第10話【裏・感染した歪み】

 ある日の夜。

 リビングでのんびりしながら、ユカさんに入れて貰ったお茶を飲みます。


「あら、お茶。美味しく入れられてますね」


「それはどうも」


 私がお茶の味を褒めると、ユカさんは満更でもなさそうに自分のカップでお茶を飲みます。


「ユカさん、最近料理やお茶入れの腕を上げられてますね。このままウチの家事お手伝いに就職しませんか?」


「考えておくわ。それにしても恭一、遅いわね」


「ええ、確かに遅いですね」


 ユカさんの呟きに同意の言葉を返しました。


 私とユカさんは、最近ご無沙汰でしたので今夜は久しぶりに三人でお楽しみを致そうと思い、用事と言って出掛けた恭一さんを待っているのです。

 ですが、もう終電も切れそうな時間ですのに恭一さんが帰って来ません。


 まさか恭一さん、このまま朝帰りするのでしょうか。


「……レインも電話も出ないし、どうしたのかしら」


 ユカさんは連絡しようと試したスマホを手に持って睨みつけます。


「最近、このように恭一さんの帰りが遅い事が増えましたね。日によっては外泊もしたりと」


「言われてみればそうね。……まさか浮気?」


 ユカさんがおぞましい推測を言いましたが、すぐ頭を振りました。


「いや、あの恭一に限ってそれはないわね。あいつは浮気するくらいなら私たちと別れるでしょうから」


 ええ、その意見には私も同意します。


 大方、私たちから離れて一人で気楽な時間を過ごしたかっただけでしょう。


「そう言えば、前に一度用事について聞いてみたんですが、イチゴさんに聞いて欲しいって言われましたね。それで何かサプライズでも計画されてるのか思ったのですが……」


「例えサプライズでも、流石にもう待ってられないわね。イチゴに聞いてみまよう」


 私はユカさんと頷き合い、イチゴさんの部屋の前に着いてドアを開きました。


「イチゴ、ちょっと聞きたい事が……」


 ユカさんを先頭にイチゴさんの部屋に入った直後。


 一瞬、空気が凍りユカさんも言葉を途中で止めました。


 何故ならイチゴさんはヘッドホンをしたまま、その……一人でお楽しみ致してたのです。


「ちょっ、ちょっと!入るならノックしてよママ!」


 イチゴさんは真っ赤の顔で叫びながら身だしなみを整えます。


「誰がママよ。それよりも、恭一が遅いんだけど、今なにしてるのか知ってる?」


 ユカさんの質問に、イチゴさんはまるで意外そうな顔をします。


「ええ、今更聞くの?てっきりユカちゃんたちも知った上で楽しんでるのかと思ったんだけど」


「何の話よ。知ってるなら早く言いなさい」


「えっと、……取りあえずこれ、聞いてみる?きょーくんのスマホにある盗聴アプリの音声だけど」


 イチゴさんはヘッドホンは外し、イヤホンをPC繋げた後私たちに差し出しました。


 確かにそれを聞いた方が手っ取り早そうですね。


「では」


 私とユカさんはイヤホンを片方ずつ耳に差しました。


『きょー様。いいですよ、もっとしてください』


 イヤホンから知らない女性の声が聞こえ、私たちはそのまま固まりました。


 そして聞こえるこの音って……、もしかしてキスの最中?それも深いので?


 でもこれは恭一さんのスマホが拾った音声ですよね?


 という事は……この女性とキスしてるきょー様って、まさか……恭一さん?


 どうして……。


 まさか本当に浮気を?


 最近、一人で出掛けてから帰った後、時間を掛けて風呂に入ってたのって、においを落とそうとしてて?


『きょー様!あれ、言ってください。……言わないんですか?そうしたら……』


『……っ!分かった。……好きだ、トモリ。誰よりも愛してる』


 え?恭一さんが、私たち以外の女性に愛の言葉を?


『あの花京院アリアさんよりも?』


 え?私よりも……?


