魔女、聖女と相対する

 解呪のアーティファクトの破損に落ち込んでいるメリルのところに、再びヴァレリウスからの手紙が届けられたのは、二日前のことだった。

 またむかつく内容かと投げ捨てようとしたが、いつもと違う重みのある封筒の中身が気になって開けて見ることにした。

 中から出てきたのは、指輪と一通の手紙だった。

 手紙を開いた途端に、ヴァレリウスの姿が空間に投影される。

 メリルはその姿にげんなりしながらも指輪がなんなのか気になって、とりあえず先を見ることにした。


『君がそろそろ困っているんじゃないかと思ってね。君の事だからまた余計なことに……』


 とりあえずむかつくから省略する。


『そんな君のために、僕が貴重な時間を割いて手に入れた……』


 これも腹が立つから省略する。


『僕に感謝するように。これさえあればさすがの君でも無事に……』


 今度はうざいから省略だ。


『これは、魅了を防ぐことができる、古代魔術のアーティファクトだ』

「あのドラ息子! 初めて感謝するわ!」


 メリルは、小さな緋色の宝石のはまった指輪を頭の上に掲げて不敵に微笑んだ。

 

  ◇◇◇◇◇◇


「で、お前はそれを俺に渡したと」


 そいつも報われねえ、とぼそぼそつぶやくロウガの小指には、メリルがヴァレリウスから受け取った指輪がはめられていた。


「当たり前でしょ。これは、私がロウガに持ってて欲しかったの」

「お、おう」

「私は、魔術にはある程度耐性があるから魅了に耐えられる可能性があるわ。でも、ロウガがかかったら即アウトだもの。ちなみに、私が魅了にかかった場合は、まず気絶させるのよ。ロウガなら簡単でしょ。後はあんたに任せるから」

「……まあ、そんな理由だよな。はは、分かってたさ。――なあ俺がこれ持ってお前を捨てて逃げるとか考えねえの」

「それでもいいわ」

「――意味わかんねえ」

「信頼してるってこと。だから、ロウガは私の言葉に左右されなくていい。いざとなったらあんたの最善と思う選択をして。ロウガを信頼するってのは私が自分で決めたことだから、それがどんな結果でも諦めがつくわ。私、責任感だけは自信あるから」

「責任感の意味違うんじゃねえ?」


 そういいながらもロウガは、メリルの答えに満足したらしく、メリルの亜麻色の髪をガシガシとかき回して、楽し気に見下ろす。


「ちょ、もう!」

「責任感の強いお姫様の信頼にこたえられるよう、がんばらねえとな」

「私魔女なんだけど」

「そうだな、人狼には姫様より魔女の方が似合いだしな」

「……っ」


 なんて答えていいか分からなくなってしまって、メリルは、頭をかき回すロウガを放っておくことにした。顔が赤くなっていたのはばれていないと思いたい。



 メリルとロウガは、以前デュークに連れられて使った王宮への隠し通路を抜け、王宮へと侵入することに成功した。

 当初の予定とは若干異なるが、ロウガと二人で聖女の元へ忍び込み、魅了のアーティファクトを壊す作戦を決行することにしたのだ。ヴァレリウスから魅了を防ぐアーティファクトを入手できたことで、作戦の成功率がぐんとあがった。

 メリルがスキルで見た乙女ゲームでは、解呪のアーティファクトを使うと、それまで魅了にかかった人々が、全て正気に戻っていた。しかし、解呪のアーティファクトが失われてしまった今、できることは魅了のアーティファクトを破壊し、魅了にかかった人をこれ以上増やさないことだけだ。

 デュークが言っていた「想定していたプラン」とは、おそらく王宮に乗り込み、王や王太子を含めた魅了にかかった人々を拘束し、王宮を掌握することだろう。幸い地方領主にまで魅了は及んでいない。第三王子という立場ならば王宮さえ押さえれば支持する者も多いはずだ。

 王宮制圧の際、魅了がきかないデュークが先頭に立つことは想像に難くない。アーティファクトの破壊と魅了にかかった王太子達の拘束。両方を同時に実行するのは、力技でしかなく至難の業だ。


(だから、魅了のアーティファクトの破壊は、私がする――今度こそ、役に立って見せる)


