第12話『初恋を忘れる』

【Side.斎藤ユカ】


 葛葉に振られた?失意のまま時間が過ぎ、翌日の昼休み。


 いつもの様に葛葉たちのいる教室で葛葉たちと合流して昼ご飯を食べようとした。


 と、その前に。


「ねえ、葛葉」


「なんだ?」


「これ、食べなさいよ」


 私は葛葉の分として作った弁当箱を差し出した。


「弁当?何で?」


 葛葉顔を傾げる。


「助けて貰ったお礼よ。まだ何も出来てないんだから」


「そうか。そういう事なら」


 何よ、そういう事ならって。普通に喜んで受け取るとか出来ない訳?


「手作り弁当って、もしかしてユカっちも本気!?」


「私も弁当作って来ようかな……」


「恵子も作って来る?」


「私はまだ練習中だから……」


 吉田さんたちが騒ぎ出す様子を見るに、葛葉に弁当を作ってあげたのは私が初めてみたい。


 もしかしてリードしてる?


 だったら作って来た甲斐もあるわね。


 元々は修二に食べさせようとして覚えた料理だけど、修二と終わっても無駄にならないのは良かった。


 少しいい気分になって笑った瞬間、背筋に寒気が走った。


「!?」


 誰かに睨まれた気がして周りを見回す。


 確かに好奇の視線は集めてたけど、寒気がするほど強烈な視線の人はいなかった。


 いや、何故かこの教室の隅にだけ置いてある鏡から花京院さんと目があったけど……まさかね、気のせいでしょ。


 気を取り直して自分の分の弁当箱も開けて食べようとした。


 その時。


「葛葉!お前の悪事は全部分かったぞ!ユカを解放しろ!」


 突然修二が教室に怒鳴り込んで来た。


 は?


 何言ってんの、あのバカ。


「長岡、またお前か。俺の悪事って何の事だ?」


 葛葉も呆れた顔で聞いた。


「ユカのイジメの事だ!聞けばイジメてたのはお前のファンみたいじゃないか。ならお前がユカをイジメから助けたのも、お前がユカを口説くためにやったマッチポンプなんだろ?」


 そんな訳ないでしょ。


 私をイジメてたのが葛葉のファンなのはともかく。


 もし本当にマッチポンプだったら、私はとっくに葛葉に食われてるわよ。


 ああ、なるほど。こういうのが嫌だから私のお礼を断ったのね。


 おかげで恥掻いたけど。


「ユカ、もう大丈夫だから教室に戻ろう。あっ、この弁当俺の分なのか?ありが―」


「触らないで」


 私は葛葉の為に作った弁当に手を出そうとする勘違い野郎の手をはたいた。


「え?」


 何が意外なのか、バカ修二が間抜け面を晒す。


「これは葛葉に作ってあげた物なの。あんたの分は無いから」


「そんな、……いや分かった。じゃあそれは置いといて教室に―」


「戻らないわ。今友達とご飯食べようとしたのが見えない訳?」


 目線を回して吉田さんたちを指し示した。


「いや、でも……」


 バカ修二は遠慮がちに吉田さんたちを見回して、小声て話す。


「こういう事言っちゃ悪いけど、この子たちはいつも葛葉と一緒にいて悪い噂も聞くから、ユカまで一緒にされる可能性だって……」


 は?


 人の友達に言っていい事と悪い事があるわよ?


