第11話『真面目か!』
【Side.斎藤ユカ】
私は最近、イジメを受けている。
最初はシャーペン芯や消しゴムが無くなるくらいで、どこかで落としたのだと思ってた。
でも日が経つほどにエスカレートして行って、体操服や上履きが汚されたり、ロッカーや机にゴミが入れられ始め、女子の間で私の悪い噂まで流れ始めてようやく確信に変わった。
曰く、幼馴染の修二をキープしながらイケメンの葛葉に色目を使ってるとか。
逆に修二にマイと一緒に二股を掛けられてるのにそれも知らないで呑気でいるとか。
私が花京院さんに媚びへつらって生徒会に入り、成績が落ちて特待生じゃなくなるのを止めて貰ったとか。
もう散々。
修二に助けて欲しいと相談したかったけど、私は今修二に避けられている。
理由は二つ。
一つ目は、私が生徒会に残る為に修二を見捨ててしまった事。
二つ目は、修二の二股の噂を聞いた時につい修二に問い詰めてしまい、修二の方は私が花京院さんに媚びたという噂を聞いていたので喧嘩になってしまった事。
修二にこの二つを根に持たれているから。
バカ修二……!
私がどんな思いでこの高校に来たのかも知らないで、私そっちのけで花京院さんの事ばかり追い掛けておいて、私が花京院さんに媚びたって噂に嫉妬するとか、ほんとあり得ない。
花京院さんに色目使ってたのは修二の方でしょ!
もうあんな奴知らない!……って言いたいけど、それでもイジメを受けている今じゃ心細い。
ほんとはすぐにでも修二に助けて欲しい。
小学校の時に私をイジメてた男子たちから助けてくれたみたいに……!
でもそんな私に最悪な話が聞こえて来た。
修二とマイが付き合い始めたって話を。
修二が花京院さんに見返させる方法をマイに相談して、練習として付き合う事にしたらしい。
それって絶対練習じゃないでしょ。
そのまま外堀を埋めて本気で付き合るつもりなんでしょ?
私と修二がこの高校に進学して出来た同じクラスの友達。
仲良くなったきっかけは、マイが電車で痴漢されてるのを修二が助けた事。
マイはその時のお礼を言いに来てそのまま修二と仲良くなり、自然に私とも仲良くなった。
でもマイも修二を狙ってるのは見え見えで、腹を割って話し合い、どっちが修二と付き合う事になっても恨みっこ無しと決めていた。
そうだった……のに。
まさかこのタイミングで抜け駆けされるとは思わなかった。
憤慨してレインでマイに問い詰めたけど、
『先に修二を捨てたのはユカの方だから』
と言い返されて、何も言えなくなった。
そうか……、あの時、私が先に修二を捨てて特待生の方を選んだんだ。
でも仕方ないじゃない。
ウチには今更この学校の学費を払えるお金なんてないんだから。
特待生じゃなくなったらこの学校にいられなくなるし、そうなると修二とも離れ離れになる。
だからあの場だけ、と思って修二に我慢して貰ったのに!
どいつもこいつも私の気も知らないで!
なんて、思っていてもどうにもならない。
何か色々虚しくなって来た。
学校の昼休み時間。
私は憂鬱な気持ちで屋上に上がった。
教室に残して置くとどんな悪戯されるか分かった物じゃないので、鞄も手に持ったままで。
屋上では、数組みのカップルと思わしき生徒たちがベンチで昼ご飯を食べている。
本当なら私だってあんな感じで修二と昼ご飯を食べるはずで、その為に料理だって頑張って覚えたのに……
憂鬱な気持ちのまま、空いてるベンチに座って鞄からお弁当を取り出す。
そしていつもの癖で、修二の分まで弁当を二つ作って来たと気付いた。
私もバカね。修二は今教室でマイと二人で昼ご飯を食べてるのに。
暗い気持ちのまま弁当の蓋を開けようとすると、私の上に人影が差し掛かった。
「よう」
「あんたは……」
顔を上げると、葛葉恭一が目の前に立っていた。
同じ生徒会役員で、見てくれはいいけど女遊びが激しいって噂のチャラ男。
修二の話では修二の妹のリナちゃんがこいつの家に養子に出されたらしい。
夏休みの修二を買い物に連れ出したある日、リナちゃんが葛葉と歩いてたのを見かけ、修二がリナちゃんを連れ戻そうとして喧嘩したのは覚えている。
リナちゃんが葛葉を連れ去った後、修二に訳を聞いたらリナちゃんが葛葉に口に出来ない事を色々されておかしくなった……みたい。
その後電話でリナちゃんに問い詰めてみたけど、修二の味方をする私と葛葉の味方をするリナちゃんで喧嘩になってそれっきり。
今じゃもう連絡も取ってない。
お兄ちゃん子だったリナちゃんがあそこまで修二を毛嫌いする様になるとか、修二の言った通り何かされたとしか思えなかった。
そういう事もあったから、同じ生徒会役員になって最初は警戒してたけど、いざ一緒に生徒会の仕事をしてみれば業務関係以外では話し掛けて来ないから肩透かしを食らった覚えがある。
「大丈夫か?」
声を掛けられて回想から現実に引き戻された。
「何の事よ」
つい厳しい口調で言い返したけど、葛葉は気にしない様子。
「鞄、ここに持って来たというのはクラスの教室は安心出来ないという事だろ?……イジメられてるって噂を聞いた」
まさかこんな時になって修二以外の男に心配されるなんてね。
つい苦笑いしちゃう。
「だったら何?あんたが助けてくれる訳?」
「助けようか?」
「は?」
あまりにも簡単に言ってくれるもんだから、少しカッとなってしまった。
修二にだって助けて貰えないのに、今更こんな奴に助けられても……!
