魔女、王子と距離を縮める
翌日、メリルとデューク、そしてアランを含む五人の隊員が早朝に王都を発つことになった。
メリルとデュークは魔法の補助により、出発したその日の内に二つ目の宿場町へ到着する。先に着いたメリル達がクローディアを足止めし、翌日に着く五人が彼女を王都まで護衛して連れ帰る予定だ。
予言の魔術の実行には、王都にいる魔女メリルとクローディア嬢が直接会うことが必要、ということになっている。そのためクローディア嬢を説得して連れ帰る計画だが、駆け落ち途中の彼女を連れ帰るのは王族であるデュークでも難しいのではと思っている。メリルは、クローディア嬢が嫌がったら無理に連れ帰らなくてもいいように何とかしよう、と一人思いを巡らせていた。
早朝より多くの隊員達が出発準備のために動き出しており、メリルもサアヤの姿で準備に取り掛かった。
今日は馬での移動なので、髪を一つに束ねてワンピースではなくズボンをはいている。いつもより念入りに髪をとかし、白いシャツの上には、胸が強調される作りの皮のベストを着こむ。
「はあ、こんなんで騙されてくれるかな?」
老魔女の姿で「愛らしくて華奢で妖精の様でスタイルがいい」などと宣言してしまったのだ、せめてメリルが大ウソつきにならない程度には見られる格好にしておかないといけない。
メリルは、鏡の前で出来を確認すると、よしっと気合を入れてから階下に降りた。
せわしく動き回る隊員達に、せめて愛想だけでも、とにこやかに挨拶をすると、隊員達は慌てて目を逸らした。
彼らの反応は、前世でもよく見た、美人と目を合わせた青年たちの様子そのものだった。多少は見られる姿になっていたようだが、この程度でその反応とは、どれだけ女っ気がないんだと隊員達がちょっとかわいそうでもある。
隊員達は皆親切にメリルに馬や旅の荷物の準備を手伝ってくれた。
馬房の脇で準備をほぼ終えると、アランがそばかすの浮いた頬に人懐こい笑みを浮かべて近づいて来た。
「おはようございます、サアヤさんっすね。自分、アランと言います。デューク隊長の辺境騎士団第一小隊の副官やってます。いやあ、魔女様のおっしゃってた通りの美人さんっすね。朝から手伝いの奪い合いっすよ」
「はじめまして。アランさん。騎士団の皆さんが親切で助かったわ」
「アランでいいっすよ。親切だなんて、当然のことっすよ。騎士団には魔法を使える人材はいないんで、協力をお願いできるってことで、ほんとにありがたいっす」
「急いでる理由はおばあちゃんに聞いてるわ。力になれるように頑張るからこちらこそよろしくね」
アランはメリルと握手を交わした後、ちらりと周りを窺い周りに人影がないのを確認すると、真剣な表情で続けた。
「あの、初対面でこんなこと言うのは何なんですけど、サアヤさんに伝えておきたいことがあるんです――魔女様から聞いてると思いますが、実は隊長、女性が苦手なんすよ。魔獣の刻印を持っていることを気にしてらして、普段は女性と話している姿自体、全く見ないぐらいなんです。だから、魔女様とあんなに楽しそうにしてるのを見て、俺達、すげえびっくりしてたんです」
「魔獣の刻印と、女性が苦手なことはおばあちゃんに聞いてたけど……そこまでだとは思ってなかったわ」
どうもデュークの女性が苦手というのは結構なレベルらしい。メリルに対する始めの頃の隊員達の不審な視線は、これも理由だったのかもしれない。
「もしかしたら、魔女様とのやりとりをきっかけに、隊長の苦手意識も変わってくれるかもしれないって、俺達みんな、ちょっと期待してるんです」
頬をかきながらそう語るアランは、照れくさいのかちょっとはにかんだように笑みを浮かべた。
「ただ、隊長、魔女様は大丈夫みたいなんすけど、サアヤさんはその、若くてきれいな女性だし、か弱そうだし、どうなるか分からなくて――隊長はちょっと変な態度とるかもしれないっす。でも、それは隊長のトラウマみたいなもんなんで、嫌ってるとかそういうわけじゃないんで気を悪くしないんで欲しいんす」
確かに年寄りは平気でも若い女性が苦手というのはあり得る話だ。少し気づかいが必要かもしれない。
「分かったわ。教えてくれてありがと。――アラン、あなたいい人ね」
「い、いやっ。当然っす。俺は隊長の副官っすからっ」
(デューク、大事に思われてるんだ)
自分が心に傷を負わせてしまった彼が、こんなにもいい仲間に囲まれていたんだと思うと、メリルは胸の奥が温かくなるのを感じた。
その後デュークとは二人で簡単な挨拶をしただけで、すぐに出発の時間を迎えた。
メリルはデュークの軍馬と自分のために用意されたおとなしそうな駿馬に、風と大地の補助魔法をかける。馬が大地を踏みつける瞬間に地面がばねのようにしなり、風が抵抗を減らして馬の一駆けをより大きくする魔法だ。
