第5話『ヘビーな小林の事情・前』

 ある金曜日の放課後。


 久しぶりに伊藤さんたちと遊びに行こうって話になった。


 それで教室を出ようとしてたら、


「ごめん、用事があるから後から合流する」


 小林さんがそう言って先に教室を出た。


 用事があるからパス……はしないみたいだが。


 思えば小林さん、クラスメイトのグループで遊ぶのに抜けた事がほとんど無いな。


「葛葉っち、気になるん?」


 小林さんを見送ってたら、鈴木さんに声を掛けられた。何故かいやらしい顔で。


「いや、俺は小林の彼氏でもないし、用事を一々気にしたりはしないが」


「ふ~ん?佳代かよっちが告白されるとしても?」


 佳代って確か小林さんの下の名前だったな。


「告白?」


「そ。今日の朝、佳代っちが下駄箱から手紙を取り出してたのを見たのさ」


「なるほど」


 確かに十中八九告白だろうな。


「で、遊びに行く前に、佳代っちが告白される所、覗きに行かない?」


「鈴木さん、それは行儀が悪いよ」


 話を聞いてた伊藤さんが注意したけど、鈴木さんは反省する素振りを見せない。


「いーじゃん!学校一のイケメンな葛葉っちの取り巻きやってる佳代っちに告白する勇者がどんなんか気になるし、佳代っちは彼氏出来たらいつも奢ってくれる葛葉っちと距離置く事になると知ってて、告白を受けるのか断るのかも気になるもん!」


 言ってる事は分かるが、俺、出汁にされ過ぎじゃないか?


「そんな事言ってると、鈴木さんは今日連れて行かないからな」


「あっ、それは勘弁して!」


 それで鈴木さんを連れ出し、他に伊藤さん、吉田さん、そして都合とローテーションの会うクラスメイトの女子たちと一緒に遊びに向かう。


 玄関を出て校門に着いた頃、小林さんが追い掛けて来てこっちに合流して来た。


「お待たせ」


「用事は済んだのか?」


「うん、問題ない」


「そうか、じゃ行こうか」


 そのまま小林さんも一緒に校門を出て、繁華街に向かう。


 今日は雑貨屋をハシゴしながら女子たちが気に入った小物を買ってプレゼントして、その後は近場のカフェで軽食を取りながら最近あった事や流行ってる物を話題した他愛のない話で盛り上がり、いい時間になって解散する運びとなった。