 なるほど、よく理解したわ。


 私と喧嘩した時のリナちゃんもこういう気持ちだったのね。後で謝らないと。


「私がイジメを受けてた時は見て見ぬふりしてたあんたに、私の友達をどうこう言われる筋合いは無いわ。帰って」


「ぐっ……分かった。今は帰る。でも授業には来てくれるよな?」


「当たり前でしょ。さっさと行きなさい」


 追い払う様に手を振ると、バカ修二は悔しそうに葛葉を睨んでから教室を出た。


 なーんか。色々めた感じ。


 好きだったんだよねー、あんなバカでも。


 そりゃ、幼稚園の頃からずっと一緒だったし、根はいい奴で小学校の時は幼稚な悪戯して来る男子たちから庇ってくれてたんだけど。


 いつからあそこまでバカが拗れたのかしら。


 もうどうでもいいけど。


「ごめんね皆。頭おかしな奴の戯言に巻き込んで」


「大丈夫。気にしてないよ」


「稀にある事」


「この前は亜美っちと似たような事があったからなー」


「あはは……」


 吉田さんたちに謝ると、幸いにも特に気にしていない様子で、それから気まずい空気もなく昼ご飯を食べた。




「そろそろ中間テストが近いですけど、斎藤さん、大丈夫そうですか?」


 放課後。生徒会の仕事をしていると、不意に花京院さんから嫌味な事を言われた。


「うっさいわね。ちゃんと勉強してるわよ」


「そうですか。それならいいですよ。今回も成績が振るわない様でしたら、流石に生徒会役員だとしても、特待生資格が剝奪されかねませんが」


 やっぱそうなるのか……


 強がり言ったけど、実は不安が大きい。


 一学期の時に特待生で入学出来て気が緩んだのと、マイと修二の取り合いをしてたから勉強に出遅れてしまって、最近だってイジメで気が弱ってたから勉強出来ていない。


 どうしたらいいのか……、そう言えば葛葉も成績良かったわね。


 一学期の時は十二位だったかしら。決して低くはない。


 それを言ったら花京院さんは二位だし、依藤さんは九位でどっちも葛葉より高いけど、ちょっと頼りづらいのよね。


 花京院さんとはひと悶着あったから気まずいし、依藤さんとはそもそも親しくないし。


 やっぱ葛葉に頼ろう。


 そして生徒会が終わってすぐ、私は葛葉を捕まえてお願いした。


「お願い葛葉。私に勉強教えて!」


「ちゃんと勉強してたんじゃなかったのか?」


 けど返って来たのはやんわりとした拒絶だった。


「あれは強がって言っただけよ。本当はイジメられたりして気が休まらなかったから手をつけられてないの。お願い、アフターサービスだと思って!」


 両手を合わせて頭を下げる。


 人に頭を下げるなんていつ振りだったか。


 葛葉の困惑する息遣いが聞こえて、これでも断られるのか不安になる。


「……分かった。でも今日すぐとかは無理だから、明日から予定を合わせよう」


「ありがとう!」


 安心と嬉しさで、つい葛葉の手を取ってお礼を言った。




 それから数日。

 テスト前というのもあって生徒会活動も少なくなり、放課後に勉強する事になった。


 そして吉田さんたちも入れて何度も勉強会を開いた。


 多人数グループでの勉強会とか、ちゃんと勉強するのか不安だったけど。


 隙あらば遊びたがる鈴木さんと小林さんを除く四人が真面目に取り組んでたおかげでちゃんと勉強が進んだ。


 けど私は特待生資格を維持する為に、平均点を取るだけじゃなくて上位に食い込まなければならない。


 平均点を取るのが目標な吉田さんたちとは目標点が違うし、そんな彼女たちとの勉強会では足りない。


 だから解散する時に葛葉を捕まえてもう一度頭を下げた。


「お願い!図々しいのは分かってるんだけど、今のままじゃまだ不安だからもっとギリギリな時間まで勉強見て欲しいの!」


「……ギリギリまでと言われても、今も十分ギリギリだと思うんだが?」


 そう言って葛葉は日が暮れた夜空を見上げた。


「帰る時間も考えると、今から一緒に勉強出来る場所もないぞ」


「じゃ、じゃあ、私の部屋とか!どう?」


「……正気か?この時間に男を部屋に入れるとか。両親にはなんて言うんだ?」


