第14話『中間テストに賭ける物』

「はぁ………」


 憂鬱だ。


 またもイチゴ以外の女子と関係を持ってしまった。


 しかも最後まで。


 いざ本番になると起たなくて中断、ってなるかもと思ったけど、ちゃんと起ったので最後までしてしまった。


 最大限、初めてっぽい斎藤さんに気を遣って優しく。


 いや確かに、幼馴染相手に失恋した斎藤さんに同情したのはあるし、イチゴに色目を使った長岡に煮え湯飲ませたい気持ちもあったからやってしまったのだが。


 アリアさん相手ではダメだったのに、斎藤さん相手では何故出来たのか謎だ。


 大丈夫なのか、俺の貞操観念。


 ………


 ………


 忘れよう。


 斎藤さんとはあれ一回だけのつもりだし、向こうも今頃後悔して忘れようとしてるかも知れない。


 幸い盗聴アプリで聞いてたはずのイチゴは怒る所か喜んでいるし、アリアさんにバレたとしてもそれで愛想尽かしてくれるならむしろ助かる。


 とにかく今は中間テスト対策だ。


「ねえ葛葉。今日もウチに来て勉強見て欲しいんだけど」


 今日の勉強会が終わった後、またも斎藤さんの部屋に誘われた。


 前日のアレで気まずくなってもう無しになるかと思ったが。


「またか?前回あんな事になったのに、よくも誘えるな」


「だって、本当に成績が不安だから……。大丈夫よ、今日は親もいるからそういう事はしないわ」


「逆に君の親と会うのも不安なんだが」


「何よ。今更手の平返す訳?一回ヤったから用済みって事?」


 斎藤さんが睨んで来る。


 確かにこのまま距離を置くとヤリ捨てみたいで後味悪いな。

 

「分かったよ。でも本気で今回のテストまでだからな?」


 結局、俺が折れた。


「何でそんなに嫌がるの?どうせなら喜びなさいよ」


 どうも斎藤さんは俺の態度が気に入らないみたいだけど、機嫌を伺う理由もないのでスルーした。


 そうしてまたも斎藤さんの部屋に行く事に。


 斎藤さんは勉強優先で俺とした事を忘れたのかと思ったが、電車で移動中に何度もこっちをチラチラ見ててばっちり意識してたから、割り切った訳ではなさそうだ。


 気まずさよりも勉強の方が切実なのか、それとも他に意図があるのか斎藤さんの考えは分からないがな。


 斎藤さんが言った通り、今日は彼女のお母さんが家に居て鉢合わせし、「修二くんはいいの?」とか言われて何か誤解されたけど斎藤さんが「勉強するだけ」と言って彼女の部屋に移動した。


 でも勉強の途中に何度か斎藤さんのお母さんがお菓子とジュースを持って急に入って来たりして探って来るのを見ると、俺と斎藤さんの関係を疑われてるんだろうな。


 正直俺でも疑うから。


 そんな感じで斎藤さんの部屋で延長勉強会をして五日目。


 今日は斎藤さんの両親が二人とも家を空けてて、初日みたいに斎藤さんと二人きりになった。


 とは言っても勉強する事に変わりはない。


 皮肉な事に、少し慣れて来たしな。


「ねえ、葛葉」


 ……と思ってたら、斎藤さんが後ろから抱き付いて来た。


 やめろ、その化け物みたいな胸を押し付けて来るな。わざと意識から外してたんだぞ。


「あんたって、私と最後までしたくせに彼氏面とかしないわね」


「そういう関係じゃないからな」


「ちょっとくらいしてもいいんじゃないの?」


 これって、もしかしなくてもアプローチされてるのか?


「あれは一回だけだったし、もうしないんだろ?」


「そんな約束して無いじゃない。私、また忘れられないの。修二に失恋した痛みとか、それであんたに抱かれてた間だけ忘れられた事とか」


 斎藤さん……まさか俺に本気になってないよな?