 それがメリルが自分に課した役割だった。



 王宮の地図は、乙女ゲームのマップとして覚えている。

 窓から聖女の部屋のバルコニーまでは、ロウガに先導してもらう。メリルも風の魔法を駆使しながら、どうにか暗殺者の動きについていくことができた。


『しっ。まだ起きてるぜ』


 窓に体を寄せて様子を伺っていたロウガが、低い声でメリルを制する。

 深夜で、灯りはついていなかったが、部屋の中には、まだ人の動きがあるようだった。メリルも窓にそっと耳を寄せる。


『もうっもうもう、一体どうなっちゃってるのよおー。お庭でのお茶会も危ないから中止になっちゃうし、最近みんな忙しくてオスカー様の執務室に遊びに行っても会ってもらえないし、ロドニーも来てくれないし』


 窓から漏れ聞こえる舌足らずな声は、以前王宮に潜入した時に聞いた聖女マリアの声だ。メリルはその内容に疑問を感じ、ロウガに少し静かに様子を見るように合図する。


『それになんだか最近、みんなマリアのお願い聞いてくれないような気がする。ううっ、ヒロインってみんなが大事にして言うこと聞いて構ってくれるものじゃなかったのっ!? 嘘つき嘘つき嘘つき。どうしてマリアの事ほったらかしにするのよお』


(どういうこと? 魅了を使えば、そんなことで悩む必要なんてないはずなのに。魅了って、有効期限があるってこと? なんだか変ね)


『おい、とりあえずこいつ脅してアーティファクトの場所しゃべらせるぞ』

『わかった。でも、交渉は私に任せて』


 そこからのロウガの動きは速かった。

 鍵のかかった窓を素早く開け、部屋に飛び込み聖女を後ろから拘束し、声が出ないよう口を押える。メリルは、後から静かに部屋に忍び込むと、聖女の姿をじっと観察した。

 スキルで見た魅了のアーティファクトは、イヤリングの形だった。マリアがそれらしき装身具を何も身につけていないのを確認した後、震えながら声なき悲鳴を上げるマリアの背中に、メリルは優しく声をかけた。


「安心して。あなたに危害を加えるつもりはないの。私も転生者よ。日本人らしく、平和的に解決しましょう。手を離すけど、大声をあげないでね」


 マリアはこくこくと小さく首だけ動かして頷いた。


『詳しくはあとで話すわ。今は協力して』


 ロウガは、初めて聞く内容に不審の色を浮かべながらも、メリルの言う通りに、マリアの口から手を離した。

 メリルは、ロウガによって後ろ手に拘束されたマリアを怯えさせないようにしゃがみ込んで目線を合わせた。

 メリルは、むかつく男には容赦ないが、基本女の子にはやさしいのだ。


「はじめまして。私はサアヤよ。まず、質問に答えて欲しいんだけど」

「あなたも転生者? 日本人なのね。うっ、えぐっ。マリア初めて会った。嬉しい。あなた、同じ転生者同士だからマリアを助けに来てくれたんでしょ。もう、もう、ヒロインなんてまっぴらよ。お願い、マリアを助けて!!」


 ロウガが手を離した途端に、マリアは縋りつかんばかりの勢いで、泣きながらメリルに現在の窮状を訴え始めたのだった。



「あー、じゃあなんだ? こいつは魅了のアイテムもスキルも心当たりがねえってことか?」

「そうみたいね」


 すぐに脱線するマリアの話を方向修正しつつ、泣き出さないように宥めながらどうにか聞き出したのはこんなところだ。

 マリアはまず、日本人の転生者ではあるが、この乙女ゲームの内容を知らない。乙女ゲームについては、友人の話を通して多少セオリーを知っている程度の知識しかない。自分が乙女ゲームのヒロインだということは、聖女の力の覚醒や、聖女のイベントを通してなんとなくわかっていたが、魅了については何も知らないというのだ。

 ロウガの方は、転生者についてはこの世界でも少しは知られていたので驚きはしたものの納得したらしい。


「だいたい戦争って何よう。マリア戦争してくれなんて言ってないわよ! それなのに、みんな影でマリアが言い出したせいだって言ってるのよ!? このままじゃ、マリア戦争始めた犯罪者になっちゃうじゃない! 早く誤解を解かなきゃいけないのに、オスカー様もラッセル様もクライド様もロドニーも、誰もマリアに会ってくれないの! 最近じゃ、部屋からも出してもらえないのよ。マリア、えぐっ、マリア、どうなっちゃうのー?」


