第15話『学園のお姫様の初めての……裏切り】

 私は許されない罪人です。


 友達……いえ、親友であるイチゴさんの恋路を応援すると言っておきながら、その相手にしてもう一人の友達である恭一さんを好きになってしまったのです。


 始めはただの気の迷いでした。


 たまに恭一さんとイチゴさんのお二人だけ仲良くお話して、私も友達なのに放置されてる事に不満が芽生えたのです。


 しかし仕方ない事だとも理解してました。


 最初から私はお二人を応援するために仲良くなったのですから。


 幸い私は生徒会役員で、恭一さんはクラス役員でしたので、私が恭一さんを生徒会の手伝いをお願いして前歴もあり、恭一さんとは違和感なく一緒の時間を持つ事が出来ました。


「おや、また同伴出勤かい?」


「お熱いねー」


 たまに生徒会の先輩方が私と恭一さんの事を冷やかす時は恥ずかしくなりましたし。


「いえ、そんな関係じゃないですから。何なら今から俺だけ帰ってもいいんですけど?」


 恭一さんが私とは何でもないと言い切った時はムッとしましたが、この時はまだ、恭一さんを親しい友達と見ていたと思います。……多分。


 学校の外では三人で一緒に遊んで時間を重ねた事もあって、恭一さんとイチゴさんの距離も近くなりました。


 そしてついに、イチゴさんは恭一さんと二人きりでのデートがしたいと言って、私は一緒に行くと言ってから直前に予定をキャンセルして欲しいとお願いされました。


 私は何故か複雑な心境になりました。


 自分だけ除け者にされるのかと思ったのか、それとも別の理由なのか。


 それでもイチゴさんの応援をすると決めたのです。


 私はそのお願いを引き受けました。


 ……でも当日、どうしても気になって、ついこっそり見に来てしまいました。


 二人がちゃんと上手く行ってるのか、プラネタリウムのチケット代金が惜しかったのか、それとも別の不安があったのか、自分でもよく分かりませんでした。


 でも結局は見つかってしまい、三人でプラネタリウムを見る事になり、私は何故か安心しました。


 時々イチゴさんが恨めしく睨んでくるのはこらえましたけど、何故か恭一さんと話すとその視線の罪悪感を忘れられました。




 決め手はその次の事件です。


 生徒会の仕事で、私のミスが見つかったのです。


 明日の会議で使う資料のデータを間違えて入力したのがいくつも見つかりました。

 ありがちな凡ミスですが、タイミングが悪かったです。


 その日、私は習い事の発表会がありまして、ミスのチェックと修正をする時間がなかったのです。


 何とかチェックが必要なデータをUSBに移して家に持ち帰った後にチェックしようとしてたら、恭一さんが現れて私に手伝いを申し出ました。


 最初は遠慮しましたが、切羽詰まった私は押し問答する時間も惜しく、データのコピーも時間が掛かって発表会に間に合わなくなりそうで、恭一さんに頼る事にしました。


 そのおかげか、私は大きく不安を減らして発表会に挑む事が出来ました。


 発表会が終わった後に恭一さんに何度かメッセージを送りましたが、反応が無かったのでもしやと思い学校に戻ると、まだ恭一さんが生徒会室に残ってました。


 作業はちょうど終わったとの事で、集中しててメッセージに気付かなかった模様です。


 長時間集中して作業した反動なのか、恭一さんの顔が微妙に疲れてそうに見えて。


 それが私を助けるためだったと思うと。


 私の心は文字通り落ちてしまいました。




 この気持ちは許されないのに。


 イチゴさんを応援すると言ったのに。


 私は後から好きになったのに。


 気付けばどうすれば恭一さんと付き合う事が出来るか思い悩む私がいました。


 そして気付きました。


 もし、イチゴさんが恭一さんに振られた後ならば大丈夫ではないのかと。


 こういう風に言っては悪いですけど、私とイチゴさんでは容姿も家柄も私の方が圧倒的に上です。


 恭一さんの女性の好みは尽くしてくれる人で、見た目は気にしないと聞きましたが、それでも見た目も綺麗な方を好むに決まってます。


 一緒に過ごした時間もイチゴさんより私の方が多いでしょう。


 ですのでどちらかを好きになるなら、私の方に頷くのでは?


 それならいっそ、イチゴさんには早く告白して振られて貰う方がいいかも知れません。


 ごめんなさい、イチゴさん。持って生まれた物だけはどうしようもないのです。


 でもあなたは私の親友で、恭一さんと引き合わせてくれたキューピッドなのは忘れませんよ?




 またイチゴさんから協力をお願いされました。


 今度は映画を見る約束をして私は予定を思い出して抜ける様お願いし、前回みたいに邪魔してしまわない様、本当の予定に被せる事になりました。


 これくらいはいいでしょう。


 むしろ早く振られて欲しいくらいです。


 そして当日。待ち合わせ場所で待っていたら、ナンパな男に絡まれました。


 冷たくあしらっても強引に腕を引っ張られたので、大声を出すと恭一さんが現れて助けてくれました。


「勘違いしないでくれ。友達だから助けただけだから」


 と恭一さんが言いましたが、照れ隠しなのがまる分かりです。


「ごめん、お待たせー!ちょっと気合入れたら遅れちゃった!」


 ……と思ってたら、イチゴさんも到着しました。


 見違えるほど綺麗になって。


 三つ編みの髪はストレートに下ろし、丸眼鏡はコンタクトに変え、化粧したのか顔立ちも綺麗になり、服装も私が知ってるブランド品のブラウスとスカートで見栄えを増しました。


「綺麗だな。似合ってるよ」


「そう?へへ、ありがとう」


 その効果は凄くて、見た目で私にも引けを取らないくらいで、恭一さんも手放して褒めました。


 私の事はそこまで褒めた事も無かったのに。


 もしかして恭一さんはイチゴさんの事を?