 正直、同情で相手してただけで口説いた覚えが本気で無いんだが。


 やっぱ顔か?


 それとも長岡に失恋した自分への自傷みたいなものか?


「………」


 チラっとテーブルの隅に置いた自分のスマホを見る。


 二十四時間ずっとではないが、この時間に俺が斎藤さんの部屋で勉強してるのはイチゴも知ってるから、盗聴アプリで今の会話も聞いてるはずだ。


 そんで、何かアウトな事柄があったら電話なりメッセなり来るはずだが何も無い。


 イチゴからしたらOKって事か。


 まあ、そもそも俺に長岡から斎藤さんたちを奪って欲しいって言ってたしな。


 長岡を痛い目に遭わせるのは構わないが、その手段で俺が他の女に手を出すのは色々思う所があるが。


 一回だけで十分だろう、流石に。


「……やっぱりしない。勉強どころじゃなくなる」


「えー、本当に?この年頃の男子って性欲有り余ってるって聞いたのだけど」


 それは間違って無いんだが、イチゴがいるから間に合ってるんだよ。言えないが。


「斎藤さん、今回も成績落としたら特待生維持が危ういんだろ?」


「うっ……」


 斎藤さんが痛い所を突かれた風にたじろぐ。

 でもすぐ気を取り直した。


「それじゃ!私が中間テストで特待生を維持出来るくらいの成績を取ったら、そのご褒美という事で!どう?」


 何がご褒美なのか。


 そもそもご褒美でそういう事する関係でも無いのだが。


「……分かった。いい成績を取ればな」


 ただここで言い争って勉強が進まなくなるのも面倒だからこの場は頷いた。


 テストが終わった後で手の平返せばいいだろう。


「やった!じゃあ頑張るから!」


 斎藤さんは本当にモチベが上がったみたいに、俺から離れて勉強を再開した。


 そんなに俺とやりたいのか……?


 やる気になったのはいいが、長岡の事は本当にもういいのか?


 幼馴染なんだろ?そんなに簡単に諦められるのか?


