第6話『ヘビーな小林の事情・後』

 俺を引き留めた小林さんは分からないと言いそうな顔で聞いて来た。


「どうしてここまでしてくれるの?割と据え膳だったと思うけど手も出して来ないし」


 手を出さないのは彼女がいるからだ。


「友達だからな。マジでどこかも分からない所に家出されると、俺も安心して寝られない」


 というか、この時間まで他の女子と個室で二人きりな視点で十分浮気のラインを飛び越えてるが。


「そう。……ちょっと話聞いてくれる?」


 座り直せと、小林さんが自分の隣をポンポン叩いた。


 ここまでしたんだから話くらい聞こうかと思い大人しく小林さんの隣に座ると、小林さんが俺にもたれかかって来た。


 驚いたけど、突き放す空気じゃなかったのでそのままに。


 どう話すかを考えているのか、小林さんは少しの間沈黙してから口を開いた。


「……私のお母さん、外国の人みたいで、私のこの髪も地毛。……どの国かは分からないけど」


 小林さんは肩の少し上まで伸びてる自分の赤い髪を弄って見せた。


「そうか。眉毛とかも赤いから、もしかしてとは思ったが」


「うん。これだけでも私はお母さん似。でも、お母さん、浮気して家を出たの」


「………」


 おっもい。


 何とも言えん。


 こっちの内心を察したのか、小林さんは俺の感想を待たずに言葉を継ぐ。


「それから、お父さんが今まで一人で私を育ててくれてた」


 ウチの高校は学費が高いのに、小林さんを男手一人で育てて進学させたとか、給金の高い職業の人だろうか。


「でも中学を卒業する頃、お父さんに新しい恋人が出来た」


 おっと、また流れが重くなって来たぞ。


「新しい恋人の人はあまり態度には出さないけど、浮気してお父さんを捨てた、前妻に似た子の私があまり気に入らないみたい」


 小林さんはそのお母さん譲りと言ってた赤毛をいじり続ける。


 ああ、これはドラマとかでよくある、親の再婚で居場所がなくなる子供の典型的なあれか。


 安易に型に嵌めると嫌がるだろうけど。


「そしてお父さんに進学させて貰った悠翔高校で、葛葉を見て色々丁度いいと思った」


 ここで俺が出るのか。


「色々って?」


「色んな女の子と遊んでるって噂で、実際遊んでる感じの子たちに囲まれてたから、そこに入れば私の髪もそこまでおかしくは映らないと」


「なるほど」


 確かに固定グループの友達になった子たちは大体髪の毛を染めてるからな。


「それにちょっとヤケになってたから、悪い遊びとかにも誘って貰えると思ってた。それは肩透かしだったけど」


「おい」


「あと遊びに行く時、毎回全部奢ってくれるのが良かった。お父さんから貰ってるお小遣いは、家を出る時の為に貯金してたから」


「………」


 俺はカモ扱いされて怒るべきか、小林さんの事情に同情するべきか。


 今の所は後者の気持ちが強いけど。


「あと現物で買って貰った物は転売とかも出来るから」


「流石にそれは怒るぞ?何で言うんだ?やるならこっそりやれよ」


 しかも今日だって小物とか服を買ってあげたというのに。


「ごめんなさい。でも葛葉は誠実に接してくれたから、私も少しは誠実さを見せるべきかと」


「……もういいよ。俺に見つからない様にやれば、怒ったりはしない」


 イチゴの金で買ってあげたプレゼントを遊ぶ金目当てで転売してたら切れただろうが、事情が事情だからな。


「ありがとう。そういう訳で、私はいつか家を出るつもりだから、誰かと付き合うとかも考えられなかった。……後、彼氏が出来たら葛葉に寄生出来なくなるし」


「一言多いんだよ」


 でもおかげで言い返せるくらいには気持ちが軽くなった。


「そういう訳で、高校を卒業するまでは葛葉に寄生させて欲しい」


「堂々と言ってくれたな。……ちょっと考えさせてくれ」


 そう言って、スマホを手に取りイチゴとのチャットを開いた。


『聞いてたか?』


 盗聴アプリで聞いていたのかを問うと、イチゴはすぐ返事した。


『聞いてたよ』


『どうする?』


