第18話 禁断の媚薬


 

 

 「……あ"ぁぁぁあああ……糞がぁぁぁあ……!!!!」

 

 

 リセポーセの一等地、ロレンチ商会屋敷の中。

 山のように積みあがった書類を横なぎに払って、屋敷の主人ディオレ・ロレンチは大声で叫んだ。

 

 

「何を考えているんだ!この国の王は!!!!!!!!」

 

 

 激しく頭を掻きむしり、部屋中を歩き回る。

 

 

「何が戦争だ!利益にもならないことをしおって!」

 

 

 腹の底から沸き上がるこの感情は……長年の蓄積を経て、一気に噴き出す。

 

 

 この国は腐っている。

 

 

 その全ての元凶は魔法師共だ。

 

 

 この国の主権、権力を持つのはいつだって、魔法を使える貴族、魔法師だ。

 貴族達にとって魔法が使えない平民などゴミにしか見えていないのであろう。

 

 

 そのせいで、商売の風向きが悪くなる一方であった。


 

「ふん!馬鹿にしよって!わしら平民をなんだと思っておる!」

 

 

 この腐敗した国で商人が唯一生き残る方法は表立つ取引ではない。闇取引だ。

 

 

 現にこの大商人ディオレ・ロレンチもどっぷりと黒に染まっている一人であった。

 

 

 これまで貴族達に賄賂を流し、商人として上手く立ち廻ってきた。

 しかし、もう……限界だ!一刻も早く、この掃き溜めから脱出しなければ……。

 

 

「そのためには……まず、保険をかけなければ、それと……あの件か……。」

 

 

 ディオレの頭には一人の少女の姿がよぎる。

 

 あの会場で出会った天使のような微笑み、幼い顔を。

 

 ディオレ・ロレンチは自然と口角が上がる。

 

 

 それはもはや、商売人の顔ではなかった。


 

 ――犯罪人の顔である――。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 「何があったんだ⁉」

 

 城門の兵士が驚き、思わず声を上げた。

 

 李 蓮花リー リェンファ、アウレ・マキシウス、イザベル・フィッツロイの3人は全身血まみれで、リセポーセの城門に立っていた。

 

 「……お気になさらず……」

 

 イザベルは申し訳なさそうに答えた。

 そのあまりの異様さと悪臭に、兵士は鼻をつまむ。

 不信そうな顔しながらも……城内へと入る許可を出してくれたのであった。

 

 「……ベトベトする……ネ、……早く風呂に……入りたい……アル」

 

 そう叫ぶ――蓮花に二人も激しく同意する。


 ……なんだか、体が熱い。

 それは、大型魔獣を倒してから、徐々に強くなっている。

 

 

 「……ふぅ……そういえば、確か……、依頼主のニーナ……屋敷に大きな……浴槽ありましたね……。」

 

 

 そのイザベルの発言に二人は喰いつく。

 

 

 早く行こう!今すぐ行こう!


 

 二人は急かすよう、イザベルに道案内をさせるのであった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 

 「古っ!」

 

 リセポーセ内の僻地。

 アウレは、ツタに覆われ、森に飲み込まれたような屋敷の門の前で声を上げた。

 

 (本当に、ここに人が住んでいるのか……?)

 それは廃墟のような屋敷。

 広大な敷地面積を誇り、裏庭は林が占拠する。

 門の鉄柵は酷く錆びついて、辛うじて開くという様子であった。

 

 なんだか頭がクラクラしてきた……。

 このままでは体調は悪くなる一方だ。

 この際、休めるなら何でもいいや!と思考を停止させ、敷地へと足を踏み入れた。

 

 「……ニーナ、……生きて……ますか?」

 

 屋敷の戸を叩き、精一杯の大きな声でイザベルは呼ぶ。

 

 「はーい、ちょっとお待ちを!」

 

 ――と、中から返事が聞こえ、古く軋んだ扉が開く。

 屋敷内からボサボサ髪の毛、度のきつそうな眼鏡かけた白衣の女が出てきた。

 

 「うわぁ、血塗れのお化け……って……イザベル?」

 

 「……そうです、……申し訳ない……ですが……お風呂場……借りられ……ますか?」

 

 「いいけど……どーしたの?」

 

 どうやら、この屋敷の女性ニーナとイザベルは顔馴染みのようである。

 

 「……お邪魔……する……アル」

 

 さっきから、もの静かな蓮花が、千鳥足で屋敷内に入っていく。

 

 続く、アウレも屋敷の主の了解を聞き、中へと入っていった。

 

 ニーナは不思議そうな顔を浮かべた。

 