『ああ、花京院アリアさんよりも』


 そんな……、恭一さんが私に内緒で他の女性と逢瀬して私よりも好きだと呟くなんて……。


 これって……、もしかしてNTRねとられ!?


 こんな事って……。


 確かに恭一さんに嫌われる事はしてまして、それでイチゴさんには気持ちで負けてたかも知れませんが……。


 イチゴさんならともかく、ユカさんでもない相手に恭一さんを取られるなんて……。


 こんなのって……、こんなのって……。


「はあ……、はあ……」


「アリア!あんた何してんの!」


「はっ!?」


 ユカさんの叫び声に我に返りました。


 気が付けば私は、興奮して息を荒くしながら、片手で自分の股を……その……擦ってました。


「きゃっ、きゃああ!見ないでええ!!!」



 閑話休題。



 私たちは落ち着きを取り戻してから話し合いを再開しました。


「で、きょーくんが浮気してるって知った訳だけど。アリアちゃん、ユカちゃん。どうするの?きょーくんと別れる?」


 イチゴさんに、まるで試すような言葉を投げ掛けられました。


 ユカさんは「先に答えろ」という感じで黙ったまま私を見つめます。


 私は色々考えた末に出した決意を打ち明けます。


「……私は……、恭一さんとは別れません。最初から私が恭一さんの心の中の一番ではないのは分かっていながら奪ったのに、負けたままでは終われません!奪われたらまた奪い返します!」


 言葉にした事で、私の気持ちは一層固まりました。


「大体、浮気されたから別れるようでは、後から手を出したもの勝ちじゃないですか!」


 そんな事認めません。


 絶対に恭一を取り返します!


「そう。じゃあユカちゃんは?」


 イチゴさんは私の決意を聞いた後、ユカさんに視線を移しました。


「どうせ訳ありなんでしょ?どうして恭一が今こんな事してるのか、知ってる事を言いなさい」


 でもユカさんは平然とイチゴさんに言い返しました。


「えっ、これって恭一さんの浮気ではないのですか?」


「アリアあんた……。はあ……勉強の成績と頭の良さは別ってこういう事かしら」


 私の疑問に、ユカさんは失礼な態度で頭を振りました。


「むっ。ではユカさんは何故浮気じゃないって思うのですか」


「恭一は前にあんたに用事の内容をイチゴに聞けって言ってたでしょ。そして恭一は自分のスマホにイチゴの盗聴アプリが入ってるのを知っている」


「あっ」


「恭一が自分から進んで浮気してるなら、何かしら盗聴アプリの対策をするはずなのに、今この通り何の対策もしていない。つまり何かしら訳があってこの女の相手をしてるだけで、あんたに言ってたイチゴに聞けというのは、恭一のSOSだったのよ」


 それってつまり……、私は恭一さんのSOSに気付かないまま、のほほんと今夜を楽しみにしてたって事ですか?


