魔女、悪役令嬢を追う

 メリルは平静を装い、いつもの不敵な表情を作ると、老婆の姿で階下の食堂へと降りて行った。


(私はメリル。さっき裸を見られたのは、孫娘のサアヤ。いい!? 私じゃない。私じゃないの!)


 メリルは、あの時とっさに風魔法を使って風呂場からメリルの声を響かせた。あの状況での対応としては、今思ってもいい判断だった。これで今後も本当の姿を見られても、孫娘のサアヤに手伝わせていると言い逃れることができる。

 しかし、裸を見られたばかりの状況でサアヤの姿でデュークと顔を合わせられるほど、メリルの神経は太くなかったらしい。現在、老婆の姿で必死に自分を立て直している最中だ。


 食堂では、アランと数名のデュークの部下がテーブルで会話をしていた。メリルが下りてくると、デュークがいつものようにメリルの側にやってきて、そっと椅子を引いた。


「メリル殿、先ほどは……」


 ダン。


 メリルは、小声で顔を寄せて来たデュークの足を踏みつけて口をつぐませると、表情を変えないデュークをぎろりとにらみつけた。

 いつも通り、ふん、と鼻息を鳴らしてデュークの引いた椅子に座る。

 デュークに不用意な事を言われて他の者に先ほどの件を気取らせるわけにはいかない。

 ささやかな意趣返しも含まれていたのは否定しないけれど。

 しかし、メリルが先ほどのハプニングに気を取られていられたのもそれまでだった。


「メリル殿、クローディア=ルウェリン嬢に会わせる約束をしていたが、まずいことになった――アラン、報告を」

「はい、ルウェリン家なんですが、実は、昨日から大騒ぎだったらしいんすよ。どうやら、公爵令嬢が従者の男と駆け落ちしてしまったらしくって」

「駆け落ち?」

「今、動かせる人員を総動員して行方を追ってます。すぐに見つかればいいんすけど」


 既にデューク達の中では共有されていたのだろう。皆一様に表情が暗い。そんな中、アランがおずおずとメリルに問いかける。


「あの、クローディア嬢なしで予言を魔術を実行することはできないんすか?」


 メリルは、その問いに小さく首を振った。

 主要人物なしに予言のスキルを使うと検索条件が足りず精度が落ちるのだ。今のメリルでは、時間切れで正しい予言に辿り着けない可能性もある。

 動員令が出されるまでの時間はあまり残されていない。急ぎ、王都中枢の人々に正気を取り戻させる必要がある。隊員たちの焦りが垣間見られる。


「心配するなアラン。次善策はある」

「ですけどそれは!!」


 その時、一人の青年が食堂に駆け込んで来た。

 デュークの前に来ると、声を潜めて告げる。


「クローディア嬢の行方がわかりました。東の大門の門番が、今朝早くにクローディア嬢と従者と思しき者の姿を見かけたそうです」

「っしゃあ!」

「よし!」


 希望の光が見えた隊員たちのその後の行動は早かった。テーブルの上に素早く地図が広げられる。


「東のネロ・ルノ公国へと続く街道は二つ目の宿場町で三つのルートに分岐し、各都市へ向かいます」

「クローディア嬢と懇意にしている関係者は、ネロ・ルノにはいません。どのルートをとるか予測がつきません」

「目的地を調べるより、分岐前の二つ目の宿場町で捕まえる方が早いな。今から夜通し駆ければ、先回りは……できるな」

「もうすでに夕方ですよ! 夜は魔獣も出ますし、危険です」


 メリルは、対策を立てるために議論を交わす彼らの必死な様子を見ていた。

 魔女としてのメリルの正しい姿は、予言を伝えることだけ。誓文で縛られたのも、たったそれだけだ。それ以外は、関わるべきではない。メリルは魔女として生きると決めたのだから。


(でも)


 国のため、必死で動いている彼らを見て、思ってしまったのだ。


(そういうの、嫌いじゃないのよね)


 メリルは小さく息をつくと、目をつぶった。

 魔女が縛られた掟を覆すのには、理由が必要だ。

 そうでなければ、「魔女の天秤」によるペナルティを受ける。


(これは魔女の掟とは別のこと。これは、「メリル」じゃなくて、「私」がデュークに返さなきゃいけない「借り」だから。これを手伝うのは「魔女メリル」じゃなくて)


「サアヤを一緒に行かせるよ」

「サアヤ……さん、っすか?」


 メリルは、心を決めるとそう告げた。

 いぶかしがる隊員たちの前で腕組みするとデュークの方を見た。余計なことを言うな、とのアイコンタクトである。


「サアヤは、王都に住んどるあたしの孫娘さ。手伝いのためにここに呼んだ」

「ああ、亜麻色の髪に緑の瞳の、若く、愛らしい女性だ」


(アイコンタクトの意味っ。違うからっ)