 その時、私のスマホからアラームが鳴りました。


 おじい様との会食に向かうと抜ける為に仕込んだ物です。


 しかし、恭一さんを今の綺麗なイチゴさんと二人きりで残していいのか不安になりました。


 その間にイチゴさんが恭一さんに告白でもしたら、恭一さんも受け入れてしまうのでは?


「どうしたの?アラームみたいだけど、もしかして何か予定でもあった?」


 そんな私の迷いを見破ったのか、イチゴさんが私を威圧する様に聞いて来ました。


 ここで迷い過ぎるとイチゴさんに疑われてしまいます。


 私は仕方なく、予定通りにおじい様と会食があったと言いその場を抜けました。


 それでもどうしても不安で、何度も振り返って恭一さんとイチゴさんを見つめながら。




 月曜日。イチゴさんはついに恭一さんに告白する事を決めたと教えてくれました。


 もう少し間を置いて土曜日の実行するそうです。


 私の知らない所で付き合い始めた訳では無さそうで、こっそり安心しました、けど。


「でね、この前分かったんだけど、私ときょーくんが住んでるアパートの部屋が隣同士だったんだー、これってもう運命だよね?このまま付き合えたら即実質同棲になっちゃうよ!きゃっ!」


 その後聞かされた情報に、私は頭を強く殴られた気持ちになりました。


 部屋が隣同士?実質同棲?


 この前分かったと言ってますけど、本当はもっと前から分かってても不思議では……。


 もしかして既に私の知らない所で逢引を?


 恋愛漫画の定番みたいに作り過ぎたと言って、恭一さんのために練習したから揚げをお裾分けして胃袋を掴んでたり?


 想像すればするほど暗澹たる気持ちになりました。


 もしかしたら、余裕なんてなかったかも知れません。


 学校さえ終われば、イチゴさんはいくらでも恭一さんにアプローチするチャンスがあるのです。


「今までありがとねアリアちゃん。今度は私が力になるから、何か困った事があったら言ってね。私の成績から知ってるかもだけど、私って頭いいから色々出来るんだ」


「……はい、その時はお願いします。告白、成功するといいですね」


 私は白々しくも言葉では応援しながら、裏では週末の告白までに恭一さんの好感度をイチゴさんよりも稼ぐ事ばかり考えました。


 親友のイチゴさんを裏切る罪悪感なんて、微塵も考えられないまま。




 次の日の放課後。


 私は生徒会長の名前を使って恭一さんを連れ出しました。


 最近、頻繫に誘い過ぎたからと恭一さんが手伝いを拒否し出したので、昨日会長に恭一さんの事を吹き込んでわざと用事を作らせたのです。


 今はとにかく恭一さんとの時間を増やさなければ。


「なあ、アリアさん」


 廊下を歩く途中、不意に恭一さんが声を掛けました。


「はい?」


「実は俺、イチゴの事が気になってるんだ。だからあまり頻繫に絡んで周りやイチゴに誤解されたく無いから、この後からは手伝いとかあまり誘わないでくれると助かる」


 そして告げられた言葉に……


 ……私は絶望しました。


「……そうですか」


 恭一さんとイチゴさんは既に両想い?


 既に勝負はついていた?


 もう私が入り込む余地がない?


 後から好きになったのは私ですけど。


 それでも先に親しくなったのは私ですのに。


 これが初恋ですのに。


 呆然と。


 暗闇の中を歩く気持ちでいたら、足を滑らせてしまいました。


「きゃっ!」


 いつの間にか階段を歩いていて、足を滑らせた私は宙に浮きました。


「あっ、ちいっ!」


 そこで恭一さんが私を抱き寄せ、私を庇いながら階段の上を転びました。


「いってぇ。アリアさんは大丈夫か?」


 廊下に放り出され、私の下敷きになった恭一さんが尋ねます。


「はい、おかげ様で。庇って下さってありがとうございます」


「気にすんな。アリアさんに怪我されると俺も困る」


 また助けられました。


 そして自分よりも私の事を心配してくれて。


 胸の奥が熱くなって、何も考えられなくなり。


 恭一さんの唇が目の前にある事に気付いて。


「あの、アリアさん?そろそろ退いて―」


 冷たい言葉を放つ口を閉ざしたくて。


 つい、私の唇を恭一さんの唇に重ねました。


 唇の感触は、何も分かりませんでした。


「好きです、恭一さん」


 そして唇を離してすぐ、思いの丈をぶつけました。


 けど、その瞬間、恭一さんの顔が曇るのを見て、私は怖くなって。


「……ごめんなさい!」


 逃げる様に、いえ文字そのままその場から逃げ出しました。


 もしその場に残っていたら、振られていたかも知れません。


 でも私にはもう他の事なんて考えられない。


 自分の唇に触れて見ても、感触は思い出せません。


 でも、私がイチゴさんより先にキスしたのは事実。


 奪ってやったと、自分の知らなかった黒い私が笑ってます。


 ここまでイチゴさんを裏切ってしまった以上、引き返せません。


 いい人だった花京院アリアは今日で死にました。


 許されない罪人?そんなのはいません。


 どんな手段を使ってでも恭一さんを奪い取ると、黒くて新しい私は決意を抱きました。


 だって、いい人のままでは恭一さんは手に入らないですからね?


 悪く思わないでくださいね、イチゴさん。あなたはただのキューピッドかませいぬだったのですから。


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