第9話『予想しなかった脅し』

『葛葉先輩、トモリです。突然リナちゃんのスマホでメッセージを送ってごめんなさい。実は私の家でリナちゃんと遊んでいたんですけど、リナちゃんが疲れて寝てしまいました。お呼び立てしてすみませんが、リナちゃんを連れ帰りに来ていただけませんか?』


 週末の夜。


 リナが島川さんと遊びに出掛けたきり、連絡もないまま遅い時間になって心配してたら、リナのレインIDからこんなメッセージが送られて来た。


『分かった、すぐ行くから住所を教えてくれ』


 早速返事して、出掛ける準備を済ませた。


「恭一さん、何処かに行かれるのですか?」


 玄関に出る為に居間を通ると、くつろいでいたアリアさんに呼び止められた。


「ああ、リナが友達の家で寝落ちしたみたいだから、ちょっと回収しに」


「そうですか。遅い時間ですので、気を付けてくださいね」


 アリアさんに見送られて、俺はそのままシェアハウスを出た。


 マンションの玄関を出た時には島川さんから住所が書かれた返事があったので、そちらに向かう。


 島川さんの家は電車駅を二つ移動した所にあるマンションの一室だった。


「いらっしゃいませ葛葉先輩。どうぞ入ってください」


 玄関で島川さんに迎え入れられ、そのまま彼女の家に入る。


「君の両親とか、リナは?」


「親は仕事で今日は帰って来ません。リナは私の部屋のベッドに寝かせてます」


「そうか、ではリナを連れてすぐ帰るよ」


「いえ、せっかくここまで来たんですから、飲み物の一杯でも飲みながらお話はいかがですか?」


「いや、それはちょっと……」


「いいじゃないですか。もう準備してありましたから、それだけでも飲んでください」


 島川さんの申し出を断ろうとしたが、勢いに押されて居間のソファに座らされ、出されたジュースを飲んで島川さんに振られたいくつかの話題に付き合……


 ………


 ………


 むっ。


 いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。


 ええと確か、寝落ちしたリナを連れ帰りに島川さんの家に来てたんだな。


 それで俺も寝落ちするとか、世話が無いな。


 なんて事を思いながら身を起こそうとして、手足が動かない事に気付いた。


 って、ベッドの上で手足がタオルで縛られている?


 何故に?


 ってこれはまさか……。


「きょー様、目が覚めましたか?」


 俺がいる部屋?らしき場所に島川さんが入って来た。


 分かりやすく俺を見てニヤけている。


「島川さん……盛ったのか?リナにも?」


「そうですよ。きょー様たちが飲んだジュースに睡眠薬を入れてました」


 島川さんはそれがどうかしたのかって言いそうに堂々と答えた。


 きょー様呼びは止めろつっただろうが。いや、今はそこに突っ込む場合ではないか。


「何故こんな事を?」


「それはもちろんきょー様と仲良くなる為ですよ」


「こんな事をしておいて、仲良く出来るとでも?」


「これを見てもそう言えますか」


 島川さんはテンプレなセリフの後、手に持ったスマホの画面を見せた。


「なっ」


 スマホの画面には俺と島川さんが半脱ぎのまま密着している写真があった。


 しかもご丁寧に俺の顔は寝てるのか目を閉じてるだけなのかも判断付かない状態で。


「きょー様。私と付き合ってください。でないとこの写真をネットにバラ撒いて、きょー様にヤリ捨てられたとか、ある事無い事言いふらします」


 お前もそれか。


 似たような文句でユカに脅された事を思い出してしまった。


「勝手にしろ!」


 これ以上、脅されたからって他の女と付き合って堪るか!


