第7話『学園のお姫様はお友達・後』
平日の昼休みにいつも通り伊藤さんたちと時間を潰して、次の授業の準備をしてた所。
「?花京院さんが戻って来ない」
ふと小林さんが気付いて呟いた。
「そういえばそうだね」
「葛葉っちは何か知ってる?」
伊藤さんが同意し、鈴木さんが聞いて来た。
なんで俺に聞くんだ?って、最近アリアさんに良く絡まれてたからか。
「いや知らないし、生徒会室に行ったと思うけど。そこで何かあったかもな」
俺は本当に知らないと首を横に振って答え、伊藤さんたちもそれ以上聞いて来なかった。
やがて昼休み終了のチャイムが鳴ると同時に、アリアさんが教室に戻って来た。
ドアが開くまでの足音が大きかったし、肩で息をしてるのを見ると走って来たのが一目瞭然だ。
普段から規則を重んじるアリアさんの逸脱に誰もが意外そうに注目する。
「……失礼致しました」
アリアさんは一言だけ謝ってそそくさと自分の席に着き、すぐ五限の授業が始まった。
「ねえ、花京院さん。昼休みに戻るのが遅かったけど、何かあった?」
その後の休み時間で、クラスメイトたちがアリアさんの周囲に集まって昼の事について聞いた。
「いいえ、ちょっと昼寝してしまっただけです。心配してくださってありがとうございます」
アリアさんは平気そうに答えたが、今まで交流した経験からしてあれは誤魔化しているのが分かった。
でもまあ、俺が態々首を突っ込む事も無いだろう、と思ってたらスマホがバイブした。
確認すると、イチゴからレインメッセージが来てた。
『アリアちゃん、生徒会の仕事でミスが見つかったみたい
時間を掛ければケア出来るけど、明日の会議までに修正しなければいけなくて
なのに今日は習い事の発表会もあるから時間が厳しいみたい
きょーくんが手伝ってあげて』
アリアさんがクラスメイトに内緒にしている事情を、何故イチゴが知っているのかは謎だが、知らない所で相談されたりしたのだろう。
気は乗らないが、イチゴの頼みなら仕方ないので手伝うか。
放課後になると、
「失礼します!」
アリアさんは真っ先に教室を飛び出た。
ミスの後始末に一秒でも時間が惜しいのだろう。
俺もカバンを纏めてアリアさんの後を追おうとする。
「葛葉くん、今日用事あるの?」
後ろから伊藤さんが俺を捕まえて聞いた。
「まあ、ちょっと」
「あ、もしかして花京院さんの所?」
「お熱いねー、見守る分には応援するよ?」
「そういうのじゃないから」
俺は勘違いして冷やかす鈴木さんたちと別れ、すっかり慣れた生徒会室までの道を通った。
生徒会室に入ると中にはアリアさん一人だけがいて、焦った顔でノートPCを操作していた。
ノートPCにUSBメモリーが刺さってるのを見ると、データをコピーして持ち帰ろうとしてるんだろう。
「恭一さん?今日はお手伝いはお願いしてませんが……」
アリアさんは俺に気付いて顔を上げた。
「いや、大変な事になってると聞いてな。手伝いに来た」
「それをどこで……いえ、お気持ちは嬉しいんですが、これは私のミスが原因ですので、恭一さんを煩わせる訳には……」
「ミスのケアも雑務手伝いの内さ。気にしなくていい」
「………」
アリアさんはノートPCの画面の睨みながら悩んだ。
そしてこっちに視線を戻して、
「すみません。お願いします」
と頭を下げて来た。
詳しい話を聞くと、データ作成で数値の誤記入をあちこちから見つけて、それが色んな所と連動するから過去のデータも総当たりでチェックしなければならなくなったのだそうだ。
そして明日生徒会の会議で使うデータもあるのであまり猶予がないのに、今日はアリアさんの習い事の発表会があって時間が無い、とイチゴから聞いたのと同じ事情を説明された。
「それでは、お願いします」
必要な説明を終えたアリアさんは、本当に急いでいるのか適当に挨拶して小走りで生徒会室を出た。
「……さて、やるか」
残った俺は独り言を呟きながらノートPCを操作し始めた。
割と時間が掛かってデータチェックが終わった頃、気付けば日が完全に暮れていた。
俺も帰ろうとノートPCの電源を落とそうとしてたら、突如生徒会室のドアが開き、
「恭一さん、まだいたのですか」
そのままアリアさんが入って来た。
発表会が終わって直接来たのか制服ではなくドレス姿で、ドレスに合わせてメイクしたり髪をセットしてたりして目を見張るくらい綺麗だったが、それに触れたりはしない。