 通じなかったらしい――いや、通じている。通じたからこそのこれだ。

 あまり変化はないが、その顔は明らかに面白がっている。

 メリルは、ぐぬぬとデュークを睨み上げるが、本人は素知らぬ顔だ。

 デュークのいつもと違う調子に、隊員たちが口々に言い募る。


「隊長が女を褒めた」

「しかし魔女様の孫だぞ」

「隊長の美的センスを信じていいのか」

「隊長が笑った」

「若いってところが間違ってなければ俺、全然OK」

「え、怪しいんじゃねーの? 実は隊長ババ専だって噂……ひっっ」


 メリルは、最後の一言を言った隊員を魔女の一睨みで黙らせると再びデュークの足を踏みつけた。


「デューク、教育が足りんようだね」

「俺の語彙不足で誤解を与えてしまったようだな。彼女は、華奢で線の細い、妖精のようなたおやかな容姿の女性だ」


(サアヤの容姿はどうでもいいのよっ。煽ってどうすんのよっ)

 

 隊員達の「俺もOK」「魔女様、紹介してくださいー」というおもしろがる声に頭を抱えたくなったメリルにデュークはさらに爆弾を落とす。


「それに、スタイルもいい! 騎士には向かない体つきで、流行のドレスも似合うだろう!」

「「「おおっ」」」


 流行のドレス……それは、胸ががばっと開いた谷間を強調するシルエットのドレスだ。メリルの胸は……それなりにある。


(……あ、あんた、あの時しっかり見てたわね!)


 メリルはわなわなと震えながら、再びデュークの足を踏みつけた。

 しかし、彼は面白がるような表情でメリルとちらりと見るだけだ。


「サアヤ殿は……」

「いい加減黙んな、デューク! あんた達も! あたしの孫なんだから、愛らしくて華奢で妖精の様でスタイルがいいに決まっとるじゃろう!」

「「「はい……」」」


 メリルのドスの効いた声に隊員達は震えあがった。


「それに、あの子は外見だけの小娘じゃないのさ。あの子は、魔女の訓練を受けている。風と大地の魔法が得意でね。あの子が一緒なら、馬に魔法をかけて、三倍の速さで進めるじゃろう」


 やっと言いたかったことを言えたメリルは、どうにかいつものペースを取り戻すと、魔女らしく腕組みをしてにやりと笑った。

 隊員たちに先ほどとは別の意味のざわめきが走る。


「ただし、大勢に魔法をかけ続けるのは無理だ。だから、サアヤとデュークだけで先を急いでおくれ。あたしは、この宿で予言の魔術の準備を始める。しばらく部屋にこもるから、誰も近づくんじゃないよ」

「だとしたら出発は明日の早朝で間に合うな。夜のうちに馬の準備を」

「た、隊長、大丈夫ですか!? 若い女性と二人なんて」


 メリルもそれを聞いて、デュークは若い女性が苦手だと言っていたのを思い出す。

 よく考えると、老婆の姿でなければ体中が痛んだりはしない。自分で自分の面倒は見られるから「生贄」がいなくても大丈夫なのだ。


「ふむ。じゃあ、誰か他の奴と行かせた方がいいだろうねえ」

「はい、俺立候補します」

「俺もOKです」

「あー。俺が行くっすよ」

「いやいやアラン様、ずるいっすよ。公平にじゃんけんでしょう」

「俺も俺も」


 再びテンションが上がる隊員達は、きっと若い女ならば誰でもいいのだろう。面倒になったメリルがとりあえずアランでも指名しようかと思ったその時、ドン、と机が大きな音を立てて、皆一様に口をつぐむ。


「お前ら、たるんでいるぞ」


 机をたたいたのはデュークだった。


「俺が一緒に行く。メリル殿の大事なお孫さんだ。俺が直接応対する。それに、道中の護衛も実力的には俺が一番適任だし、公爵令嬢への対応も俺がした方がいいだろう」


 デュークの様子に気圧され、誰も反論することができなかった。


「サアヤ殿は、俺が必ず守ると誓おう」

「そ、そうかい? じゃあ、デュークに頼もうかね。まあ安心おし。あの子は一人で馬に乗れるから、そんなに近づく必要なんてないだろう」


 本人がそう言うならばとメリルは了承するが、密着する必要はないことを聞くと、デュークはほっとした表情になる。


(そんなに嫌なら部下に任せればいいのに)


 公爵令嬢はいったん足止めできればいいだけで、それはデュークに手紙なり令状なりを書いて持たせてもらえば事足りるだろう。デュークが後から追いついてくれば問題ないのだ。

 そこであることに気づき、メリルは合点がいった。


(これは、早めに誤解を解いておいた方がいいかも)


 明日は、二人で話す機会はいくらでもある。この件については明日にでも伝えることにして、とりあえず旅の間は、女性が苦手なデュークのためにもあまり近づかないようにしようと、メリルは心の中でこっそり誓うのだった。

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