 俺のスマホの盗聴アプリで今の会話をイチゴが録音してるはずだ。


 島川さんがあの写真をバラ撒いても、逆に俺が脅されたとやり返せる。


「ふむ。じゃあこれはどうですか?」


 島川さんはスマホの画面をスワイプして、別の写真を見せた。


 その写真は、服を脱がされてあられもない恰好をしたまま寝ているリナの写真だった。


「この写真を、学校の男子たちに流してもいいんですよ?リナちゃん、アイドルの私よりも人気者になるでしょうね」


「てめぇ……」


「あっ、その目いいですね!情熱的でゾクゾクします!」


 怒る気持ちのまま島川……を睨んだが、島川はむしろ喜んだ。


「何でそこまで俺に執着するんだ。知り合って一か月も経ってないだろ?」


「それはもちろん、私ときょー様が運命と相手だからですよ!」


 ふと、気になったので聞いてみたら、堂々と答えられた。


「は?」


「私ときょー様の運命の出会いは一か月前じゃないですよ。去年の春でした」


 島川が語り出す。


「去年の春に、パパが社長をしている芸能事務所と付き合いのある雑誌社に見本として貰った雑誌を見て、その雑誌の表紙モデルだったきょー様に運命を感じました。

 それから見学と称して何度も雑誌社にお邪魔して、やっときょー様と出会えたんです。

 しかし残念ながらきょー様にとっての私はただのファンの一人だったのか、何度会っても記憶に残ってない様子でした。

 それで私はアイドルになると決めました。

 有象無象とは違うアイドルになれば、きょー様の記憶にも残れるでしょうし、きょー様の相方としても箔が付きますから。

 幸いというか、やはり運命というか、私は芸能事務所の社長をしているパパの娘で、女優のママの容姿を受け継いでいたので楽にアイドルデビュー出来ました。

 さらに、きょー様も学校の文化祭でプロ顔負けのライブステージを開いて、アイドルみたいな立ち位置になったのですから、

 ……これはもう運命でしょう!」


 なるほど。


 つまりは俺の顔か。こいつも顔に惚れただけか。


「それで、私と付き合ってくれますよね?」


 島川はまるで勝った気で俺に聞き直した。


「ちなみに、ここで私からスマホを奪っても、写真はもうクラウドにもアップしてますから無駄ですよ?」


「ちっ」


 実力行使も対策済みか。


 断るだけなら簡単だ。


 俺のスマホでイチゴの盗聴アプリも作動しているだろうから、脅迫の証拠も確保出来ている。


 しかし警察に通報した後、本格的に逮捕する間に報復としてリナの写真は一度でもバラ撒かれたら、リナの評判が取り返しがつかないくらい滅茶苦茶になる。


 義理の兄妹になって一年も経ってないが、それでも十分仲良くなった可愛い妹だ。

 これから三年もある高校生活を台無しにさせたくない。


「……分かった、お前と付き合うよ」


 取りあえずこの場は頷いて、簡単にはいかないだろうが隙を見て写真のデータを消さないと。


「ありがとうございます!」


 俺の返事に、島川は満面の笑みを浮かべた。


「ではスマホの画面ロックのパスワードを教えてくれますか?」


「それはどうしてだ?」


「きょー様の事ですから。私の他にも彼女がいるのでしょう?きょー様の代わりに、私がその羽虫にお別れを告げてあげます♪」


「……勝手にしろ」


 俺は島川にパスワードを教え、指紋認証との二重構造だったので指も貸した。


「むむむ。連絡先にあるのが、家族以外は女の人ばかりじゃないですか。それで、どなたが彼女さんですか?」


「……花京院アリアさんだ」


 流石に彼女が三人いるとも言えず、代表としてアリアさんの名前を挙げた。


 アリアさん、こんな時ばかり代表として彼女扱いして済まない。


 でもイチゴの名前を挙げて一時的でもイチゴと別れたくはなかったんだ。


 なら何故ユカじゃなくてアリアさんなのかは……フィーリングかな。


「へえ、あの学園のお姫様と!流石きょー様です!……いい事思い付きました。本当はすぐ別れのメッセージを送りつけるつもりでしたけど、ログのチェックと位置情報だけ共有して置きましょう」


 島川はスマホを色々操作したが……今の俺に止める手立てはないので後でチェックしようとだけ思った。


 やがて俺のスマホでやる事を全部終えたらしく、島川はスマホを俺の横に放り投げた。


「さて、では次に行きましょうか。逃げたりしないでくださいね?」


 島川はじりじりと俺に近寄って来た。


「おいっ、何しようとしてるんだ」


「何って、恋人同士の契りですよ?恥ずかしい事言わせないでください」


 契りって……まさか!?


「や、やめろ!」


「やめません。抵抗したり逃げようとしたら……分かりますね?」


 言外にリナの写真をちらつかせられ、俺の抵抗は封じられた。


「それじゃあ……いただきます♪」


 島川は俺の両肩を押さえ、俺に口付けて来た。


 それだけでは止まらず、舌を入れて来て俺の口の中を蹂躙するように舐め回される。


 そのままおよそ十数分が経った後、ようやく島川が口を離した。


「ごちそうさまでした。凄く良かったですよ?」


「……俺は最悪だ」


 本番ではないとはとは言え、またイチゴじゃない相手とディープキスを……。


「あら?」


 視線を下に下ろした島川が何か疑問そうにする。


「きょー様の下の……、大きくなりませんね」


 言われて見下ろすと、確かに俺のズボンの股の間は膨らんでなかった。


 助かった……。今までアリアさんにだけ働いてた謎のセーフティーが働いたみたいだ。


「本とかで見た事と話が違いますね……。困りました。初めてを無理やりにしたくはなかったので今日はここまでですけど、後の本番で大きくならない様では……」


「起たないもんは仕方ないだろ。諦めろ」


「……少し待ってくださいね」


 島川は速足で部屋を出て、俺が何かする間もなくすぐ戻って来た。


 ……手に千枚通しを持って。


「おい、それで何をするつもりだ」


 身に危険を感じて後退りした。


「ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね」


 島川は俺を逃がさない様に詰め寄って、服の上から千枚通しを下腹部に突き刺した。


「いっ……!」


 そのまま傷口を抉るように千枚通しをぐりぐりされるのと同時に、またキスされて口内を舐め回された。


「あっ、大きくなりましたね」


 そうしたら、俺の股間のモノが起ってしまった。


「これなら安心です。次が楽しみですね」


 次……だと。


 まさか次はこんな風に俺のモノを起たせてヤるつもりか?


「ではきょー様。しばらくは私との関係を隠したまま花京院さんとも別れないでいて、私が呼べばいつでも来てください。いいですよね?」


 島川が俺に命令するみたいに言った。


「島川……」


 島川の名前を呼んで質問しようとした俺の口を島川が指で止めた。


「トモリです。名前で呼んでください」


 反抗したらまた脅されるのが目に見えてたので、呼び方くらいは従う事にした。


「トモリ、何がしたいんだ?」


 俺の質問に島川はいやらしく笑う。


「だって、抜け駆けして私より先にきょー様の恋人になったあの女狐さんが呑気で彼女面してる裏で、きょー様が私と睦み合うのって楽しそうじゃないですか」


 どうやら島川の中ではおかしなロジックでアリアさんが抜け駆けしてる事になってるみたいだ。


 いや確かに振り返ると、イチゴ相手には抜け駆けしたのかも知れんが。


「うふふ……、女狐さん。私たちの関係を知ったらどう思うのでしょうね?裏切られたと怒ってきょー様を捨てるのでしたら、遠慮なくいただきますけど」


 島川は邪悪な笑みを浮かべて、楽しそうに呟く。


 すまない、イチゴ、アリアさん、ユカ。


 理由は何であれ俺はまた浮気してしまう事になりそうだ。


 俺は……彼氏失格かも知れない……。


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