「勉強見て貰うだけだって説明するわよ。部屋に男入れるのは修二で慣れてるし、そもそもあんたはその気無いでしょ?」


「それはまあ、そうだけど」


「本当にお願い!ウチ、悠翔の学費払う余裕ないから今回も成績落としたら学校にいられなくなるの!」


 両手を合わせて切実さを見せる。


「……少し待ってろ」


 悩む素振りを見せた葛葉はスマホを取り出していじり出した。


 家にでも連絡してるのかな。


「ふぅ……。分かった。今回だけだからな。期末からはこんな事無いようにしてくれよ?」


「ありがとう!」


 そのまま電車に乗り葛葉を連れて家に着いたけど、家に両親はいなかった。


 実は父さんは残業、母さんは友達付き合いで遅くなるとレインで連絡があったけど、それを素直に教えたら葛葉が来てくれないと思って黙っていたのだ。


 実際、家に両親がいないと知った葛葉の顔が大分引きつったし。


 だけどここまで来てしまったからにはすぐ帰ったりしなさそう。


 先に洗面所を借りたいと言う葛葉に洗面所と私の部屋の場所を教えて、私は先に部屋に入って部屋着に着替えたりして葛葉を迎える準備をする。


 その際、ふと窓の外を見た。


 私の家は修二の家と隣同士で、窓からお互いの部屋が見えるという割とベタな配置だ。


 親同士が親しかったから子供たちも仲良くして欲しいって意図があったらしいけど。


 今にして思えばプライバシー侵害な配置よねコレ。


 で、窓から見える修二の部屋で、修二とマイが勉強しながらイチャイチャしてるのが見えた。


 それを見てて、意外と心が痛んだりはしなかった。


 もしかしたら修二がマイと付き合った事で諦めがついて、私の気持ちがもう修二から離れたからかも。


「悪い、待たせた。あっ……」


 考えながらぼーっとしてると葛葉が部屋に来て、窓の外に光景を見て気まずそうな顔をする。


 私があれを見て傷心してるとでも思ってるのかな。それほどでもないけど。


 その瞬間、刹那的に、これは使えると思った。


 私は覚悟を決めて、修二たちに気付かれない様に窓のカーテンを引く。


 そして悲しむ表情を作って葛葉の方を向いた。


「ねえ、葛葉。私、修二とは幼馴染で、彼の事、好きだったのよ」


「……だろうな」


「でもあの時、修二じゃなくて生徒会の方を選んだのが悪かったのかな?あれでちょっとよそよそしくなった間に友達のマイに修二を取られちゃった……。

 私だって、修二が嫌いで見捨てた訳じゃなかったのに!仕方なかったのよ!特待生じゃなくなれば学校にいられなくなって、修二とも離れ離れになってしまうから!」


 言ってる内に、溜まってた鬱憤が湧き出たのか本当に涙が出て来た。


「なのにどうしてこうなってしまったの……」


 勢いのまま葛葉に抱き付いて彼の胸に顔を埋める。


「お願い葛葉。私を滅茶苦茶にして全部忘れさせて……」


 葛葉は静かに私の肩を押して距離を開け、ため息をついた。


「幼馴染に失恋したのには同情するけど……俺としても後悔するぞ」


「もうしてるわよ」


 私は葛葉の首に手を回し、つま先立ちして葛葉の唇にキスした。


 前は他に好きな相手がいるって拒まれたけど、今回は思った通り私に同情したのか拒絶する素振りを見せなかった。


 それに、葛葉が他の子を好きだろうが、ほんとはこっそり付き合っていようが構わない。


 今度こそは奪い取ってでも思いを成就させるって決めた。


 こういう所はマイを見習わないとね。


 その流れのまま私が葛葉をベッドに押し倒す。


 初体験の感想は、最初は凄く痛かったけど、今まで味わった事の無い色んな刺激に無我夢中になり、体も心も葛葉で満たされて心地良かった。


 窓の向こうの修二初恋の事なんて、今までの思い出とひっくるめて全部忘れてしまう程に。


―――――――――――――――

 本来一話につき2500字前後を意識して書いてますが、最近一話で4000字に届く事が増えて読みづらくなってないか心配してたりします

 次はイチゴの裏視点になります

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