もしも正解だけを選べたなら
タウロラ
もしも正解だけを選べたなら
『もしも正解だけを選べたなら』
20歳になったばかりの青年は常に思っていた。
それはみんな誰しもが思うことで、この青年だけが持つ特別な感情ではないが、青年はその感情が一際強かった。
思春期も終わりを迎え、大人になりかけのころ、もうすぐ現実を見なければいけない時期がやってくるのに青年は過去ばかりを振り返っていた。
『あのときなーちゃんと勉強して、いい大学入ってればめちゃくちゃ楽しかったろうなー。』
『あのときあの人に告白していたらいけてただろうなー。成人式行きたくねーな。』
『あー、楽して稼げると思ったバイト先、結局ろくでもないところだったな。ちょっとミスったりサボったりしたくらいですぐキレるし…あっちにしておけばよかったな。』
『くそ、この台全然あたんねーじゃねえかよ…げ、あっちのさっき迷ってた台めちゃくちゃ出てんじゃん。はーまじかよツイてねえな。』
どう考えても本人の怠惰な性格だと思うが、青年は本気で自分はツイていない人間なんだと思っていた。
パチンコに負け、ひとしきり不貞腐れていた青年は強めの度数の酒を片手に路地裏を歩いていた。なんとも怪しげな店が立ち並ぶ通りである。
「そこの青年…おぬし、なかなか良い感じじゃのう。」
路地裏のさらに細い隙間から老婆の声がした。どうやら青年に話しかけているようだ。
「あん?ばばあ、あんま気分良くないから話しかけてくんなよ。」
「どうじゃおぬし、人生を変えてみたくはないか?」
「こんな見てくれだからよ、そういう怪しいのよく声かけられるけど、おれがそんなバカに見えるか?受け子ならやんねーよ。それともばばあだから薬か?」
「はっはっは!威勢のいいところまでとても良いのお。なに、おぬしは額を差し出すだけじゃ。代金もいらん、怪しいものも渡さんよ。」
「わけわかんねえな。まあ、俺の人生これ以上悪くならねえだろうからな…いいぜ、ほらよ。」
青年は老婆に額を差し出した。老婆はなにやら呪文のようなものを唱えて指をその額にあてた。
「あっちぃ!!!なにしやがるばばあ!!!」
指をあてられた部分が異常に熱かったようで、青年は怒りだし、老婆の胸倉をつかんでいた。
「これで完了じゃ。さて、使いかたを教えよう。頭の中で唱えるといい、『これは正解か?』とな。」
「はあ?なにわけわかんないこと言ってやがる!?」
「ほれ、はよせい。おぬしがここでこの私から能力を授かった。『これは正解か?』と。」
青年は老婆の真剣な目にたじろぎ、冷静さを取り戻していた。先ほどまでの酔いもどこかに行ってしまったようだ。
「なんなんだよ、くっそ。今日はほんとツイてねえ!」
青年は老婆の言うことを無視し、その場から立ち去ってしまった。
老婆はその後ろ姿を身じろぎ一つせず見送っていた。
『ちっ………最悪だぜ。いや、逆に考えるか。こんな悪い日ならそろそろ………今財布にはっと………ちょうど1000円か。1000円ぽっきり勝負してダメなら明日は家から出ない。』
青年はまたしてもパチンコをしに向かった。なにも考えないことが幸せな時間だと思っているからである。
青年は迷っていた。いい感じの台が2つまで絞れたのだった。
『さて、どっちの台にするかなっと。…うーんこの2択絶対外せないな。』
青年はふと思い出してしまった。
『あーあのばばあ、まじなんだったんだろう。たしか、『これは正解か?』だっけ?気味の悪い。』
青年は唱えてしまった。それが終わりの合図であるとも知らずに。
頭の中で唱えた瞬間だった。目の前の台がどす黒く染まりなにも見えなくなってしまった。
「なっ!!!」
思わず青年は声を出してしまった。客がこちらを一瞥する。
『なんだこれ………?台が真っ黒になっちまいやがった。』
青年はその衝撃の光景に戸惑っていた。目を何度もこすっている。
ちょうど店員が通りがかったので青年は訪ねてみることにした。
