第16話『一年三学期・ホワイトデー』

 バレンタインが過ぎて間もなく、リナが悠翔高校に受験した。


「……えっと、姉さんが考えてくれた予想問題がほぼその通り出たんですけど……」


 というのがリナの手ごたえらしい。


 何か理解を越えた現象にでも遭ったみたいに目の焦点がぼけている。


 まあ、あのイチゴだからな。素で予想して当てたとしても不思議ではない。


 この分ならリナの合格も固いだろう。


 いよいよ来年度はリナとも登下校が一緒になるか。


 それから瞬く間に時間が過ぎ、ホワイトデーが近付いて来たので、お返しをどうするかという悩みが生まれた。


 返すべき数が百を越えるからな、お返しをどう選べばいいのやら……。


「きょーくん、どうしたの?」


 部屋で悩んでいると、イチゴが入って来た。


「ああ、ホワイトデーのお返しで悩んでてな」


「それなら、こういうのはどう?」


 イチゴはレインを通して、俺にお返しのリストを送ってくれた。


 見てみると、いつの間にデータ化してたのか、チョコをくれた相手の名前とチョコの種類、お返しにお勧めな物の候補がびっしりと書かれてた。


「ありがとう、本当に助かる」


 本当に参考になったので礼を言った。


「いいよ、私がお願いした事でもあったからね、じゃあ私の分も楽しみにしてるね」


 イチゴは気にしてなさそうに答えて部屋を出た。


 イチゴの分って……言われて見ればリストにチゴやアリアさんたち顔見知りの分までお勧めプレゼントがあるな。


 ……イチゴとアリアさんへのプレゼントが浮気セックスのハメ撮りってのには色々言いたい事があるが、見なかった事にして自分でプレゼントを考えよう。




 ホワイトデー当日。


 身支度をして部屋を出ると、ドアの前で正座してるアリアさんがいた。目の下にくままで出来たまま。


 デジャブ。


「……アリアさん、今日も寝てないのか?」


「ええ……、お返しを……一番にいただきたくて……」


「そうか。はい、これ」


 同居人にはすぐ渡すつもりだったので、用意してたプレゼントを渡した。


「ありがとうございます……」


 アリアさんは受け取ったプレゼントの梱包をその場で開けた。


「……チョコレート入りクッキー……ですか……」


「ああ、知ってると思うけど、一応手作りだから」


 数日前から厨房を使って作ってたのは同居人の皆に見られたからな。


「ええ……一年目はこんなものでしょうか……。美味しくいただきます……。では、チュー」


 言い終えたアリアさんは、バレンタインの時と同じように唇を突き出して来たので、俺は素直にアリアさんにキスした。


 キスが終わった後、アリアさんはホワイトデーも欠席するつもりなのか、よろよろと彼女の部屋に入って行った。


 それを見送って、居間に出ると同居人が揃っていた。


「みんなおはよう、これホワイトデーのお返し」


 みんなと挨拶を交わして、早速プレゼントを渡した。


 ちなみに全部アリアさんと同じチョコ入りクッキーだ。


 それぞれに違うプレゼントを渡したら、どっちがよりいい物を貰ったのかとかで荒れそうだったから統一した。


 イチゴの分だけもう少し手の込んだ物を用意したかったが、悪目立ちするは避けたかったので、イチゴにも同じクッキーを渡した。


「あら、ちゃんと覚えてたわね。ありがとう」


 ユカもアリアさんと同じくプレゼントの梱包をすぐ開けた。


「ああ、あんたが作ってた手作りのクッキーか。美味しくいただくわ」


「ありがとうございます、兄さん」


 二人はすぐお礼を言ったけど。


「えっ、私へのプレゼントもこれ?私が希望してたのは?」


 イチゴだけは不服そうな感想を返した。


「流石にあれは無理だから、今年はそれで納得してくれ」


「……分かった。クッキーありがとね」


 そうして何とかイチゴに納得して貰った後、朝食を済ませて家を出る。


 ちなみに今日はアリアさんやリナだけでなくユカも学校を欠席するみたいだ。


 何故なのか理由を聞いたら、


「貰う覚えのないホワイトデーのお返しを貰って変な既成事実作られるのも嫌だから」


 だそうだ。


 なるほど、そういう事もあるんだな、と納得した。


 頻繫に欠席する訳でもなく、今日だけならばと俺も口うるさい事は言わなかった。


 アリアさんだって、三学期に入ってバレンタインと今日で二度休む訳だからな。


 リナが作ってくれた朝食を食べた後、登校するため家から出発した。


 お返しプレゼントが大量に入った重たい紙バック二つを両手に持ってマンションの玄関に出ると、小林さんと鈴木さんがいた。


「二人共、どうしてこっちに?」


「今回もバイト。荷物を持ちに来たの」


「ウチはついでかな。佳代っちから割がいいって聞いたから、アミっちに譲って貰ってね」


 なるほど。今日もイチゴに手伝いを頼まれたのか。


 こっちに来たのは、俺がプレゼントを持ち込んで渡す辺りとかはバレンタインと訳が違うから合わせてくれたみたいだ。


「ではありがたく。こっちを持ってくれ」


 仕事で来たのならば、と俺は片方の紙バックを差し出した。


「ホワイトデーのお返しは?」


 小林さんが首を傾げて聞いた。がめついな。


「それは教室に着いたら、伊藤さんたちと一緒にな」


 俺の答えに納得したのか、鈴木さんが紙バックに手を伸ばす。


「はいよ。……っておっも。カヨっち、一緒に持って」


「分かった」


 女の子には厳しい重さだったのか、鈴木さんと小林さんは紙バックの持ち手を片方ずつ手に持った。


 そのまま三人で学校に向かうと案の定、校門前に女子の群れが出来ていた。


「やー、ほんと凄いねー」


「お仕事本番の時間」


 鈴木さんが感心する傍ら、小林さんは鞄からリストらしきA4紙の束を取り出して俺に渡す。


 そして俺たちは女子の行列を消化し始めた。


「君、名前は?」


「はいっ、〇〇です!」


「〇〇さんね。……はい、こちらお返し。バレンタインのチョコ、美味しく食べたよ」


 ……イチゴのチョコの糧としてだが。


「ありがとうございます!」


 そしてバレンタインとは逆の感じで、順番に並んでいる女子の名前を聞いて、リストと合ってるかチェックして、バレンタインのお礼の言葉と共にホワイトデーのお返しプレゼントを渡す。


