第15話『一年三学期・バレンタインデー』

 冬休みはマジで大変だった。


 アリアさんは俺と部屋までシェアした勢いで毎晩毎朝俺の部屋にいるし、たまに伊藤さんたち三人の内誰かが家に呼ばれて参加するし、リナにはバレない様に気をつけなければならないし。


 そんな爛れた冬休みもやっと終わり、二月になって三学期が始まった。


 冬休みが終わって平日の朝に登校しなければならなくなった事と、毎日やってた反動で、ほぼ毎日行われた情事は大分落ち着いた。


 学期明けにアリアさんに聞いた事だが、長岡の奴は一人だけ隔離されて模試で学校の平均点を上げる勉強マシンというか飼い殺しな状況になったらしい。


 まあ、あいつの事を気にする理由も無いか。


「きょーくん。明日はバレンタインデーだね」


 夕方に居間でくつろいでいたら、イチゴがそんな事を言って来た。


「確かにそうだったな」


 そもそも三学期が二月から始まるから、バレンタインが来るのもすぐだった。


「お願いがあるんだけど、明日貰えるチョコは全部貰って欲しいの。カヨちゃんと吉田さんにも手伝いをお願いしておいたから」


「……分かった」


 何故、とかは聞かない。


 浮気しろとか、彼女を増やせなんて無茶に比べたら優しいくらいだしな。


 ……何の目的か前もって聞くのが怖いってのもあるが。




 バレンタインデー当日の朝。


 身支度を済ませて部屋を出たら、部屋着のアリアさんが正座していた。


「うわっ、アリアさん!?」


「はい……。おはようございます……、恭一さん」


「ああ、おはよう」


 マジでびっくりした。


「こちら……、バレンタインチョコレート……です」


 アリアさんがスッと、梱包された箱を差し出した。


 心なしかアリアさんのテンションが低く、目の下にくまが見える。


「アリアさん、もしかして、寝てないのか?」


「ええ……、恭一さんに一番にチョコレートを……お渡ししたくて……」


 それで徹夜とか、言っちゃあ悪いが重くて引くんだが。


「そうか。ありがとうな」


 とにかく素直にチョコを受け取った。


「……チュー」


 すると何故かアリアさんが唇を突き出して来た。


「ん?」


「チョコのお礼とお休みのチューをしてください」


 お休みって、もしかして今から寝るつもりか?


 徹夜したアリアさんを待たせるのも悪いので、何か聞くよりも前にすぐアリアさんにキスした。


「ん……、ありがとうございます……、ではお休みなさい……」


 アリアさんはよろよろと立ち上がった。


「今から寝るのか?学校は?」


「今日は……欠席します……。恭一さんに虫が群がりそうなのは……イライラしますが……、今日くらいは多めに見てあげます……」


 そのままアリアさんは自分の部屋に入って行った。


 俺も一回部屋に戻ってアリアさんのチョコを机の上に置き、また部屋を出て居間に向かった。


 居間にはイチゴ、ユカ、リナが揃っていた。


「おはようみんな」


「ええ、おはよう」


「おはよきょーくん」


「おはようございます、兄さん」


 この共同生活を始めてから大分経ったので、みんなと慣れた調子で挨拶を交わした。


「はい、これバレンタインチョコよ」


「あたしもです」


「ありがとう」


 早速ユカとリナがチョコを差し出したので、受け取った。


 あとでまた部屋に置くか。


「あえて言っておくけど、ホワイトデーのお返しをすっぽかしたら承知しないからね」


 ユカが釘刺す様に言って来た。


「お返しはもちろんするけど……何かあったのか?」


 この二人が昔チョコを渡す相手だとすると、あの長岡絡みだとは思うが。わざわざ言うとは、まさか……。


「あはは、……あのバカ兄貴、何度かお返しをすっぽかした事があるんですよ」


 リナが乾いた笑い声と共に答えてくれた。


 はあ……やっぱりあいつがやらかしてたのか。


「ふん、その後しばいて埋め合わせさせてたけどね」


 思い出して怒りが湧き上がったのか、ユカは不機嫌そうに付け加える。


「……そうか、気を付けるよ」


 俺としてもあまり他人事ではないので戒めるように答えた。


 俺とイチゴもお互いバレンタインとホワイトデーに慣れ過ぎてスルーしかけた事があったからな。


「ええと、イチゴは?」


「私のチョコ?それは放課後のお楽しみ♪」


 イチゴは悪戯っぽく笑った。


「そうか」


 時間が掛かる物なんだろうか。


 素直に楽しみにしておこう。


 その後は食事当番だったユカが作ってくれた朝食を食べて、それぞれ家を出た。


 同居の事は内緒にしてるので、イチゴ、ユカ、俺の順番に時間をずらして行く。


 ちなみにリナの中学校はもう自由登校が始まっていてリナは学校に行かないみたいだ。


「どうせ、チョコを渡す相手もいないのに、集られるのが目に見えてますから」


 だそうだ。


 一人で校門前に着くと、何故か女子生徒たちが群がっていた。


 その中には小林さんと吉田さんもいたので、声を掛けてみる。


「おはよう小林さん、吉田さん。この集まりって何だ?」


「おはよう。こちらは皆葛葉にチョコを渡そうとする女子たち」


「あはは、大人気だねー」


 もしやと思ったが本当にそうだったか。


 二学期の途中まで俺の人気はあまり高くなかったが、やはり学園祭のライブステージの影響だろうか。


 って、よく見ればウチの高校の制服じゃない子もいるじゃないか。


 まさかホワイトデーにもこっちに来るつもりか?


