一章・学園のお姫様

第1話『高校入学』

 公認浮気デートをお願いされてから、イチゴの性癖の歪みは徐々にエスカレートして行った。


 まず、俺はこの前脅迫された件をきっかけに別の中学にいた彼女とは別れたって事にした。


 するとフリーになった俺を狙う色んな女の子から遊びやデートに誘われる様になった。


 俺は予定を確認するふりをしてスマホでイチゴと相談し、許可が出たらその女子とデートに出掛け、その後はイチゴと同じデートコースを回る事を繰り返した。


 フリーになったとしてもとっかえひっかえに色んな子とデートしてたら当然、浮気程では無いにしろ評判は地に落ちたんだが、むしろ遊び相手として丁度いいと思われたのか如何にも軽そうな誘いが後を絶たない。


「ねえ、葛葉。彼女と別れたから色んな子とデートしてるってマジ?」


「……そうだけど」


 そして今日も今日とて俺と遊びたいように見える女子から声を掛けられた。


「じゃあさ、あたしともデートしない?」


「ちょっと待ってくれ」


 俺はスマホを取り出してスケジュールを確認する振りしながら、イチゴと連絡を取る。


『今誘ってきたのって、この子?』


 レインチャットで、イチゴから学生証の写真が送られて来た。


 いや、確かにこの学生証の子だけど……


 どうやってこの子だと知って、何故学生証の写真を持ってるのか、怖くない?


