魔女、最後の決戦に臨む
ロドニーは、自らの足元にも移動の魔法陣を浮かび上がらせると、姿を消した。追いすがるロウガのミスリルナイフが空を切った。
「ぐっ」
「デューク!」
デュークが突如心臓を押さえ、片膝をつく。
魔獣の刻印の活性化だ。
「おい王子、下がってろ。魔女、そいつを何とかしろ!」
「わかった! ロウガ、テキーラは刻印のあるデュークを狙うの。食い止めて」
「ちっ、簡単に言いやがって」
メリルは、膝をつくデュークの胸に手をあてる。以前のように、魔獣の刻印を包み込むように薄く、弱く魔力を流し込む。強すぎると反発される。ただデュークの体と刻印とを切り離すように薄く流し、刻印の魔力と中和させる。
しかし、このやり方は効率が悪い。痛みの緩和にしかならない。
「お姉さま、マリアが手伝います」
「私も」
「マリア、クローディア様」
二人が手をかざすと、みるみるうちにデュークの体で活性化していた刻印が鎮められていく。
「おそらく、聖女が使う魔力は古代魔術の系統なのでしょう。普通の魔力をはじくはずの刻印も、古代魔術である魅了のアーティファクトの前では役に立ちませんでした。逆に言えば、古代魔術である聖女の回復魔法は、魔獣の刻印を受けた体にもきくということです」
「よかった」
蒼白だった顔色が元に戻りつつあるデュークを見て、メリルは頼もしい二人に心から感謝した。
◇◇◇◇◇◇
王太子オスカーはクローディアと聖女マリアの力によって自分を取り戻した。
きらきらと光る猫のような翡翠色の瞳が自分を見つめていた。
ぼんやりとした意識が急激に覚醒していく。
「オスカー様。お戻りをお待ち申し上げておりました」
「ああ、長い夢を見ていたようだ。あなたには伝えたいことがたくさんある。しかし今は」
「はい、ご武運を」
心得たかのように頷くクローディアから視線を逸らすと、王太子オスカーは、迷いなく魔獣を囲む辺境騎士団の隊員達に目を向けた。
先頭に立つのは、デュークの側でよく見かけた顔だ。
「辺境騎士団、古代種の対応を想定した陣形へ移行! 盾準備。距離を取れ。尾の攻撃があるから絶対背後には回るなよ!」
「名は?」
「王太子殿下! アランっす。デューク殿下の隊の副長を務めております」
「先ほどのクライドとの戦いも見事だった。魔獣の対処は、辺境騎士団に一日の長がある。ここにいる近衛も含めてお前が指揮を取れ」
「ええ?? いえ、光栄っす。謹んで拝命します」
「近衛は、辺境騎士団の傘下に入れ。敵は古代種の魔獣。対処方法は、辺境騎士団に学べ! デュークを守るぞ!」
「近衛隊は、槍をメインに! 狭いので辺境騎士団と交互に攻撃。テキーラはジャンプ力がない。突進と尾の攻撃が一番の脅威だ。突進が来たら絶対に受けないで、迷わず避けろ! 回り込んで横から足を狙って動きを止める」
アランは、オスカーの指示を受けて、広間に集まった近衛兵たちの指揮をとる。オスカーの視線の先では、近衛と辺境騎士団とは別格の、獣のような動きで魔獣に攻撃を加える男と、魔法銃やスクロールを用いて魔獣の動きを止め戦いをサポートする男の姿がある。
「あの二人は何者だ?」
「わかんないっすけど、魔女サアヤさんの手下っすかねえ?」
◇◇◇◇◇◇
魔獣テキーラが現れてから、どれだけ時間がたったのだろうか?
デュークも戦いに加わり、ロウガとヴァレリウス、騎士団と連携しながら、急所である首の後ろに攻撃を加えている。デュークは自分に向かってくる習性を利用してテキーラの動きを制御し、足を止めたテキーラの急所にロウガが渾身の一撃を叩き込む。
しかし、テキーラの動きは全く衰えなかった。反対に、デューク達には疲れの色が見える。
決め手がないのだ。
(デウスの毒針があれば)
地下神殿でロウガが見せた対テキーラのための秘密兵器。しかし地下神殿で使い切ってしまったのだろう。あればロウガが取り出しているはずだ。
そんな中、逃げ遅れた隊員をかばって、デュークがテキーラの尾の一撃を受けてふっとんだ。
マリアが駆け寄り、治癒を施す。
デュークは再び立ち上がる。
しかし、先ほどから治癒を続けているマリアの息は荒い。
治癒を受けたデュークの調子も万全とは言い難い。
(みんな、疲れてきてる……私は何もできないの? ここで祈ることしかできないの?)
