魔女、再び王宮へ

 愛する人がいた。

 けれど、運命は捻じ曲げられ、その人に至る道は閉ざされた。

 別離が運命だと受け入れられるほど、この想いは軽くなかった。

 それを受け入れることは、この身の存在、在り様、全てを根本から否定する事だった。

 だから、全てを犠牲にしても、その人にの元へ帰ると決めたのは、必然だった。

 ――以来、君に会える日をずっと夢見ている。

 君へと至る道をずっと探している。

 今もずっと探し続けている。

 

  ◇◇◇◇◇◇


 メリルは、聖女候補の二人に協力してもらい、やるべきことを全て整えると、再びロウガと一緒に隠し通路から王宮へと赴いた。

 聖女誘拐の発覚がなるべく遅れるよう細工をしてきたが、一日程度しか稼げなかったようだ。聖女誘拐の噂はすでにあちこちで囁かれており、王都には通常の警備隊以外にも近衛の姿まで見られ、街は非常に騒がしかった。

 マリアとクローディアには、やるべきことが終わったら拠点を離れてもらうことにしてある。最悪あの二人は見つかっても問題ない。保護されるだけで命の危険にさらされることはない。

 デューク達辺境騎士団も、動きが取れなくなる前に拠点を引き払い、王宮への突入を決めた。

 メリルは、デューク達が準備を整えている隙に、サアヤの姿で窓からこっそりと抜け出した。今度こそデュークより先に黒幕に奇襲を仕掛けて倒し、魅了のアーティファクトを破壊するつもりだった。

 こっそりと忍び込み気づかれないうちに破壊するつもりだった前回とは違う。

 今回は、戦わないわけには行かないだろう。

 万全を期すためにロウガと魔法の連携は何度か試したけれど、不安はなくならない。指先が震えているのに気づき、ちょっと苦笑する。

 正直、こんな危ないことに首をつっこんでいる自分が信じられない。


(私、なんでこんなことしてるんだっけ)


 始まりはそう、デュークが魔女の誓文を持ってメリルのところに現れたところからだった。デュークは口が悪くてむかつく奴で、半ば強制的に受けさせられた依頼に、メリルは最初腹が立って仕方なかった。けれど、デュークの十年の苦しみの原因が自分であり、メリルにはデュークに返すべき借りがあることが分かったのだ。そして、デュークや辺境騎士団の皆の事を知って、メリル自身が彼らを助けたい、大切にしたいと、思うようになった。

 炎の中、デュークに命を救われたメリルは、完全に絆されてしまったのだろう。

 デュークの温かさに惹かれて、デュークと騎士団の皆の側に自分の居場所が欲しくて。


(何だか、前にもこんなことが……ああ、十年前と似ているんだ)


 あの時もそう思っていた。あの時、幼い自分は、大好きな家族と、家族の住む小さな村という自分の居場所を守りたくて、役に立ちたくて、精一杯努力をした。

 でも、全くうまくいかなかった。

 あの時の自分は結局何もできなくて、先代の魔女メリルに連れられて、逃げるように故郷を離れるしかなかった。


 今は違う。

 あの時にはないものが、今のメリルにはある。

 もうあの時持っていた大きな力はメリルの中から消えてしまった。けれど、先代のメリルから受け継いだ多くのものがメリルを助けてくれている。

 魔女として受け継いだ知識と魔法が、メリルに多くの力を与えてくれている。

 そして何よりも――予言の魔女メリルとしての信頼が、当時は一笑に付されたメリルのスキルに力を与えてくれているのだ。

 

(私は一人じゃない――おばあちゃん、デュークもアランも、ロウガも、マリアやクローディア様も。ちょっと癪だけどヴァレリウスだって、みんな私に力を貸してくれた)


 メリルは震える指先を握り締める。


(大丈夫、できる)