『ああ、その子で合ってる』


『そう。いいよ、行って来て』


 そして別のアプリを通してデート資金が送られて来た。


 そう。実はデート資金もイチゴが出してるのだ。


 何でも自分がお願いしてる事だからだとか。


 イチゴはネットを使って結構稼いでるから、昔から俺に色々買ってくれたり奢ってくれている。


 だが他の女の子とのデート資金まで出させて貰うと、いよいよゲスみたいだと自虐する。


 貰うけど。でないと俺の財布が持たないから。


「ふぅ……」


 思わずため息が出た。


 イチゴの愛情を疑う訳では無いが、むしろ大きすぎてさらに歪んてるから手に余りそうだ。




 中学三年生になると、俺は高校受験も間近に迫って来たのを理由にイチゴと相談し浮気デートは終了というか中断になった。


 俺とイチゴは当然同じ高校に進学する予定だ。


 目標は私立悠翔ゆうしょう高校。


 とある資産家が孫の誕生をきっかけに、その孫を通わせる目的で立てた学校……だそうだ。ソースはイチゴ。


 何か思う所があったのかイチゴがここに行こうと提案し、俺も断る理由が無かったので受け入れた。


 ちなみに学費はイチゴが払う。


 イチゴが俺に色々金を使う事については昔話し合い、最終的には俺がイチゴと結婚して出世する事でチャラにするという事になっている。


 今から結婚の約束とか大分重いけど、今まで冗談では済まされないくらい色々して貰ったからな……


 その総額を数えるなら、人ひとりの人生すら買えるかも知れん。実際そうして俺が買われた感じか。


 イチゴと結婚するのは俺も嫌じゃないし、問題無いだろう。うん。


 入試に対しても心配ない。


 悠翔高校で求められる偏差値は高いが、イチゴは今までのテスト全て満点を取るくらい天才的に頭がいいし、そんな彼女に勉強を教えて貰っている俺も成績は問題ない。


 俺はそんなイチゴが自分の彼女だと自慢して回りたかったが、その度イチゴに恥ずかしいからと止められたが。


 他には特筆すべき事無く時間が過ぎ、俺もイチゴも無事悠翔高校に合格した。


 さらに登下校の為に学校近くにあるアパートの部屋を隣同士の二部屋借りて引っ越した。


 これもイチゴの金で。


 マジで頭が上がらない。


「なあ、イチゴ。高校では俺たちが付き合っていると周り言わないか?」


 引っ越しを終えた後、俺は思い切ってイチゴに相談してみた。


 高校に上がっても俺がフリーに見えると中学の頃みたいにまた女の子に囲まれてイチゴとの交際に支障が出ると思ったからだ。


「それは……、ごめん。やっぱまだ怖いから、様子見させて」


 しかしイチゴは暗い顔で断った。


「そうか。分かった」


 高校生になったからと簡単に気は変わらないか。


 無理強いしても良くないと思い、俺は大人しく引き下がった。


 ……ただ、イチゴのおかしな趣味は進学を気に落ち着いて欲しいと願った。




 入学式の日が来た。


 下見などで何度か見たが、何度見ても広い敷地に小綺麗で大きい校舎が並んでる。


 入学式で新入生代表挨拶をしたのは、混血なのか長い金髪を伸ばしていて、目が緑色な女子生徒だった。


「綺麗だ……」


「俺、この高校に来て良かった……」


 顔立ちもかなり綺麗で、彼女を見た周りの生徒が声を漏らす。


「あの子、理事長の孫娘だって」


「ええー、本当?じゃああそこで挨拶するのも孫娘だから?」


 他にも近くにいた生徒が噂するのが耳に入った。


 なるほど。イチゴから聞いた話を合わせると、この高校は彼女の為に建てられた訳だ。


 つまり彼女はこの学園のお姫様と言った所か。


 そう言えばイチゴから聞いた事だか、入試成績はイチゴと孫娘さんで共同首席だったのでどっちが新入生代表になって挨拶するか相談されたみだいだが、イチゴが目立つのを嫌って辞退したらしい。


 その話から察するに孫娘さんは堂々と実力で新入生代表になったのだが、それも理事長の孫娘という肩書に霞んでしまった様だ。


 まあ、お姫様なんだから成績関係なく新入生代表になったかも知れないが……


 少しだけ、彼女に哀れみを覚えた。




 入学式は滞りなく終わり、幸運にも俺とイチゴは同じクラスのA組に割り当てられた。


 しかし俺とイチゴは、あくまで同じ中学出身の顔見知りって事にして教室では他人の振りをする。


 でないとイチゴが悪目立ちしてどんな扱いをされるか分かったものじゃない。


 他に目につく相手を挙げるなら、先程新入生代表挨拶をした理事長の孫娘。花京院アリアさんも同じクラスだった事か。


 新入生代表挨拶をした事や綺麗な顔立ちも相まって、彼女はクラス中の注目を浴びていた。


 そしてLHRが始まり、クラスメイトが順番に自己紹介して俺の番が回ってきた。


葛葉くずは恭一きょういちです。家族の勧めで〇〇中学からこちらに進学しました。これからよろしくお願いします」


「あのー、葛葉くんは彼女とかいますか?」


 突然、女子生徒の一人が割り込んで質問して来た。


 本来この自己紹介で質疑応答まではしないんだろうが、他の女子生徒たちも興味ありげにこっちを見てるし、担当の先生もコミュニケーションの一つだと思ってるのか黙って見守っている。


「……中学の時にはいましたが、今は別れていません」


 俺はイチゴと取り決めたダミーの設定で答えた。


 そのフリー宣言に何人かの女子生徒が色めき立ち、男子生徒は俺に敵意の目を向ける。


 周りの反応はいつもの事なので気に介さず席に座ると、隣の生徒がハッとなって立ち上がり自己紹介をする。


依藤よりふじいちごです。よろしく」


 順番が回ってイチゴの番では、それだけ言って席に座りなおした。


 ここでもあまり人と絡むつもりが無いらしい。


 そしてクラス注目の花京院さんの番が来た。


「入学式で挨拶させていただいた花京院かきょういんアリアです。母がヨーロッパの人でこの髪とかはその遺伝です。

 そしてご存知の方もいらっしゃるかも知れませんが、祖父がこの学校の理事長をしております。

 ただそれを笠に着るつもりはありませんので、気兼ねなく仲良くして下さい」


 ……うん。明らかに他の生徒たちよりも情報量と文章量が多い。


 ただ、それが彼女が周りに事前に知って欲しかった最低限の情報なのだろう。


 さっきは嘘ついたけど俺はイチゴという恋人がいるから、積極的に絡むつもりも無ければ、向こうから来る事も無いと思うが。


 そのイチゴが何か考え込みながら花京院さんを見つめているのが少し不安になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る