「何よ。弱ってる所につけ込んで私を口説こうとしてる訳?」
「勘違いするなよ。あくまでも同じ生徒会役員のよしみだ。業務が滞る様になっては面倒だからな」
ツンデレか!
私もよく言われるけど、他の人のテンプレなツンデレセリフを言われるとは思わなかった。
もしかして私、狙われてる?
どうせ遊ぶだけ遊んで、飽きたら捨てるでしょうに。
と、葛葉を警戒する考えとは裏腹に、
「……助けられるものなら助けてみせなさいよ。そしたら、お礼してあげなくもないわ」
なんて事を言ってしまった。
ツンデレか!
これじゃ、葛葉の事突っ込めないじゃない!
でもこんな事言ってしまうくらいには、心は本当に追い詰められてたのかも知れない。
もうどうでもいいじゃない。
修二はマイと付き合っちゃったし、私が他の男とどうなろうが浮気でもなんでもないんだから。
この状況から抜け出せるなら、少しは体くらい差し出してあげるわ。
それから、葛葉がしたイジメの対策はとても単純な物だった。
まず屋上から教室に戻る時に付き添って、
休み時間になると、二回に一回の頻度で様子を見に来て、
放課後になって生徒会室に行く時に迎えに来てくれた。
翌日の昼休みからは葛葉に誘われて、葛葉のクラスの友達グループに入れられた。
全員女子で、葛葉狙いなのも見て分かったから、こっちでも嫉妬でいびられるんじゃないかと心配した。
けど皆に快く受け入れられて、その中で吉田さんという銀髪の子が特に親切にしてくれた。
そういうのが数日続くと、私は葛葉のお手付きだと見られてイジメがピタリと止んだ。
葛葉はチャラいって噂されてるけど、それを覆すくらいに顔がいいので女子からモテる。
むしろ女遊びが激しいって噂すら、気軽に声を掛けて遊べると思えるのか、ゆるい女子たちに受けがいい。
私がそんな葛葉から気に掛けて貰ってるとなって、それはもう凄まじい嫉妬や好奇の目を向けられたけどその分注目される事にもなり、人目を気にしたのか悪戯される事も無くなった訳。
イジメがバレたら学校の処分もあるでしょうけど、葛葉に知られて嫌われるのも避けたかったんじゃない?
恐らくだけど、私をイジメていたのは葛葉のファンみたいな女子でしょうから。
やり方に少し思う所はあるけど、結果としてイジメは止まったし、クラスは違うけど新しい友達も出来た。
つまり、約束通り葛葉にお、お礼をしなければならない訳で……
アイツが私の体目当てなのも分かり切った事で……
……私の体目当て、でしょうね?
自分で言うのもあれだけど、私は顔がいいし特に胸は同年代の子たちと比べて凄く大きい。
道を歩けば必ず男たちから好色の視線を集めるし、なんなら女からも好奇の目で見られるくらいに。
でも、葛葉はあんまり私の胸を見ないのよね。
たまに目に入っても、すぐ外す。
修二だったら、毎回顔を合わせる度に必ず私の胸を見て鼻の下を伸ばすのに。
もしかして私の胸に興味が無いとか……?
いやいや、そんな訳ないじゃない。
大方、私を口説こうとしてるから気を使ってたとか、女に慣れ過ぎて注目する程でもなかったとか、そんな所でしょ。
どうせ、ヤれると思ったらすぐ食いつくに違いないわ。
助けて貰った恩もあるし、私も今ではそんなにその……嫌じゃないから。
一回や二回くらいは……ね?
前だったら初めては修二以外考えられなかったけど、あのバカは花京院さんに色目を使った挙句マイと付き合っちゃったし。
てか私も今まで修二の事忘れてたし、修二の方だって助けてくれる所か声も掛けて来なかったし、今はマイと付き合ってるからもう関係ないわよね?
私が他の男に初めてをあげたからって、修二が後悔しても遅いんだからね!
………
………
……よし!
覚悟も決まった。
今日の放課後、葛葉の部屋に行こう!
「君が俺の部屋に?何の用で?」
生徒会の仕事が終わった後。
葛葉を廊下の隅に連れ出して「今晩あんたの部屋に連れて行きなさい」って言ったらそう返された。
まるで訳の分からないといった顔で。
は?
「いや、イジメから助けてくれたらお礼するって言ったでしょ!」
「……そういう事もあったな」
「だからその……私の事、好きにしていいわ!」
言った。言ってやった!言ってしまったわ!
もう後戻りは出来ない。
私はこのまま葛葉で初体験を……
「いや、いらない」
は?
「いらない?何で?」
「言っただろ。同じ生徒会役員のよしみで、業務が滞る様になっては面倒だからと。……あとこれは内緒だけど」
葛葉は周りに人がいないか見回してから、小声で言った。
「実は俺、他に好きな子がいるから、他の子とそういう事はあまりしたくないんだ」
「は?」
つい声に出してしまった。
葛葉に、好きな子が……いる?
百歩譲ってそれはいい。
でもそれで私としないってどういう事?
どうせ吉田さんたちとかリナちゃんと裏でしてたんでしょ?
「何よ吉田さんたちとは出来ても、私相手では出来ないって事?」
つい思った事が口に出てしまった。
「何か勘違いしてるみたいだが、吉田さんたちともそういう関係じゃないぞ」
「は?」
嘘……でしょ?
伊藤さんとかは特に分かりやすく思わせぶりな態度を見せてたのに?
「そういう訳で、お礼なら生徒会の仕事さえちゃんとしてくれればいいから」
葛葉はそう言い残して去って行く。
「え……」
そうして、私の告白に近い一世一代の決意が形無しとなったのだった。
「真面目か!」
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