについては、前々から二人の時に名前で呼ぶように言われてたのに、ついまた苗字で呼んで機嫌を損ねてしまって、いようよ面倒だから常に下の名前で呼ぶ事にしたのだ。




 その後、二年の新学期になったが、カヨの転校の話は無くなったようだ。


 今にして思えば、それが本当にあった話だったのかも疑わしい。


 いや、疑ったからと言って裏の取りようも無かったが。


 そしてリナの島川を紹介されて間もない頃。


「葛葉!この写真を先生たちに見られたくなかったら、すぐ小林さんと縁を切れ!」


 カヨの件でまたも佐野が廊下で絡んで来た。


 佐野が見せて来たスマホの写真は、私服姿の俺がカヨとかユカとかユウリとかとホテルに出入りする写真だった。


 お前は俺のストーカーかよ。


 それにこうして見ると、マジでとっかえひっかえしてんな俺。


「分かった、ただ縁を切ると言っても時間が掛かる。二日くらい待て」


「二日だな!後で確認するからな!」


 それで取りあえず佐野とは別れた。


 脅されたと言ってカヨを距離を置くのは構わないんだが、あの写真は何とかしたいな。


 でないとこれからも何度も脅され兼ねない。


 それで早速イチゴに相談したのだが……。


「恭一さん。恭一さんを脅したあの佐野って人はそのまま脅迫したという事で退学させました!」


 翌日、イチゴではなくアリアさんがそう報告して来た。まるで褒めて欲しい犬みたいに。


 多分、イチゴからパスされたんだろうな。


 俺のスマホに佐野から脅された会話が録音されてたから、それをそのまま証拠に使ったのだろう。


 佐野を退学させて欲しいとまでは望んでなかったのだが、問題解決には違いないか。


「……ありがとう。世話かけて悪い」


 取りあえずお礼を言ってアリアさんの頭を撫でた。


 ただ、他の女の子との浮気の後始末を恋人のアリアさんにさせるとか。


 アリアさんとの交際も不本意だとしても、気まずくてしょうがない。


「いいえ、これくらい。あ、でもお礼というなら……」


 アリアさんが何か思い付いた様に手を合わせるが、俺は不安にしたからなかった。


「その……小林さんとかと性交渉してる所の動画を撮って、見せて欲しいんですが……」


「………」


 俺はアリアさんの頭を撫でる手を止めて天井を仰いだ。


 イチゴの歪みは、とうとうアリアさんにまで感染してしまったようで。


 アリアさんに対して、過去に脅された恨みよりも、色々巻き込んでしまった罪悪感が大きくなって来た。


―――――――――――――――

 次はまた春休み途中に時間が巻き戻って話が始まります

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