「ちょうど今終わった所。一応途中で他の先輩も来てたが、複数人でやっても効率が上がる作業でも無かったので鍵だけ預かった。そういうアリさんは何故戻ったんだ?」
「いえ、メッセージに既読が付かなかったので、気になりまして……」
言われてからスマホを確認すると、確かにアリアさんから作業の進捗確認や発表会が終わった報告などのメッセージがあった。
「悪い、集中してて気付かなかった」
「ええ、今見て分かりました」
「一応、全部チェックしといたけど、まだ見逃しとかはあるかも。まあそうなったら俺のミスという事で」
流石にダブルチェックやトリプルチェックする余裕は無いし、その時は開き直るしかない。
「いえ、大丈夫です。……私のためですから」
何か小声で聞こえたが、これはスルーした方がいいな。
「じゃあ、俺は帰るから」
「あの、外に家の車を待たせていて、時間も遅いので家まで送ります」
そういえばアリアさんは車通学だったな。
しかし俺の部屋が知られると、その隣にイチゴが住んでるのもバレて、俺とイチゴの本来の関係を知られかねない。
それでアリアさんを騙してるのがバレるかも知れないから、まだ隠すべきだろう。
「いいよ。途中で寄る所もあるから、鍵だけ代わりに返してくれ」
俺は生徒会の先輩から預かった生徒会室の鍵をアリアさんに押し付け、そのまま振り返らずに家路についた。
それからというものの、学校でアリアさんが俺に接触して来る頻度が増えた。
特に休み時間でいつも通りな伊藤さんたちとの雑談が盛り上がり始まると、
「恭一さん、少しいいですか?委員会の事で……」
と何かしら理由をつけて割り込んで来るのだ。
こういうのが繰り返されると、伊藤さんたちは気軽に俺と話せないし、俺は俺でアリアさんとお話したいクラスメイトたちからも睨まれるので、クラスの居心地が悪くなった。
今日の放課後は、学校でお話出来ない反動という事で伊藤さんたちとカラオケに遊びに行くと約束していた、が。
「恭一さん、今日も生徒会の手伝いを……」
「いや、悪い。今日は伊藤さんたちと遊ぶ約束を先にしてたから」
やはりアリアさんが割り込んで来たけど、今回ばかりは突っぱねた。
……やはり、と言ってしまうくらいに頻度が増えてたんだな、とつい思ってしまう。
するとアリアさんは無言で伊藤さんたちを睨んだ。
普段は伊藤さんたちが身を引いてたから、今回もその忖度を求めてるのか?
……まさか、あの真面目なアリアさんが?
「ごめんね花京院さん。葛葉くんと遊びに行くのも久しぶりだから、今回は譲れないの」
「およそ一週間ぶり」
「それに葛葉っちの奢りだから」
だが、流石に伊藤さんたちも最近の花京院さんに不満が溜まってたのか、忖度を拒否した。
「……そうですか。いえ、こちらこそお邪魔してすみませんでした」
食い下がれないと思ったか、アリアさんは素直に引き下がった。
「何か花京院さん。前よりも積極的になってない?」
「ウチもそう思う」
カラオケに向かう途中、ふと伊藤さんが最近のアリアさんについて話し、鈴木さんが同意した。
「本気になった?葛葉、もし花京院さんと付き合っても私たちとも仲良くしてね?」
小林さんが前にどっかで聞いた様な事を言う。
流石に俺としても自意識過剰では済まされないと思うが、だとしてもその気は無い。
「いや、付き合わないし、仮に花京院さんが告白しても断るさ」
「ええー!?どうして?」
「どうしてって、まあ。他に気になる子がいるから?」
今、イチゴの告白待ちなんだよ。
「気になる子がいる!?誰?私たちが知ってる子?」
「それとも、ウチらの中の誰かとか?」
伊藤さんたちが期待する目で俺を見つめる。
「いや、悪いけど君たちでは無いかな。あと知らない子だと思う」
伊藤さんたちはイチゴと接点はないけど一応クラスメイトだから知り合いにはなるだろうが、下手にヒント与えるのもアレだから嘘ついた。
「そうなんだ。……まいっか、今日は遊ぶぞ!」
「葛葉くんの奢り」
「太っ腹!」
予防線を張られたのに、元気な子たちだ。
まあ、アリアさんよりは、この子たちの距離感がちょうどいいかな、と思ってしまった。
……そしていつの間にかこんなプチ浮気にも慣れた自分に自己嫌悪した。
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