 ふと視線を感じて見上げると、ロウガがこちらを見下ろしていた。

 そのままメリルの耳元に顔を近づけてくる。初めて会った時とは違い、ロウガに近づかれても、もう嫌な気持ちはしない。ロウガは、メリルの耳元で動きを止めるとそれ以上は近づいてこなかった。彼はメリルの耳元で小さくつぶやく。


「びびんな。俺が守ってやる」

「あ」


 震える指先が見られてしまったのだろうか。

 あれだけ強気なことを言っていたのに、情けない。

 匂いでバレバレだ、とロウガは小さく笑う。


「お前、これが終わったら、俺の故郷へ一緒に行かねえか?」


 どういう意味か測りかねてメリルは答えに窮する。


「お前の匂い、懐かしい、故郷の匂いがする。……『ソウゲツ』お前、俺と同郷だろ」


 メリルは、言葉を忘れて息を飲んだ。

 ソウゲツコク。それは、メリルの故郷の名前だった。


「びっくりしたぜ。お前からしばらくかいでなかった懐かしい匂いがするからな。あの国では、水と食べ物に固有の匂いがある。それが、体に染みついて抜けねえんだ。まあ、俺ぐらい鼻がよくねえと気づかないけどな」


 ふと、メリルの脳裏に湧き出るようにかすめる記憶がある。


> 滅びた王国。

> それはある**の物語。

> 小さな**により**が起き、国中が*****。

> 多くの民が**、******国から*****。

> ****の、*****への物語。


 一瞬言葉遊びのような記憶が流れ込んで消えて行く。


(これは、きっとあの時、力と一緒に失くしてしまった記憶)


「でも、ソウゲツは……、今はもう、ないから」

「ああ、国はねえ。でも、いいんじゃねえか? 国って枠はなくても土地は消えてねえし、人はいる。俺もいい加減、向き合えってことかもしれねえ。このタイミングでお前に会ったのも、そういうことかもな」


 ロウガの様子は、同郷の友人を旅に誘う、そんな気安い雰囲気だった。

 同時にメリルは、ロウガのメリルに向ける好意の理由にやっと気づいた。ロウガはメリルが同郷の人間だから親しみを感じて好意を寄せてくれていたのだ。人狼は、同じ匂いの人間に抱く親近感が普通より大きいのかもしれない。


(ヒロインでもないのにって不思議だったけど、やっと納得。そうよね、乙女ゲームだからって、好意の理由を何でも恋愛に結びつける必要なんてないよね。相手にも失礼だし)


 恋愛に結び付けて、応えられないからと、どこで線引きをするべきか悩んでいたが、実はそんなに構える必要もなかったのだろう。同郷の友人として、普通に親しくつきあっていくという選択肢もあることに気づいてメリルはほっとした。

 それに。


(私にとっても、向き合うべき時なのかもしれない)


「そうね、里帰りするのもいいかもね」

「ああ、あっちは寒いからな。春になったら行こうぜ」

「うん」


 覚えている、故郷の暖かな春の日差し、草いきれ、森の新緑、透き通った小川。ソウゲツ特有の草花の匂い。

 そういったものに想いを馳せていると、メリルの手の震えはいつの間にか消えていた。


  ◇◇◇◇◇◇


 王宮に入ってからは、人目を避けて黒幕の部屋を目指す。

 城の近衛まで街中へ出向き聖女捜索に当たっているため、王宮の中は驚くほど閑散としていた。

 人にほとんど会わず目的の場所――黒幕の滞在場所である第二離宮まで来ることができた。途中一度、兵の一団とすれ違いそうになったが、ロウガが素早く柱の陰の死角にメリルを引き入れてやり過ごした。彼らは慌てて城門に向かっており「第三王子が挙兵した」「こちらの説得に奴ら、耳を貸さん」「聖女様がいれば」と声に焦りをにじませていた。


(よかった。きっと辺境騎士団が魅了にかかるのを防げたんだ)