 何やら様子がおかしい。

 しかも、それは三人共であった。

 

 「……詳しいことは……後で……話します……が……もしかしたら……魔獣の血が毒……はぁ……かもしれません」

 

 呂律がうまく回らないイザベルの様子。

 

 その言葉を聞き、ニーナ・コリデウスは目を見開き、態度が一変する。

 

 「えっー!毒!この血が! 毒蛇レイサーペント ?はたまた、毒蜥蜴コペルニクス?もう、ヤバいじゃない!最高!」

 

 イザベルは嫌悪感を露わにする。

 このニーナの発作は一度、発症したら暫くは、収まらないのを知っていた。

 

 そんな様子はお構いなし、ベットリ血の付いた衣服を嗅ぐ、ニーナ。

 

 「……違います……大きな岩……みたい……魔獣でした……よ」

 

 「大きな岩?みたいな魔獣?」

 

 あれ?とニーナは首を傾げる。

 どうやら、心当たりがありそうだ。

 そこで、……イザベルは手短に、事の経緯を伝えるのであった。

 

 「あー、なるほど!たぶん……致死性の毒ではないと思うけど……血の成分は早めに調べておくわね!とにかく、お風呂いってらっしゃい!」

 

 そう促され、早速、風呂場へと向うイザベル。

 

 脱衣所に入ると……。


 アウレと蓮花の衣服、下着が無造作に置いてある。

 

 もう、あの子たちは……!


 ……と普段なら注意するのだが……。


 今はそんな気になれない。


 徐々に動悸が激しくなっていく。


 息が荒くなって……。


 意識が遠のいていく……。


 そして、――下着姿になったイザベルは……。


 

 ――手を股に入れ始めた。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 

 「蓮花?」

 

 アウレは、風呂場の洗面台に座っている蓮花の小さな胸を、後ろから触る。

 

 おかしい……?

 なぜこんなにも興奮するのだろう……。


 抑えきれない欲望に負け、つい手が出てしまった。

 普段だったら投げ飛ばされるか、即――修行、みたいなノリになるのだが……今日は違う。

 

 頬を赤く染め、口元から息が漏れる度、小さな胸が躍動する。

 やがて、先端は固くなり触れる度、ビクッとした反応する。

 

(ヤバい!抑えられない……)

 

 アウレの手が蓮花の身体のラインをなぞり、徐々に下へと向かう。

 

「んん……!⁉」

 

(この反応……?)

 

 

 ――そう、蓮花は『生娘』であった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 「やっぱり!これは大発見だわ!」

 

 

 ニーナは顕微鏡を覗き、歓喜の声を上げた。

 イザベルのコートに付着した血が予想したものと、一致したのである。

 

 「……培養できるかしら?……ああ、そういえば……魔獣の死体もあるって言っていたわね!」

 

 ブツブツと呟きながら、部屋の中を考えに更けていた。その時。


 ――ふと、時計を見る。

 

 「あれ、3人とも遅いわね。もう、お風呂に入ってから40分以上……経っているのに……」

 

 少し心配になるニーナ。

 この魔獣の血に毒の成分は、入ってないことは間違いないのだが、どうにも気がかりだ。

 

 「風呂場で倒れていないといいんだけど……」

 

 

 気になったニーナは……。


 

 風呂場を様子を見に行くのであった。



 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 ん……!?

 

 

 脱衣所から変な声がする。

 

 

 何だろう?……と。


 

 ニーナが覗くと……。

 

 

 下着姿で座り込んだイザベルが……。

 

 

 頬を赤らめ……。


 

 左手で大きな自分の胸を揉み……。


 

 右手でパンツの中に……!!?。

 

 

 「――って!人ん家で何をしてんじゃぁぁあ!お前はー!」

 

 

 「……ほえ?」

 

 

 イザベルは顔を上げる。

 まるで泥酔しているかのように状況が分かっていないようである。

 

 

 「ハッッ‼」

 

 

 ――と、ニーナは何かに気付く。

 

 

 それは風呂場。


 

 扉がほんの少し空いており、中から変な声が漏れていた。

 

 

(……まさか……)

 

 

 ニーナがそっーと覗くと……。


 

 裸の二人が『抱き地蔵』で擦り合っていた。


 

 「……ぐっっっ……………………………………!!!!!」

 

 

 ――ニーナは絶句した――。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 


 ニーナ邸ダイニング。

 L型の長いソファの上、蓮花、イザベルが顔赤らめて下を向いている。

 

 そして、……アウレだけが何故かスッキリとした顔をしていた。


 

 (なんだ?この異様な部屋は……)


 