「取りあえず葛葉にチョコを渡したい子たちのリストをまとめておいた。名前を呼んでチョコを貰ってね」


 小林さんが俺にA4紙に名前が掛かれたリストを渡した。


 そういえば、イチゴが小林さんたちに手伝いをお願いしたって言ってたな。


「ああ、ありがとう」


「バイトだから別にいい」


 バイトって、イチゴから給料貰うんかい。


 とにかく、俺は小林さんの言う通りにリストから名前を一人ずつ読み上げて、チョコを貰った。

 その後リストに名前の無い女子もいたので、一人一人リストに名前を書き残しながらチョコを貰った。


 その総数およそ七十個。


 流石に嵩張り過ぎるのでどうした物かと悩んでたら、警備の人が一度預かって家に送ってくれると申し出てくれた。


 多分だが、アリアさんが手を回してくれたんだろうか。


 俺は素直に好意に甘えてチョコを預け、小林さんや吉田さんと教室に向かった。


「そういえばこれ、私からのチョコ」


「あっ私も!」


「ああ、ありがとう」


 小林さんは如何にも思い出したって感じで俺にチョコを渡し、それに吉田さんも乗っかった。


「おはよう葛葉くん。これバレンタインチョコ」


「葛葉ッち、こっちは私からね。お返し楽しみしてるから!」


「ありがとう。ホワイトデー、楽しみにしておいて」


 クラスの教室に入ると、伊藤さんと鈴木さんにもチョコを貰った。


 続いて校門に居なかったクラスメイト女子だちからもチョコを貰った。


 それから休み時間ごとにちょくちょく女子生徒が訪れてチョコを渡して来て、放課後になると四十個くらいのチョコが溜まった。


「ちっ、葛葉の野郎。いい気になりやがって」


「俺、〇〇さんからチョコ貰いたかったのに、なんで葛葉ばっかり……」


「俺は花京院さんから義理チョコでも貰いたかったんだけど、休みか……」


「いいじゃないか。それなら葛葉も貰えないからよ」


 男子たちが陰で色々言ってる。


 すまんな。アリアさんからは今日いちでチョコ貰ってるんだ。


 貰ったチョコを吉田さんが用意してくれた紙バックに入れて真っ直ぐシェアハウスに帰った。


「お帰りなさいませ、恭一さん」


 居間に入ると、ソファでのんびりしているアリアさんに迎えられた。


「ああ、ただいま。調子は大丈夫なのか?」


「ええ、少し寝たらすっきりしました。心配してくださってありがとうございます。……所で、私のチョコレートは食べていただけましたか?」


「あー、悪い。まだ何だ。部屋に置いたままでな。今から食べようか?」


「いえ、そこまで負担を掛ける訳には。恭一さんの楽なタイミングで食べていただいて感想を言ってくだされば大丈夫です……それに、しばらくは糖分に事欠かないでしょうから」


 アリアさんがやや冷たい目付きで、俺が手に持ってる紙バックと、居間の隅にあるチョコレート箱の山を見回した。


 恋人を差し置いてチョコを大量に貰うとか、流石にアリアさん相手だとしても気まずいな。


「ただいまー!きょーくん、チョコ貰った?」


 その時、イチゴが帰って来てすぐ俺に詰め寄った。


「あ、ああ。これとあれ」


 俺は戸惑いながら手の紙バックと、居間の隅のチョコの山を指した。


「そう、じゃあ借りるね」


 イチゴは有無を言わさず紙バックをかっさらい、さらにチョコの山も抱えて厨房に入った。


「イチゴ、何するつもりなんだ?」


 気になったので厨房を覗いて聞いてみる。


 イチゴはチョコの中身を確認して分類しながら答えた。


「このチョコを使って私のチョコを作ろうと思って。楽しみにしててね」


「あー、うん」


 本当の彼女イチゴからのチョコの材料が他の女子たちからのチョコとか。


 今までの人生で貰ったチョコの内、今イチゴが作ろうとしてるチョコがある意味一番ヤバそうだと思ってしまった。


「なるほど、そういうやり方が……」


 後ろで見ているアリアさんは何故か感心している。


 ……取りあえず顔見知りのチョコは材料になる前に分けて置こう。


―――――――――――――――

 以下は各ヒロインたちのチョコレートの詳細です


 イチゴ→作り直した各種チョコレートおよそ1か月分(邪悪)

 アリア→高級洋菓子店限定販売の高級チョコレート各種詰め合わせ(いつもの札束アピール)

 ユカ→手作りミルク&ホワイトチョコレート・ハート形(リナ共々、チョコの手作りに慣れている)

 リナ→手作りチョコレート・色んな味の小粒形(ユカと相談して被らないようにした)

 伊藤ケイコ→手作りホワイトチョコレート・焦げ+形崩れ(背伸びしたが実力が足りず、ギリギリまで頑張るも成果で出なくて後から市販のを買う余裕もなかった)

 鈴木ユウリ→デパート売りの企画チョコレート(手作りする自信がないので安パイとして選んだ)

 小林カヨ→コンビニ特売の企画チョコレート(バレンタインの体制を保ちながら最大限コストを抑えた)

 吉田アミ→手作りビターチョコレート・ハート形(運ぶ途中に左右に割れた)


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