第9話『夏休みの宿題は夏休みが終わる直前にやるお約束』

【Side.恭一】


 夏休みも残り数日となった。


 義理の妹になったリナとはすっかり打ち解け、俺とイチゴを「恭一兄さん」と「イチゴ姉さん」と呼んでたのが、名前が取れて「兄さん」「姉さん」になった。


 で、俺もそれに合わせて「リナ」と呼び捨てにしたら顔を真っ赤にした。


 イチゴ曰く照れてるだけらしいので、そのまま「リナ」で呼び方が固まった。


 そんで間も無く再開される学校生活と、終わる休みに思いを馳せてぼーっとしていると、レインに新着メッセージが来た。


『鈴木優里:助けてー!夏休み宿題が終わってないー!』


 開いて見ると、伊藤さんたちとのチャットルームからだった。


『伊藤恵子:まだ終わってないの?私はもう終わったけど』


『小林佳代:実は私もピンチ』


『伊藤恵子:ええー』


『鈴木優里:って既読の数!葛葉恭一!きさま!見ているな!』


 見てるのがバレたか。まあ四人だけのルームだしな。


『葛葉恭一:見てるよ。ちなみに俺も宿題全部終わってる』


『鈴木優里:葛葉っち、いや葛葉様!恵子様!お願いします、宿題見せて下さい!』


『小林佳代:優里の事は好きにしていいから私にも見せてー。エッチな事しても……いいよ?』


『鈴木優里:勝手に売るな!!……いや、葛葉っちならいいかも』


 仲良いな、この子たち。


『葛葉恭一:自分を切り売りするなよ。そんな事しなくても宿題くらい』


 まで打ち出してから、ちょっと考え直した。


『葛葉恭一:見せる事は出来ないけど、手伝うから』


『鈴木優里:今!打ち直したな!見せるつもりだったんだろ!見せろー!』


『伊藤恵子:鈴木さん、勝手言ったらダメだよ。私も手伝うから自分でがんばろ?』


『小林佳代:それじゃ、カラオケとかで集まる?』


『伊藤恵子:そうだね、いつもの店でいいかな?』


『小林佳代:私はいいよー』


『葛葉恭一:俺も大丈夫』


『鈴木優里:じゃあ、今日すぐ集合という事で!』


 そしてそれぞれ会話を閉めるスタンプを打つ。


 という事で急遽今日の予定が決まった。


 まあ、イチゴやリナやアリアさんの相手するのに時間を取られて、あの三人とはあまり会えなかったし、二学期が始まる前に会うのもいいか。




 いつものカラオケに行くと、先に着いていた鈴木さんがルームを取ってたのでそこに入った。


『イエイ~~!!!』


 するとカラオケルームの中でノリノリで歌ってる鈴木さんがいたので、頭にチョップを叩き込む。


「いったー!葛葉っち、何すんの!」


「うるさい。今日は遊びに来た訳じゃないからな」


「ちぇー、お堅いんだからさー」


 ほどなくして伊藤さんと小林さんも到着して皆で宿題を進めた。


 鈴木さんは助けを求めた割にはある程度宿題を進めていて今日中に追い込みでやれば何とかなりそうだった。


 そして、本気でヤバいのは鈴木さんではなく小林さんの方だった。


 宿題が一割、ちょっと手を付けたくらいしか進んでない……


「小林さん、今日鈴木さんがヘルプ出さなかったら来なかったよな?宿題どうするつもりだったんだ?」


「登校日に葛葉に見せて貰おうと」


「いや、ダメだろ」


 小林さんは悪い方に肝が太かった。


 仕方ない。


 こんな事もあるかも……と言われてイチゴから預かった秘密兵器をカバンから取り出した。


 秘密兵器とは、問題集なら難しい時間が掛かる問題だけピンポイントで狙った回答案と、読書感想文なら個別にアレンジを加える前提の草稿など。

 宿題を短時間で終わらせるのをサポートする、ある意味カンニングペーパーだった。


「という訳で、これを使って進めなよ」


「ありがと葛葉っち!この恩は忘れない!」


「お礼、要る?」


 そう言って小林さんがスカートをたくし上げた。


 ……鈴木さんのを。


「ってやめろー!友達を売るんじゃねぇ!!」


 鈴木さんが顔を真っ赤にして小林さんの手をはたき落とす。


 そしてこっちをチラチラと見た。


「……葛葉っち、見た?」


「あー、白だったか?」


「真逆!黒だって!って自分で言っちまったし!!」


 元気だなー


 ちなみに本当は黒いレースのパンツを見たが、あえて知らん振りして外したんだったが……、無駄だったな。


「それにしても、恵子遅いね」


「確かにな、何かあったか?」


 恵子ごと伊藤恵子さんは先ほど鈴木さんのシャーペン芯が切れたので、代わりにコンビニに買いに行っている。

 が、どうも帰りが遅かった。


「ちょっと探して来るよ。二人はこのまま宿題やってて」


「あいよ」


 俺は鈴木さんたちに見送られてカラオケルームを出た。


 そのまま近場のコンビニまで行こうとして……すぐ伊藤さんを見つけた。


 このカラオケの廊下で見知らぬ男に絡まれていたのだ。


「一曲だけでいいんだって。ちょっと歌って行きなよ」


「あの、友達が待ってるので……」


「その友達って女の子?いっそ友達も呼ぶ?それともこっちから遊びに行っちゃおうかな?」


 悪質なナンパか。


 俺はさっそく二人の間に割り込んだ。


「あっ、葛葉くん」


「悪いけどこの子、俺の友達だから。帰ってくれないか?」


「ちっ、何だよ男連れだったか。やっぱ遊んでるじゃねえか」


 男は露骨に悪態をついた。


 まあ、伊藤さんは髪を緑色に染めてるからそういう風に見られても仕方ないかも知れないが、友達の悪口を面と向かって言われるとムカつくな。


「なあ、その子ちょっと貸してくれよ。そのツラなんだ。どうせ女なんてとっかえひっかえしてるんだろ?」


 貸す訳ねぇだろ。そういう関係でもないから。


「友達だつってんだろ。さっさと失せろ」


「あ?あんまチョーシ乗るなよ。別の部屋に仲間たちがいるんだ。その綺麗なツラをメチャクチャにしてやろうか?」


 それを聞いた瞬間、俺はキレて男の顔面を片手で掴んだ。


「うん?俺の顔を、どうするって?こんな感じか?」


 そして指に力を入れる。

 アイアンクローって奴だ。


「あああああっ!!!痛ってええええ!!は、離せ!!!」


 男が悲鳴を上げながら俺の手を引き剝がそうとするが、それが出来る力が足りなかった。


 簡単に楽にはさせない。


 この顔はイチゴが丹精込めて磨いてくれた顔なんだ。

 嫉妬するだけならいいが、手を出すつもりなら許さん。


「も、もう、ゆるして……ください……」


「ふん」


 少し時間が経ち、男が力なく許しを乞う頃になって、俺は男の顔から手を離してやった。


 解放された男は力なく尻餅をついた。


「失せろ」


「は、はい!」


 男は床を這う様にしてその場から逃げ出した。


「あの、ありがとう葛葉くん」


 後ろで見ていた伊藤さんに声を掛けられ、そっちに振り返った。


「いいって。鈴木さんたちも待ってるし、帰ろう」


「う、うん」


 伊藤さんは俯いたまま、俺の後ろについて鈴木さんたちのいるルームに戻った。


 知らない男に迫られて怖かったんだろうな。


 うん、多分そう。そうであって欲しい。


 その後は鈴木さんと小林さんの宿題を何とか終わらせて、ついでに軽食を取ったり歌を歌ったりして軽く遊んでから解散となった。




【Side.伊藤恵子】


 鈴木さんと小林さんの宿題はなんとか今日の内に終わった。


 これも葛葉くんが準備してくれた参考資料のお陰だ。


 あれって葛葉くんが用意したのかな。頭いいんだ。


 喧嘩だって強かったし、やっぱりかっこ良いな……


 つい中学の時の事を思い出してしまう。


「恵子っち?どうしたん?」


 ぼーっとして歩いていると、一緒に帰り道についていた鈴木さんに声を掛けられて我に返った。


「あっ、ごめんね。ちょっと考え事してて」


「もしかして葛葉っちの事?」


「えっ、ちちちち違うよ?」


 私は慌てて否定するも、鈴木さんたちに信じて貰えなかった。


「嘘バレバレ」


「そうだねー、コンビニから戻って、ずーっと葛葉っちの事見てたもんねー」


 鈴木さんと小林さんが好奇の目で私を見つめる。


 ちなみに葛葉くんはいない。

 スーパーに寄ると言って先に別れたのだ。


「うう……」


 私は何かいたたまれなくなって唸る。

 しかしそれは鈴木さんたちを刺激するだけだった。


「これは絶対何かイベントあっただろ!吐け!何があったか吐くんだ!」


「吐かないと、恥ずかしい事、するよ?」


 二人に迫られて、私はカラオケの廊下で葛葉くんに助けられた事を説明した。


 別に隠す様な事でも無いのに、何で隠してたのか、自分でも少し不思議だ。


「そんな事があったん?羨ましい!」


「もしかして惚れた?」


 鈴木さんの感想はともかく、小林さんの指摘に私の思考が一瞬止まった。


 惚れた?


 誰が、誰に?


 私が、葛葉くんに?


 ……えええええええええ!?


 それは、確かに葛葉君はかっこ良いし、昔から何度か助けて貰ったし、だから私も中学から追って来たんだけど。


 その時は惚れたとかそういう気持ちは無くて、単純にかっこいいから憧れて、付き合えたら楽しいかもって思っただけで。


 女癖が悪いって噂があったから、私でも逆にワンチャンあるかな?って思ったんだけど。


 軽い感じの子が好きかもと思って髪も染めたけど。


 でもいざ仲良くなったら、葛葉くんは逆に真面目で手も出して来なくて肩透かし食らっちゃって友達止まりでいたけど。


 花京院さんと仲良くなってるのを見て、お似合いだと思ってたから学園ドラマでも見てる気持ちで見守っていたのに……


 今更惚れるとか、えええええ。


 でも、多分、そう。


 さっきから葛葉君の事ばかり考えてる。


 助けて貰ったのが別に始めてでもないのに、さっきのだって友達だからってハッキリ言われたのに……今更?


 自分でも自分のチョロさに呆れる。


 今日だけの気の迷いで、寝て起きたら忘れるかも知れないけど。


 それはちょっと、やだな……


 二学期始まったら、どんな顔して葛葉君と会うの?


 普段、どうしてたか忘れちゃったよ……


 この時、私は完全に頭から抜けていた。


 顔を真っ赤にして思い悩む私を、ニヤニヤしながら見てる鈴木さんと小林さんの存在を。



 ―――――――――――


 二章の前準備にあたる間章・夏休み編はここで終了です

 信号三人娘のキャラはこれを書いてる時に後付けで増やしました

 5話分くらいでざっくり終わらせるつもりでしたけど、書いてたら想定より増えましたが……

 続く二章もお楽しみください


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