第116話 お約束


「ほら、見て、遥くん」

「わぁ…」

「雪も降ってきたね。綺麗…」


 クリスマス。俺と彩香は、街のイルミネーションを見に来ていた


 去年のこの日は瑠香さんのお誘いで、俺達は咲希も含めた4人で食事をしたんだけど、もうあれから1年も経ったのかと思うと、感慨深いものがある。

 確かあの時、妹ポジションの2人が威嚇し合ってたんだっけ?


(ふふ…懐かしいな)


「ん?どうかした?」

「いや、別に?」

「なんか思い出し笑いしてなかった?」


 どうして彩香にはすぐバレるんだろう。

 そんなに俺、すぐ顔に出るの?


「してないしてない」

「む~…もう、バレバレなんだから」

「彩香が可愛いな、って思って」

「そ、そういうのズルいんだから!」

「ほら…寒いでしょ?」


 繋いでいた手を引き、少し体を近付ける


「ん…」

「平気?」

「ん…あったかいよ…」


 こういう時、いつも顔を赤くして恥ずかしそうに、でもそれ以上に嬉しそうにしてくれる彩香が可愛くて


「そう、よかった」

「遥くん、寒いの苦手なんだよね?」

「ああ…ちょっとだけね」

「遥くんは大丈夫?寒くない?」


 こちらを見上げ、ちょっと心配そうな目で見てくる彩香


「うん。大丈夫だよ」

「本当に?」


 俺の腕にぎゅっと掴まって、目一杯くっついてきてくれる。

 そんな彩香の頭を軽く撫でてあげ、


「ありがとう。あったかいよ」

「えへへ…」


 我ながら糖度が高いな


 でも、周りのカップルも似たようなもんだし、問題ないだろう



「ねえ、去年のクリスマスのこと、覚えてる?」

「ああ、瑠香さんに誘われて、みんなでごはん食べたんだよな」

「お姉ちゃんね、今日、彼氏さんのとこに行くって言ってた」

「そうなんだ」

「あ、あとね…」

「うん」

「お父さんとお母さんも…二人でごはん食べに行くって…」

「へえ、そうなんだ」

「うん…」

「………」

「………」

「え?」

「だ、だから…今日…家に誰もいないの…」



 え…



 え…?



 これは…そういうやつ?



「そ、そそ、そうなんだ…」

「う、うん…」



 元々、夕飯は彩香と一緒に食べることにしてたから、ごはんの心配はしなくていいんだけど、その後の話だよな…?


 俺は一般的な思春期男子として、瞬時にいろんなことを想像する。


 でもそれは仕方ないだろ!

 健全な男子としては当然だよ!


(でもな…それはさすがに…)



「遥くん…だから…」

「うん…」

「少しだけ…うちに寄って行かない?」

「え…」

「も、もちろん!あの…電車の時間もあるから、遅くまでは無理だけど…」


 少し涙目で「だめ…?」とか言われたら、断れるわけがない



 結局、テイクアウトのピザやちょっとしたオードブルを買って、彩香の家に向かった




 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


「お邪魔します…」

「うん…誰もいないけど…」


 もう!それ何回も言わないでよ!!



 えっと…電車の時間を考えたら、彩香のうちに居られるのは、1時間半くらいだな


「ほ、ほら!彩香、冷めないうちに食べよ」

「う、うん」



 リビングに案内されて、並んでソファーに座り、テーブルの上に広げた料理を一緒に食べ始める


 最初は色々と緊張してお互いぎこちなかったけど、食べ進めるうちに、普段の笑顔が見られるようになってきた


 楽しそうな、本当に嬉しそうな表情の彼女を見てると、邪な考えなんてどっかに行ってしまいそうだ




 ある程度お腹も満たされ、俺はリラックスしてソファーにもたれかかっていた。

 チラっと時計を見て、もうそろそろ時間だな、なんて考えていると、


「遥くん…」

「え?」


 彼女の方に顔を向けようとしたら、それより先に俺の頬は暖かい、彩香の手に触れられ


「ん…んぅ…」

「んぅ……はぁ…遥くん…」


 ソファーにもたれ掛かる俺に、覆い被さるように、彼女は体を預けてくる


「あ、あの…」

「遥くん…」


 目がとろんとして、切なそうな彩香に、俺は両腕を彼女の背中に回そうとする。

 すると、


「「ただいま~」」



 っ…!


 こ、これは…お約束のやつですね…




 二人であたふたしながらも、なんとかご両親を出迎えることができ、少しして俺も帰ることに。


 玄関を出て見送ってくれる彼女は、


「あの…遥くん…」

「うん?あ、うん、またね」

「うん…そうじゃなくて…」

「うん…」


 何が言いたいかはなんとなく分かる


「…その…私…遥くんなら…いいから…」


 その意味はさすがの俺でも理解出来る


「そ、そう…」

「ん…」




 降りしきる雪の中、駅に向かって歩く俺は、彩香の家で起きた今日の出来事を思い返しつつ、頬に落ちる冷たい雪が、今はただただ心地よかった





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