「あの…すいません。この台おかしなとこないっすよね?」
「???…ええ、普通の台ですけど。」
「いえ…あざっす。」
店員は不思議なものというより哀れみの目線を向けて去っていた。おそらくこの台で派手に負けたものと誤解したのだろう。
『…ということはおかしいのはこっちか。もう一つの台で試してみるか。』
青年は迷っていたもう一つの台の前に立ち、あの言葉を唱えた。
『これは正解か?』
すると先ほどとはうってかわり、台が光りだした。
『…ははっ。なにこれ、マンガみてーじゃん。』
青年はなけなしの1000円をその光り輝く台に投入した。
『はっはー!!!大漁だぜ!!!あーーーー気分が良くなっていくわー。』
青年は浮かれていた。結局閉店までその台は当たりを出すことをやめなかった。
『あーあのばばあ、まじですげえものくれたんじゃねえの?ほかにも色々使えそうだな。明日からさっそくやってみっか。』
青年は能力を得てからの行動が速かった。
『おいこの馬はどうだ………これは正解か?』
『宝くじここで今買う、これは正解か?』
『あとはあれか、株ってやつでもやってみるか。…株を始めること、これは正解か?』
などなど、青年の知性で考えられるありとあらゆる金儲けの手段を実行してみせた。
さらにその過程で能力についてある程度理解を深めていった。
『具体的に指示すればそれだけいい感じじゃん。これで勝ち組だぜ。』
そうして潤沢な金を手に入れた青年の欲望は次なるステージへと向かう。
『金は手に入ったし、次はいい女に相手してもらうか。』
青年は高級なキャバクラ、風俗など様々なところで金を羽振りよく使っていった。
『金があるだけでモテるもんなー。はー幸せ。』
青年は生まれてこの方、異性に好意を寄せられたことがなかった。そんな青年にもすり寄ってくる。金の力は偉大である。
そうして青年は贅沢を極めた。そして人は欲求を満たすとより崇高な欲求を満たしたくなるものである。
『ああ、金も女も飽きたな。……頭の悪い金目当ての女って疲れるんだよな。』
青年は金や女だけでなく、社会的な地位を求めるようになった。
『どうせなら社長になりてーな。この力を使って会社を興そう。なんだってできるはずだ。』
青年が立ち上げた会社はみるみるうちに大きくなっていく。
なぜなら、どのような選択においても正解を導き出せるから。
『そうだ、散々迷惑をかけたんだ。親孝行をしよう。』
青年の家族は立派になった青年に涙を流した。何年も実家によりついていなかったのは、かつての自分を恥じていたからであった。自分を見て喜ぶ両親のために家を購入してあげた。
青年は家族を愛していた。青年もこんな家庭を作りたいと考えた。
青年が成功していく過程で出会った素敵な女性と結婚した。子宝にも恵まれた。
青年は誰しもが認める勝ち組になったのだ。
もうそこにかつての素行の悪い、人生に絶望していた青年の姿はなかった。
『さて…おれはすべてを手に入れた。あとはなにしようかなー?』
青年は摩天楼を見下ろしながら、考えていた。
『そうだ、せっかくだし、上に登り詰めてみようか。国をさらに発展させ、未来の子どもたちにより良い生活をさせてやるか。』
青年の欲は最後に奉仕という形で現れることになった。
「この国を変えるために清き一票を!!!」
青年は政治家になった。青年が立案する政策は国民の心を掴んでいった。
なぜなら、どのような選択においても正解を導き出せるから。
「総理大臣就任おめでとうございます。」
青年はこの国の頂点へと登り詰めていた。それも史上最年少で就任した青年には国中の期待がのしかかっていた。
「さて、今この国や世界で起きている問題を列挙してみてくれ。なんでも解決してみせよう。」
青年は部下や賛同してくれる政治家に向け、命じた。
「今、この国では少子高齢化に伴う社会保障が限界を迎えています。」