王都の東の大門をでてすぐに、メリルとデュークの二人は五人の隊員達と別れ、人目を避けるため街道を外れた道を進んだ。走り始めは戸惑っていた馬たちも、少しすると伸びやかに大地を駆けるようになった。
公爵令嬢と従者は、昨夜のうちに一つ目の宿場町を越えているはずだ。メリル達は今日中に彼女たちを追い越して二つ目の宿場町に着かなければならない。その途中で公爵令嬢に会えればよし。最悪、二つ目の宿場町を出る前に町の出口でつかまえることもできる。
(それよりも、ねえ)
メリルは、わずかに前方を走るデュークの姿を見て、ふうっとため息をつく。
実は、今朝になってもデュークとまともに目が合わない。出発後、挨拶以外まともな会話がないのだ。
(女性が苦手、ってのもあるだろうけど……多分、昨日のあれを、気にしてるんだろうなあ。柄にもなくうろたえてたもんねえ)
アランは昨日の件を知らなかったから、単純にデュークが女性が苦手だということだけメリルに伝えてきたが、事はそう簡単ではなかった。
昨日の「お約束」の事件については、メリル自身は、見られたものは仕方ないと昨夜のうちに割り切った。デュークは「女性が苦手」なのだから、変な目で見られたわけではない、と考えられたのも大きい。しかし、デュークの方はそうではなかったかもしれない。
(というか、昨日の事件って、普通一方的に見られた女の私の方がダメージは大きいでしょ! なんでデュークの方があんなに気まずそうなわけ?)
そこまで考えてメリルは気づいた。
(女性が苦手って話、ひょっとして、私が思ってたより深刻なのかも。苦手ってよりも女嫌いなのかな。女の人の裸って、苦痛を感じるレベルで見たくないものだったりして……。ショックを受けて立ち直れてないとか?)
けれど、デュークには申し訳ないが、会話すらできないこの状態ではやるべきことに支障が出るかもしれない。クローディア嬢に会った時の対応とか、メリルの設定とか、宿場町に着いたらどういう行動をとるのかとか、確認しておくことは山ほどある。
デュークは、辺境騎士団の隊長を務める人物だ。仕事と感情とを切り分けて考えら
れる人間のはずだ。少し話せばこの状態がまずいことに気づいてくれるだろう。
風と大地の魔法が切れると馬の脚が止まるので、メリルとデュークは、魔法をかけ直すために、しばしば馬を下りる。
道沿いにある水場で馬を少し休ませながら、メリルは馬の世話をするデュークに意を決して声をかけた。ちゃんと二メートルは距離をとっている。
「あの、デューク王子。悪かったわ」
「……何を謝っている?」
デュークも話しかけると答えないわけではない。デュークはメリルの方にゆっくりと向き直った。目線はあらぬ方向を向いているけれど。
「女嫌いのあなたに、昨日は嫌なものを見せたわね」
「……それは」
「言わなくていいわ。変にフォローされたらかえってショックだから、むしろ言わないでくれる?」
昨夜は隊員達の前でメリルの事を色々とほめていたが、ひょっとしたら、あれは強がりで、大分無理をさせたのだろうか。ちょっと体の線を強調するような服を着すぎたかと、それも申し訳なくなってきた。
「女の人が苦手だっておばあちゃんに聞いたわ。私が言いたいのは、それでも私たちは仕事のために、最低限の会話は必要だってことなの。だから、――難しいかもしれないけど、あの一件と、それから、私が若い女だということは忘れてもらえないかしら?」
デュークはメリルの言葉を聞き、ずっと逸らしていた視線を、今日、初めてメリルの方へ向けた。
一瞬、ひどく驚いた顔をした気がするが、すぐに片手で目元を覆ってしまったためよくわからない。
「……不甲斐ない……何も変わらないのに」
「? ごめん、もう少し大きな声で」
「いや、こちらこそ気を使わせて済まなかった。あなたに仕事の事を諭されるとは。隊を預かる身として恥ずべきことだ。あなたの仕事に対する姿勢には敬意を表する」
目元を覆っていた片手を外してこちらを見るデュークは、まぶしいものをみるような顔で、なんだかいつもと少し違う。
(褒められた!! これは、褒められたってことよね! やるじゃない私)
デュークに、初めて純粋に褒められたのだ。
そう思うとメリルは嬉しくなる。
「あのおばあちゃんの孫ですから」
「ああ、祖母君譲りの独創的な歌声だった」
「……」
いつ自分の歌声が聞かれたか思い至り、顔が赤くなる。
純粋にほめられたのかも、と期待した自分が馬鹿だった。
こいつはこういう男だった。
(……また聞かれてたっ。分かってるわよっ。音痴だってことはっ。でもそこは見て見ぬふりするのが大人の対応ってもんじゃないのっ!?)