 メリルとマリア、クローディアで準備したアイテムが功を奏したのだ。

 あの後メリルは、マリアとクローディアに頼んで手持ちの宝石に光の力を込めてもらった。光の力を込められた宝石はヴァレリウスから受け取ったアーティファクトと同じ魔力を放っており「魅了を防ぐ効果を期待できる」というのが三人の見解だった。しかし、実際に試せたわけではないので確実ではない。また、二人の力も有限だから、辺境騎士団の全員にいきわたるほどの数は準備できなかった。

 よって、王宮に侵入したのは、アイテムを持った少数精鋭のメンバーだけで、残りは外部で待機しているのだ。

 王宮を完全に制圧するためには、魅了のアーティファクトを早急に破壊し、待機しているメンバーを急ぎ王宮内へ呼び込まなくてはならない。

 それをデューク達に先駆けてメリルが実行しておきたかった。城の者達が外部に気を取られている今がむしろ好機とも言えた。

 急がなくては、と再び廊下を駆け出そうとしたその時だった。

 ロウガがメリルの腰に腕を回すと、そのまま自分の背後に隠すように移動させた。驚いたメリルが口を開くより早く、メリルの口に静かに、というようにロウガの人差し指が当てられる。

 メリルが頷くと、ロウガは、数メートル先の通路の角から様子を伺う。

――そして、そのまま音もなく、角を曲がって来た人物を後ろ手に床に組み伏せた。


『ひっっ!』


 押し殺した……若干情けない悲鳴の主はメリルもよく知る人物だった。


「ジョゼフ? 大丈夫よロウガ。デュークの隊の人だから」


 床に押し付けられ青ざめたジョゼフの鼻先には、ロウガの短剣が突きつけられていた。鼻を鳴らすとロウガは短剣をしまう。


「ジョゼフ、どうしてここへ?」


 メリルは、デュークに、自分が王宮に来ることを伝えていない。それどころか、実は聖女を攫ったことも伝えていない。あのアイテムの作成は、魅了の効かないクローディアが単独で行ったことにしてデュークに渡してもらったのだ。

 信頼を失った自分の言う事が信じてもらえるか怪しいし、敵であった聖女が協力者になったこともすぐに受け入れられるか難しい。今騎士団に不和を生むわわけには行かなかった。それに、騎士団に引き渡された聖女がどんな扱いを受けるか、メリルは少し心配だったのだ。

 

「実は隊長、サアヤさんが裏で動いているの知ってたんですよ。さすがに今日はうまく連携しないと、ということで、隊長がこっそり俺を遣わしたんです――隊長も気づいてます、奴の存在に」

「え?」

「奴は、いつもいる第二離宮ではなく、今は王太子宮にいます――隊長もそっちに向かってるんで、俺がご案内します」

「行くわ! 急いで案内して!」


 敵の正確な居場所がはっきりとわかってよかった。危うく空振りに終わるところだった。

 そして、デューク達の行動が思ったよりも早かった。予想外だったが、デューク達も黒幕の方へ向かっているなら、作戦を変えざるを得ない。合流して一緒に倒してしまった方がいいはずだ。奇襲にならないかもしれないが、王宮内の兵の数は著しく少ないため、正面突破でも苦戦しないかもしれない。

 ロウガとデュークが一緒に戦えば勝機はある。

 ジョゼフの登場のに面白くなさそうな表情をするロウガを急かして、メリル達は王太子宮へ向かった。


 重厚な扉の前に立つ衛兵の意識を、ロウガとジョゼフが音もなく刈り取った。


「すぐに隊長が来ますから、近くで待ちましょう」


 そう言ったジョゼフにメリルが頷き返した瞬間だった。

 眼前の両開きの扉が、何の前触れもなく、静かに開かれた。

 メリル達は扉の前から去ることもできず、開かれた扉の奥を見つめることしかできなかった。


「ようこそ、待っていました」


 その扉の先は、王族の謁見の間。

 奥の玉座に腰かけメリル達を待っていたのは、黒幕である魔法使い、ロドニーだった。

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