息を切らせたヴァレリウスが、メリルの横に戻って来た。
魔弾もスクロールも既に使い切ってしまったようだ。
「余計なことを考えるな。君は弱い」
ヴァレリウスの冷たい言い方にメリルは、ぎっと唇をかみしめる。ヴァレリウスは間違っていない。
「でも、弱いことと何もしないで見ているのだけなのは違う。弱くてもいい。私も戦う。盾にぐらいなれるかもしれない」
「この馬鹿! だからなんでそうなるんだよっ」
「私も役に立ちたいの。だって、じゃあ、私のいる意味って何?」
「予言の魔術を使っただろう。君の役目は終わった。君は十分役に立った」
「でも、今、役に立ちたいの。私は、あの人たちの側にいたいって自分から思ったの。だから、あの人たちが困っている今、助けたいのっ。守りたいのっ」
「そんなの僕だってっ」
「ねえ、私、また居場所を失くすの? 私が役に立たないせいで、また、失くしちゃうの? 守れないの?」
ぽつりとつぶやくとメリルはふらりと前に出た。
ヴァレリウスは慌ててメリルの肩をおさえて、メリルの顔を見据える。
けれど、メリルには、彼の顔が目に入っていなかった。
「違うだろ! 僕も閣下も君の居場所だ。僕達のところにくればいいだろうっ」
「違う! そこは、私の居場所じゃない。……おばあちゃんの居場所だった。私が奪った」
「メリル!」
「そうよ! そのメリルの名前も、あなた達が大事にしていたおばあちゃんから、私が奪った!!……私も戦うわ。もういやなの。だって、だって、また失くしたら、私の心が死んじゃうよ。心が死ぬのは、命が削られるよりもずっとつらい」
「メリル!」
「放して!」
暴れるメリルをヴァレリウスは押さえこむように抱きしめた。
「本当に、命をかけてでも?」
先ほどまでと全く違うヴァレリウスの低い、苦し気な口調に、メリルは動きを止める。
「かけられるものがあるのなら、何だってかける」
「……先代のメリルからの伝言を預かっている」
思いもかけない人物の名前にメリルの肩が震えた。
「君の力は失われていない。君が力を使いこなせる強さを身に付けるまで、先代は君の力を封じたんだ。感じてみて。思い出してみて。あの、奇跡を起こした時、君は、何を思った? 小さなサアヤ。あの魔法は、メリルじゃない、『
メリルの中に、十年前の記憶が奔流のように蘇って来た。
◇◇◇◇◇◇
それはある王国の物語。
小さな誤解により戦争が起き、国中が焦土と化し、
多くの民が死に、滅びに瀕した国から立ち上がる、
人狼の王の、復興と栄光への物語。
村の上役に必死に伝えようとするが、もちろん、村娘の言葉に耳を傾ける者はおらず、サアヤはその日、村に来ていた魔女に売られるように連れていかれた。
以来、故郷へは帰ることはなかった。
――生まれ故郷であるその国が滅んだのを、サアヤは、遠く離れた異国の地で知った。
それを知ったメリルは、力を使った。
今まで、自分の中の記憶の図書館の中で見るだけのだったそれは、簡単に引き出すことができた。
その時メリルが望んだそれは、ある小説の中に登場した時空を操る女神の力だった。
その力で、故郷へとんだ。
戦乱で踏みにじられ、毒により枯れ果てた大地。戦と飢えとで倒れた屍の数々。荒れ果てた故郷の惨状を目にして、再び女神の力を呼び出した。
時を戻す。
幼かったあの頃に。
緑の息吹と、人の生命力に満ち溢れた大地に。
戻して。
戻して。
それを見届けたメリルは、意識を失った。
気が付いた時には、魔女メリルによって、魔女の庵で看病されていた。
力を使い果たした自分は、しばらく目を覚まさなかったらしい。そしてその時に、その奇跡のような力を失くしたことを告げられた。
魔女として修業を始めてから、魔法は魔女となった少女が使っていた。
幼かった小さな女の子はいなくなって、魔女見習いとなった少女だけが残った。
(そうか、だから使えなかったんだ)
ずっと失くしたと思っていた。そうではなかった。
(――ああ、ここにあったんだ)
この力は、魔女ではない、人狼の王の国の農村の片隅で生まれた小さな咲綾の力だった。
宝石を使って、術と魔力を駆使して、ほんのわずかの時間だけしか訪れることができなかったこの場所。
今の咲綾ならわかる。先代のメリルが、この膨大な力を「封じる」ために、どれだけの犠牲を払ったのか。
(おばあちゃん)
病気がちだった先代の魔女メリル――咲綾を守るために、彼女が何を削って、この術式を敷いたのか。
代価もなく、術を与えることは、魔女の掟に反する。「魔女の天秤」によるペナルティを受けるのだ。
――寿命という代償を。
螺旋を描く階段を上り、図書館のある一室の小部屋に入り込む。
それは、この世界を示した小部屋。その小部屋のさらに奥、魔獣の逸話を示した本がたくさん並んでいた。
魔獣テキーラと魔獣デウスとの伝説。
(おいで。力を貸して。デウス)
魔獣を呼び出そうとしたとき、頭の中に声が響いた。
『咲綾、小さくな。そんなでかい子を呼び出すんじゃない。無駄に力を使うんじゃないよ。お前のスキルは、命を削っちまうんだよ』
咲綾は、それを聞いて思い直す。
(そうね。毒針だけでいいわ。あなたの毒針を貸して)
メリルはそれを受け取ると、目をつぶった。
◇◇◇◇◇◇
「咲綾!」
目を開けたメリルの前には、数十本のデウスの毒針が浮かんでいた。
メリルは、それを掲げ、テキーラに向けて、風魔法で放つ。
ロウガが付けた急所である首の後ろ、騎士団のメンバーが傷つけた、前足の傷。
そこへ、デウスの毒針を放った。
メリルの意識がふと薄れていく。
ヴァレリウスが開いたスクロールからあふれた温かい光が、メリルを眠りに誘う。
「がんばったね。このことは忘れるんだ。おやすみ、咲綾――ひいおばあ様。僕は約束通り、彼女を守り通して見せます」
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