「今、世界的に環境等に配慮した持続可能なエネルギーが必要になっています。」
「今、世界的な物価高で国民の実質賃金が下がっています。」
などなど様々な問題が溢れていた。
「なるほど問題は山積みということだな。少し考えるから時間をくれないか。」
青年は独り部屋の中で目を瞑った。
『環境、健康、金…なんでもかんでも手に入れたいなんて人は本当に欲張りだな。めんどうだし、一気に解決する方法はないのか?』
青年は嘆いていた。ついこの間まで自分自身もそうであったことを忘れているのだろう。
そして青年は閃いた。
『……………もしかして人が減ればいいんじゃないか?そうだよ、人がたくさんいるから大変なんだよな、人が減れば…』
青年は問いただす。これが正解かどうか。
『なんかややこしい問題を解決するには人を減らすこと、これは正解か? 』
青年の視界は光に包まれた。やはりこれが正解なのだと青年はほくそ笑んだ。
『減らすって言ってもなあ…まああれだな老人達から引退していってもらうのが1番だよな。あの居眠りしてて足引っ張るだけの政治家とか特にいらないしな。』
青年はさらに問いただす。
『70歳以上を消す、これは正解か?』
またしても青年の視界は光に包まれた。
『はっ、こんな簡単なことだったか。』
そして青年は実行した。世間はまるで何かに洗脳されたかのように狂信し、青年を支持していく。誰もこの熱を止めることはできなかった。
この国で70歳以上の人間の処分が決まってしまった。
次々と人間が減っていく。そしてついには、
「息子よ、私たちはお前のことを最後まで応援するからな。」
「そうよ、だから気に病まないで、この国のためにがんばってちょうだい。」
青年の両親もその政策の対象になってしまった。
青年は悲しんだ。こんなはずではなかった。なぜなら正解を常に選べるのだから、こんな自分にとって悪い結末になることなんてないはずだった。
「どうしてだ、どうしてこんなことに…」
青年は悲しみのどん底にいたが事態は次々に進む。
この動きが世界に飛び火したのだった。
その火は燃え上がる。世界でも同じ政策を掲げる主導者が多く現れた。
反対する人々、賛成する人々、その戦いは激しくなっていく。
そうして、1人の愚かな主導者が出した答えは世界を巻き込む戦へとつながる。
第三次世界大戦と後に呼ばれることになるこの戦争は10年続いた。
世界の人口は最盛期の千分の一になった。
戦争は起きた時点で勝者はいないのだ。そして人は誰かに責任を押し付けなければ生きていけない生き物なのだ。
青年の死刑が決まった。
世界中が見守る。青年は最後の言葉を残す。
「どうしてだ!!!どうしてこんなことになるんだ!?あの政策は正解だったはずだ!!!」
青年は叫んだ。しかし、人々はその言葉の意味を理解することはできなかった。
「結果として全ての問題は解決したじゃないか!おれはなにも間違えてないんだ、なんでこんな目に合わなければならないんだ!?」
青年はさらに叫ぶ。しかし、もう遅い。結果として確かに問題は解決した。
だが、それ以上に多くの人々を殺めてしまったのだ。その責任は取らねばならない。
青年の人生は幕を閉じた。
「はっはっは!やはり使いこなせなかったか。」
老婆は酒を片手に青年の最後を眺めた。
「たしかになんでもかんでも正解を選べたならとても良いと思うのが自然だが…物事には様々な面があることを忘れてはならないもんじゃ。」
「優れた力には優れた知性が必要ということか…また1つ面白い結果が見れた。感謝しようではないか。」
老婆は弔い、感謝するように酒を飲み干した。
「さて、次の人間はどのような面白いことを起こしてくれるかのお。」
老婆は闇に消えていった。
もしも正解だけを選べたなら タウロラ @tarorhythm
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます