第17話【沼に堕ちる②】

【Side.アリア】


 イチゴさんに厳しい事を言われた私は、ふらふらしたまま校舎の廊下を歩きました。


 恭一さんを取られる……。


 何故その可能性を考えてなかったのでしょう。


 他でも無い私が、既に恭一さんを奪い取ってたというのに。


 恭一さんをモノに出来て、イチゴさんからも許された事に浮かれ過ぎて完全に失念してました。


 ではどうすれば恭一さんを繋ぎ止められるんでしょうか。


 また家の力で抑え付ける?


 ……ダメです。それは既に使った手段でその所為で恭一さんに少し嫌われました。


 二度もそんな手段を使えば、今後ずっと恭一さんの心が手に入らないでしょう。


 そしてこのままだと恭一さんの体も……。


『この年頃の男の子って性欲旺盛で、エッチなのしか考えられない時もあるらしいよ?

 それにきょーくんは中学の事に彼女がいたから、もしかするともう経験してるかもね。

 そして今の彼女のアリアちゃんにもしたいと思ってるかも知れないのにさせてくれないなら不満が溜まるかも。

 それできょーくんがアリアちゃんを振るかも知れないし、そうでなくても私が体で誘惑したら奪えるかも―』


 頭の中でイチゴさんの忠告がリピートされます。


 私は婚前交渉などあり得ないと思ってましたが、言われて見ると確かに危ないです。


 ただでさえ強引に結んだ関係です。


 恭一さんがもし性欲でも不満を溜めてるのなら、心を得られないまま浮気されてもおかしくありません。


 なら、やるしかありません。


 その、せ、せ、セッ、性交渉を!




 私はさっそくチャットアプリで恭一さんと連絡を取りました。


『恭一さん、今日そちらの部屋に窺ってもいいですか?』


 二分くらい経って返事が来ました。


『何か用事?』


 ムッ。


 恭一さん、私は彼女なんですよ?


 部屋に行くのに一々用事なんて無くてもいいじゃないですか。


 でも嫌われてるのは身から出た錆ですから我慢するしかありません。


 これで喧嘩になって「じゃあ別れよう」となったら恭一さんの思う壺ですから。


『大事な用事があります』


『チャットでは言えない用事か?』


 恭一さん、細かい事を気にする男性は嫌われますよ?


 それともそれが狙いですか?


 いえ、そもそも私が嫌われてるのでした。


『そうです』


『分かった。部屋で待ってるから好きな時に来ていくれ』


 これで了承を取りました。


 私の事を嫌ってても、なんだかんだ言って私を彼女扱いしてくれる所は好きですよ?


 私はその足で恭一さんの部屋に向かいました。


 恭一さんの部屋は学校から歩いて20分くらいの住宅街にあるアパートです。


 その隣にイチゴさんの部屋があると思うと、物凄く心穏やかでいられません。


 気持ちだけなら私が金を出してでも恭一さんを引っ越しさせたいのですが、残念ながら「そこまでされるのは気が引ける」と恭一さんの同意を得られていません。


 結局は恭一さんとイチゴさんが私への義理を守ってくれると信じる他ないのです。


 ……頭を振って余計な考えを払い、恭一さんの部屋の呼び鈴を鳴らしました。


「いらっしゃい」


「はい、お邪魔します」


 私は恭一さんに招かれて部屋の中に入ります。


 恭一さんの部屋には何度か来た事があります。


 感想は基本的な家具が揃っていてあまり散らかってない普通の部屋で、私の家の部屋と比べると凄く狭いのですが、そこは比べるのが酷でしょう。


 もしかしたらイチゴさんが入り浸っていて彼女の私物があるかもと思い、こっそり家探しした事もありますが、何も見つかりませんでした。


 今の所、恭一さんとイチゴさんは私への義理を守ってくれているのでしょう。


「こちら、つまらないものですが」


 私は用意した手土産の高級菓子を差し出しました。


「ああ、うん。いつもありがとな」


 恭一さんは渋い顔をしながらも手土産を受け取りました。


 お返しが出来ないからと恭一さんは私の手土産を嫌いますが、その裏にいずれ私と別れる魂胆があるのが丸見えです。


 そして私は恭一さんを逃がすつもりは無いので、絶対に手土産を欠かさないのです。


「で、大事な用事って何?」


「それは、その……」


 私は恥ずかしさに口籠りましたが、やがて心を決めて言い放ちます。


「私とせ、せ、性交渉してください!」


 しかしすぐ返事が返って来ないまま気まずい時間が流れました。


 やがて恭一さんがため息をついてから話し始めます。


「……アリアさん、俺は君と付き合う時、後悔するって言ってたよな?」


「はい。私は後悔しないと言いました」


「正直、キスまでの付き合いなら、まだ取り返しのつく火遊びだと思ってた。けどその先もとなると、俺はともかく君にとって本気で火遊びでは済まなくなくなるけど?」


「どうして……そんな事ばかり言うのですか!私はこんなにあなたの事が好きなのに!」


 思わず叫んでしまいました。


 涙がこぼれてぼやける視野で、恭一さんが困った顔をします。


「悪いけど、俺はそれも理解出来ないんだ。君に好かれる様な事をした覚えも無くてな」


「それは……!」


 色んな理由と思いが私の中で渦巻きます。


 でも口に出したら、その瞬間に私の気持ちも言葉で形作れれて安くなりそうで。


 何も、口に出来ませんでした。


「………はあぁ………分かった」


 私の思いが届いたのか、恭一さんは私を受け入れてくれました。


 そしてお互いベッドの上で裸になってキスを交わして、一つになるのを期待しましたのに、


 恭一さんの股間にあるそれは、いつまで経っても大きくなる事はありませんでした。


 心だけでなく、体も手に出来ない……


 私は我を忘れて泣き叫びました。


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