今までデュークに感じていた同情も遠慮も心配も全て消し飛んでしまった。
「おばあちゃんが言っていた通りの人ねっ」
「きっと彼女は、真面目で誠実で有能な、思いやりに溢れた謙虚な騎士だと俺の事を伝えてくれたことだろう」
「厚顔無恥って言葉知ってる?」
「魔女の優秀な生贄である俺とはかかわりのない言葉だな。ああ、生贄は魔女の孫にも引き継がれるのか?」
「はあ?」
「君が望むなら、君にも生贄として仕えようか?」
そして、老魔女メリルにしたように、デュークはメリルの手をとる。
上目づかいにメリルを見るその様子は、危うい色気をはらんでいて。
メリルの頭にかあっと血が上って一瞬何も考えられなくなった。
そして、デュークの唇がメリルの指先にもうすぐ触れる――。
「結構よ!!」
「それは残念」
メリルがデュークの手を振り払うのと同時にデュークは、ぱっと手を放し、両手を顔の脇に上げた。
その表情は明らかに面白がっている。
からかわれたと知ってメリルの顔はさらに赤くなった。
(むかつくむかつくむかつく。アランごめん。無理っ!! 私にはこの男に気を使うなんて絶対無理だから!!)
「前言撤回するわっ。しんっぱいして損した!! あの一件は忘れましょうと言ったけど、責任を取ってもらうことにします!」
「ほう? どんな責任の取り方がお好みかな? ――君だけが見られたのは不公平だから、俺も見せればいいか?」
「はあ!?」
一瞬、その姿を想像してしまったメリルは、再び頭に血が上り、ぶんぶんと首を振った。
「どうやらお気に召したようだな」
「んなわけないでしょっ。魔女への報酬は宝石って決まってるのよ!! 宝石の追加を要求しますっ」
「しかし、それは対価としては妥当ではないな」
「なっ、私の裸は、宝石の価値なんかないって言いたいわけ!?」
「まあ、しかるべき責任は果たそう」
「宝石っ。グラス一杯っ。それ以上まけないからねっ」
デュークはそのままメリルの話を聞かずに馬の世話に戻ってしまった。
その後、メリルはしばらく怒りが収まらなかったが、デュークが何事もなかったかのように出発し、道中、これからの段取りの話などをし始めたので、怒りを抑えて対応した。
私情を押さえて仕事に支障をきたすなと諭したのはメリルなのだ。
自分で違えるわけにはいかない。
それともう一つ。
馬での早駆けの最中、メリルは、デュークに伝えなければと思っていたことを告げておくことにする。
律儀な自分を褒めてやりたい。
「デューク、魔女の生贄を気にして部下のために同行を名乗り出てくれたんでしょう。でも、補助魔法程度で生贄をよこせなんて言わないから安心して」
今後の事もある。メリルやサアヤが何でもかんでも生贄を要求するようなとんでも魔女だという疑いは晴らしておかねばならない。今回デュークが同行をかって出たのもこの誤解が原因だ。
「……あいつらは女性に手が早いからな」
「え? 聞き取れないんだけど」
デュークの声は小さくて、馬の足音に消されてよく聞こえなかったが、デュークは片手を上げたので、きっと聞こえたということなのだろう。まあ、デュークも自分の勘違いを指摘されたということで恥ずかしいだろうし、黙っていてやることにしよう。
メリルはちょっと気分をよくして馬を走らせるのだった。
メリルが二メートルだった二人の間の距離がいつの間にかなくなっていたことに気づいたのは、大分後になってからだった。
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