第11話『友達だと思ってたのに……・後』
「好きです、恭一さん」
キスから続く不意打ちの告白。
言われてしまっては仕方がない。
断る―
「……ごめんなさい!」
―前にアリアさんは逃げる様に廊下を走りさった。
「はあ……」
残された俺は、階段を転んだ際の打ち身や頭の痛みを感じながら、今後の事を考える。
アリアさんの事は後回しにするとして、俺を呼んでたらしい生徒会長の用事を片づけ、その後は保健室で怪我が無いか見て貰って、最後にイチゴに相談だな。
そう決めて先に生徒会室に向かうと生徒会長が迎え入れてくれた。
「いらっしゃい、ところで花京院さんとは一緒に来なかったのか?」
「花京院さんは……ちょっと来る途中で階段を転んでしまって、俺がそれを庇ったら気まずくなって逃げられました」
「階段を!?怪我はなかったか?早く保健室に行くんだ!」
驚いた会長が真顔で言って来た。
「いいんですか?用事は……」
「大した事じゃないから。俺は忙しいから付き添えないのは悪いけど、歩けるなら一人でさっさといけ」
そのまま俺は会長に押される形で生徒会室を追い出された。
無理に居座る理由もなかったので保健室に向かっていると、イチゴと出くわした。
「きょーくん、階段を転んだんだって?怪我は大丈夫?」
イチゴは本気で心配そうに聞いて来た。
「今から見て貰いに保健室に行く所」
「じゃあ、一緒に行こう」
そのまま俺はイチゴの付き添いを受けて保健室についた。
保健の先生に見て貰うと、打ち身した場所にアザが出来てたので湿布を張って貰い、後で病院でちゃんと検査する様に言いつけられた。
「ねえ、アリアちゃんの告白はどうするの?」
その後の帰り道の途中。
不意にイチゴから質問され、俺は足を止めてしまった。
一応、告白を知られてる事自体は承知済みだ。
実は中学の頃から俺のスマホにはイチゴが作った位置情報共有や盗聴のアプリが入っているのだ。
浮気防止では無く、浮気実況を聞く為なのがあれだが……。
「もちろん、断るさ。二股になってしまうからな」
「私は大丈夫だよ?」
「俺もアリアさんもいい顔しないだろ、不義理過ぎる」
女友達ちょっと遊ぶ浮気と、騙して付き合うのは訳が違う。
「というか、何で俺を好きになったんだろうな。最初は警戒されてたと覚えてるのに」
「それはもちろん、きょーくんがかっこいいからに決まってるよ」
反論しづらい。結局は顔か。
でもそれならまだ気の迷いや勘違いで済ませられそうだけどな。
再びイチゴと並んで歩きながら、話を続ける。
「ねえ、きょーくんはアリアちゃんの事嫌い?」
「嫌いって程では無い。友達……だと思ってたしな」
「アリアちゃん、多分きょーくんが初恋だよ?それが付き合う事も出来ないで失恋で終わるのって可哀想だと思わない?」
「別に好きになったからと必ず報われるべきでも無いだろ。それに二股かけられる方がもっと残酷だ」
「じゃあさ……アリアちゃんがきょーくんを好きになったのが、私が仕組んだ物だったらどうするの?」
「……は?」
思わず、またも足を止めてイチゴをマジマジと見つめた。
イチゴは堂々と俺を見返して言う。
「きょーくんは、昔から私のお願いを何でも聞いてくれて、かっこよくなったり勉強や運動も頑張ってモテモテになったよね。だから彼女が増えるくらいは頑張ったご褒美とは思わない?」
思わない。
イチゴは……そんな考えでアリアさんを俺に接近させてたのか。
完全に騙された。
あくまで学校で俺とイチゴの交際の後ろ盾にするつもりだと思っていたのに。
「もし私がこの事実をアリアちゃんに打ち明けたらあの子、凄く落ち込むだろうねー。友情にも裏切られて、初恋も他人の手で作られた物だと知られて、最初から手が届かなかったと知ったらさー」
それは……アリアさんの気持ちを人質に取ってるのか?