「そんな……」


「後悔するのはまだ早いわよ。まだ別れを告げられてないから、致命的に恭一を取られた訳じゃないんだからね」


 言い終えて、ユカさんはイチゴさんに向き直りました。


「ふうん。ユカちゃんはきょーくんが他の女と寝てもショックとか受けないの?」


 イチゴさんは何か面白くなさそうです。


「今更でしょ?私はあんたたちより後から入って来たんだから」


「そう。去年の一学期終業式の日には長岡何某に話し掛けられた私を、これでもかってくらい牽制したのにねー」


「うっ……」


 イチゴさんの嫌味らしい言葉に、ユカさんはバツが悪そうに目を逸らしました。


 そういえばユカさんはあの生ゴミから恭一さんに乗り換えてましたね。


「ごめんなさい。あれは悪かったと思ってるわよ。でも恭一はあいつと違って最初から私以外の相手がいたから割り切れてるの」


「そうなんだ。……きょーくんが浮気した訳だったね。レロ」


 イチゴさんはまだ許す気がないのか、ユカさんの謝罪を流し飴玉を一つ口に含んで説明を始めました。


 最近、気に入ったのか良く飴玉を舐めますね。


「結論から言えば、脅迫だよ。相手はリナちゃんのお友達の島川トモリちゃん」


 島川トモリって、夢川アカリって芸名でアイドルになってたあの人じゃないですか。


 前に生ゴミから恭一さんに奪わせようとした人でしたが、生ゴミを追い出した後は興味を失くしてたのにこんな形で手を出されるなんて。


「どうやって恭一を脅迫したの?」


「前にリナちゃんがトモリちゃんの所に遊びに行った時にね」


 それって恭一さんがリナちゃんを迎えに行ったあの日ですか。確かに恭一さんの帰りまでも遅かったのですが。


 二週間も前からそんな事に……。


「薬で眠らされて、色々写真を撮られて、その後呼び出したきょーくんも同じように眠らせて、写真を撮って、言う事聞かないと写真をバラ撒くぞーって。レロ」


 それって、まるで私がイチゴさんと退学させられたくなかったら、付き合って欲しいと恭一さんを脅した時みたいじゃないですか。


 ん?私の時みたいに……?


「あの、イチゴさん」


「何?アリアちゃん」


「島川さんって、恭一さんと性交渉してる様子ですが、恭一さん、島川さん相手に大きくなったのですか?」


「へえー、そこが気になるんだー」


 私の質問に、イチゴさんがニヤけました。


「レロ。最初は大きくならなかったよ。多分だけど、きょーくんって自分を脅したりした嫌いになり過ぎた相手には大きくならないんじゃないかな」


 つまり、恭一さんが私相手に大きくならないのは……自業自得……?


 まさかあれでそこまで嫌われてたなんて……。


「でも、それではどうやって島川さんは恭一さんと性交渉を?」


「裏道を使って大きくしたみたいだね。何かしらの道具できょーくんを傷付けて生存本能を刺激したり、下半身に血を偏らせたりして」


「そんな方法が……」


 そうすれば、私も恭一さんと二人だけで?


 でも好きな人を傷付けるなんて……。


 でもそうでもしないと……。


「アリア、恭一とやる事で悩むのは後にしなさい。今は恭一を助け出すのが先でしょ?リナちゃんの事だってあるから」


「はっ、そうでしたね。ではイチゴさん、私たちはどうすれば?」


 イチゴさんに頼り切りな気もしますが、誰よりも先にこの状況に気付いたのはイチゴさんですから、何か策があるのかも知れません。


 ……あれ?


 それって、イチゴさんは今まで恭一が島川さんと致してた事を聞いてて?


 もしかして先ほど一人で致してた時に聞いてたのも?


「う~ん。今の所、アリアちゃんたちにやって欲しい事はないかな。レロ」


「は?まさか恭一をそのまま差し出すつもりじゃないでしょうね?」


 ユカがイチゴさんを責めるように言いましたが、イチゴさんは手を振って否定しました。


「違うよ。二人は今までのんびりしてたから、私一人で全部仕込みを済ませちゃった。だからこれからものんびりしてていいよ。あっ、せっかくだから、今までの音声記録も聞いてみる?」


 えっ、それって、二週前のあの日から今日まで恭一さんが寝取られてた実況を?


 いえ、脅迫なら浮気じゃなくて強姦、つまり恭一さんが無理やりされてる時の事を……?


「……ゴクリ」


 し、知りたい……!


 恭一さんだって好きで浮気してる訳じゃないと言ってましたけど。


 恭一さんがこの場の三人や、あの友人の三人以外の、知らない女性としてる時にどんな声を出したり、どんな言葉を呟くのか……!


 これくらいはいいですよね?


 これは監視です。


 脅迫があるとはいえ、恭一さんが島川さんとの情事で絆されて本当に心変わりしてしまわないか、監視するだけですから。


「……じゅるり」


「アリア……、これはもう手遅れかしら……」


「それじゃ、データを送るから楽しんでね、アリアちゃん」


 その日。

 予定していた三人での睦事は流れましたが、私は別の要因で眠れない夜を過ごしました。


――――――――――――――――

 日常の裏で恭一を逆NTRされる風に書いてみようと思いましたが、尺とかの都合でカットされました

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