 正直、ここまで入れ込んだ事情を聞いてしまったからには、小林さんを突き放す事が出来ない。


 俺も大概甘い人間だな。


 でも小林さんが俺に寄生して吸い出す金って、イチゴの金なんだよな……


『いっそアリアちゃんと相談して金で囲う?』


『そこまではやめてくれ』


 女の金で女を囲うとか、マジであいつを思い出してしまうから。


『残念。じゃー、今までみたいな感じでいいよ。でも一回小林さんを私に直接紹介して欲しいかも』


『わかった』


 それでチャットを一回締めてスマホを下ろし、不安そうにしてる小林さんと向き合った。


「今までみたいな感じで続くなら、俺は気にしない」


「そう、ありがとう。それじゃ、これは私からのお礼」


 そう言って、小林さんは流れる様に俺の頬にキスした。


「………は?」


 不意打ち過ぎてまるで反応出来なかった。


「小林さん、どうしてこんな事を?」


「葛葉に寄生するのって、ある意味付き合って貢いで貰ってるようなものだから。体でお礼……みたいな感じ。恵子には悪いけど」


 何故ここで伊藤さんの名前が出たのか、藪蛇は突かない。


「体でお礼とか、俺は求めてなかったけど」


「私がしたかっただけ。それじゃこれからもよろしくね、恭一」


 小林さんは笑顔で俺の呼び方まで変えて来た。


 最近、よく女子からキスされるなー、上段ガードが甘いのか?


 今更突き放す事も出来ず、そんな事を考えて半端な現実逃避ばかりした。


「色々吐き出したらすっきりした。今日は家に帰る」


 小林さんは言葉通りすっきりした顔で立ち上がった。


 もう明日の朝までの料金を支払った後だが……、外泊するよりはいいから勿体ないとか言えないか。


「葛葉、家まで送って?」


「……まあ、遅い時間だからな」


 俺はそのまま小林さんと一緒にネカフェを退出して小林さんを家まで送った。


 小林さんの家に着いた直後、小林さんのお父さんが心配してたのかすぐ玄関ドアから飛び出し、俺と鉢合わせてしまった。


 今日、小林さんのお父さんの恋人が家に来てたらしいが、もう帰ったみたいだ。


 当然俺と小林さんの関係を問われ、


「私の男。今まで一緒に遊んでた」


 と小林さんが答えてしまい、小林さんのお父さんに睨まれてしまった。


 まあ、娘を遅い時間まで遊びに連れ回した男が良く見えるはずもないか。


 しかし小林さん、言い方がわざとらしくないか?


 確かに恋人じゃなくて、寄生して貢がれたり、それを体で返すとか言ってる関係だから広義では「男」で間違ってないだろうが……


 君のお父さん、俺を悪い彼氏だと思ってるぞ?


 まあ、お父さんが小林さんを大事にしてるのが分かって安心したし、これをきっかけに色々話し合えればいいのだが。




 それから次の平日の学校。

 学校で小林さんを空き教室に連れ出した。


「恭一、これって逢い引き?」


「違う。紹介する相手がいるんだ」


「二人ともお待たせー」


 途中まで勘違いされてたけど、すぐ後にイチゴが到着して誤解も解け、お互いを紹介した。

 と言ってもクラスメイトだけど。


「きょーくん。ここからは女の子同士の話だから、先に帰っててね」


 で、女子だけで話し合うと言われて空き教室を追い出されて、俺は二人の間にどんな話し合いがあったのか何も知らない。


 ただ、その後から休み時間でたまに小林さんと二人きりになると。


「恭一、キスしよ?」


「小林さん、それは……」


「違う、佳代カヨって呼んで」


 と、人前では苗字で呼び合ってたのを隠れて名前で呼び合う事や、さらに積極的にスキンシップを求められ、どんな話し合いがあったか大体察した。


 イチゴ……、アリアさんやユカにはどう説明するんだこれ。


 ううっ、胃が痛い。


―――――――――――――――

 明日からは文化祭の小話を三回分更新いたします

 最後には伊藤さんの出番も……?

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