 壁一面に隙間ないほど、大量に兄レクス・マキシウスの絵が飾ってある。

 

 裸姿でポーズを決め、口には赤い花を咥えている。

 アウレはそれを見て、「これは重症だなぁ……」と、失笑するのであった。


 対面に座るニーナ。

 三人を卑猥なわいせつ物を見るような目でジッと見つめ……。


 ……そして、ポツリと小さく呟いた。

 

 

 「この変態、共が……」

 

 

 (――おい、お前にだけは言われたくない……。)

 

 

 アウレが心の中で素早く突っ込んだ。

 

 暫くして、ニーナは何かを諦め……。

 納得したように話し始めたのだった。

 

 「まあ、これで貴方達が倒した魔獣の正体が分かったわ」

 

 「――!?」

 

 一同が驚く。

 

 「ズバリ、ジャコモノヴァね」

 

 「ジャコモノヴァ?」

 

 「そう、この魔獣は古い文献の中に登場する<色欲の使い>と呼ばれる魔獣よ。その血は人を快楽へといざなう呪いがあると言われているわ」

 

 「呪い⁉それは危険じゃないの?」

 

 イザベルは心配顔で問いかける。

 

 「まあ、呪いも毒も使いようね。文献の中には人類の繁栄に一役買ったという一文が存在しているから用法・用量を調整すれば、かなりの霊薬になるじゃないかしら……」

 

 

(ほう、あのスッポン魔獣の血にそんな効果が……)

 

 アウレは意図せず、悪い顔になっていた。

 

 

 「たしか……ジャコモノヴァの死骸は持ち帰ったのよね?」

 

 

 「ええ、蓮花の<異空間収納鞄>の中に」

 

 

 その言葉を聞いてニーナの顔がこれ以上ないというくらい、顔が緩む。


 

 それはとても不気味で気色の悪い笑みであった。

 

 

 ――そして、息を荒げながら呟く。


 

 

 「……ハア……ハア……それ……譲ってもらえる……。」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 一方その頃、王都のホーエングラム魔術学校。

 廊下を友達と歩く、レクス・マキシウス。

 

 「……のぁぁぁあ”あ”ああ!!!!!」

 

 「どうしたー?急に変な声出して?」

 

 「いやー、なんか急に悪寒がして!気のせいかな……?」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 アウレは合掌した。

 

 それは兄レクスの身を憐れむ合掌であった。

 

 それはそうと、そんな貴重なものをおいそれ渡すわけにはいかない。

 素直に譲ろうとするイザベルに「待った!」をかけたのだった。

 

 「……なるほど、ジャコモノヴァを研究材料にして霊薬を量産し、マキシウス家の元で販売すると……しかし、研究出来るのはいいとして……報酬が少し足りないわね……」

 

 このニーナもなかなかの商売上手だ。

 充分な研究の報酬額なはずだが、更に交渉を続ける……つもりだ。

 

 しかし、アウレはニヤリと笑う。

 何故ならある秘策を用意出来るからである。

 

 

 「――わかった、なら!レクスの< アレ! >と交換でどうだ!」

 

 

 その言葉を聞き、ニーナの体は小刻みに震えた。

 

 「な、な、な、なんですとー!いいですか?いいですね!いいですとも!!!!!是非ー!!!!」

 

 

 ――勝負あった。

 

 

 興奮し、浮かれて、もはや何も聞こえていないニーナに、アウレは更に吹っ掛ける。

 

 

 「その代わり、魔力水も多少流してくれ!もちろん、ゲイリーには内緒でだ!」

 

 

 「いいですよ!やったー!……ハア……ハア……ついにレクス様の< アレ >が!!!!……グフフフ!!!!!」


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 一方その頃、王都のホーエングラム魔術学校の教室。

 真面目に授業を受けるレクス・マキシウス。

 

 「……のぁぁぁあ”あ”ああ!!!!!」


 「どうしました!?レクス君!!!?」

 

 「すいません!先生!また、急に悪寒がして!どうしたんだろ……今日は……?」


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 ニーナとアウレは固い握手を交わした。


 交渉成立である。

 完全な利害関係を成立したと、二人は満足気な表情をする。

 

 その様子を横目に立場上、小さくなっている蓮花が同じ境遇のイザベルに問う。

 

 「イザベル!この件……だんちょーになんて報告するアルか?」


 その時、アウレの鋭い眼が二人を見た。

 

 ヒィィー!と悲鳴を漏らし、震えながら寄り添い合う二人。

 その様子を見てアウレは釘を刺すように唇の動きで伝えた。

 

 

 ――「ナントカシテカクセ!」……と――。

 

 


 

 

 

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