「じゃ、また学校でね!」


 いつメン以外の女子も入れて遊ぶのも慣れたものだと思いながら女子たちを見送ったけど、小林さんだけが暗い顔で俺の隣に残っていた。


「どうした?小林さん」


「……今日はちょっと家に帰りたく……ううん、帰り辛い」


 聞いた俺を困らせたくなかったのか、小林さんは途中で言い直した。


「そうか。……もう少し遊んで行くか?」


 俺の提案に、小林さんが目を大きくした。


「……ついに私を食うの?」


 なんて事言うんだ、この子は。


「食わねえよ。少しの間だけ避難先になるだけだ。何の解決にもならない気休めだけどな」


「そう。じゃあホテル行く?」


「だからそういうのじゃないって」


「私、未開通の新品だけど?」


「往来でそういう要らん情報を言うな……ネカフェに行こう。俺は金出して途中で帰るから、小林さんは明日の朝まで好きなだけいればいい」


「……ありがとう」


 そして小林さんと一緒に歩き出そうとした時。


「ちょっと待って!」


 知らない人に声を掛けられ、足と止めて振り向いた。


 見ると、同じ悠翔高校の制服を着た男子がいた。


「こ、小林さん!そいつと二人きりでどこに行こうとしてるんだ!」


「知ってる人か?」


 小林さんの知り合いみたいなので聞いてみると、小林さんはどうでも良さそうに答えた。


「放課後に告白して来た人。断ったけど」


「そうか。じゃあ他人か」


「うん、他人」


「そんな……」


 俺と小林さんの掛け合いに、男子生徒が顔を歪める。


「小林さん!俺の告白を断ったのって、そいつがいるからなのか!?」


「……そうだと言ったら?」


 小林さんが冷たい声を返しつつ、俺の腕にしがみつく。


 本当はそんな仲じゃないが、勝手に誤解して貰った方が楽だと思い、俺も訂正しなかった。


「そいつは止めた方がいい!さっきだって女子ばかり侍らせてたし、女をとっかえひっかえしてて、他の女子と二人きりで遊んでる所を見た事だってあるんだ!」


 なんだ、小林さん狙いかと思ったら俺のストーカーか?


 ……まあ、目立つから見つかっただけだろうが。


 ただ、少なくとも今日は俺たち……というか小林さんの後をつけてたのは間違いなさそうだ。


「で?」


 小林さんは淡々と聞き返す。


「え?」


「それが全部本当だったとして、どうしてあんたが口出しするの?」


「それは……俺が小林さんの事が好きだから……」


 そこでたじたじするなよ。好きなら堂々としてろ。


「そう。でも私は土足で人の都合に干渉する人は嫌い。行こ葛葉」


「うん、ああ」


 小林さんに腕を引っ張られて、俺たちは男子生徒を放置して歩き出した。


「ちきしょぉ……、どうしてイケメンばかり……」


 男子生徒は恨み言を言うだげで、特に俺たちを追って来たりはしなかった。


 すまん。でもこれは顔じゃなくて金の問題だと思うんだ。なんて思う俺もイチゴのヒモみたいな状況だけど。


 ネカフェに行く前、時間も遅くて一泊するかも知れないのに制服のままでは不味いと思い、手近なアパレルショップで適当な上着とトップスを買って着替えた。

 ズボンとスカートはそのままだけど、ありきたりなデザインなので上の方だけ変えれば誤魔化せるだろう。


「ありがとね葛葉。大事にするから」


 いつもの事だが、小林さんの服の代金も俺が出したので、お礼を言われた。


「その場凌ぎで買っただけだから、気にしなくていいぞ」


「ううん。服だって安くないから」


「……そうか」


 俺が彼女イチゴの金を使って他の女の子に買ってあげた服を大事にされるとか。


 色んな罪悪感で胃が捻じれそうだ。


 イチゴにはこっそり報告してたから知られてるんだけど。


 何なら学生二人で一泊するのに丁度良さそうなネカフェの情報も貰ったんだけど。


 最後のメッセージが『GO』って何だよ。


 しないからな。


「ふう………」


「?どうしたの?」


 一人で気落ちしてると、小林さんに不審そうにした。


「いや、何でもない。行こうか」


 誤魔化して小林さんを引き連れ、イチゴの情報にあるネカフェを見つけて入った。


 イチゴの紹介だから心配したが、そのネカフェはそういう雰囲気は感じさせない清潔な場所だった。


 俺と小林さんは年齢あたりを誤魔化して一泊出来る時間分の料金を支払い二人用の個室に入った。


 個室では色っぽい事など無く、小林さんの希望によってパソコンで配信サイトに入ってひと昔前の子供向けアニメを呆然と見た。


 何故このアニメかと聞いてみると、


「これ、子供の頃に家で一人で留守番してた時に、お母さんに『これでも見て待ってなさい』って言われてよく見せられてたの。そしてお母さんは遊びに出かけたけど」


 という事らしい。


 ちょっと重くない?


 ただでさえ今プチ家出中だというのに。


 アニメを五話分くらい見終わると、そろそろ本気で遅い時間になり始めた。


「じゃ、そろそろ俺は帰るけど、……まあ何だ。明日は無理に学校に来なくていいし、どうしても家に帰り辛かったら、俺か伊藤さんたちに連絡してくれ」


 そう言って個室を出ようとしたら、服の裾を掴まれて小林さんに引き止められた。

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