「最悪引き籠りになるかもね。せっかくおじいさんが学校を建ててくれたのに。そして私たちはアリアちゃんのおじいさんの怒気に触れて退学になっちゃうかも」
そしてアリアさんだけでなく、俺たちも無事では済まされないと。
「きょーくん。世の中、知らないまま騙されているのが幸せな事もあると思わない?少しだけ、アリアちゃんと付き合っていい思い出を残してあげてもいいんじゃない?」
イチゴは、まるで悪魔の様に俺に囁き掛けて来る。
「二股なら私は許すし、アリアちゃんが私たちの事に気付かない内に適当な理由でアリアちゃんとの交際を円満解消しても良くない?」
イチゴの事を隠したまま少しの間だけ付き合って、傷口が広がる前に別れる。
その提案は、混乱した俺にとっては他に代案もない最適な答えに聞こえてしまった。
「……考えておくよ」
迷った俺は、イチゴの提案その場で拒めなかった。
翌日の教室。
アリアさんはクラスメイトの前ではいつもの様に振る舞ったが、割と高い頻度でこちらをチラ見していた。
「ねえ葛葉くん。花京院さんと何かあった?」
流石に伊藤さんも気付いたのか、休み時間で俺に聞いて来た。
「まあ、昨日ちょっとあってな」
「昨日って生徒会長に呼ばれたからと一緒に行ってたよね」
「もしかして、生徒会への勧誘を振ったとか?」
当然の如く鈴木さんと小林さんも参加して来る。
「うん、まあ、似た感じ」
実はキスと告白をされたとか教室では言えねぇ。
今だってクラスの女子三人に囲まれてる上にアリアさんに気にかけられてるからと、俺を目の仇にするクラスメイトが多いのだ。(主に男子)
そこに昨日の事まで知られたら、イジメ所かリンチまであり得る。
もしやられたらやり返せるけど、面倒なのに違いはない。
適当に伊藤さんたちと話ながら、ふとアリアさんの様子を盗み見ると。
「………………………」
アリアさんは黒い感情に満たされた目でこっちを見つめていた。
こっわ。
これ、振ったら刺されたりとかしないよな?
そんな不安を抱きながら時間が進み、昼休みになった。
「恭一さん、お話があります。昼食と一緒にどうですか?」
何をするよりも前に、速攻で近付いて来たアリアさんが声を掛けて来た。
名前呼びで。
当然教室中がざわついた。
「……分かった」
この場で粘っても俺に不利になるだけだと思い、大人しく頷く。
「ではついて来て下さい」
アリアさんに先導されて、俺は男子の嫉妬の視線と、女子の好奇の視線を受けながら教室を出た。
着いたのは、イチゴを紹介された空き教室だった。
「恭一さん、イチゴさんの事が好きですよね?」
俺と向き合ったアリアさんが確かめる様に聞いて来る。
そう言えば昨日そんな感じの事も言ってたな。
ここで二枚舌は使えないか。
「ああ、昨日言った通り彼女の事が気になってる」
「でも私も恭一さんの事が好きです」
「それは……」
俺が何かを言う前に、アリアさんが手で俺を制し言葉を断った。
「恭一さん、私と付き合って下さい。でないとおじい様に泣き付いてイチゴさんを退学させます」
「なっ……」
心底驚いた。
俺の知るアリアさんは家の権力を使うのを嫌う人だったのに。
「そこまでして、俺と付き合いたいと?」
「ああ、退学では足りないかも知れませんね。恭一さんも一緒に転校する恐れがありますから。では、イチゴさんがどこかの誰かに攫われて、そのまま行方知れずになるかも知れないのはどうですか?」
「イチゴとは友達じゃ無かったのか?!」
「友達ですよ、今はまだ。でもこの先仲違いするかも知れません」
「………」
何も言えなかった。
イチゴを害そうとした事には怒りが湧く。
しかしこんな風にアリアさんを歪ませたのがそのイチゴと俺だと思うと、同情もしてしまう。
アリアさんは、もっと普通に善良な人だったのに。
「それで、私と付き合っていただけますか?もちろん、恋人として」
「こんなやり方をして、俺に恨まれるとは思わないのか?」
「その恨みも、イチゴさんへの思いも、全部私が忘れさせてあげますから」
アリアさんは自信満々に言うが、断言しよう。
あり得ないと。
俺のイチゴへの思いを忘れさせる事など出来やしない。
しかしここで断ってもいい事は何もない。
イチゴの言う通り少しの間だけでも付き合うのがいいだろうか。
何よりもイチゴ本人が望んでいるのだから、問題無いだろう。
「……後悔するぞ」
それでも、彼女を騙す事に苛まれる良心から一言だけ警告を放った。
「しませんよ、絶対に」
俺の言葉を了承と受け取ったのか、アリアさんは両手で俺の顔を掴んで自信と俺の顔を寄せる。
俺は抵抗しないまま、アリアさんのキスを受け止めた。
怒りと、同情と、罪悪感に心が押しつぶされ。
唇の感触など、分からなかった。
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