 当たり前だが、お礼を言ってプレゼントをを渡すのは必ず俺がやった。


 そういうのを小林さんたちと手分けしたら人としてまずいからな。


 プレゼントの中身は、通販でまとめ買いしたハンドクリームだ。


 イチゴがお勧めしたリストで選んだちょっとしたブランド物で、女性が持て余す物ではないと思って選んだ。


「えっと、〇〇さん?君からはバレンタインにチョコを貰ってないんだけど」


「えー、嘘でしょ。ちゃんと渡しましたー」


 プレゼントを返す最中、稀にリストにない女子、つまりバレンタインにチョコを貰わなかった女子も嘘ついてプレゼントを強請って来る事もあった。


「……まあいいか。はい、君はこっち」


「やり!ありがとね!」


 ただ、事前にイチゴからそういう相手もいるだろうと聞いたので、お堅い事は言わず義理チョコならぬ義理プレゼントを渡した。


 義理プレゼントの中身はハンドクリームよりもずっと安いイヤリングだが。




 何とか授業が始まる前に校門前のグループを消化し切った後、教室へ向かう。


「疲れたわい……」


 俺の手伝いをしながら、女子たちの嫉妬を躱すのにゲッソリとした鈴木さんが愚痴を漏らした。


「今年はまだ一年目。後二年で二回ある」


「それは言わんでくれよ……。あー、次はケイコっちも巻き込もうっかなー」


 何の慰めにもならない小林さんの言葉に、鈴木さんはさらにげんなりした。


「あ、おはよう葛葉くん」


「おはようみんな。こちらホワイトデーのお返し」


「ありがとう」


「ウチらも!」


 教室に着いた後、伊藤さんたちクラスメイトにもお返しのプレゼントを渡す。


「ああ、君たち四人には手作りのクッキーと、他の子たちと同じハンドクリーム。どっちがいい?」


 一応、他の子たちよりも親しい友達だから伊藤さんたちのプレゼントはクッキーで用意したが、ハンドクリームの方を好むかも知れないから聞いてみた。


 イチゴたち同居人は、普段これよりもいい物をアリアさんが手配して使っているから聞かなかったが。


「えっと、どうしよう……」


 伊藤さんたちが悩む途中、小林さんが手を上げた。


「どっちも、ってのはダメ?」


 そう来たか。


 物にがめついた小林さんらしき意見だな。


「……まあいいか。じゃあ君たち四人にはハンドクリームにクッキーもあげよう。バレンタインの時はありがとうな」


 特に渋る理由もないので、伊藤さん、鈴木さん、小林さん、吉田さんにはハンドクリームとクッキーの両方を渡した。


「けっ、葛葉の野郎、全員にプレゼント返すとか金持ちアピールしやがって」


「しかもリストを用意してたとか、手慣れ過ぎだろ」


「そんな事よりも、アリアさん今日は来ないのかな」


「くっそー、義理プレゼントを渡してポイント稼ごうとしたのに!」


「義理プレゼントって、普通にバレンタインのお返しをしろよ」


「バレンタインにチョコなんて貰ってねーよ!お前らだってそうだろ!」


「……そう言われればウチのクラス、〇〇さんが義理チョコを一部の男子に配った事くらいしか、チョコ貰った男子がいねえな」


「その〇〇さんも今、葛葉にホワイトデーのお返しを貰っているんだけど」


「くっそおおお!これも全部葛葉が悪い!あいつさえいなかったらああ!!」


 俺を中心に出来た女子グループの外側から、男子たちが何やら騒いでいたが……。


 まあ、俺から言える事なんて何も無いし、何を言っても傷口に塩にしかならないだろうからスルーした。




 その日の放課後、せっかくなのでいつメンの四人や都合ローテーションが合う女子たちと一緒に遊ぶ事になった。


「で、今日も森さんを誘ったのか?」


 所が遊ぶメンバーに森さんもいたので彼女を誘ったらしい小林さんに聞いた。


「うん、今傷心してるから、恭一が慰めたら堕とせるかもと思って」


 小林さんが小声でそう答えた。


 バレンタインデーが過ぎた後くらいから、小林さんが森さんをどこからか連れて来る事が増えてたのだが、そういう目的だったのか。


「落とさねえよ」


 これ以上、ハーレム紛いな人の輪を広げたくないからな。


 こんな日ホワイトデーくらい彼氏と遊べばいいと思うが、どうやら森さんが長岡と喧嘩して振られた事で落ち込んでた所を、小林さんが見かけて誘ってたらしい。


 ……まあ、だからと俺は慰めたりしないが。


 森さんに対しては色々悪いと思う所もあるが、それでも長岡との仲が拗れるのは本人同士の問題だからな。


 結局、俺は森さんとはあまり話さないでカラオケで遊んだ。


「えっと、葛葉さん。今日は楽しかったです。それじゃあ」


「ああ、さようなら」


 ただ、同じ空間で遊んでたからか、別れ際に挨拶するくらいには打ち解けて、森さんは一度頭を下げてから俺たちと別れた。


「あれは半分くらい恭っちに頷いて来てね?」


「恭一、本当に墜とさないの?」


「二人とも、あんまりそういう事言っちゃだめだよ」


 去って行く森さんを見て鈴木さんと小林さんが揶揄うみたいに言って来て、伊藤さんが二人を窘めた。


「……増えたら、私の番が減るから……」


 さらに何か小声で呟いたけど、聞こえなかった事にした。


「繰り返し言うけど、落とさないからな」


 俺は釘を刺す様に言った。


「そう?イチゴが楽しみにしてたのに、私も残念。これじゃ成果報酬が出ない」


 小林さんが残念そうにしてたが、それ聞いたからって気が変わったりしないからな。

 成果報酬って、一体何を頼まれているんだが。


「諦めろ。じゃあまた明日な」


 言い切って、俺はそのまま家路についた。


 ただそれからも、小林さんたちがわざとらしく森さんを遊び仲間に入れる事が増えた。




―――――――――――――――

 これにて二回目の間章は終了です

 結構長々と書いてしまい、間章じゃなくて三章じゃない?って長さになりましたが、本筋とは空気が違う普通?のラブコメ要素が多めでしたので間章のままにしておきました

 本当はここまで長引く予定でもなく、三章は二年生開始視点からと決めていたのですが、その間にありそうでラブコメとして必要だと思うイベントを消化してたら長くなってしまいました

 カヨ、リナとの進展イベントは三章では概要だけ書いて、三回目の間章で詳細を書く予定です

 三章はまたブラック?な感じに戻す予定です


 次の話はIFのだれかさんのEDになります

 受け入れられるかどうか怖いですが、お楽しみください<(_ _)>

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