 マリアの言っていることが真実だとすれば確かに切実だ。

 でも、泣きたいのはメリルも一緒だ。

 魅了のアーティファクトは確かに存在し、王宮の人々は魅了の支配下にある。けれど、それを使っている者もアーティファクトの行方も全くわからなくなってしまった。八方ふさがりだ。


「一体誰が黒幕なの? 王太子や、魅了にかかっている人達も違うとすれば、神殿か 魔塔? それとも、王族を倒そうとする派閥? 隣国? ――マリア、あなた何か知っている? 王宮に誰か怪しい人が出入りしているとか、魅了にかかっていない人がいるとか」

「そんな難しいこと言われてもマリアわかんないよぅ。オスカー様のところに来る人は多くて覚えてないし、みんなマリアのこと大好きだから怪しい人なんていなかったもん」


 焦る気持ちを抑えながらマリアに問いかけるが、残念ながらマリアの発言は全く役に立たなかった。


「なあ、神殿や反王族派が黒幕だったら、戦争なんて起こそうとするかあ? 国を手に入れるのが目的だろうから、戦争であんまり国を荒らしたくはねえだろ」

「――そうね、だとしたら、黒幕は隣国?」


 ルフト王国の隣国と言える国は、三つ。西にカルガハット共和国、東にネロ・ルノ公国、南にラウジア王国。ヴァレリウスのいるカルガハットはおそらくない。もしそうだとしたら、さすがにメリルに伝えてきたはずだ。では、残りの二国か。

 メリルはじっとロウガを見上げる。ロウガは、南のラウジア王国から派遣された暗殺者なのだ。ゲームの情報でメリルは知っている。


「ラウジア王は平和主義でな。少なくとも戦争を吹っかけられた側のラウジアは仕掛け人じゃあねえ。俺は戦争を『止める』ために、魅了をばらまく厄介な聖女を殺すよう派遣されたんだぜ」

「ひっ」

「大丈夫よマリア。戦争の原因があなたじゃないって分かったから。彼はあなたを殺したりしないわ」

「まあ、役に立つ限りは?」


 マリアはロウガに殺害を仄めかされ、顔を青ざめさせて、カタカタと震えている。


(わからない。情報が少なすぎる。たとえネロ・ルノ公国が黒幕だったとしても、そこから誰が、魅了のアーティファクトを持っているかなんて私には分からない)


「おい、もういいだろ。こいつが役に立たねえことは分かった。そろそろ時間がやべえ。帰って作戦練り直すぞ」

「え!? 行っちゃうの? マリアを置いてかないで。連れてって! ここにいたら処刑されちゃうかも。ゲームの悪役ってたいてい処刑されちゃうって友達が言ってたあぁ!!」


(やるべきことは黒幕探しだけじゃない。デュークの作戦を成功させるように、手も打たなきゃならない)


「おいサアヤ。ほだされんなよ。そいつ連れてったら、俺達の侵入がばれて警備が厳しくなんぞ」

「ふえ、えぐっ、マリア、置いてったら、大声上げるよ! マリアを置いてったって警備が厳しくなるならおんなじでしょ」


(それには、王宮を制圧する辺境騎士団の皆が、新たに魅了にかからないこと。――そういえば、魅了にかかっていない人は、一体なぜ……)


「へー、お前俺を脅すのかよ。俺の受けた依頼は、聖女の暗殺だ。依頼主から、まだ依頼は撤回されてねえってこと分かってんのか」

「ぴっ」


 メリルはあることを思いつき、立ち上がった。


「マリア、手を出して。あなたの聖女の力を見せて欲しいの」

「え? うん、うん。ねえ、これやったら連れてってくれる?」

「おいっ、お前俺が言ったこと分かってんのか?」

「はひっはい、ただいまっ喜んでっ」


 マリアは、ロウガに怯えていつの間にかもぐりこんでいた椅子の下から慌てて這い出し、メリルが懐から取り出した「それ」に、聖女の力を注ぎ込む。

 金色の明るい光が、部屋の中できらめくように飛び散った。


(いけるかもしれない)


 メリルは手の中のそれをぎゅっと握り締めた。

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