 そんな事を思いながら、俺は斎藤さんの変化に納得出来ないでいた。




 特筆する事なく時間が過ぎ、中間テストも終わってテスト用紙が返って来た。


 点数は……うん、問題ない。普段通りの高得点だった。

 というかちょっと面白い点数になったので自慢したいくらいだ。


 今回はイチゴに勉強を教えて貰う時間が減ってたからちょっと不安だったけど、今までの積み重ねが生きた様だ。


「やった!今回も赤点無し!」


「私も無問題」


 鈴木さんと小林さんは騒ぎながら赤点回避だけに満足した。


「葛葉くん、この問題が分からなかったんだけど……」


「あ、私もその問題間違えたんだよね。恭一くんは解けた?」


 その一方、伊藤さんと吉田さんは俺の所に来てテストの問題を聞きに来る辺り、意識の差が見えた。


「ああ、この問題は……」


 俺はそのまま伊藤さんたちとテストの感想会をした。


 そして放課後。


「葛葉っち!遊びに行こ!」


「今日はボウリングで」


 さっそく鈴木さんと小林さんが遊びに誘って来た。


「いや、テスト終わった日からずっと遊んでるけど。期末テストはすぐだし科目も増えるから今から準備しないと苦労するぞ?」


「今日までだから!明日からは控え目に抑えるから!」


「だから奢って?葛葉と遊べば小遣いが浮くの」


 もう遊ばないとは言わない鈴木さんはともかく小林さん、露骨に強請るな……


 まあ毎回奢ってる俺の所為だけど。


 厳密に言えばイチゴの金でだけど。


 そのイチゴが何も言わずに金を出し続けてるからなー


「今日までだからな?伊藤さんと吉田さんはどうする?」


「ごめんね?今日は家族にすぐ成績を見せる約束だから私は無理かも」


「私は大丈夫だよ!」


 伊藤さんはNGで吉田さんはOKか。

 まあ、テスト終わった日からほぼ毎日遊んでたし、全員揃わない日もあるよな。


「あ、葛葉くんたち、今日は私たちも行って大丈夫だよね?」


 それから、いつメン以外にもクラスの女子の何人かが遊びに行くのに参加しに来た。


「……うん、今日はあなたたちの日だから大丈夫」


 そして俺じゃなくて小林さんが答える。


 この二学期。俺と遊びに行くと全部俺が奢る事とか、俺が無理に一線を越えた関係を迫ったりしない事とかいう話がどこからかクラスの女子内に広まって、俺はサイフに優しい上に安心して遊べるイケメンだと評価が変わったのだ。

 ……チャラい事は変わり無いが、ある程度改善したと見ていいだろう。


 けど毎回都合の合うクラスの女子全員と遊ぶのは場所とか資金とか色々厳しいから、小林さんや吉田さんが裏でいつメン以外で俺と遊ぶ女子ローテーションを管理してるみたいだ。


 それを知った時、びっくりして(俺は何様なんだ?)と思った。


 それと、男子はこの遊び会から弾かれる。


 男子相手では経費(というイチゴからの小遣い)が出ないので俺が「男子相手には奢らない」と言った事と、男子が遊び会に便乗して口説きに来るのを嫌った女子たちの意見が合わさった結果だ。


「ちっ、女子とばかり遊びやがってよ……」


「俺、〇〇さんの事気になってたのに……」


 おかげでクラスの男子からは更に恨まれる事になったけど、まあ仕方ない。


 ちなみに恋人のイチゴ……とアリアさんの反応だが。


 アリアさんは「これもきょーくんの評判を回復する活動だから」とイチゴに言いくるめられて、渋々納得しながらも毎回俺を睨んだ。

 そしてイチゴは「そろそろ誰かヤリ捨てる?」とか言って来る始末。


 いや、やらないからな?

 それやったら色々台無しになるからな?


 そんな訳で追加でクラスの女子たちを二人連れて廊下を進んだ。


「あっ、葛葉!今日も遊びに行く訳?」


 その途中、斎藤さんに捕まって聞かれた。


「そうだけど」


「じゃあ、私も一緒にいい?」


「待った」


 そこで小林さんが割り込んで来た。


「小林さん?何?」


「葛葉と遊ぶのは私たちいつメン以外ではローテーション制。割り込みをするとクレームが発生する」


 小林さんが言いながらクラスメイトの女子二人を指すと、その二人は頷いた。


「でもこのローテーションは現状クラス内でだけで組んでるから、クラスの違う斎藤さんを弾くのはちょっと不公平。だから、ある代価を差し出せば参加を認める」


「代価?それって何?」


「それは……」


「そのデカいおっぱいを揉ませろー!」


 小林さんの言葉から、突然鈴木さんが斎藤さんの後ろに回り込んで彼女を胸を鷲掴みした。


「あっ、ちょっ、止めっ!」


「やはりデカい。けしからん」


「ちょっと、私たちも入れてよ」


 そして小林さんも正面から斎藤さんの胸を揉み始め、クラスメイトの女子二人も悪ノリして参加する。


 俺はちょっといたたまれなくなってそっと視線を外した。


 流石に往来のある廊下でやるには問題がある行為だったので、誰かに注意される前に事はすぐ終わった。


「うん、満足。これで斎藤さんの参加を認める」


「アンタたち、覚えておきなさいよ……」


 斎藤さんが涙目で小林さんたちを睨み付けた。


「うんうん、斎藤っちの胸の感触は忘れないよ」


「そっちじゃない!」


 賑やかだなー


 まるっきりセクハラで、イジメに半歩突っ込んでるが。


 近付いて来なければセクハラされる事も無いし、これに怒って距離置かれるならそれもそれでいいけど。


 ともかくそんな事もあって斎藤さんも合流して、玄関に向かおうとしたら。


「葛葉!中間テストの点数を言え!」


 不意に現れた長岡が俺たちの前に立ち塞がってそう叫んだ。

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